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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第二章 北天燃ゆる 〜土方歳三の生涯〜
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第五十一話 一本木関門

「撃て、撃てえっ! 敵はごく少数に過ぎん、一気に攻め潰せえっ!」


 新政府軍の指揮官が檄を飛ばす。

 明け方に函館山を落とし、勢いを得ていることもある。

 だがその一方で懸念もあった。

 早々に拠点確保出来たのは良かった。

 だが、まだ敗残兵が少数残っているのである。

 散発的な反撃のため、深刻な事態ではない。

 けれども背後が安全という保障も無い。


「仮に一本木を抜くのに時間がかかれば、挟撃されるやもしれん」


 可能性としては低いが、一応その認識はしている。

 そうした事情もあり、新政府軍は速攻を仕掛けてきた。

 勢いと兵数にものを言わせ、ひたすら銃弾を撃ち込んでくる。

 物資にも余裕がある。

 目指すところは単純な力圧しだ。

 幸運なことに歳三としては組みしやすい。


「細かい作戦は無しか。馬鹿の一つ覚えのようにただ撃ってきやがる」


 冷めた目で戦況を分析した。

 なるほど、確かに数は多い。

 函館にはまだ後詰めの兵もいるのだろう。

 圧倒的な戦力差を考えれば、小技が必要無いのも分かる。

 戦術を細かくするほど、破綻する確率も上がるのだ。

 だから単純な攻撃に終始してくる。


 "前衛が銃撃。後装式スナイドル銃は五連装だ。五発全て撃ち尽くしたら前衛は後退。代わりに後衛が前に出てまた銃撃。これの繰り返しか"


 この新政府軍の戦術を下手とは思わない。

 数を頼みであればこれでいい。

 平地での銃撃戦である。

 こちらに柵があるとはいっても、いずれ撃ち倒されるだろう。

 だが必ず隙は出来る。

 歳三はじっと耐えた。

 味方の兵を鼓舞しつつ、敵陣を観察する。

 最初の指示は慎重だった。


「正面から銃撃をぶつける間に、左右に僅かに兵を割く。五名ずつでいい」


 確かに火力のぶつけ合いではこちらが劣る。

 だが朝もやと柵の存在がある。

 その二つによる命中率の低下を見込んだ。

 そろそろと兵達が動いた。


 "これでも正面の攻防はぎりぎり耐え切れるはずだ"


 賭けではある。

 だが、ここにきてこの程度の賭けは仕方がない。

 命が押しければそもそも出陣していないのだ。

 数分だけこちらが圧された。

 だが、その数分を耐え切った。

「行ける」と歳三が呟いた時だった。

 パパパパーンッと複数の銃声が響いた。

 新政府軍の正面からではない。

 その左右からだ。


「何だっ、今まで攻撃の無かった方角からだと!?」


「まさか伏兵がいたというのかっ。挟撃されるぞ!」


 思わぬ方角から攻撃を受け、新政府軍は慌てた。

 左右とも五名ずつ、合わせてもたったの十名に過ぎない。

 けれども意外なほど効果的だった。

 負けるわけが無いという慢心もあったのかもしれない。

 足元をすくわれると脆いものだ。


「今だ、撃て、撃ち尽くせっ!」


 歳三は声を枯らした。

 ごく小規模ながら十字砲火の形になっている。

 ここが勝機と見定めた。

 間断無い銃火が敵陣を崩し始めたのだ。

 優勢になりつつある。


「切り崩すぞ。抜刀隊、俺に続け」


 低い声で指示を飛ばし、歳三は抜刀した。

 馬に拍車をくれて飛び出した。

 加速する。

 慌てながらも敵が反応してきた。

 何人かの兵が銃口を向けたのが見えた。

「撃て、斬り込ませるな!」と誰かが叫んだ。


 "間に合わ……いや、ぎりぎり間に合う!"


 止まれば死ぬ。

 瞬時の判断力は潜った修羅場の経験の賜物だ。

 馬の首に身を伏せ、更に加速。

 この思い切りの良さが吉と出た。

 動揺したのか、敵の銃口がぶれた。

 破れかぶれに放った弾は大きく外れた。

 次の瞬間、歳三は敵を刀の間合いに入れた。


「参る!」


 馬の突進の勢いを殺さず、斬撃に加算する。

 馬上からの一刀が唸り、兵の一人が吹っ飛んだ。

 鋭いというより重い。

 驚くほど高く血飛沫が上がった。

「う、うわああぁ!」と悲鳴が新政府軍から上がった。


「なんだ、こいつ、たった一人で!」


「だんだら模様の羽織姿……まさかこの男、新撰組の」


「土方歳三!? あの鬼の副長かっ」


 答えてやる義理は無かった。

 だが高揚しなかったと言えば嘘になる。

 新撰組の名は生きている。

 この自分を通して生きている。

 喋る余裕は歳三には無い。

 それに言葉よりももっと雄弁なものがある。

 左手で手綱を掴み、歳三は右手で斬撃を繰り出した。

 ギィンと鋼が甲高い音を立てる。


「副長に続け! 絶対に死なせるな!」


「土方先生を官軍参謀府に届けるんだ!」


 歳三の奮戦の間に、抜刀隊の面々も追い付いた。

 文字通り死力を尽くし、新政府軍を追い立てる。

 その中には島田魁の姿もあった。

 歳三は彼の背中を認め、フッと笑った。

 馬を踊らせ、島田の左側に割り込む。

 敵の兵士が慌てて後退した。


「島田君、右側は任せていいか」


「応よ!」


「では任せた」


 ごく短いやり取り、その間にも歳三の剣は止まらない。

 右手一本で驚くほど精妙な剣さばきを見せていく。

 袈裟切り、逆袈裟、左から右への横薙ぎ、その逆。

 一刀舞うごとに血風が舞った。


 "倍程度であれば"


 押し返せる。

 確信と共に、真上から切り落とした。

 相手は銃剣で防ごうとしたがそれも敵わない。

 首筋から入った一撃は、骨も肺腑も立ち割った。

 ごふ、と血塊を口からこぼしそのまま倒れた。

「鬼か、こいつは……」という呪詛の呻きが微かに聞こえた。


「かもしれんな」


 歳三は物言わぬ相手を見下ろした。

 いつしか周りに敵兵の姿は無くなっている。

 これ以上の被害を恐れ退却したのだ。

 流石に追撃の気力は無い。

 こちらも皆、荒い息をついている。


「とりあえず一本木は守ったか」


 どうにか最悪の事態は逃れた。

 水筒を開け、喉を潤す。

 新政府軍はまだまだいる。

 函館の官軍参謀府へ切り込むまでは、戦闘は終わらない。

 歳三は振り返った。


「ここからは俺一人で行く。お前達はよくやった。一本木関門の守備は託したぞ」


 有無は言わせない口調だった。

 島田を含めた誰もがただ頷いていた。

 沖合いから大きな音が聞こえてくる。

 軍艦同士の撃ち合いの音だろう。

 腹に響く重低音が、ここが戦場だと嫌でも意識させた。


 "敵の艦砲射撃だけでも惹きつけてくれれば"


 それだけでも有り難い。


「さあ、行こうか。地獄まで」


 歳三は馬の首をポンと撫でた。

 視線はただ真っ直ぐに前を見据えている。

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