第十二話 長州の陰謀
拷問の末、古高は口を割った。
さほど時間はかからなかった。
だが歳三の気分は重い。
険しい顔である。
近藤の部屋に戻るなり、大きなため息をつく
「俺達の認識が甘かった」
「どうした、歳」
「京都放火どころじゃないよ、近藤さん。長州の奴ら、御所を直接焼き討ちする気だ。さらにこちらの要人を暗殺しようとしてやがる」
「御所の焼き討ちだと!? 正気かっ。して、暗殺対象は誰だっ」
近藤が声を荒げた。
「佐幕派の公家の中心たる中川宮、それに」
「もったいぶるな」
「……京都守護職の松平容保公だ」
歳三の声は僅かに震えていた。
無理もない。
京都守護職といえば会津藩が努めている。
活動資金を頂戴していることもあり、新撰組にとっては主家に近い。
事の重大さに、近藤の表情も一層険しくなる。
「京都の町ではなく御所を焼き討ち、さらに中川宮と松平公を狙っての暗殺だと。長州め、とち狂いおったか。日本中がひっくり返るぞ」
昔も今も京都は日本の拠り所である。
無論政治的、軍事的には江戸が中心ではある。
だが、京都には千年の歴史がある。
古来より天皇家が居住している。
精神的な重みが違う。
まして御所とくれば聖域そのものだ。
「なりふり構わぬというか何というか」
近藤はむぅ、と唸った。
歳三は古高から聞き出せた限りの情報を話した。
計画実行は六月七日、つまり今日から数えて明後日。
その日はちょうど祇園祭の前祭にあたる。
各地から人が集まっているのだ。
「古高が言うには、長州志士が紛れるにはちょうどいいんだとさ。しかもだ。奴らは用意周到だよ。武器や火薬は複数の保管場所に点在させる。人員は一箇所に潜まず、計画実行の日まで京都市中に潜り込ませているらしい」
歳三は歯軋りした。
完全にあてがはずれてしまった。
事前に定めた場所に全員潜んでいると思っていたのだ。
だがそんな場所など元々無いということしか分からなかった。
「拷問に手間がかかった割には大した情報が得られなかった」
「そう落ち込むな、歳。ともかく最悪の事態は防げた。何も知らずに明後日を迎えていれば、皆あっという間に焼け死んでおったのだぞ」
「……ああ」
低い声で答えた。
今何をすべきか。
ひたすら考え込む。
会津藩に報告して御所の防備を固めるか?
悪い手では無い。
だが消極的過ぎる。
長州藩の御所焼き討ちを完全に防げるとは思えない。
ならば。
「こちらから探すしかないか」
「京都中をか。奴らバラバラに身を潜ませているのだろう? 流石に難しいのではないか」
「いや、今は固まって動いていると俺は踏んでいる。新撰組は古高を連行した。長州の連中もその件は既に承知しているはずだ」
連中の立場で考えてみる。
古高俊太郎は大物だ。
今回の企てに於いても深く噛んでいる。
その中心人物が捕まったのだ。
拷問にもかけられるだろう。
事件の全容がバレるだろう、ということは容易に想像がつく。
決行を二日後に控えた今、連中が落ち着いていられるだろうか?
答えは否。
「今頃どこぞに集まっているはずさ。御所焼き討ちを実行すべきか。連行された古高を助けるべきか。計画を手直しすべきか。もしするなら、どこをどう手直しするのか。奴らの立場で考えれば考えるほど、平静でいるとは思えない」
話しながら歳三は頭脳をひたすら働かせる。
何をすべきだ。
何からすべきだ。
思考速度を上げる。
大まかな方針を練り上げた。
「会津藩に事の次第を連絡。御所の警備はもちろん、長州志士のあぶり出しにも人手は出してもらおう」
「我々だけでは人数が足らんからな」
近藤の相槌に歳三は頷いた。
この時、新撰組の隊士数は三十数名しかいない。
しかも副長の山南敬助は負傷中だった。
数も質も足りない。
「無論、新撰組も総員総出で捜索だ。これほどまずい事態は無い」
「異論は無い。歳、わしは皆に事態を説明してくる。捜索するにあたって何組かに分けるのだろう? お前が組分けの段取りをしてくれ」
「分かった」
了承しつつ、歳三は頭の片隅で別の計算を立てていた。
新撰組は未だきちんとした評価を得ていない。
寄せ集めの胡散臭い剣客集団としか思われていない。
局中法渡の徹底で悪評は減った。
だが、今ひとつ足りない。
"ここだ。この事件でよく働けば、世間の目は変わる"
未曾有の危機にこそ、真価が問われるものだ。
新撰組の名を知らしめる機会到来ではないか。
そう思うと身震いを覚えた。
近藤が去った後、隊士の名簿を取り出した。
組分けするならば、個々の能力とお互いの相性が鍵になる。
"見せてやろうぜ。新撰組の真価をな"
歳三は屯所の庭に目をやった。
朝顔の青紫色の花が咲いている。
夏の陽射しの中、妙にその鮮明な色が目に染みた。
しばしその光景を見てから、歳三は再び目前の任務に没頭した。
会津藩への報告、その後の連携は早かった。
午後になる頃には、現状認識のすり合わせが組織内で浸透した。
互いの捜索範囲を決める。
新撰組の担当は東大路通から鴨川を挟み河原町通まで。
この範囲を四条通から北上していく。
祇園を中心に捜索するような形だ。
「長州の連中はこのどこかに集結しているはずだ。草の根分けても探し出す」
近藤が声を張り上げた。
屯所には全隊士が集まっている。
皆、緊張の面持ちだ。
歳三が捜索の組分けを発表する。
「局長の組は十名。鴨川の西側を捜索する」
近藤勇以下、沖田、永倉らの腕利きが揃う。
「私の組は二十四名。こちらは鴨川の東側だ」
歳三の組も質で劣るわけではない。
やや平隊士が多い程度である。
発表通りニ隊に分かれた。
額には鉢金、胴には鎖帷子の完全武装である。
見つけ次第、戦闘になる見込みは高い。
時刻は六つ半、現在の時間で言えば午後七時前後。
夏の日は未だ落ちていない。
隊士達の影が長く伸びている。
壬生の屯所を出て、新撰組は二手に分かれた。




