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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第十一話 予兆

「歳、そりゃ本当か」


 近藤が顔をひきつらせている。

 常日頃は豪胆なこの男にしては珍しい。


「疑う理由がねえよ、近藤さん。長州の連中、本気で京都に火を放つ気だ」


 答える歳三も難しい顔だ。

 二人の側にはいくつかの品があった。

 何丁もの鉄砲−−前装式ゲベール銃だ−−、鉄砲用の弾丸、袋入りの火薬、焙烙玉などだ。

 これらの物騒な品々が藁の上に丁寧に置かれていた。

 無論、これらは新撰組の物ではない。


「この鉄砲などは三条通の井筒屋から押収したものだ。長州の連中は井筒屋にこの武器の保管を依頼していた。昨晩遅く、井筒屋の親父が喋ったことさ」


 季節は夏。

 早朝とはいえ、気温はじわと上がる頃である。

 にもかかわらず、歳三の視線は冷え冷えとしていた。

 切迫した事態を前に、全ての思考を動かしている。


「長州者に協力しているのは井筒屋だけではなく、他にもいるのだろうな。だが、そいつらを一個一個潰すより」


「長州の連中を捕縛してしまうことが重要だ。全員とはいかないが、この企ての主要人物を潰す」


「井筒屋から名前は引き出せたのか」


 近藤がずいと顔を乗り出した。

 大きな顎がぎちりと鳴る。


「ああ。四条木屋町の枡屋って商人だ。枡屋喜右衛門、薪や炭を扱ってる。商人に身をやつして、京都に潜伏していた口だろう」


「よくある手だな。分かった。枡屋が首謀者がどうかは分からんが、ともかくそいつを引っ捕らえよう。何がしかの情報は得られるだろう」


「そう来ると思って、総司と永倉さんには準備してもらっている」


「さすが抜かりないな、歳は」


 ほう、と近藤は感嘆のため息をついた。

 歳三は「喧嘩ってのは準備が早い者が勝つからね」と無愛想に答えた。


 元治元年、六月五日。

 新撰組の名を高らしめる池田屋事件はこうして幕を開けた。


******


 枡屋喜右衛門の確保はあっさりと成功した。

 沖田らが枡屋の表と裏から同時に踏み込んだところ、喜右衛門のみが残っていたのである。

 他の使用人らは既に逃げ去っていた。

 喜右衛門は手紙や書類の始末のため、残っていたようである。


「持って逃げればいいのに馬鹿なやつですよ」


「でもそのおかげで捕まえることが出来たんですし、良かったじゃないですか」


 屯所に帰ってから、永倉と沖田はこのように話した。

 尚、枡屋の母屋を家探ししたところ、更に証拠物件が上がった。

 井筒屋同様、ゲベール銃や弾丸が保管されていたのである。

 井筒屋のような協力者は単なる倉庫。

 枡屋のように実行犯が隠れる場所は前線基地といったところか。


「会津藩に連絡は?」


「問題ない。既に使いの者を走らせた。こいつは大規模な案件だ。新撰組(おれたち)だけじゃ手に余る」


「む、そうだな。長州の奴ら、思い切った手にでおった」


 近藤の顔が苦々しいものになった。

 細かい点はまだ分からない。

 だが、京都中に火を放てば市中が大混乱するのは間違いない。

 昨今の情勢から考えるに、そこから尊皇攘夷派が打つ手と言えば。


「どさくさに紛れての、佐幕派の公家の暗殺か」


「残るのは尊皇攘夷派の公家だけってわけだ。裏では長州で糸引いて操ってる」


「捨てておけんな、歳」


 膝の上で近藤が拳を握る。

 彼自身が根っからの幕府の志士ということもある。

 だが、今回の憤りにはそれ以上の理由があった。


「京都に火災など起きれば、無関係の民に被害が出る。新撰組局長としてそのような事態は許せん。断固長州の愚挙を止める!」


 ごん、と畳に拳を打ちつけた。

 近藤は根本的に義侠の男である。

 おだてや世辞に弱いのも、ある意味純粋だからとも言える。

 歳三にはこの単純さが少し羨ましい。


「同感だ。職務としても個人的な意見としてもここは新撰組の出番だ。けどな、近藤さん。そのためには俺らは追求しなきゃならん」


 言い切り、歳三は指を畳に走らせた。

 ツツー、と素早く大きな四角形を描く。


「放火や暗殺には人手が必要だ。多くの人間を藩の屋敷に囲うほど、長州は馬鹿か? それは無い。まず真っ先に取り調べを受ける場所だ。別の場所に匿っていると考えるべきだろうよ。この京都市中のな」


「それはそうだな。だが、喜右衛門がその場所を知っているか? 機密保持のため、他の同士の隠れ場所は知らされていないかもしれん」


「だとしても」


 歳三は指を止めた。

 畳の中央あたりをトン、と強く叩いた。


「手がかりは俺達の掌中にある。引き出せるだけの情報を引き出す」


 事は急を要する。

 近藤を後に残し、歳三は屯所の一角へと移動した。

 古ぼけた土蔵が建てられている。

 土蔵なので壁も厚い。

 中に入るとひんやりとした空気が漂っていた。

 次いで苦痛の呻き声も。

 中では新撰組の隊士達が一人の男を囲んでいた。


「ぐっ……くそっ……」


「減らずぐちが聞けるならまだまだ大丈夫そうだな」


 声の主が床に這いつくばっている。

 身動きは出来ない。

 荒縄で縛られているためだ。

 この男、枡屋喜右衛門から得られるだけの情報を得なければならない。

 上半身ずぶ濡れなのは水責めのためだろう。


「副長、この男の本名は聞き出せました。古高俊太郎といいます。大物ですよ」


「古高……ほう、聞いたことがある名だ」


 隊士に答え、歳三は片膝を着けた。

 枡屋こと古高俊太郎のまげをがっしと掴む。

 首をむりやり捻じ曲げた。


「会津藩から教えられたことがある。主な尊皇攘夷派の志士の名についてな。古高、お前の名もその一人の中にあった。長州藩士であり、尊皇攘夷運動の旗手として」


「……」


 返事はない。  

 だが間違いない。

 こいつは大物だ。

 こんな大物が関わるからこそ、京都に火を放つようなだいそれたことを実行出来るのだろう。


「さて。こちらとしては手間を省きたい。お前は今回の企ての全容を知っている。違うか?」


 低い声で問う。

 返事は無かった。

 周りの隊士が苛立ったが、歳三は片手で制した。

 あっさり話してくれるとは思っていない。


「知ってるはずさ。尊皇攘夷派の中でも名高いお前ならな。だから無理にでも教えてもらう」


「しゃ、しゃべるものかよ……」


 古高の声は小さい。

 長時間の水責めで相当に痛めつけられているためだ。

 竹刀による裂傷も体のあちこちにある。

 だが、恐らくこの男の芯は強い。

 心を折らねばなるまい。


「しゃべってもらうんだよ、そこを。おい、縄をこいつの足に回せ。逆さ吊りだ。あと金槌と五寸釘」


「はっ、ただちに」


 平隊士達の行動は素早い。

 鬼の副長の規律は隊の隅々まで行き届いている。

 ほどなく古高俊太郎は吊るされた。

 頭を下に、足が上にの逆さまだ。

 それも土蔵の二階からぶらりぶらりとである。

 二階の床の一部をぶち抜き、拷問に便利な造りにしてある。


「西洋の耶蘇教については詳しいかい。本によると、きりすとなる聖人は捕縛され、両足を釘で打たれたらしい」


 独り言のように、かつ脅迫めいて言いながら。

 歳三は古高を見下ろした。

 上下逆の風景の中で、古高は自分をどう思うだろうか。

 恐怖しろと願う。

 恐怖は人の精神を蝕み、へし折る。


「聖人ばりの精神力があるかどうか、試してやるよ」

 

 ごく無造作に。

 右手に金槌、左手に五寸釘を構えた。

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