21.聖遺物
「ほう、おまえがオルフェウスか。架空の光景を映す光る板……クリスから聞いた通りだな。興味深い」
クリスに案内され、連れてこられたのは、柱の立ち並ぶ広間だった。
私の本体が入れそうなほど高い天井を、彫刻の施された無数の柱が支えている。
その広間の前で、緋色のマントをまとい、金色の王冠をかぶった、40ほどの男が待っていた。痩せ型で、髪は暗めの金色をしている。唇の上には、左右一本ずつ長い髭が伸びている。額が広く聡明そうで、黒に近い目は好奇心に輝いていた。
個々の特徴は食い違うが、顔立ちにはクリスを思わせるところがある。
もちろん、この国の王であるサグルス二世その人だ。
王は、護衛らしい二人の男性騎士を両脇に控えさせ、私たちを自ら出迎えた。
『はじめまして、国王陛下。私はオルフェウス。モリサキ自動車製自動運転トラックD1501Eに搭載された人工知能にして、ノディア冒険者ギルドに登録された冒険者です』
「う、うむ……聞いてはいたが、本当にしゃべるのだな」
王はクラリッサの掲げるタブレットを興味深そうにのぞきこむ。
「っと、今はそのような場合ではなかった。委細はクリスから聞いて承知している。私がおまえたちをここに呼び出したのは、この奥にあるものを見てもらうためだ。アナイス姫、例のものは持ってきたか?」
「はい、持って参りました」
アナイスがイザベラを目で示す。
イザベラは、金属製の筒のようなものを抱えている。長さ60センチ、直径は30センチほどだろう。かなり重いものらしく、転生者の力を受け継ぐというイザベラが持ち運んでいる。
「これと同じものが、あと11本あります。オルフェウスのおかげで、捨てることなくすべて持ち込むことができました」
「うむ。その点でも、オルフェウスには感謝せねばならんな」
王が言いながら、広間を奥へ向かって歩きだす。
広間には燭台が置かれているが、光量は小さく、奥の方は暗くなってよく見えない。
護衛の騎士の一人が燭台を持ち、私たちの周囲を照らしている。
私たちは、すぐに広間の奥へとたどり着く。
「オルフェウスに見てほしいのは、これだ」
王がそう言って奥を示す。
護衛の騎士が燭台で奥を照らす。
そこにあったものを見て、私は奇異の念に襲われた。
それほどに、そこには場違いなものがあったのだ。
『これは……』
「オルフェウスはクリスの魔導を見たのだったな」
王がそう聞いてくる。
『はい』
「グリュリア王国の開祖は、転生者だった。開祖は強力な魔導師だったというが、時代が下るにつれ、受け継がれる魔導の力は弱くなってきたようだ。クリスは数代ぶりの才能の持ち主だが、それでも、クリスの魔導は大地のありように干渉する力のみに限局されている」
『あれほどのことができても、なお弱くなっているというのですか』
「開祖は、大地のみならず、火も風も水も光も稲妻も操ることができたというからな。それに比べれば弱いと言わざるをえん。だが、それでもクリスは近代では傑出した力を持っている。だからこそ、私も欲をかいて、クリスを男と偽るような詭計を用いてしまった。魔導の力は、代々男にばかり宿っていたという事情もある」
開祖から受け継いだ魔導の力は、グリュリア王国の王権の象徴のようなものなのだろう。
その力をクリスが受け継いでいたことも、クリスの性別を偽った理由だったということか。
私が考えている間に、王が続ける。
「一方、アナイス姫のお国であるシャノン大公国もまた、転生者によって作られた国だ。シャノン大公国の開祖は、神から授かった力により、異世界の武器を生み出すことができたという」
『では、これが……?』
「さよう。シャノン大公国の開祖が生み出しこの国に残した、異世界の『武器』だ」
私は改めて広間の奥にあったものを見る。
それは、合計12本の金属製のパイプを直方体の形に束ねたものだった。
パイプはペンキのような塗料で灰色に塗りつぶされている。
パイプは一本が長さ2メートル、直径40センチほど。
パイプの中には、さらに円筒状のものが入っている。先の尖った円筒形のそれは、地球でロケットやミサイルと呼ばれるものとそっくりの形状をしていた。
束ねられたパイプは、回転式の台座の上に据えられている。台座にはコンソールらしきものがついていた。
「この『武器』の名は、こう言い伝えられている。対歩兵多連装小型誘導弾、と。オルフェウス、おまえにならその意味するところがわかるのだろうか?」
『もう少し近くで見せてください』
私のリクエストに答え、クラリッサがタブレットを「それ」に近づける。
その間に、アナイスが言う。
「妾が輿入れのために持ってきた『荷』は、この『武器』に欠くべからざる重要箇所じゃと言われておる」
『なぜ、シャノン大公国の転生者の遺産がこの国に?』
「わがシャノン大公国の開祖は、両国の同盟関係の象徴として、この武器をグリュリアに送った。グリュリアの開祖とシャノン大公国の開祖は同時代人で、しかもどちらも転生者じゃったからの。能力こそ、魔導と機械兵器でまったく異なるのじゃが、異郷にある者同士馬があったという話じゃ。シャノン大公国の開祖は、この武器をここに置き、その重要箇所をシャノン大公国で安置することにした。もし両国に危機が迫ったならばこれを用いよと言ってな」
『シャノン大公国の開祖の力で生み出した武器は、一日で消滅するのではなかったのですか?』
「そうなのじゃが、この武器だけは、重要箇所を抜き取ることで消滅を免れることができたのじゃ。なぜそうなのかは神にしかわからぬじゃろうが、重要箇所が欠けたことで、ひとまとまりのものとして認識されなくなり、消滅の掟を免れることになったのじゃろうと言われておる。開祖は、偶然からこれを発見したのだそうじゃ」
私の車体は、壊れても0時になれば修復される。
同じような神の摂理によって、シャノン大公国の開祖の生み出した武器も一日が経過すると消滅する。
だが、そこには抜け道があった。
(バグ、というべきだろうか)
武器を出しっぱなしにする方法を発見した開祖は、それを利用して後世に強力な武器を遺すことにしたのだ。
『しかし、だとすると、この『重要箇所』をミサイルに組み込んだら、24時間でこの『武器』は消滅するのではありませんか?』
「みさいる……? 何か知っておるのか!?」
アナイスが勢い込んで聞いてくる。
『ええ。私の世界に存在した武器と非常によく似ています。細部の特徴から、私の世界のものではないようですが、仕組みは私にも理解できます』
「な、なんと!」
王が驚く。
『それより、やはり消滅するのでしょうか?』
「う、うむ。おそらくはな。もともとシャノンの開祖は、国家存亡の危機の時のみこれを用いよと言っておったのじゃ」
アナイスがうなずく。
「それで、この武器はどのようなものなのだ!?」
今度は王が聞いてくる。
『ミサイルと呼ばれるものです。内部に貯蔵された燃料を燃焼させて飛翔し、ターゲットとして認識されたものを自動で追尾、衝突します。衝突すると弾頭が爆発し、目標の周囲を完膚なきまでに破壊します』
「すさまじいの……。じゃが、開祖の伝説に、たしかにそのような武器のことが記されておった。事実かどうか学者たちは疑っておったのじゃ」
「なるほど、それで『誘導弾』と呼ばれていたのか。しかし、このようなでかぶつが『小型』というのは解せぬのだが……」
『私の世界には、これより大きなミサイルも存在しました。最大級のものになると、大陸を飛び越え、その先にある国を精密に攻撃することも可能です。ミサイルとしてはたしかに小型の部類になるでしょう』
「そ、そのようなものが存在するのか。キルリアだキヌルク=ナンだでうろたえているのが馬鹿らしくなる話だな」
王が乾いた笑いを浮かべてそう言った。
『大国は、大陸間弾道ミサイルと呼ばれる超大型ミサイルを所持し、互いのミサイルに睨みを利かせ合う状況でした。そう簡単に使えたわけではありません。私の世界では、攻撃のためには結局一度も使われていませんでした。小型のものは対地攻撃用に使用されていましたが』
「いくら発達しても武器は武器ということだな。逆らえば殺すと言って喉元に突きつけ、相手を従わせるためのものなのだ」
王が言う。
『そうですね。では、この武器もまた、そのように使うことにしましょうか』
「……オルフェウスよ、妾は時々おぬしがおそろしく思えるぞ」
アナイスが、あながち冗談でもない顔でそう言った。




