20.王都サリア
◆オルフェウス視点
枯川を遡り、ダラリア湖畔で一泊した翌日。
私たちはついにグリュリア王国王都サリアへと到着した。
途中、宿場町カツカニアの出入りでひと悶着あった他、サリアに入る時にも揉めかけた。
カツカニアは冒険者としての身分証でゴリ押ししたが、内戦が勃発した今、王都であるサリアの警備は厳しい。
だが、もう目的地であるので、クリスが門番に身分を明かすことで解決した。
私たちは王城からあわててやってきた迎えの騎士たちに伴われながら城下町を抜け、城の中へと案内された。
本来ならば、第一王子とその婚約者が帰ってきたのだから盛大に出迎えがあってしかるべきなのだという。
今は厳戒態勢だから、というのが表向きの理由ではあったが、クリスの性別詐称疑惑が響いているものと思われた。
クリスは城に着くなり王に呼ばれて出ていった。
アナイスは城内にある小さな館をまるまる貸し与えられ、聖少女騎士団とともにその館で休息を取っている。
私の車体も、その館の裏に置かせてもらった。さいわい街の門、城門ともに大きく、私が問題なく通れるだけの高さがあった。なお、私のタブレットはクラリッサに持ってもらっている。
「ふぁむ……」
アナイスがあくびを噛み殺す。
館の食堂にアナイス、私、クラリッサ、他の少女騎士たちが集合し、クリスからの連絡を今や遅しと待っている。
王城側が付けたメイドがアナイスたちにお茶と菓子を出している。
これはべつに、王城側のサービス精神によるものではないだろう。
(私たちを監視するのが目的だ)
メイドというには、あまりに立ち居振る舞いがしっかりしている。雰囲気としては、聖少女騎士団の騎士たちに通じるものがあった。
彼女らの出迎えを受けた時、私は本体の車載レーダーで彼女らをスキャンしたが、彼女らは長いスカートの中にナイフを隠し持っていた。
(クリスの扱いがわからない今、サリアに入るのは危険という意見もあった)
それでもサリアに入ったのは、他にどうしようもないからという面もある。クリスは、あくまでもこの国の王子として、国賊となったキルリア公を許してはおけないと言った。仮に自分が王子の資格を失ったとしても、この国の王族であることに変わりはない。である以上は、国を救うためにできる限りのことをする義務があるというのだ。
(クリスも、アナイスも、事の次第によっては名誉を失いかねない立場にある)
それでも、己の義務を果たすという。
(義務を果たすことは、身の安全を図るよりも大事だということか)
人間の行動原理は、時として論理を超脱する。
彼女らの判断が正しいのかどうか、私には有効に判断するすべがない。
クリスが戻ってきたのは、日が暮れかかった頃だった。
私たちは正午頃にこの館に入ったから、五時間以上待たされたことになる。
「すまない、アナイス姫。待たせてしまった」
食堂に入ってくるなりそう言ったクリスの顔はかなり疲れて見えた。もしクリスが自動車の運転中だったら、間違いなく私は15分程度の仮眠を取ることを勧めている。
クリスは食堂の空いた席に腰を下ろす。メイドがすかさずお茶と菓子を持ってきた。クリスはメイドの労をねぎらいつつ、席を外すように言った。メイドたちもさすがに王子の命令とあっては逆らえず、一礼して食堂から出ていった。
「かまわぬ。それで、どうだったのじゃ?」
アナイスがクリスに聞く。
「僕が女であることは、この戦いのケリが着くまで伏せることになった」
「伏せる……ということは、戦いが終わったら……」
「ああ。僕は王子としての地位を失い、この国の第十三王女とされる」
「わ、妾との結婚は……」
「……ああ。その場合、破談ということになってしまう……」
「そんな……」
アナイスの顔に絶望が浮かぶ。
「父は、ひとつだけ約束してくれた。アナイスとの婚約が破棄されても、グリュリア王国はシャノン大公国と同盟を結ぶ。これは、アナイスを僕たちの事情に巻き込んだ責任を取るという意味合いだ」
「そ、そんなことはどうでもよい! 妾は……妾は……」
「わかってるよ、アナイス。僕だってどうしたらいいのかわからないんだ……」
アナイスが目に涙を浮かべ、クリスが顔を俯ける。
しばし、食堂に沈黙が降りた。
その沈黙を破ったのはクリスだ。
「……だが、今はべつに考えるべきことがある。キルリア公のことだ」
『キヌルク=ナンの正黄八旗、正紅八旗を味方につけ、サリアに攻め上る……と見ていいのでしょうか?』
「情報が錯綜しているが、今のところそう見ておくべきだろう」
『鞍部砦はどうなりました?』
「落ちたよ。でも、最悪の事態ではない。ガラハドは戦わずして降伏した。というより、砦の兵が抗戦しようとしたガラハドに反対して勝手に城門を開いたらしい。鞍部砦はキルリア公のものとなった」
『正紅八旗に攻め落とされたわけではないのですね』
「キルリア公の動きは、当然グリュリア側も監視しているが、まだ正紅八旗が国内に入ったという情報はない。キルリアからサリアまで、伝令が馬を飛ばしてもまる一日以上はかかるから、今頃はどうかわからないが……」
この世界には電信の技術はない。狼煙のような伝達手段はあるらしいが、狼煙では複雑な情報を伝えることは難しい。伝書鳩は数が限られるため、必要な情報がすぐに伝わってくるとは限らない。
『ドジの率いていた正黄八旗はどうなったのでしょうか?』
「それについては気になる情報があった。キルリアの街の外で、大量の騎馬が処分されていたというんだ」
『騎馬? キヌルク=ナン騎兵の乗ってきたものですか?』
「他にそんな数の騎馬はいないから、間違いないだろう。キルリア公は、キヌルク=ナン兵から騎馬を取り上げ、処分した。この意味するところは……」
『正黄八旗を解体し、自軍に取り込んだ、ということでしょうか』
「ああ、キヌルク=ナン騎兵をすぐに『使う』つもりだから馬を処分したんだ。足を奪うことで逆らわれないようにね」
「……お馬さんがかわいそうです」
黙って聞いていたミッケがぽつりとつぶやく。
クリスがミッケをちらりと見て言った。
「まったくだ。酷いことをする。だが、おそらくは騎馬だけじゃない。逆らった将官も捕らえるなり処刑するなりしているだろう。異国の地で指揮系統を失ったら、さしものキヌルク=ナン騎兵といえど、キルリア公には逆らえないだろう」
『だとすると、正紅八旗はまだ鞍部砦で足止めされているかもしれませんね』
「その可能性はあるね。正黄八旗への仕打ちを、正紅八旗や、それを率いるキヌルク=ナンの皇太子に見られるわけにはいかないだろうから」
『キルリア公は、歩兵に転用したキヌルク=ナン騎兵を前に押し立て、サリアに攻め寄せてくる、ということですね』
「ああ。キルリア公の抱える兵は、キルリアだけで1万1千。正黄八旗は1万と言われているが、そのどれだけがパットリア山脈を越えたかはわからない。5千と見ても、1万6千の兵力だ。そのうち元正黄八旗兵5千は、使い捨てにしても構わない兵となる」
『キルリア公以外の諸侯の動きは?』
「……キルリア公は諸侯にも僕の性別詐称を言い立てているが、ナン国を名乗ったキルリア公につこうという諸侯はさすがにいない。ただ、キルリア公に逆らう力もないので、しばらくは様子を見る構えだろう。キルリア公はその間に王都サリアを落としにくる」
『サリア側の戦力は?』
「陛下の抱える兵は1万5千だ。王都で徴募をかけているらしいが、集まるのはせいぜい数百だろう」
つまり、数では負けているということだ。
「籠城戦は守る側が有利だから、サリアがすぐに落ちるとは思えない。それこそ正紅八旗がキルリア公に合流すれば話は別だけどね」
『キルリア公は、どうするつもりなのでしょうか?』
「戦う気がないのだと思う」
『戦う気が……ない?』
「ああ。この戦いはグリュリア人同士の殺し合いになる。キルリア公の目的がグリュリアの王位簒奪だとしたら、そんな戦いをすれば自分のものになる兵力が減ってしまう。そうなっては、東から押し寄せるキヌルク=ナンに対抗できなくなってしまう」
「交渉に持ち込もうというのじゃな?」
アナイスの言葉に、クリスがうなずく。
「キルリア公は陛下に譲位を迫るつもりなのだろう。陛下やその一族の身の安全を保証し、血を流さずに王位を手に入れようというのだろうな」
「国王陛下は応じるかの?」
「すぐには応じないだろうが、キルリア公が元正黄八旗の兵で城攻めする構えを見せれば、譲歩を考えるかもしれない。何より、僕の件がある。他の諸侯が膠着状態に業を煮やしてキルリア公側に転ぶおそれもある」
「時間をかけるとこちらが不利になる可能性もあるのじゃな……」
アナイスが考え込む。
「ああ。キルリア公にも何らかの成算はあるのだろうからな。諸侯の切り崩しに自信があるのかもしれない」
クリスがため息をついた。
「……そうだ。もうひとつの件だが、父上の了承を得ることができた。というより、父上自身、立ち会いたいとのことだった」
「おお、それはありがたいの。こうなっては、不確かな伝承にもすがるほかあるまい」
「ああ、アナイスたちが命がけで運んできてくれた『荷』だ。伝承どおり、国難を救うものであってくれればいいのだが……」
クリスが立ち上がる。
「……ついてきてくれ。そろそろ父上の準備も整っていよう」




