共存しあう者
「あら、遅かったじゃない」
薬品の臭いが漂う保健室。デスクの前にある回転式の椅子に座っている白衣を着た幼女――シオンは欠伸交じりで言った。
シオンは保険医兼担任と言う子供にはハードな役割だが聖魔学園には授業が殆どないので担任の役割はあまり果たしてはいない。
左手にはベンチが握られていた。デスクには大量の機械の部品が散乱している。また機械を分解していたのだろう。
シオンは機械に関しては天才と言っていい。実力は極僅かなパーツさえあれば光線銃等凄まじい威力を持つ兵器を作り出すほどである。
「まぁ色々ありまして……あはは」
今日起きた事話すと長くなるので私は愛想笑いをし適当に流す。
「ふぅん……。 で、ゴブリは倒したの?」
「あぁ。二十匹くらい倒したぜ。証拠は服に付いた返り血だ」
ユカリは服に付いた血を見せつけた。黒くて見えづらいがユカリの腹部にはべっちょりと悪魔の血が付いていた。そして「全部私が倒したんだがな」と自慢する。全く持ってその通りである。ユカリには感謝しなくては。
「はいはい。じゃあ課題はクリアね。 一応褒めてあげるわ」
「はぁ…長い一日がやっと終わったぜ。本当に長かったぜ。なぁマドカ、クライン」
「……うん」
「……あぁ」
私とクラインはお互いに目を逸らし覇気の無い返事をした。何も言わなくてもその場の空気でこの二人に何かあったと分かる。
「まぁ、あれだ。 寝たら何もかも元通りになる!だから二人とも早く寝ろ。私はもう眠いから寝るぜ、じゃあな」
ユカリは早々に保健室の扉に手をかけ出ようとするが地面から放出される僅かな振動に気づき手を止めた。
「ん?なんか揺れてないか?」
「地震?……なわけ無いよねぇ……」
私は感で言うが地震にしては揺れる時間が長すぎる。確実にこれは地震では無い。揺れは収まるどころかどんどん酷くなり立っていられない程になった。
「ちょっ!これなんだよ!?地震じゃないぞ!?」
「――何かが近づいてくる」
クラインが言う事は的を射ていた。耳を澄ますとドスンドスンと巨大な何かがこちらに近づく音が……。
一体なんなんだと騒ぎ出す私達に対し全く動じないシオン。シオンは大きな欠伸をし眠そうな目をゴシゴシ擦ると扉を指差し言った。
「ユカリ。死にたくなかったら後ろに引く事ね」
「は?どういう事だ?」
「言葉の通りよ?」
シオンの言葉の意味はよく分からなかったがユカリは数歩後ろに引いた。
「そろそろね」
シオンがそう呟いた。
――――ゴシャン!
メリーさんの落雷程では無いが凄まじい衝撃音と共に保健室の扉が派手に吹き飛んだ。目の前で起こる迫力に私は「わわわっ!!?」と一歩退く。
保健室は瞬く間に半壊した。保健室の隅に置かれていた薬品棚は無残に倒れ、中に入っていた謎の液体が床に散布。入口の扉は跡形もなく崩壊。
何故、どうして、こうなったと原因を探す必要もない。――犯人は目の前にいるのだから。
「こ、これゴブリなのか?ゴブリなんだよな?」
埃を吸い込んでしまったらしくユカリが咳き込みながら何度も問いかける。
私の目の前には一匹のゴブリが仁王立ちで立っていた。このゴブリこそが保健室を半壊させた犯人――もとい、悪魔だ。
「ツインテの言う通りあれはゴブリだ。 …ただし、普通じゃない」
大きさを除けば極めて普通のゴブリだ。クラインも若干呆然としている。
どういう訳かこのゴブリは尋常では無いほど体格が大きい。私の身長の二倍ほどの大きさはあるだろうか。はたまたそれ以上か。
そのゴブリが小さな保健室に入れば半壊するのもまぁ当然と言えば当然だ。
「わぁ!大きいゴブリ!……触っちゃ駄目かな?」
「馬鹿!近くに行ったら「パクっ」だ!フラグが立っている事くらい分かるだろ」
「ユカリ……ゲームのやり過ぎだよ?」
「うるせぇ!確かにそうかも知れないが私の倍以上やってるお前に言われるとかなり腹立つ!」
今のは明らかに私の声量よりユカリの方が大きかったが私の中に眠る探求心の前ではどうでもいい事だ。
ユカリの静止を振り切り私は巨大ゴブリの元へ歩み寄る。
目の前まで来ると如何にゴブリが大きいかが分かる。その威圧感に思わずゴクリと息を飲む。
「や、やめるんだッ!マドカーーーーーーッッ!」
とりあえず、挨拶してみようっ!会話をするにもまずは挨拶が大事だよね。私は深呼吸をすると声を張り上げ言った。
「ゴブにちは!」
ゴブにちは。は挨拶としてどうなんだとその場にいた全員が思っただろう。私自身もどうかと思った。が、今は巨大ゴブリがどう反応を示すか気になり皆、何も言わなかった。
「「「「…………」」」」
その場にいる全員が息を飲んだ。場が静寂に包まれる。
「ゴブにちは」
静寂を破り、声を発したのは巨大ゴブリであった。返事をした事に私は感極まりその場を飛んだり跳ねたり歓喜した。
「……悪魔が人間と心を通わすなんて……。」
「悪魔だって喋れるゴブ。悪魔なめるなゴブ」
考え込むクラインに巨大ゴブリは流暢に指摘した。語尾に「ゴブ」を付けるのは何かを狙っているのかそれとも元からなのか……。クラインは特に気にする様子も無く巨大ゴブリに問いかけた。
「……やはり悪魔に心はあるのか?」
「ぶふっ!クラインおまっ……! 悪魔なんぞに心があるとでも思ってんのか!?マドカと同類だな。 一度脳神経外科行って来い」
ユカリに「一度黙れ」と釘を刺すとクラインは巨大ゴブリに近づく。
「悪魔に心は無いゴブ。俺はこうして話してるゴブがお前らに何の感情も抱いてないゴブ。悪魔に心は不必要ゴブ」
「……そうか」
「でもさー巨大ゴブリさんは悪魔なんだよね? なんでここに来てるの?」
ここは聖魔学園。悪魔が出入して良い場所では無い。その事はこの巨大ゴブリも知っているだろう。流石に心は無くとも知能くらいはあるはずだ。
「俺はあくまでお前らの味方ゴブ」
「悪魔だけに?」
二度も茶化され頭に来たのかクラインは床に転がっていたガムテープで私の口を無理矢理封じる。口を封じられた私は「もがふが」としか喋る事が出来ない。
クラインは「どういう事だ」と逸れた話を元に戻すと巨大ゴブリは続けた。
「俺はアリスと契約し聖魔学園側に付いただけゴブ」
「……アリス?」
「すぐに分かるわ」
今まで黙って本を読んでいたシオンが言った。
「ゴブくら蔵さんっ!」
パタパタと音をたてて保健室に来た一人の少女。クラインはシオンに視線を送るとシオンは頷いた。この子がアリスのようだ。
小さなピンクのリボンを服にちりばめ、頭には桃色のリボンが付いたヘッドドレスをしている。薄ピンクのスカート、ワイシャツの上から来ている濃いピンクのベスト。ピンクづくしで目が痛くなりそうだが凄く似合っている。いますぐハグして頬ずりしたいところだ。
「ん?この子、シオンの妹?」
私は口に貼られたガムテープをベリベリと剥がしアリスちゃんとシオンの顔を交互に見た。
クリーム色のロングヘアー、人形のような蒼い瞳、幼い顔立ち。……シオンとアリスちゃん、顔が瓜二つなのである。それだけでは無い体格、身長も全く同じ。違うところと言えば声と服くらいだ。同じ服を着て喋らなければ確実に見分けがつかない。双子でも似過ぎている。
「違うわよ」
「えー?うそだー?」
私とシオンが口論を続ける中、アリスちゃんは「ゴブ蔵」の元へぱたぱたと駆け寄った。
「ごめんなさいっ!わたしが「保健室にある栄養剤とってきてください」なんて馬鹿な事言ったせいで……あの時ゴブ蔵さんの体の大きさに気づいていれば保健室を壊さなかったのに……」
「いやいや最初から気づけよ」
ユカリはその場の空気を読み小声でぼやいた。
「いいゴブ。俺も小さな保健室に入ったら壊れるだろうなー。くらい思ってたゴブ。でもやっぱり壊れちゃったゴブ。笑えるゴブ」
「いやいや笑えねーよ!?」
素で怒鳴りそうになったユカリだがなんとか堪え、小声でぼやく。
「……お前はいちいち口に出さないと駄目なのか」
「なんなら私がガムテープ貼ってあげるよ?」
「いやだってクライン!クレイジー過ぎるだろ!保健室ぶっ壊して笑えるとかおかしいだろ!?」
「確かにそうだな」と納得するクライン。
……うん、私は完全に無視されているようだ。
「クレイジーで悪かったゴブな」
流石に声が大きすぎたかゴブ蔵とアリスはユカリを見ていた。
「ごめんなさい……わたしのせいです……」
アリスちゃんは目に涙を浮かべながら上目使いでユカリを見つめた。反則気味のアリスちゃんの涙に罪悪感を覚えたユカリは笑いながら誤魔化した。
「あはは……なに言ってんだよー。壊したら直せばいいじゃんか! むしろお祭りみたいな感じで童心に戻った気分だぜー。ありがとなーアリスにゴブ蔵ー」
ユカリは無関係の自分が何故二人に感謝しないといけないんだという顔をしているがアリスちゃんの顔がぱあっと明るくなるとユカリは笑顔でアリスちゃんの頭を撫でた。アリスちゃんの笑顔はまるで太陽のようだ。見ていると心がやんわりとしてくる。
「喜んでもらえるなんて嬉しいですっ」
「いやいやーほんと楽しかったぜー。なぁークラインー」
「……人を巻き込むな」
クラインは文句を言いながらも頷いた。
「ところでゴブ蔵が言っていたが「契約」ってどういう事だ?」
「はいっ!わたしは力が無いし貧弱だけど『操り術』の才能だけはあるんですよ」
ユカリの質問にアリスちゃんは快く答えた。
操り術。一握りの人間が使える特殊な魔法。
その名の通り、人や物を指から放つ魔力の糸で自由自在に操ることが出来る。また操り術を使う者の事を操り術師と多くの人間は称す。
「あぁ、なるほどな。それでか」
ユカリは納得したようだがクラインは小首を傾げている。
操り術には欠点がいくつか存在する。
それは操られる側の「許可」が必要なのだ。物にも許可は必要だ。物に宿る感情を読み取り、自分の言葉を伝えなくてはいけない。そういった点も踏まえて操り術とは選ばれた者しか使えない魔法なのだ。
「私の〈影の創作〉みたいなものか。 それでアリスは他にどんな物を操れるんだ?」
「あっ、ちょっと待っててくださいね」
アリスちゃんは腰の大きなポシェットから人形を取り出し、床に置いていく。
「えっとですね、右から順にメランコリーちゃん、ロータスちゃん、デュラはんさんです」
アリスちゃんはニコニコと「可愛いですよねぇ」とにやける。床に置かれた人形はどれも返り血?のようなものが付着しちょっと悪趣味……。お世辞でも可愛いとは言えない。
「えー。あー……んー?」
ユカリは反応に困っている。この人形を可愛いと言うアリスちゃんの感性はどうなっているんだと不思議に思っているようだ。
「ア、アリスはこの人形のどこが可愛いと思っているんだ?」
「やっぱり血ですかね?」
「この人形はアリスが?」
「はいっ!」
質問攻めを終えたユカリは「はぁ……」と頭を抱えた。
アリスちゃんはニコニコとしている。やはりアリスちゃんの言う「可愛い」は理解出来ない。
不気味な人形お披露目会が終わるとアリスちゃんは床に置いた人形をポシェットの中にしまおうと中腰になった。
――ボキリ。アリスちゃんが中腰になると何かが折れる不気味な音が聞こえた。
「ん?なんの音?」
なんの音か気になるが、なにやら足元が冷たい。私は下を向くと床には透明の液体が床に広がっていた。液体に触れると少々臭う。油のような臭いだ。
液体がどこから流れていくかを追っていくと主流源はアリスちゃんの腰からであった。ユカリは口元を押さえ目を見開いている。
「ア、アリス…?」
ガッシャーンと壮大な音を立てアリスちゃんは床に倒れた。
ユカリは顔を真っ青にし、失神寸前。アリスちゃんの腰は真っ二つに折れ中からは謎の液体が血のようにだらだらと流れている。
私は屈んでアリスちゃんの腰の中を見ると電線がギッシリ詰まっていた。
ユカリは動転し声にならない悲鳴を上げ、失神。倒れるユカリをクラインは受け止めた。
「ん?アリスちゃんってロボットなの?」
「正確にはロボットでは無く『魔導人形』です…」
アリスちゃんは腰が半分に折れても会話は普通に出来るようだ。私はユカリのように失神する事も無く平然と続ける。
「魔導人形って?」
「私が開発した魔力を含んだ水で動く人形よ。アリスはその試作品ってとこかしら」
「え?アリスちゃんを全部シオン一人で作ったの?」
「そうよ」
「凄いっ!天才じゃんシオン!」
私は目をキラキラ輝かせシオンの手を握った。
「でしょ? 私ってば何でも出来ちゃう天才なのよ」
「マ、マスターっ!」
アリスちゃんはシオンを呼んだ。話に夢中になり過ぎて目の前の惨状をすっかり忘れていた。アリスちゃんの腰から流れ出すオイルにゴブ蔵が入った衝撃で壊れた保健室……。
「……帰ろうか、クライン!」
「……あぁ」
私とクラインは保健室を出ようとした。が――。
「あんた達…手伝って貰うわよ?」
シオンはにっこりと、私が戦慄を覚えてしまう程の邪悪な笑みを浮かべた。
またまたこんばんは西條です。
今回出てきた聖魔学園保険医シオンですが実はマドカ達のクラスの担任でもあります。……と、言ってもクラスは1クラスしかないのですが…。
聖魔学園の空き教室などは生徒達の個室部屋となっています。
今のところ聖魔学園の教師はシオン一人しかいません。
一人で保険医や担任は務まるのか…?と思いますが聖魔学園はなんでもアリなのでかなり雑に勤めているそうです。
シオンはパッと見、幼い少女の姿をしていますが実年齢は…………ゲフンゲフン




