解り合えない者
ーー英雄の卵達ーー
「きゃあっ!?」
ーーー雷が近くに落ちた。
それも珍しく大きい。雷に驚いたユカリは室内にも関わらず悲鳴を上げその場にしゃがみ込み女子らしい意外な一面を見せる。
「ちょっとユカリ……ここ室内だよ?」
私は呆れながらプルプルと震えるユカリを半目で宥める。
迷いの森から無事帰還した私達は保健室にいる担任にゴブリを五匹討伐した事とチーム結成の申し出をするべく廊下を歩いていた。
その途中で雷が落ちたのだ。雷が落ちたのは迷いの森付近。まだ私達が森で迷っていたら被雷していたかもしれない。たぶん。
「私は心臓に悪いものが苦手なんだ。……お化け屋敷とか」
ユカリは口は悪いものの実は非常に繊細で女子らしい一面を持っているのだ。「そこがユカリの可愛いところでもあるんだけどねー」とは私は笑った。
「まぁいいけど……ってクラインは?」
私が後ろを振り返えるがクラインは見当たらない。勝手にどこかに行ってしまったのか……思えば迷いの森から聖魔学園に至るまでクラインは一言も言葉を発していなかった。どこでいなくなってしまったのかもこれでは分からない。
「あぁ、あいつな。あいつならトイレに行ったぜ。下痢か何かじゃないのか」
「……口を慎め」
クラインを馬鹿にするユカリの背後に本人が現れユカリの頭を容赦なく殴った。今のは当然ユカリが悪いので私は止めない。
――殴った右手は新品の白い包帯が巻かれていた。トイレで血の付着した包帯と取り換えてきた……のかな?
「痛ッ!! 何も殴ることないだろ!?」
「言葉の使い方には気を付けるんだな」
「あ"ぁ?」
ユカリが明らかに喧嘩腰だ。このままでは喧嘩に発展してしまう。ここで私が仲裁に入らなくてはと口を開いたその時――。
「アンタ馬鹿じゃないのッ!!」
少女の怒鳴り声が廊下中に響いた。これにはユカリとクラインも喧嘩そっちのけで顔を見合わせてしまう。
私は声が聞こえた曲がり角からそっと顔を覗かせた。
廊下のど真ん中では聖魔学園の制服を着た少年少女が物凄い形相で喧嘩を繰り広げている。私は少年少女の喧嘩に耳を傾けた。
「もう一度言うわ。 アンタ馬鹿?」
怒鳴り声の主は薄水色のキャスケットを深々と被った少女であった。髪の毛までキャスケットに入れているためパッと見、少年なのか少女なのか曖昧だが女性特有の高い声と制服のスカートで少女と判別可能だ。
「馬鹿とはなにさー。逆にカノンがこの本の良さが分からない方が僕的に「馬鹿じゃないの!」だね」
怒鳴られている銀髪の少年は火に油を注ぐような言い方で反撃に出た。あぁ……キャスケットの少女の顔がみるみる真っ赤になっていく。あの銀髪少年は人を怒らすのが得意らしい。
「うるさいわねっ!アンタのその本のどこが良いって言うのよ!意味わかんないッ!」
私は銀髪少年が大事そうに持っている本を見た。
表紙はピンクの背景に二次元の幼女二人が抱き合っている絵。タイトルは〈ゆり☆ぱら〉。本の左端には小さな文字でR⒙と書かれていた……。
「あ……あれは……ッ!」
私の全身に尋常では無い衝撃が走った。血の気がさーっと引いていくのが分かる。
「……どうした」
横で見ていたクラインが言う。クラインは普通の表情だ。どうやらあの本が何なのか分かっていないらしい。普通ならばあの本を見ただけでも失神する。私でも立っているのがやっとだ。
「あの本は〈ゆり☆ぱら〉……しかも私も持ってない限定盤……あのまぼん魔本から放たれるよう幼き気は私や大の大人まで虜にする恐ろしい本だよ……!」
「おい待て。それ⑱禁だろ」
ユカリの言う事は口笛で軽く受け流した。
「あの銀髪、只者ではないな……」
「あの同人誌、通販じゃ取り寄せてないんだよー!いいな!いいなぁー!私も欲しいなー!!」
「私が言うのもあれだが……お前らマジ終わってんな」
ユカリが冷ややかな目で私とクラインを見るがそんな事は気にしない。それより私の視線は〈ゆり☆ぱら〉に釘付けだ。
今一番自分の欲しいものが目の前にある――平常ではいられない。私は興奮気味で会話を聞いた。
「カノンってば本当頭固いよね。やっぱり今の時代は同人誌でしょ!二次元最高!!」
「アンタの同人誌の良さなんて解りたくないわよ!やっぱり本と言えば今も昔もこれ魔導書に限るわよっ!アンタには理解できないでしょ?この人類の英知が凝縮された神聖で崇高なグリモワール魔導書が! しかもこれ初版なのよ!!!!!!」
カノンと呼ばれる少女は大事そうに持っていた分厚い魔導書を自慢げに見せつけた。銀髪の少年は興味なさげな顔だ。そして私も同じである。
小難しい魔導書なんかより同人誌の方が数百倍、いや数千倍良い。
魔導書――聖魔の力を借りなくとも詠唱するだけで魔法が使える魔導師の必需品。炎の聖魔がいない極寒の地でも魔導書があれば炎の魔法が使えるインスタント魔法。
魔法の威力は聖魔の加護を受けたものよりは格段に低いがその分魔力の消費量が極端に少ない。魔導書の魔法は悪魔に致命傷を与える事が可能で威力は申し分ない。その点に置いては便利だが魔導書の欠点はその値段だ。
魔導書はとにかく高い。一番安い初級魔法が記された魔導書でも軽く五万クロムはする。魔導書は古い物ほど値が張る。カノンちゃんが持っている魔導書はかなりボロボロだ。重厚な革表紙は使い込まれて本のタイトルが擦り切れている。
買った魔導書をカノンちゃんがボロボロにしたのか、元からボロボロの魔導書を買ったのか。元からボロボロの魔導書を買ったのならば相当な値段はするはずだ。百万クロムは余裕だろう。
だけど少女にそれだけの資金はあったのだろうか?無いだろう。百万クロムなんて普通に働いて稼げる金額じゃない。
「はぁ……そんな本魔導書しか読まないから友達いないんだよ。カノンは」
「うるさいわねっ! 同人誌しか読んでないアンタに言われたくないわよ!」
図星を指され動揺しているのかカノンちゃんは真っ赤な顔を更に真っ赤にさせ魔導書をブンブンと振り回した。銀髪少年は簡単にひょいひょいと避けカノンちゃんの怒りを更に買う。怒り狂ったカノンちゃんは全ての力を込めた渾身の一撃を銀髪少年目掛け振り下ろす――。
しかし振り下ろすよりも早く先にカノンちゃんの華奢な腕に限界が来てしまい魔導書を手放してしまった。
すぽーーん。とカノンちゃんの手から放れた魔導書はそのまま一直線上に飛んでいく。
「おっと、危ない」と銀髪少年は突撃してくる魔導書をひょいと横に避けた。
「馬鹿!ここは当たりなさいよ!」
「いやでも痛いし?僕ドMじゃないし?ドMはあの自称盗賊で充分と言うか……」
カノンちゃんの手放すタイミングが良かったのか魔導書は勢い止まらずに飛んでいく。このまま飛べば正面の窓ガラスを突き破り二階から真っ逆さまだ。二階から落ちても魔導書は大丈夫だが……。
不幸な事に今の天候は生憎の雨。魔導書の文字が雨で濡れてしまったらお終いだ。
「ちょっ!!なんとかしなさいよ!」
「自分で投げたんでしょ?」
カノンちゃんは銀髪少年に助けを求めるが銀髪少年は意外にも冷たい。
ここは私の出番かとドヤ顔で赴こうとする。こう見えて速さには結構自信があるのだ。
「―――失礼」
「え?」
――少女の声が聞こえ横を向くと同時に、一陣の風が吹いた。
少女の姿を捉えたのは一瞬だけ。その後は風のように消えてしまった。ユカリとクラインの顔を見るが二人とも一瞬の出来事できょとんとしていた。呆然としていた三人はカノンちゃんの怒声で現実に引き戻された。
「あれ初版なのよ!?しかも結構高いんだからどうにかしなさいよ!」
「高いっていくらさー」
「千万クロム」
「わお☆」
カノンちゃんが冗談を言っているようにも見えない。
千万クロム……庶民がコツコツ働いてもそんな金額一生貯まらないだろう。私も思わず「わお」と言いそうになった。
「でもカノン。残念だけどもう間に合わない――」
銀髪少年が諦め、魔導書が窓ガラスと衝突寸前間際。
一人の少女が疾風の如く現れ魔導書を片手で掴んだ。今の行動は瞬発力、腕力、素早さ全てを兼ね備えていないと出来ない芸当だ。
「ふぅ……。危うく、窓ガラスが一枚割れる所だったな。 二人とも怪我はないか?」
少女は焦る様子も無く紳士的な態度で魔導書をカノンちゃんに手渡した。
一本一本が絹糸のようにきめ細やかな髪を緑色の勾玉が付いた赤い髪紐で後ろに束ね背中に垂らしている。
二本の刀を腰にぶら下げたその恰好は東洋の国に伝わる職業『侍』の格好によく似ていた。
雪のように白い肌に綺麗に整った顔。すらっと伸びたしなやかな肢体、そして紳士的な態度。容姿端麗とはまさにこの少女の事。申し分ない容姿だが一番皆の目を引いたのが髪の色である。
「本で見た事があるわ……。アンタ白の一族ね」
カノンちゃんが物珍しげな表情で言った。
――黒の一族もいれば反対に白の一族もいる。二つの一族は太陽と月、聖魔と悪魔のような相互関係だがお互いの仲は最悪と言っていい。
侍少女を見たユカリの顔つきは一気に悪くなり舌打ちをした。
「私はスイコ・ミナズキ。純粋に魔を祓う為だけにここに来た。これからよろしく頼む」
白の一族は黒の一族とは違い礼儀正しい。
スイコさんは自己紹介が済むと二人に握手を求めた。二人はそれに応じると自分達も自己紹介を始める。
「僕はカナメ。カノンのチームメイトだよん」
「カノリア・バロン。 カノンはこいつが勝手愛称付けて呼んでるだけ。言っておくけどあたしはアンタ達と慣れ合う気はさらさら無いから。で、でも魔導書の事はその……感謝してるっていうか……い、一応礼は言っておくわね。……ありがと」
「カノンがデレた」
「う、うるさいわねッ!とにかく!あたしはアンタ達とは慣れ合わないんだからっ!」
カナメくんに怒鳴り散らすとカノンちゃんは顔を真っ赤にしながら私達のいる反対方向へズカズカと走り去ってしまう。カナメくんもスイコさんに手を振ると急いでカノンちゃんの後を追った。
私もスイコさんに挨拶くらいしておこうかと思ったがユカリがムスッとした態度で一向に動こうとしない。黒の一族のユカリは白の一族であるスイコさんを敵対視しているのだ。私は「困ったなー」と頭を掻いた。
「そう怒んなくてもさーいいじゃんユカリー?喧嘩する気は無いって言ってたし? スイコさんいい人そうだよ?」
「相手がどうであれ私は幼い頃から「白の一族は敵」と教えられてきたんだ。だから仲良くする気は全く無いぜ」
ユカリだけではなく黒の一族全体も相当なひねくれ者らしい。全くもって黒の一族と白の一族は正反対の存在だと改めて実感した。
「そろそろ私も行くとしよう。 ……そこの三人も次に会う時は握手を交わそう」
スイコさんとの距離は離れているのにも関わらずスイコさんは私達の気配を完全に察知していた。スイコさんは私達がいる方向に「失礼する」と言い颯爽に去って行く。
か、かっこいい……!!!!!!
同性の私でもトゥンク……!ってなっちゃった!??
スイコさんの姿が完璧に見えなくなるとユカリは何事も無かったかのように歩き始めた。
「それじゃ保健室に行くぜ」
「切り替わり早っ!」と私は苦笑し歩き始める。
「……どうして黒の一族は白の一族と仲が悪いんだ」
珍しくクラインから話しを振って来た。ユカリに聞かれると厄介なので小声で言ったようだ。ただでさえボソボソとした声が更に聞き取りづらくなる。
まぁこれもクラインの気遣いの一種なのかな?と耳を澄ませクラインの質問に答える。
「うーんとね、詳しい事はよく解んないけど大昔に白の一族が黒の一族を「黒は闇に近い色だから」って理由で大量に処刑をしたんだって。過ぎた事だから仲良くしようって言う白の一族の人も多いみたいだけど黒の一族は仲間を処刑した事を根に持ってるみたいで……」
「……外見だけで人を区別するのはよくない。 ツインテが根に持つのも分かる気がする」
「でもさ、一歩踏み出してスイコさんに話しかけてみればユカリも変われると思うんだ」
「人間、怨みは死ぬまで消えないものだ」
「そんなことないもん!」
珍しく、人に怒鳴ってしまった。
後悔しても遅い。クラインは癇に障ったのか声を荒げ対抗する。
「いいやあるね。お前は何も分かっちゃいない。人は誰かを憎まずにはいられない。 ……現に俺もそうだ。俺の家族を殺したあの悪魔を生涯許す気は無い。一生憎み続けてやる。息の根を止めても一生、な」
大切な何かが消える。
私には記憶が無いから昔のことは分からない。でも……クラインの話を聞くとなんでか分からいけど……胸の奥がチクリと痛んだ。
何か大切な事を忘れている、そんな気がした。
「……悪魔は人を殺すしかない生物。憎くて仕方がない。だが一番憎いのは俺自身だ。自分に力があれば家族を助けられた――そう思う事が何度かある。だから俺は力を欲しにここへ来た」
あまり喋ることの無いクラインが感情を露わにし自分の過去を打ち明けた。感情があまり顔に出ないクラインだが今は悔しさで顔を歪ませている。
「おーい! お前ら置いていくぞ?」
ユカリが遠く離れた場所で叫んだ。長年ユカリと付き添ってきた私が言うのもアレだがユカリの存在をすっかり忘れていた。
このままではまずいとクラインに謝ろうとするが目を逸らされた。普通に傷つき落ち込んでしまう。
気まずい雰囲気になってしまった私達は視線を合わせる事無く無言でユカリについて行った。
舞台は不気味な森から一変、マドカ達が拠点とする聖魔学園から始まります。
多分、本編で語られる事は無いだろうと思うのでここに書いちゃいますが四階建ての校舎でグラウンドや庭園があり割とデカイです。
近くが森に囲まれてるので一般人は殆ど立ち入りません。
生徒達の食事は基本外食ですね。購買的なものは自販機だけ。
授業は月に数回くらい…ですかね?
……な、なんかすごい無茶苦茶な学校ですね…汗
私の学校もなんかとんでもないとこだったけどここも絶対とんでもない(;つД`)
ま、まぁこんな感じに次からは聖魔戦記の舞台を徐々に掘り下げていこうかなと思います。