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間があいてしまい、もうしわけありません。
隔日更新は無理でした。
アナスタシアと水滴さんのお話はまだ続くのですが、これから更新は不定期となります。よろしくお願いいたします。
ロック鳥の襲撃から十数日が経過しました。
物流への影響は依然残っております。これまで荷馬車は荷の種類ごとに自由に運行しておりましたところ、騎士団の護衛とまとまって動く必要があり不便ですし、荷の積み降ろしが集中するため混雑するという弊害も起きているとのことです。ただし荷馬車の数が減ったわけではないため、物資の往来が大幅に減るようなことはなく混乱は最小限に留まったそうです。
街道沿いに派遣される騎士団の皆さんが大変なのは変わりありませんが、当初数日間こそ不眠不休だったものの今は落ち着きを取り戻し、交代で休養を取れる体制を取り戻せたとのことです。
北方山脈に向かった調査団からの報告はいまだなく、予断を許さぬ状況が続いてはおりますが、表面上は平穏な日々が戻ってまいりました。
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水滴さんの能力の解明はずいぶん進みました。
どうやら、水滴さんは小匙一杯ほど飲んだものなら、なんでも出せるようになるようなのです。
どの程度まで『なんでも』なのかはまだまだ調べている途中なのですが、かなり幅広い『なんでも』であるのは間違いありませんわ。ミルクとミルク粥以外にも、様々な物を出せるようになりました。
まず試したのはミルクから作るクリームとチーズとバターです。クリームはミルクに似ていることもあってか、あっさり成功いたしました。
チーズとバターは固まっているものなので『飲む』のが難しいのではないかと思われ、一度熱して溶かす必要があるかと予想していたのですが、水滴さんがちょんと触れると触れたところが溶けていくので問題ありませんでした。
机やお皿や硝子の小瓶、それにわたくしの手に乗ってもそれらを溶かすことはありませんのに、不思議なものですわね。
バターとチーズを出す場合、容器の形の通りに固まった状態になるようです。バターは柔らかいのでまだ良いのですが、チーズが硝子のコップの中で固まってしまった時は困ってしまいましたわね。日持ちする固い種類のチーズでしたので、全然出て来ないのですもの。そうそう、味はとっても美味しいチーズでした。そのチーズはミリーが厨房に持ち込み、その日の夕餐は温めて溶かしたチーズにパンや野菜を絡めて頂く【チーズフォンデュ】でした。
次に挑戦したのが【クリームシチュー】と【マカロニグラタン】です。どちらもミルクをたっぷり使う料理で、わたくしミルク粥の次とその次に好きな料理でしてよ!
こちらは半分成功、半分失敗といったところでしょうか。【クリームシチュー】は具材に数種類の根菜やお肉が入っていたのですが、水滴さんが出したものはとろりとした【シチュー】の部分だけでしたし、【マカロニグラタン】も【マカロニ】の入っていないソース部分だけになっていました。
ミルク粥の時は押し麦の粒も刻んだパンも完全に再現しておりましたのに、何が違うのでしょうか?具材の大きさかしら?このあたりは引き続き調べる必要がありそうですわね。
ミルクから離れて、他の物はどうかと思い試してみましたところ、こちらもたくさんの成果がありました。
日々の食事の際に定番の飲み物として供されるオレンの実やグレンの実のジュースは試す機会も多く、出すことができるとすぐに確認できました。
オレンの実とグレンの実はデマーゼル領の特産ですから入手は容易く、あえて水滴さんに出してもらう必要はないのですけれど、水滴さんがいればコップ一つ準備するだけで搾る手間なしにいつでも新鮮なジュースが飲めると考えると、とても素晴らしいですわ!
レモンやライムの搾り汁は料理の香り付け用として数日おきくらいの頻度で出ますので試すのは容易でした。もっとも、その結果コップ一杯ずつレモンとライムの絞り汁ができてしまった時は、本当にどうしたものかと悩みましたわね。小匙一杯どころか、数滴ほどもあれば十分なものですのに。これは水滴さんに再度飲んでもらいました。
その他、デマーゼル領で手に入る様々な種類の果実を少しずつ入手し、試してみました。
果実はそのままでは水滴さんの口に合わないようです。果肉を潰してジュースにしないとダメなようなのです。ただ、それが判ってからは大いに捗りました。
水滴さんがジュースを出せるようになった果物は次の通りです。
林檎
桃
苺
蜜柑
メロン
バナナ
パイン
キウイ
トマト
ここまで判ってきたところで、わたくしは水滴さんの能力の範囲を推測して次なる研究対象を決定いたしました。
ある程度均質なもので、液体またはやや流動性のあるもの。つまり。
ジャムですわ!
推測は当たりました。
水滴さんは、用意した苺のジャムと完璧に同じものを出せるようになったのです。
続いて林檎のジャム、杏子のジャムと次々と成功いたしました。蜜柑のジャムは、果皮の細切りが再現されないのではないかと危惧していたのですが、特にそのようなことはなく元と同じ果皮の細切りが入った蜜柑のジャムを出してくれました。
もっと色々なジャムがないものかと思いましたが、残念ながら白百合城の厨房にあったジャムはこの四種類だけでした。
ここでわたくしは、重大なことを見落としていたことに気付きました。真っ先に試しておくべきものを忘れていたのです。そう、それは。
蜂蜜、ですわ!
新鮮な果実の甘さ。果実を煮詰めることで甘味を凝縮したジャムの甘さ。どちらも美味しく、どちらが優れているとも言い難いところですが、それらがかすんでしまうほどの力強く全てを圧倒する甘さ。それが蜂蜜です。もはや一段違う領域にある、とさえ言えますわね。
そして蜂蜜は、公爵家といえども使用の際には多少のためらいが生まれるほど稀少な食べ物でもあるのです。
はたして、水滴さんは蜂蜜を出せるようになるのか。わたくしは、小匙一杯の蜂蜜が水滴さんに混じり合っていく様子を瞬きすることさえ忘れて見守りました。
小匙の蜂蜜は全て水滴さんに飲み込まれ、小匙の表面は布で拭ったかのように綺麗になりました。水滴さんの色が無色透明から、黄金にも似た輝きを帯びた蜂蜜色に変化しています。
否が応にも期待が高まる中、蜂蜜色の水滴さんは硝子のコップの中で膨らんでぷるぷると震えました。
震えが止まると、硝子のコップの縁から無色透明に戻った水滴さんが、つつーと滑るように出てきます。
後に残された、この蜂蜜としか思えないとろりとした液体。わたくしが小匙で液体をほんの少しすくい、まさに舌の上に乗せようとしたところでコップと小匙が奪い取られました。
ああっわたくしの蜂蜜(?)がっ!
「いけません、姫様。約束をお忘れですか?魔道具で安全を確認してからにしてくださいまし」
ミリーでした。にこにこしておりますが、怒っておりますわね、これは。
蜂蜜(?)が入ったコップと小匙を持ってミリーは無情にも行ってしまいました。
ああ、わたくしの蜂蜜(?)。わたくしにできたことは、視線だけでミリーの背に追いすがることだけでした。
(この後、蜂蜜は無事安全が確認され午後のお茶会でビスケットにかけて美味しく頂きました)




