第一話 ここは地獄に違いない
(やっぱり、綺麗だなぁ)
私は、何度目かも分からない感想を心の中でつぶやいていた。
それほどまでに目の前で倒れている少女は、見とれるほどの気品と美しさを兼ね備えている。
外見は私と変わらない、十六歳くらいの少女。
しかし、彼女の背中に生えたコウモリのような黒い羽と、頭に小さく生えた二本の角が、人間ではないことを嫌でも知らしめていた。
西洋のお嬢様のように透き通った白い顔。風になびく灰色の髪。穴だらけのローブの隙間から見える、触れるとすぐに壊れてしまいそうな華奢な体。その体からは、いたるところに痛々しい傷口が開き、真っ赤な血を垂れ流している。
――誰が見ても、満身創痍。
それでも。
――いや、だからこそなのかもしれない。彼女は、どこか気高く、美しかった。
一緒に爆発に巻き込まれて、仲良く地べたに這いつくばっているからこそ、すぐそばでその美しい顔を堪能することができる。私は、ほんの少しだけ得をしたような気分になっていた。
しかし、ここは私がいた日本ではなく、楽園でもない。
地獄だ。
周りに駅や電柱、公園なんてものは存在しない。スマホの画面を見ても、アンテナは圏外と表示されている。空は赤黒い雲に覆われ、辺りは不気味に薄暗い。
そして、死が目の前に迫るといった、現代の日本とはかけ離れた光景が広がっていた。
夢であってほしいと何回も願った。けれど、背中から感じる熱されたような痛みと、止まらない出血。徐々に呼吸が浅くなっていく感覚が、否応なくこれが現実だと突きつけてくる。
痛みをこらえて、視線だけを反対側に向けた。
そこに転がっているのは、一部分が腐った肉の塊。胴体だけが横たわっている塊。胸を貫かれ、何が起きたのか分からないといった形相で横たわる塊。
どれもこれも、黒い羽と角を持った“彼女と同じ種族”のものだった。
数えきれない死体のそばで横たわっているせいで、私の制服は泥と血で汚れており、嗅いだことのない不愉快な匂いがこびりついている。
私は、この地獄に来てからすでに二度吐いた。
しかし、少量の胃液がまた出口を求めて、喉の奥へとせりあがってくる。
――もう、限界だ……。
右も左も、赤黒い肉で染まったこの地に”救い”は無いのかと空を見上げるが、そんな救いはとっくに消え失せていたことを、また思い知らされるだけだった。
何せ、先ほどまで私と少女を追って、攻撃してきた真っ白な大量の”異形”が、私たちを見下げながら宙を舞っているのだから。
――天使。
赤ちゃんの頭に金色のわっかを付けて、白い羽を生やし、やさしい笑みを見せながら人々を救う存在。みんなが思い描く天使像は、こんな感じ。
確かに、頭にわっかがあって、白い羽を生やし、やさしい笑みを浮かべている。
しかし、彼らがまき散らすものは、救いとはあまりにもかけ離れていた。
輪郭はまるで壺型の花瓶のようで、膨らんだ中央には、誰かのほほえんでいた瞬間だけを無理やり切り取ったような仮面がくっつけられている。
背中には白く輝く羽が、キィィィンと耳を塞ぎたくなるような不愉快な金属音を出し続けて、花瓶の取っ手の部分には光の剣のようなものがぶら下がっていた。
辺りに転がる死体は、あの天使もどきに殺されたのだと、容易に想像がつく。
表情を一切変化させない顔が、こちらを見た。
私たちに向けられる、大量の光る剣。
そしてその直後、天使たちは一斉に降りてきた。
まるで、光の雨が降り注いでくるように。
足はもう動かない。だんだんと、周囲の音が遠のいていく感覚もする。
(この子だけは守るって……誓ったのに……)
「▭▭……▭▭……▭……▭……」
少女が今にも消えそうな声で私に語り掛け、手を差し伸べてきた。相変わらず、彼女が何を言っているのか言葉は理解できなかったけど。
それでも私は、手を伸ばした。
見ず知らずの女の子でもいい。私はただ、今この瞬間に、人の温もりが欲しかった。
(今までありがとう、おばあちゃん。ごめんね、天ちゃん。もう駄目みたい……)
私のたった一人の家族であるおばあちゃんに、今まで育ててもらった感謝を。
ずっと仲が良かった幼馴染に、謝罪の言葉を心の中で述べて、彼女の手を握り返す。
お互い血まみれの手が、しっかりと握られた。
血で湿ってはいるけれど、確かな温もりを感じる。
――瞬間。
血の温もりとは違う、何かが流れ込んできた気がして。
目の前に、白い剣先が迫る。
私は目をつぶって、覚悟を決めた。
ガッと、鈍い音が響く。
自分の体が貫かれたのだと思った。
しかし、
ゆっくりと目を開けると、
私の目の前では、信じられない光景が広がっていた。
あの謎の少女が、立っている。
立派な黒いドレスに身を包み、全てを飲み込まんとする漆黒の翼を広げ、その手には煌々と輝くヴァイオレットカラーの大鎌。
そして、その鎌の刃は、天使の顔面を豪快に貫いていた。
「これで、戦える」
彼女は呟くと、私の方へと顔を向けた。
その瞳は、握られた鎌と同じくらい輝いている。いや、それ以上に鮮やかに、より紅に近い色で輝いていた。
「選んで。このまま野垂れ死ぬか、アタシと共に戦いの道へ進むか」
これが、私と謎の少女改め”ヴァミリア”との出会いだった。




