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出来事の裏側と、後日談(村娘ニナのこと)

たくさんの方に読んでいただき、とても嬉しく思います。

後日談を読みたいという感想を頂いたので、書いてみました。

後日談というより、本編の裏側から見たもう一つの物語というような感じになりました。

カルディン村の娘から見たお話です。

 

「すまない、俺には好きな人がいる。お前のことも大事だけど、それは妹みたいなもんなんだ。大丈夫、お前には他にいい奴がいるよ」


 その日、私はかれこれ5年間好きだった人に、振られた。




 私はニナ。

 このカルディン村で生まれ育った。

 そもそも住んでいる人が少ないから、あんまり若い人が居ないけれど、それでもこの村の中では一番美人だと言われている。

 馬丁のジムなんか、顔を見れば私に求婚して来るぐらい。

 でも私は、幼い頃からずっと好きな人がいる。


 父はカルディン村の特産であるガラス工芸の職人をしている。

 私の好きな人は、父が所属しているガラス工房の息子だ。

 名前はネイト。歳は私の1つ上。

 ネイトは背がすごく高くがっしりしていて、短い黒髪が男らしい美男子だ。

 この村の中では、群を抜いてかっこいい。

 それにネイトの家は村唯一の大きな工房を営んでいて、シープネル家には村長だって頭が上がらない。

 なのにネイトは偉ぶらないし、落ち着いていて大人っぽい。

 ジムなんかとは大違い。

 いつも優しくて頼り甲斐があって、私はずっとネイトが大好きだった。


 だから、勇気を出して告白した。

 ……振られてしまったけれど。



 ネイトの好きな人は知っている。

 ネイトの従姉のマーサさんだ。

 マーサさんは王都でも大きな商会の娘で、初めて見た時は、確かにこの村には居ないような、垢抜けた綺麗な人だと思った。

 これでは、私も敵わないと思った。


 けれどお父さんから、マーサさんが結婚したと聞いた。

 それでもまだネイトは諦めていなさそうだったけれど、偶然村に来たマーサさんを見かけて驚いた。

 髪はパサパサで肌もボロボロ。

 化粧で隠しているけれど、隈も酷い。

 正直見る影もなくて、昔とは大違いだった。


 もしかして、今ならマーサさんに勝てるんじゃない?

 そう思った。


 だけど、ダメだった。

 ネイトは本当にずっとマーサさんのことが好き。

 一度告白して振られたという話も聞いたけれど、ずっとずっと気持ちが変わらないみたいだ。

 ネイトがマーサさんを見つめる顔は、本当に好きなんだろうという切なそうな表情をしてる。

 でもそれは、マーサさんが見ていない時にしかせず、普段は普通に接している。


 私もネイトも、報われない恋をしている。

 なのになんで私にだけ「他にいい奴がいる」なんて言うの。

 酷いよ。





 一度振られてしまったけど、私はまだずっとネイトが好きだった。

 ネイトの恋は報われない。

 それなら、いつかは私のことを見てくれる時が来るかもしれない。

 そう思っていたのに……。


 ある日、マーサさんが村にやって来た。

 旦那さんと離婚して、これからはこの村に住むのだという。

 信じられない!

 ネイトはとても嬉しそうだ。

 普段は落ち着いていて、クールな感じすらするのに、マーサさんが来てから顔がちょっと緩んでいる。

 信じられない! 信じられない!

 苛立ちをジムにぶつけながら、それでも私はまだ諦めていなかった。

 だって、マーサさんは特にネイトのことを何とも思っていなさそうだから。

 私だってまだ負けない!



 けれど、マーサさんは村に来てからどんどん元の綺麗な姿に戻っていった。

 お父さんから聞いた所によると、王都ですごく辛い目にあっていたらしい。

 それを聞くと可哀想な気もしたけれど、私には死活問題だった。

 マーサさんが綺麗になったら、今度こそ私に勝ち目はない気がした。


 だから、もう一度ネイトに告白することにした。



 結果は惨敗。

 本当にネイトは余所見するつもりなんてこれっぽっちもないみたいだ。

 いくらマーサさんが村に来たからって、ネイトのものになる訳じゃないのに……。





 コックロイルズとの取引が無くなったと村中騒いでいたと思ったら、この村の温泉で化粧水を作ることになったとかで色んな人がこの村を出入りして、とても慌ただしくなった。

 マーサさんとネイトで新しい商売を始めたみたいだ。

 村の人たちはみんな大丈夫かと不安を覚えていたけれど、いつの間にか村は前よりも豊かになっていた。


 そしてカルディン村に新しく化粧水製造の作業所が出来た。

 そこでは主に村の女性たちが一日三交代制で働いている。

 でもそれだけでは人が足りないので、販売元のブラウン商会からも出向して来ている人もいる。

 私も、カルディングラスの容器に化粧水を詰める仕事を始めた。

 それまでやっていた自作のアクセサリー販売より、実入りがよくて、助かっている。

 アクセサリーは趣味でも作れるもの。


 工房も作業所も、「誰一人無理をしない」という標語を掲げた。

 マーサさんの王都での失敗を生かしているらしい。

 苦しい時に力を合わせて乗り越えるのは良いけれど、誰か無理をする人が居てはいけない。

 それは全員の為にならない。

 だから、私たちが作れる範囲でしか作らない。

 どうしてもそれを超えなきゃいけない場合は、外注するか、外から人を連れて来る。

 これを徹底しているらしい。

 だからだろう。

 慌ただしくはあるけれど、村の雰囲気は明るいまま変わらなかった。

 そんな風に環境が変わっていく中、いつの間にか半年以上が過ぎていた。



 その日、私は村の女性たちと作業の合間に休憩を取っていた。

 休憩室のテーブルでお茶を飲んでいた時、噂好きの友だちが急にバンっと扉を開けて入ってきた。


「聞いて! ネイトとマーサさんが、ついに結婚を前提に付き合い始めたって! 」


 ええー! と女性たちは老いも若きもは恋の話にきゃいきゃい騒いでいたけれど、私は全然そんな気になれなかった。


「広場でさ、ネイトが両手を突き上げてやったー!! って叫んでたよ! 」

「えー! うそー! あのネイトが!? 」


「ニナ? どうしたの? 」

「私……帰る……」


 まだ作業が残っていたけれど、とても仕事をする気になれなくて、引き止める声を振り切りそのまま家に帰ってきた。

 1人泣いていたらジムが花を持ってやってきて、そんな私を見て驚いていた。

 ネイトは恋を叶えてしまった。

 報われない恋をしているのは私だけ。

 私は悲しくて悲しくて、ジムの前でまたたくさん泣いてしまった。




 翌日、泣き腫らした顔で職場に行ったら、作業所の所長に呼び出されて怒られた。

 仕事を放り出して帰ったんだもの、当然よね。


 この所長は、昔マーサさんの下に付いてコックロイルズで働いていたそうだ。

 マーサさんの元旦那さんにも厳しいことを言ったことがあるんだとか。

 コックロイルズが無くなり、カートンで職員をしていたけれど経営方針が合わずに辞めて、マーサさんの所に来たらしい。

 王都で商会の中枢にいた人だ。

 そんな人から見たら、私の態度はとても許せないものだっただろう。

 私は恥ずかしくなった。


 私は、所長にも、作業所のみんなにも深く頭を下げた。

 仕事はきちんとやらなければ。

 所長が、辛いことがあったのならば仕事を調整してもいいと言ってくれたけど、私は断った。




 それからしばらくして、所長が私を呼び出した。

 化粧水の瓶に付属するチャームを作ることになり、その開発チームに入らないかという。

 どうやら元々私がアクセサリーを作っていたことを村の女の子から聞いて、そのアクセサリーを見てみたらしい。

 そしてマーサさんやネイトに打診してくれたみたいだ。

 私はびっくりした。


「私も使えると思わなければ打診なんてしませんよ。あなたなら出来ると思ったからしたのだし、マーサさんたちもあなたのアクセサリーを見て、これならと抜擢したのです。もしかしたらあなたには酷かもしれませんが……どうしますか? 」


 所長はどうやら私の気持ちに薄々気付いているみたい。

 でも、こんな機会滅多にない。

 これまでの私の技術が、村のために活かせる。

 私は決めた。


「やらせてください」



 商品の開発チームは、私を入れて3人。

 私以外はなんと王都から来た人たちだ。

 そんな人たちとやっていけるか不安だったけれど、

 侃侃諤諤と意見を交わしてとても面白い。

 思わず夜遅くまで話し合ってしまい、マーサさんに「無理はダメ! 」と怒られてしまったこともある。

 王都の最先端のデザインも勉強させてもらって、私は充実していた。


 働く場所が変わったら、ネイトやマーサさんの居る工房が近くなった。

 2人は工房の中の事務室にいることが多い。

 それに、仕事で2人と接する機会も増えた。

 これまで以上に、ネイトとマーサさんを目にするようになった。


 ネイトは長年の片想いを実らせて本当に嬉しいみたい。

 村の人たちもネイトの気持ちを応援していたから、「やったな!」「お前の粘り勝ちだ! 」とよく肩を叩かれている姿を見る。

 それまで大人っぽくて、どこかクールだと思っていた面影はない。

 ただただ嬉しそうに顔を綻ばせている。

 最初は「騒ぎすぎ! 恥ずかしい! 」と拗ねていたマーサさんも、そんなネイトを顔を赤らめつつ幸せそうに見ている。


 その笑顔は、本当に本当に綺麗だった。




 そして、ついにネイトとマーサさんの結婚式。

 結婚式は、村の人だけでなく会頭を始めとするブラウン商会の人たちも来て、大盛況だった。

 所長が元コックロイルズの職員をこっそり呼んだりもしていたようだ。

 所長たちはボロボロ泣いていた。


 マーサさんは、オフホワイトの光沢のある生地で出来た、マーメイドラインのウエディングドレスを着ていた。

 とてもよく似合っている。

 髪にはフリージアの花を飾っている。

 ネイトの胸にも、フリージアが咲いているようだ。

 礼拝堂で誓いを交わす2人は、まるで一枚の絵の様にお似合いだった。


 式が終わり、パーティーになると、私はマーサさんに近付いた。


「おめでとうございます、マーサさん」

「ありがとう、ニナちゃん」


 マーサさんは花が咲いたように笑った。

 私は、ずっと聞きたかったことを、思い切って口にした。


「あの、マーサさんは……ネイトのことが好きですか? 」


 ネイトは、長年ずっとマーサさんのことを思っていた。

 でもマーサさんは一度だってネイトのことを相手にしていなかった。

 本当にネイトのことが好きなのか?

 離婚して、ネイトに絆されただけじゃないのか?

 私はそれが気になっていた。

 マーサさんは少し驚いたようだけど、すぐに笑顔になって言った。


「ええ。とても。とても好きよ」


 それは、幸せそうで、恥ずかしそうで、

 多分これまで見た中で一番、綺麗な笑顔だった。



 なあんだ。

 マーサさんも、ちゃんと好きなんだ。

 私に勝ち目なんて、これっぽっちもなかったんだ。


 私の負けだ。

 完敗だ。




 すると私たちの所に、ネイトがやってきた。

 ネイトは少し気不味そうにしたけれど、私は心からの笑顔で言った。


「おめでとう、ネイト。お幸せに」


「ああ、ありがとう」


 ネイトは少し頬を染めて、今まで見たことのないような、満面の笑みを浮かべた。


 こうして私の初恋は、幕を閉じたのだった。










 それから3年後。

 ジムの管理している厩の前で、ネイトがゆるみ切った笑顔を晒していた。


「聞いてくれよ! アリアが昨日初めてパパすきって言ったんだ! それを見てマーサが“あらママと同じね”って笑って、俺は幸せすぎて死ぬかもしれない! 」

「はいはい、分かったよ。それは良かったな。仕事の邪魔だどいてくれ」

「つれないぞ! ジム! 」


 “大人っぽい”だとか“クール”だとかという言葉とは真逆の表情で話している。

 ネイトは2年前に生まれた娘、アリアちゃんにメロメロだ。

 アリアちゃんはマーサさんのような栗色の髪で、顔立ちはどことなくネイトに似ている。

 でもネイトはマーサさん似だと主張していて、「ほらこの口元とか! 」と力説してくる。

 すっかり親馬鹿だ。


 結婚してから色んなことが振り切れたのか、ネイトはマーサさんに所構わず愛を囁いていて、子どもが生まれてからは感謝も頻繁に捧げている。

 マーサさんもそんなネイトにすっかり慣れたのか、最近ではくすくす笑いながらありがとうと言っている。




 そして、もうすぐ子どもが生まれるジムの所に、妻と子どもの惚気を言いに来るのだ。


「まあ、うちの嫁さんの方が可愛いけどな」

「いやそれはない。絶対マーサが世界で一番。間違いない」

「ちょっと、失礼じゃないネイト」


 私は大きくなったお腹を抱えて言った。



 そう、私はジムと結婚した。

 私が辛い時、悲しい時、いつも支えてくれていたのはジムだったとようやく気付いた。

 そして、報われない恋をしているのは私だけではないと気付いた。

 ジムだってそうだった。

 ネイトのことしか見ていない私を、ずっとずっと、私だけを好きでいてくれた。

 そう考えると、野暮ったいと思っていた癖の強い赤毛も、鼻の上に散ったそばかすも、段々と愛しく見えてきた。


 今更、とか、都合が良すぎるんじゃ、とかとても悩んだ。

 でも、そんな時、マーサさんのネイトのことを好きだと言った時の笑顔を思い出した。

 そうだ。

 大丈夫。

 だって、私はジムのことが大好きだから。



 そして、私たちは1年前に結婚した。

 もうすぐ子どもも生まれる。

 そしたらジムは、ネイトと共にだらしない顔で子ども自慢をするのだろう。

 私とマーサさんは呆れながら笑うのだろう。


 私たちは、みんなとっても幸せだ。



これにて完結です。

ありがとうございました。



——————




現在最新作を連載中です。

推理ジャンルですが、私としては恋愛がベース(のつもり)です。

そちらもよろしくお願いいたします。


「誰がマリー・ロビンを殺したか」

作者名から飛んでいただければ嬉しく思います!

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