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正体

「エオニオ王がその魔法をかけた? アーロンさんを監視してる? エオニオ王が……生きている? ……」


 アーロンが話してくれたすべてをエルストは復唱した。そしてひたいを掻きながら「理解が追いつかないや」とこぼす。


「アーロンさんに〈自殺できない魔法〉と〈魔力の監視魔法〉をかけたのはエオニオ王だ……っていうことはわかりました。でも……」

「ドラゴンでもなくアルムムの民でもない、ただの人間が、五百年も生き長らえていることが信じられない……かい?」


 煙が充満する自室であぐらをかきなおし、さらに葉巻の煙を吐き出しながらアーロンが言った。エルストは、そのとおりだ、と何度も首を振る。


「エオニオが『ドラゴンの肉体を食った』としても?」


 エルストは今度は口をあんぐりと開けた。


「……まさかエオニオ王はドラゴンに〈クレボ〉を!」

「ああ。そのとおりさ。だがそれには欠点があった」


 「欠点?」とエルストは顎に手をあてる。


「あ……そうか。〈クレボ〉は食べた相手を殺さなくっちゃいけないから。そういう魔法でしたね。だけどドラゴンは殺しても死なない。だからドラゴンを食べたとしても、その魔力を使えるようにはならなかったってことですね」

「ご名答。だもんで、エオニオはただ死ねない体になっただけで……今もヤツが自由に使えるのは自分の魔力だけだってことさ」

「それでも信じられないですよ。僕の先祖で、神様になった人が今も生きてるだなんて」

「信じられないも何も、さっききみもその名前を口にしてたじゃないか」

「え?」


 エルストは何度もまばたきをした。すると部屋前の通路から「エルスト様ー!」という大きな呼び声が聞こえてきた。エルストが通路に出たところ、先ほどまで地上にいたはずのベルとアギがドタバタと足音をたてながらエルストを探している最中だった。「ベル、アギ、ここだよ」とエルストが手を挙げると、それに気づいたベルは血相を変えて走り寄ってきた。アギも「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」などとうろたえた様子だ。


「王子〜! 大地を揺るがす仰天の事実が発覚してもうたー!」

「アギ、ここにはほかの住民もいるだろうから静かにね。ところでゲムは一緒じゃないの?」

「王子がおるなら地下には行かへんって言って地上に残ってるで」


 エルストは少し落胆し、ベルとアギとともにふたたびアーロンの自宅に戻った。


「仰天の事実って?」


 アーロンは無表情でアギとベルを見ている。


「アーロンさん、それはですね……って、うわ、何この部屋、けむたーい!」

「ああ、悪いね」


 アーロンは床に葉巻をこすりつけ、火を消した。


「……で、話の続きを聞かせてくれよ」

「そうそう、アーロンさん、エルスト様、よく聞いてくださいね。じつは……」


 気を取り直し、ベルが話の続きを言おうとしたところ、アギが遮り、


「プロトポロのジジイの正体はエオニオやったんやーっ!」


 と告げた。ベルは「ちょっとアギ、先に言わないでよ!」などと言ってアギを小突いている。


「えっ?」


 一方、事態を理解できていないのはエルストだ。この場で最も悠長にしているアーロンが補足する。


「エオニオはドラゴンの肉体を食べたが、ただ死ねないだけの体になった。だが国王エオニオのまま人間社会で生きていくのにはちと不便だ。そこで王位は子どもに譲り、エオニオは神になったことにして、当人は『プロトポロ』という別人として現代まで生きることにした……ってところだろ、おれはヤツの本心は知らんが」

「ちょっと待ってくださいよ! ベルもアギも何を言い出すの? そんな、いきなり突拍子もないこと……」

「ワシらもまだ信じられへんけど、でもゲムがさっきそう言ったんや! エオニオはまだ生きてて、それがプロトポロやってな。ワシらはいてもたってもおれずに王子に伝えにきたんや」


 エルストは頬を引きつらせている。全員の言うことを信じないわけではないが、簡単に信じられる話でもないのだ。シワが寄った眉間を掻き、エルストはアーロンに尋ねる。


「じゃあプロトポロはどうしてそんなことを?」

「『どうして』って?」

「そもそもドラゴンを食べようと思ったキッカケです。だって、ふつう……いや、めったなことでは思いつきませんよ。いま聞いた話、すべて!」

「そもそものキッカケねぇ。これはおれのオヤジから聞いた話だが……」


 アーロンは顎を撫でながら続ける。


「……あ、その前に、きみたちテレーマとプロメテシアのことは?」

「僕もベルもアギも知ってます」

「んじゃ話が早いね。で、なんだが、もともとテレーマを最初に封印しようと考えたのはエオニオだったんだ」

「それって、エオニオ様がプロメテシアって子どもを利用したって話ですか?」


 ベルが尋ねた。アーロンは首を振る。


「それはエオニオがとった次の手段。最初、エオニオは自分の体を使ってテレーマを封印しようと考えてたんだ」

「でも、人間の魔力じゃドラゴンを封印できるのは……」

「せいぜい数年だね、エルスト。おれたちアルムムの民の、生まれたてホヤホヤの赤ん坊が封印しても、五百年がいいとこだろうな」


 エルストはベルと顔を見合わせた。アーロンの言うことが本当なら、コネリーの封印は――そう考えたが、今はアーロンの話を聞こうと思い直し、エルストはふたたびアーロンを見る。


「だからきっと、エオニオはテレーマを永遠に封印しておきたかったんだろう。だからドラゴンの肉体を食べた。ウワサじゃドラゴンに擬態できるようになったとかなんとか聞くが、それでもドラゴンの魔力を使えはしなかった。……当然だよな。ドラゴンは死なねえんだ。殺せねえんだから」


 アーロンの言葉を聞きながらエルストは下唇を噛んでいた。そして、「プロトポロはどうして」と言う。


「どうして僕たち子孫には『エオニオ王はテレーマを打ち倒した』なんて話を残したんだろう。プロメテシアの封印が解けること、わかってただろうに」

「さあね。意地汚いエオニオのすることなんて、おれにはわかんねえや」

「じゃあアーロンさん、エオニオ王、いや、プロトポロがあなたに魔法をかけた理由もわかりませんか?」


 エルストが尋ねると、アギは「せや」と頷いた。


「おたく〈自分では死ねない魔法〉をかれられたっちゅうのはホンマなんか?」

「ゲムはあなたの魔力の減り具合が監視されているって言ってましたけど……なんのために?」

「質問はひとつにしてくれよ、アギ、ベル。たしかにおれはそういう魔法をかけられた。エオニオがそうした目的は……これもオヤジから聞いたことだが……おそらく、人間がどんなふうに魔力を減らしていくのかを研究するためだろうって話だ」


 研究、とエルストが呟く。


「エオニオ王の時代にはもう魔法研究所が設立されていたはずだ……ということは、アーロンさんも被験者だったということですね」

「『も』っていうのは?」


 アーロンの視線を受け、エルストはとなりのベルを見た。


「ベルか。へえ、きみみたいな少女がね。なんの実験台だったんだい?」

「ドラゴンと……人間のハーフを生産する実験です」


 ベルが答えると、アーロンは目を大きく開き、しばしのあいだ言葉を失っていた。そしてようやく言葉を発したかと思うと、やたら苦々しい顔を浮かべた。


「それが本当なら……数日すれ違いだったな」

「数日? 誰と?」

「きみの家族と、だよベル」

「……家族ゥ?」


 アギがさらに訊き返したが、ベルは首をかしげている。


「ベルのご両親はサルバに殺されたんでしょ?」


 エルストがそう確認すると、ベルはそのとおりだと頷いた。


「サルバに殺された? ……」


 するとその話を奇妙だと言わんばかりに眉を歪めたのはアーロンだった。


「なんか会話が噛み合わへんな。おたくはワシらと誰がすれ違った思てんのや、アーロン?」

「いや……まさにいま聞いた名前のヤツだが」

「え?」


 エルストもベルも理解が追いついていない。


「サルバだよ」

「……はあ?」


 アギはアーロンに、いつになく真剣な声を返す。


「おたく、冗談はやめときや! よりにもよってその名前がベルの家族の一員とか! 笑えへんで」

「べつにきみたちを笑わかしたくて言ってるんじゃねえよ。だいたい、王族ならサルバのことだって知ってるだろう?」

「ああ知ってるわい! サルバは二年前、ベルのパパとママと、それから王子のオトンを殺した犯人や!」

「アギは王族じゃないだろう……しかしまさか、それだけかい、サルバについて知ってるのは?」

「ほかに何があるっていうんですか!」


 ベルもまた真剣な表情だ。


「サルバが私の家族って……何それ。ほんとに笑えないよ……」


 このときエルストが耳にしたベルの声は、エルスト以上に困惑したものだった。

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