〈最強の魔法〉と、エルストとベルの生まれかた ★
「いま、〈最強の魔法〉って言いました、コネリー様? っていうか、そしたら、この女の人、五百年生きてたってことですか? でもそれって……」
ベルは何から問いただせばいいのかわからないといった顔でこぶしを振り回しながら言う。そこへエルストが割り込んだ。
「ちょっと待って。〈最強の魔法〉って〈相手が誰であっても絶対に殺せる魔法〉なんじゃないの、ベル? きみはそう言ってたよね。でもテレーマは今も生きてる! 兄上、どういうことですか? 〈絶対に殺せる魔法〉なんじゃないんですか?」
「なんやなんや! ぜんッぜんわからへん! ワシ〈最強の魔法〉のことは知らへんぞ!」
アギもわめいている。
「いちから説明するよ。そろそろテレーマがここに近づいてきてるけど」
ぱらぱらと砂くずを散らす天井を一瞥し、コネリーはその後死体に目を向けた。
「いいかい。エルストは何か勘違いしてるようだけど、初代国王にして国教の神エオニオが使ったという〈最強の魔法〉——〈ラウフヤドム〉は、〈相手が誰であっても絶対に殺せる魔法〉なんかじゃない。〈封印魔法〉だ」
「封印?」
エルストとベルは眉を寄せた。コネリーは答える。
「もとはアルムムの民が考案した魔法だ。魔法を使った者と魔法をかけられた者の肉体をひとつに結合させ、魔法をかけられた者の動きを一切封じてしまう効果がある」
「アルムムの民ってたしか、加工済みドラゴンを生み出した種族ですよね」
「そうだよ、エルスト。今となっては希少な種族だ」
「相手の動きを封じてしまうんなら、殺せるってことじゃないんですか?」
ベルが訊いた。だがコネリーは首を横に振る。
「だがそれでは死んだことにはならないし、そもそもいつかは解けてしまう。事実、テレーマは『五百年ものあいだずっとここに封印されていた』が、その死体の彼女プロメテシアの死により、こうして復活した」
「え……」
ベルがぺたりと腰を落とし、床に崩れた。
「そんな。絶対に殺せないんだったら、サルバはどうやって殺せば!」
「サルバ?」
ベルのつぶやきにコネリーが耳を傾けたが、それ以上何も答えられないベルにかわり、エルストが言う。
「僕たち、二年前王都を襲ったサード・エンダーズを潰そうとしてるんです。あのときベルは両親を、僕も家族を……って言っても、サルバに殺されたのは父上だけだったってことになりますけど……とにかくサルバを殺してサード・エンダーズを潰す。それが僕たちの目的です」
「そうか……」
そう頷くと、コネリーはプロメテシアという女の死体の頬に触れた。
「〈ラウフヤドム〉はエオニオが使ったことにされているが、実際のところはエオニオのかわりにこのプロメテシアが使用した魔法だ。だがエオニオは、なぜテレーマを〈封印〉させたのだと思うかい、エルスト?」
「それは、ええっと、テレーマはドラゴンだから。不死であるドラゴンを殺す手段なんて知らなかったから?」
エルストは先ほどテレーマと対峙したとき抱いた『不死を殺せるわけがない』という己の絶望感を思い出した。
「そのとおりだ」
コネリーは頷く。
「だからエオニオは、自分の妻とドラゴンを交わらせ、妻から産まれてきた、ドラゴンの血を引くこのプロメテシアに〈ラウフヤドム〉を使わせたんだ」
「は!?」
するとアギが素っ頓狂な声をあげた。
「ま、待って。どういうことですか、兄上! この死体の人プロメテシアは、エオニオ様の妻と……ええっ?」
エルストも動揺している。
「そのプロメテシアは人間とドラゴンのあいだに生まれたヤツっちゅーことか!?」
「そうだよ」
コネリーはアギの言葉を否定しなかった。
「〈ラウフヤドム〉は魔法使用者の魔力が尽きるまで効果を発揮するものだ。だからエオニオは、ドラゴンのような長い寿命があれば、テレーマをずっと封印しておけると踏んだんだ。しかし結局、彼も読みが甘かったのか、それともそれを見越していたのか、プロメテシアの寿命は五百年だけだったってことだけど」
そこまで言い終え、コネリーはプロメテシアから手を離した。
「五百年。それも人間からしてみれば、とても長い時間のように思えますけど」
人間は百年も生きることができない。それを考えてみれば、五百年はエルストにとって永遠に近い年月に思えた。
「エオニオはね、後世の人間にテレーマの殺害を託したんだ」
「託した?」
「プロメテシアがテレーマを何百年も封印してくれているあいだに、きっと自分の子孫が殺害方法を見つけてくれるって、そう託したんだよ。エオニオの子孫、つまり僕たち王族に」
エルストの水色の瞳がまばたきをした。
「だが」
コネリーの声色にわずかな苛立ちがうかがえた。
「僕たちの父上含む歴代の王族たちはみな見て見ぬふりをし続けた」
「見て見ぬふり?」
言いおぼえのある言葉に、エルストは不快感をおぼえた。コネリーは答える。
「自分たちは子孫さえ残せば、次代の子孫たちがきっとテレーマを殺してくれるだろうと、『今わざわざ自分がやらずともあとから生まれた者たちがきっと解決してくれるだろう』と放棄したんだ!」
「僕たちの先祖は何もしなかったってことですか、兄上?」
「そういうことだ」
「じゃあ王子たちは今、そのぶんのツケが回されてきてるっちゅうことか?」
「そういうことだ」
コネリーはさらに続ける。
「エルストと、エルストと同時期に魔法研究所で生まれた男女のきょうだいにね」
これにエルストは首をかしげる。
「僕と同時期に生まれた兄妹? 魔法研究所?」
「これは僕も、この体になってから知ったことだが、十八年前、王都で火災に見舞われた魔法研究所では、ある兄妹が意図的に『生産』されていたんだ。その魔力を利用するためにね」
「生産って、なんだか気色のいい響きではありませんね、兄上」
「そうだな」
エルストに指摘されると、コネリーは意味ありげにうつむいた。しかしすぐに顔をあげ、改めてその『兄妹』について語る。
「兄のほうは名をドールといい、サード・エンダーズになっている。一方で、妹はテンという夫妻に引き取られたらしいが……」
「『テン』?」
耳にしたことのある名だ。エルストは嫌な予感をおぼえた。
「その兄妹はプロメテシアと同じように人間とドラゴンのあいだに生まれた子どもだ。ゆえに、ふたりとも人間離れした魔力を秘めていると予見されている」
コネリーはたしかにそう言った。
そのとき、聞き慣れた声がエルストの脳裏をよぎっていく。
——「そういえば、私とエルスト様って同い年ですよね!」
エルストは目を瞠る。
そのまま視線を床に移す。
己のとなりでうずくまっているままのベルは、相変わらず口をつぐんでいた。
「ベル、まさか……だよね?」
エルストが呼びかけたが、床を見つめるベルは返事をしようとはしない。
「ねえ、違うよね。『きみじゃない』よね? きみはベル・テンっていうけど……きみのことじゃないよね? 僕と同い年っていうのも偶然だろ?」
自分が何を期待しているのかはエルスト自身にもわからなかったが、エルストは、とにかく床にしゃがみこみ、ベルの肩を揺さぶらずにはいられなかった。
「エルストの宮廷魔法使いが……」
弟とその宮廷魔法使いの様子を目の当たりにしたコネリーも事を察したらしく、短く息を飲んだ。
「アギ! アギ、なんとか言ってよ!」
こういうとき、『ボロ『』を出すのはアギのようだが、彼はエルストの思うようには明かそうともしなかった。しかし、その表情から、まったく無知であるというわけでもなさそうだ。
「ウソだろ」
しだいにエルストは頭を抱え始める。どうやらベルは本当にその『妹』であり、ほかならないベル自身それを知っているようだ。この様子ならアギも知っている事実なのだろう。
テレーマが暴れ狂う上階の揺れを感じながら、エルストは口もとを撫でる。
一緒にサード・エンダーズを潰そうとこぶしを合わせたときも、隠れ家で食事をしたときも、帝都に潜入したときも、負傷したときも、いつもベルは己の出自を隠していたと考えると、エルストは彼女にどのような顔をすればよいかわからなくなり、ただただ王国への怒りが腹の底から沸きあがってくるのをこらえるしかなかった。
「兄上」
こうなったら兄に洗いざらい吐いてもらおう。エルストはそう考えた。
「その兄妹はなんのために生まれたんですか? いや、僕とその兄妹は、と訊いたほうが正しいですか。結局、僕も利用されるために生まれたってことなんでしょう?」
これに、コネリーは頷くしかなかった。
「ああ。王国が、テレーマを封印し続ける魔力を得るためだ」
「今さら? 封印し続けるって?」
見て見ぬふりをしてきたという王国が、十八年前になって突然テレーマへの対策を講じたことに、エルストはこの上ならない疑問を抱いた。
「魔法学園には魔力を測定する装置がある。代々国王はこれを使ってプロメテシアの魔力の残量を計測していたんだろう。そして父の代になり、いよいよプロメテシアの死が現実味を帯びてきた。だが、王国は、〈ラウフヤドム〉以外にテレーマを封じる方法を知らない」
「だからテレーマを再封印しようと?」
「ああ」
「そんなの……そんなの勝手すぎる。どうして今なんだ。どうして前もって……」
エルストは言いながら立ち上がる。
「そのためだけに、ベルはッ!」
そしてすぐに言い直す。
「いや、その兄妹と僕は生まれて、生かされてきたんですか? 自分の魔力を王国に使われる、たったそれだけのために?」
「エルスト、おまえの気持ちもわかるが……」
「わからないでしょ! 兄上にはわかるはずがない! 次期国王で、婚約者がいて、ふつうの人間としての将来が約束されてた兄上にはわかるもんかッ! テレーマを封印するって……ベルや僕はそれだけのためにしか生きちゃいけないんですか? ねえ!」
エルストはコネリーに掴みかかった。ごつごつした鎧がエルストの手に当たる。
対するコネリーは自由の利く左手でエルストの腕を掴んだ。
「エルスト、僕はおまえが出産された直後、おまえのへその緒が食べられているとき、母上を止められなかった。僕も先の王族たちと一緒さ。そしておまえとともに暮らしていくにつれて、いま僕がなにもしなくても、エルストが自分で、あるいは誰かの助けを受けながらきっとなんとかすると思っていた」
「兄上……」
「だが二年前のあの夜、おまえだけがサムに連れられて生き延びていく姿を見たとき、サルバはおまえには過酷すぎる試練かもしれないとようやく気づいた」
「あのとき、兄上は死んでいなかったんですね」
エルストの右目に涙が揺らいでいる。
「ああ。生きていた。見ていたよ」
兄がどのような気持ちでそうしたのかはわからないが、エルストは、あのとき、兄が己を守ってくれたことを忘れたわけでもない。ありがたさと嬉しさと憤りが混じったおかしな感情にエルストは頭を苛まされる。
「僕はただ、おまえに押しつけていただけなんだ。自分はなんの保障もしないくせに、〝おまえの未来は魔法がなくてもなんとかなる〟と」
「そんなの……」
「勝手だよな」
コネリーが苦笑いしたとき、真上の階から爆音が轟いた。エルストは身を震わせる。テレーマが来たのだ。
エルストはコネリーから離れ、もう一度ベルの方を揺さぶる。
「ベル。ベル、立って! アギもしっかりして!」
「テレーマか?」
「そうだよ、アギ! ぼけっとしてたら殺されちゃうよ」
「エルスト様……」
まるで何百年ぶりにベルの声を聞いたようだ。エルストはほっと安堵する。そしてちからずくでベルを立たせた。こんなに気力を失ったベルを見ていると、エルストは自分が背筋を正さねばならない気にばかりなってしまう。いつのまにかおかしな感情はなりを潜めていた。
「ベル、あとで悩もう。今はとにかくテレーマだ」
「でもテレーマはドラゴンです……」
「……そういえば」
ベルに言われ、エルストは兄の言葉を思い出す。
「兄上、兄上はテレーマに〈最強の魔法〉を使うって……」
その兄のほうを振り向き、エルストは口もとを歪ませる。
「まさか兄上!」
「僕がテレーマを『封印』しても、僕はただの人間だ。魔法はいずれまた解けてしまう」
コネリーは弟の呼びかけをさえぎり言う。
「だからおまえのちからを貸してほしい、エルスト。これが最後の『押しつけ』だ」
「なんですか?」
天井が崩壊し始める音を聞きながら、エルストはコネリーを前に眉根を寄せた。
コネリーは続ける。
「僕の魔力が尽きないうちに……おまえの手で王国の未来を救ってほしい。サルバやテレーマもいない、喜びや嬉しさ、たのしさに満ちた未来を作ってほしい」
そう言い終えると、コネリーはエルストとベル、アギを城の外に転移させ、自らは、エルストを狙って城を破壊するテレーマの巨体へと立ち向かっていった。




