弟から目をそらし続けていた兄と、兄から目をそらされ続けていた弟
「僕が力を貸す? 〈最強の魔法〉って、兄上はそれを知ってるんですか!?」
コネリーの左手から伝わる温度を感じながら、エルストはわけもわからず訊き返した。
「僕、魔法は……ううん。それとも、魔法以外で、僕にできることがあるっていうんですか、兄上?」
「おまえに魔力がない理由のことは?」
コネリーにさらに質問で返され、エルストは一瞬戸惑ったすえ、こう答える。
「母上に……僕の体の一部を食べられた、から……」
「誰から聞いた?」
「プロトポロっていうおじいさんです」
エルストは隠れ家で留守をしているプロトポロの顔を思い出した。
「そうか、彼か……」
「プロトポロさんのことご存じなんですか、コネリー様?」
ベルが尋ねた。
「そこまでは知らないんだね」
コネリーの返事はそのようなものだった。エルストとベルは首をかしげた。コネリーは続ける。
「〈クレボ〉っていう魔法なんだけどね」
「……ん? ああ、魔力を奪う魔法のこと……ですかね。私は知らないけど。アギは知ってるんでしょ?」
「せやな。そういう名前やったで、たしか。ワシも数百年ぶりにその魔法の名前、聞いたけどな」
そう言ったアギの声は小さかった。
エルストは魔法の名前などには興味を示さず、ベルの手を離し、その手でコネリーの左手首を強くつかむ。
「母上は本当にそんな魔法を使って僕の魔力を奪ったんですか? 兄上はずっと知ってたんですか?」
するとエルストの剣幕にコネリーは動じず、
「おまえが生まれたときから知っていた」
と答えたのだった。エルストは顔を歪ませ、どうしてだと問いながら、このときコネリーに対して少なからず失望をおぼえた。
「兄ちゃん正気かッ?」
「まさか、ほんとに、王妃様たちはそんなことを……」
コネリーは目くじらをたてるアギと動揺するベルを一瞥し、ふたたび弟と向き合う。兄をまっすぐに見つめるエルストは、アギのような憤りとベルのような困惑を混ぜ合わせた顔をしている。
「どうして黙ってたんですか? それとも僕の魔力を利用するつもりだったんですか?」
兄を責め立てるような口ぶりの弟に対し、コネリーは平然と、こう答える。
「両親はそのつもりだったんだろう」
その直後、
「んああーッ! 私、そういうのキライッ! すッごくキライっ!」
たまらずベルが頭を抱えながら叫んだ。エルストは困惑しつつもベルをなだめたあと、ふたたびコネリーに質問する。
「兄上は? 兄上も僕を利用するつもりで?」
「僕はおまえが母上に食べられている瞬間を目撃した。が、そのときは僕も幼くて、母上が何をしていたのか知ったのは、魔法の勉強を始めてからのことだった。つまりおまえの魔力は母上にすっかり奪われてしまったあとのことだったんだ。だから僕は、おまえの魔力のことは、両親に任せることにしていた。ずっとね」
その返答を聞いたとたん、エルストはコネリーの手を力強く押しやった。
コネリーの体がよろけようとも、エルストは一切構わなかった。
「僕、兄上と会えたことがとても嬉しいです。兄上が生きていたなんて感激だ。だけど母上のときと同じだ……素直にちっとも喜べない! 兄上が今おっしゃったことはつまり、僕のことについてずっと見ないふりしてたってことですよね?」
エルストの叫びは続く。
「僕の魔力を奪って、おまけに最近僕を殺そうと突然現れた母上といい、あなたたちはどうして僕にそんなひどいことをするんですか? 『知ってたんなら、なんとかしてほしかった』って思うのは、これは僕のワガママですか? こんなこと思う僕のほうがおかしいんですか?」
この言葉に、ベルも重ねる。
「人間が人間を好き勝手に扱うことって、そんな簡単に許されてしまうことなんですか? それともそれが王族ってやつですか? そんなの、テレーマもアデルフィアもコネリー様たち王族も、みんな同じってことじゃないですか!」
「王族……王族か。そうだね」
コネリーは気弱な声を聞かせる。
「たしかに僕たちはエルストを好き勝手に生み、好き勝手に魔力を奪ったということになるんだろう。見ないふりしてたっていうのも、否定はできないし、むしろそのとおりだ」
そしてゆっくりと立ち上がった。
「エルスト、王族として、おまえに見せたいものがある。それから、エルストの宮廷魔法使いのベル、きみにも」
「私たちに見せたいものって?」
「来ればわかる。エルスト、おまえに王族としての自覚があるのなら――ついてきてほしい」
コネリーは右足を引きずりながら歩き始めた。エルスト様どうしますか、とベルがとなりで訊いてくる。エルストはしばらく悩んだあと、
「くそっ」
王族としての覚悟をもち、兄のあとをついていくと決めた。
◇
次々とテレーマが城を破壊する振動とその音に身を震わせながらエルストらが案内されたのは、エルストも知らない城内の地下だった。おそらく最下層になるのだろう。そこへ続く階段も細く狭く、おまけに真っ暗だった。ベルが光を放ってくれたものの、一行の足もと以外、何も見えなかった。
そうしてたどり着いた地下空間は——謁見の間と同程度の広さがある部屋だった。いや、部屋というよりも空洞だ。壁さえまともに整えられていない。
「ここは本当に城の中なんですか?」
エルストは暗い空洞じゅうを見回しながら兄に尋ねた。そのとなりでは、マントをまとったベルが杖先の光をいっそう強めている。
「あっ」
コネリーからの返事を待つ暇もなくエルストは目前に何かを見つけ、駆け出した。
「大丈夫ですか!?」
「エルスト様、そこに誰かいるんですか?」
驚いたベルもエルストに続いた。コネリーはふたりの後ろ姿をじっと見ている。
「女の人が倒れてるんだよ、ベル、アギ! だけど、もう……」
「死んでもーとるんか?」
「うん、そうみたい、アギ。だけどふたりとも見て。この人、なんだかおかしくない?」
何者かの死体のそばにしゃがんだエルストはベルとアギに死体を見るよう促した。
「うわ、なにこれ」
やや引き気味に声を出したのはベルである。その目は死体を凝視している。
「なんかが〝剥がれてもーた〟みたいな、脱皮した、みたいな、そんな感じちゃう? 脱皮っちゅうか、分離?」
アギが言ったとおり、その死体は異様な姿をしていた。
あらためてエルストも死体を確認する。それはたしかに髪の長い女の死体なのだが——不思議と丸裸のまま死んでいるし、何より体から、なんらかの物体が剥がれ落ちたようにしている。まるで、かつてはふたつの体同士が癒着しており、そのうち片方の体だけが分離していったような姿である。
「しかもさ、この女の人、おでこからツノみたいなものが小さく生えてるし、なにより、壁と一体化してない?」
そう言い終えたエルストは頬をひきつらせながら、死体の下半身を指さした。
エルストが指したところを見たベルは、無言のまま手で口もとを覆う。アギもいつのまにか言葉を失っている。
「兄上。兄上はこの死体の人を知ってるんですか? この女の人が、どうしてこんな姿なのかも。もしかしてこの女の人が、僕たちに見せたいもの?」
するとコネリーは相変わらず右足を引きずってエルストらのもとへ近寄る。そして歩きながら、
「そうだよ。彼女は五百年前、テレーマに〈最強の魔法〉を使ったんだ」
と言った。




