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暗殺師たちのクロニクル  作者: 黒弌春夏
RESISTANCE FOR DESTINY
9/11

白の魔法

 沈黙したまま三人が歩みを進めた先は、大きな廃工場だった。

 唯翔がネロと会ったあの場所も廃墟ビルだったが、この周辺にはそういった人の出入りが少なそうな建物は多く散見された。唯翔自身、歩みを重ねていく程に、人気が少なくなっていくのを感じていた。

「ついたぞ」

 乾いた声がそう告げて、唯翔は李一の正面に立った。

「ここでやり合おうってことでいいんだよな?」

「あぁ。お前の覚悟を見せてもらおうじゃねぇか。どうやら邪魔するようなものもいないようだしな」

 李一が二階建ての工場の中を見渡すよようにして言った。

 工場内は散らかってはおらず、もぬけの殻状態だった。それが唯翔にとっては好条件だった。

 一歩一歩距離を取って、ある程度の位置に二対一で分かれる。

 唯翔は自分がいつもの自分でないような感覚に気付いていながら、それに身を任せることしかできなかった。白装束の連中を相手にした時の状況は上手く思い出せないが、それが自分がやったことだというのは明確に分かっていた。

 妙な感覚は未だ続いていいる。なんとなくいつもより視界が良好で、根拠のない勝算を感じ取っていた。

「いける」


 お互いに正対し合う。暗殺師側は、李一が一歩前に出ていて、芦菜が一歩引いている状態だ。二人は刀を手にし、唯翔は右手にメモ帳を持っていた。

「本当に二対一でいいのか? お前死ぬぞ」

「本来そうなんだからこうあるべきだろ」 

 勇ましく言い放つも唯翔は内心ざわついていた。

 一撃でけりを付ける。このメモ帳にはそれだけの威力があると書いている。この魔術を使えば、勝てる。ただ、初めて使う技が上手くいくかは分からない。なにせ、先ほどまでに使った魔法とは威力のレベルが桁違いすぎるのだから。

「いい覚悟だが、俺は容赦しねぇぞ」

 李一が刀を構えるのに対して芦菜は自分の意向を決めかねていた。

 どうして唯翔が立ち向かってくるのか。さっきまでとは違って好戦的。なんか魔法使えるようになってるし。

 正直、人を殺すことなんてできるだけしたくない。まして、何か事情がありそうな眼をしている彼を殺すなんて。

 芦菜は隣で構える李一に目をやる。

 もう1年以上の付き合いになるけれど、李一の考えていることが分からない。暗殺稼業をしている奴に碌な人間がいるとは思えないが、どんな気持ちで人を殺してきたのだろうか。そしてどんな気持ちで彼を殺すのだろうか。


「お前のタイミングでいい。かかってきやがれ」

「じゃあ」

 李一がハンデとして献上した先手を唯翔は最大限に活かす。

 固めた決意をもう一度固める。20年後の自分が信じてくれた自分を信じる。

 メモ帳を着ている学生服のポケットにしまう。

 利き手である右手を開いて正面へ突き出す。左手で右腕を支える。

「総ての事象をも超えてこの手に聖断の光を蝟集させ賜え!」

 場所を移動しながら今の今まで暗記していた言葉を声を上げて唱え始めると、同時に開いた右手を中心に白色の魔法円が浮かび上がる。

「白の魔法だと!?」

 唯翔が紡ぎ出していく言葉と出現した魔法円に素早く反応した李一はその色に驚愕する。

「俺が奴の手を切り落とす! お前は俺の補助につけ!」

 瞬時の判断で相手に向かって走り出し、李一は吠えるように指示する。

「白の魔法って何!?」

 李一が驚愕していることの理由が把握できていない芦菜は戸惑いながらも少し遅れて走り出す。

「後で教えてやる。今は目の前の標的のことだけ考えろ」


 事態は一刻を争う。芦菜の疑問に構っている暇はなかった。

 間に合え。間に合ってくれ。

 李一が白の魔法に関して知っていることはあまりなかった。ただ単に下級魔法よりも高度な上級魔法よりもさらに高度な特殊魔法であること。まだ術が発動できたわけではないが、実際にその魔法円を目にしたのは初めてだ。何が起きるか分からないから李一は畏怖の念を抱いていた。対策がとれないならば、根源を断つしかないのだ。

「闇を撃て! 最後の神託エクストレーマ・オラークル!」


 白色の光が辺り一帯を覆い尽くした。

 李一の刃は届かなかったのだ。

 芦菜は補助をしろと言われてもどうすればいいのか分からず、ただ唯翔の右掌に白く輝く粒子がどこからともなく集まっていくのを走りながら見ていた。

 その粒子が一閃と共に放たれた瞬間に、何かが李一の前に現れた。

 白で埋め尽くされた視界が晴れ、芦菜は結果を知る。

 背中から仰向けになって倒れている唯翔は外傷はないが、意識がない。

 李一はうつ伏せになって倒れている。こちらも外傷はなく、意識がない。

 芦菜の身には何もおきていない。眩しくて目を閉じただけだった。何もできなかった自分が許せなく顔を俯かせる。


「試験は合格だな。……が、これは予想以上の力だ」

 そう呟いたのは喋る猫ことネロだった。

 唯翔と李一の間に立ち、息を切らしていた。

「何が起きたの?」

 黒猫がどこから現れたのか、何が起きたのか、事態が把握できない芦菜は、尋ねたつもりではないが、自然に口から言葉が出ていた。

「唯翔が発動させた魔法で李一は倒れた」

「え!? 傷一つ付いてないのに?」

「あぁ。アイツが白の魔法アルバス、それもその中で強力な術を使うから俺が防ごうとしたんだ。だが、威力を弱めることしかできなかった」

「あなたそんなこともできるの!?」

 商会の会長と交友関係にある魔術師有栖竜翔の使い魔であるこの黒猫とは何度か会ったことがあるが、そんなにも有能であるとは思わなかった。

「猫だからといって甘く見られちゃ困る。すまないが、男共を商会まで連れていってくれないか」

 ネロはそう言うと、先に歩き出してしまった。

「無理よ! 女が男二人も運べるわけないじゃない」

 芦菜の叫びも聴かないままにネロは角を曲がっていく。

 放置できるわけもなく、芦菜は二人に声を掛けながら体を揺さぶってみる。意識がとんでいるので返事も寝返りもない。

 そもそも唯翔がどうして倒れているのか芦菜はよく分からなかった。


 どうしようかと迷っているとネロが見知らぬ男と共に戻ってきた。

 その男は誰もが認めるほどの美形ではあるが、あまり目立たないという感じだった。男性にしては少し小柄で女々しい顔立ちだった。

「僕がどちらかを担いでいくから、好きな方を選んでよ」

 男は爽やかに意地悪なことを言う。

「そんなのどっちでもいいわよ」

 倒れている二人の男子を見直しつつも芦菜は無愛想に答えた。

 レディファーストとでも思ってるならいい迷惑だ。

「じゃあ僕が手前の彼でいいのかな?」

 どうして初対面の人にそんな探るような言い方をしてくるのだろうか。

 そう思いながら芦菜は唯翔をおんぶする。

 男をおんぶするなんて初めての試みであり、重くてすぐにバテると思っていたけど、予想よりも楽だった。その理由が芦菜の筋力なのかそれとも唯翔が軽いという理由なのかは分からない。芦菜としては分かりたくないという思いもあった……。

「ところで、この人誰ですか?」

 名前も素性も知らない人と並んで歩くというのもどこかむず痒いので、芦菜は商会へ向かう道でネロに尋ねた。本人に直接訪ねなかったのは、初対面の印象が悪くちょっとした警戒心からによるものもあった。

「う~ん」

 ネロは視線を斜め上に移し、少し考えた。

「ただの知り合いだ気にするな」

「え……。あ、ちょっと!」

 言うなりネロは早歩きで前に出てしまう。

 唯翔を背負っているせいで追いつこうとすることもできなかった。

 ぜったい何か隠している気がするのだけれど……。


 ヨーッロパ風の街並みとは違った景色、下町のような雰囲気がある廃れた商店街の路地裏。レンガ造りの洋館が天楼院商会だ。

 歩いて辿り着いた商会の木の扉にかかる錠前を芦菜が鍵で開け、その先に待っていたのは綺麗なブロンドの幼女だった。

「おかえり!」

 天真爛漫な笑顔で出迎えてくれた彼女は、芦菜や李一が暗殺師として所属する天楼院商会会長の娘、エリルである。

 幼女が暗殺稼業を行う奴らと同じ屋根の下で暮らしているのはどうかと思うだろうが、彼女自身は毎日楽しそうなので周りも気にはしていない。

「ただいま~」

 芦菜は笑顔を作れるような心情ではないにもかかわらず、今できる精一杯の笑顔で返した。

「幼気な少女を一人きりにさせるなんて芦菜君はひどい御方だねぇ」

 男がニヤついた顔でからかう。

「ちゃんと会長がいますから」

 会長はいつも部屋に籠っているので安全かどうかと言えば、安全ではないけれど。

 ひとまず二人とも背負っている男をソファに座らした。

「どうしたの李一? それに……。誰だっけこのお兄さん」

 良い子のエリルは、自分が忘れてしまったのではないのかと、本当は見ず知らずの唯翔のことも一度会ったことがあるような風に質問した、かどうかは定かではない。


「李一はちょっと疲れて寝てるんだよ。それでこの二人は黒猫の知り合いさんと過去から来た人だよ」

 あまりエリルにかまってあげられないので、芦菜は簡潔に答えた。

「ふ~ん。この人も疲れて寝てるの?」

 エリルは人差し指でソファにもたれる唯翔の頬をツンツンする。

「たぶん、そうだよ」

 自分もわけを知らないが、適当に肯定した。

「唯翔は魔力の制御が出来ずに、オーバーヒートを起こしたんだ」

 ネロはエリルではなく芦菜に説明するようにすかさず言った。

「魔術を発動させる時、術者は己の魔力を制御し調節し発動させる。簡単な術から習得していくのが通常で、その中で自然と制御することを身に着けていくのだが、唯翔の場合、高等な術を早くも発動させてしまった。必要以上の魔力を放出してしまい、身体がついていけなくなったんだろう。これが唯翔が倒れた理由だ」


 ネロが解説している中、知人の男は唯翔を担ぎ始めた。

 エリルは遊び道具が無くなって李一の隣に腰を下ろした。

「そうだったんだ。知らなかった。……って、どこ行くのよ?」

 フロア奥にある階段方向へネロとその知り合いが唯翔を担いで行くのを見て芦菜は声を上げた。

 いくら、会長の友人の使い魔と知り合いであっても、無断でウロウロされるのは見逃せない。

「地下室を使わせてもらう。安心してくれ、天楼院リベルからの許可は得ているよ」

 地下室へ入るには鍵が必要なのだが、ネロはいつの間にかその鍵を咥えていた。それを振り返って芦菜に見せつけると、階段を降りていった。

 はぁ。

 芦菜は溜め息を零してテーブルに備え付けの木組みの椅子に腰を掛けた。白いテーブルクロスの掛けられたテーブルに、緊張していた糸が断たれるように伏してしまう。

 なんでこんなに疲れているのだろうか。走ったりもしたし、魔術も使った。思い返してみれば、疲弊するのも当然だったことが分かる。しかもさっきまで男一人背負って一キロメートルほど歩いてきた。よくよく考えてみたらすごいことしてると自身のことなのに感心してしまう。

「ジュース飲む?」

 さっきまでの会話をポカンとして聞いていたエリルが声を掛けてくる。

「うん。ありがと」

 エリルは仕事帰りの芦菜や李一をよく気遣ってくれる。未だ十歳にしてよく働いてくれる気の優しい子だ。てってこてってことキッチンに駆けていくその後ろ姿は可愛らしい。子供用のフリフリなドレスのような服装で金髪の後ろ髪が揺れる。


 天楼院商会の内装は喫茶店に似ている。エントランスがなく、扉を開けるともうそこはリビングルームになる。靴は脱がない。約十人くらいで囲めそうな長テーブルが中央にあり、一番に目につくだろう。李一が座っているというか、寝かされているソファは扉を開けて右手の壁際に寄せて置いてある。エリルが向かったキッチンは左手の奥にあり、西部劇とかでよく出てくる開き戸で出入りする。ネロたちが降りていった階段は二階へも通じている。二階はそれぞれの部屋があり、会長室もある。トイレや風呂場は共同。もちろんトイレは男女別々。風呂場は男女兼用で一つしかない。部屋の数には多くの余りがある。地下には魔術や剣術の練習ができる広間がある。

 あの黒猫。地下室で何する気なんだろう? 気になるけど、確かめに行くには気力不足だ。身体が重い。

「芦菜~。ジュース! ん。寝てるの?」

 エリルがテーブルにオレンジジュースの入ったグラスを置いても、芦菜は反応を示さなかった。

 顔を覗き込んでみると、瞼を閉じていた。




「そこに寝かせてくれ」

 男が地下室の固い床に書かれた魔法円の中心に唯翔をおろした。

「手伝わせることになってすまないな」

 ネロが少し申し訳なさそうに言う。

「いやいや~。お安い御用だよ~」

 男にしては可愛らしい笑顔を向けてくる。

「お前らしくないよな。いつもなら代わりに何か頼んでくるだろ?」

「たまにはね。無償の愛って奴をね」

 男は魔法円の外側に出て手をかざし始めた。

「早く始めたいのだろ?」

 ネロは驚いた顔を見せ、もう一度感謝の意を表した。

「じゃあ始めようか。裏技ってやつをね♪」


最後まで読んでいただきありがとうございます!

ブックマークも2件目がつきました!

登録して下さった方、twitterで応援して下さった方や、通りすがりの読者の方、そのほかの皆さんもありがとうございます!


第1章の半分までやってきました!

唯翔活躍回でした!

あと、あらすじに書いてる登場人物のエリルが初登場でした。


今のとこただのキャラ紹介コーナーですが、次回はちょっと違うことをしようかな。

では、今日は黒羽李一の紹介です!

 ・暗殺師2年目

 ・6月18日生まれの17歳

 ・175cm

 ・戦闘方法;刀と魔法(赤の魔法を得意とする)

 ・黒と赤が混ざったヴィジュアル系みたいな髪形(主張が強い感じではなく大人しい感じ)の少年、

口調が荒く、態度も大きい。

 ・仕事の範疇では人を殺すことのに躊躇いはない。というのも、仕事熱心で、報酬金が多いと俄然やる気を出すので、周囲からはお金が好きだと思われている。


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