第一章4 『奴隷使い』
「――次、来い」
たった二言だけで指示を出され、軽薄に扱われる人の列がまた一歩、前へ進んだ。
「腕を出せ」
――逆らう理由などありはしない。逆らえば、すぐそばに控える男によって挽き肉にされるのは自分なのだから。頭の中でそう呟き、その光景を思い出す。
一瞬にして人体が壊れ、血の海が広がり、臓器の孤島が散らばる。それを思い出すだけで粟立つ腕がとられ、指示を出した男によって何か金属制の判子のようなものが手の甲に押しつけられた。
手に冷たい金属の感触を感じた直後、男が『魔力を流す』ような作業をしたのか、その判子がうっすらと輝き、同時にそれを押し当てられている手にちりっとした痛みを感じた。
「――次、来い」
その言葉とともに腕が乱暴に解放され、言外にさっさと離れろと指示を出される。それを実感した男――――ケイは、焼き印のような形で何か記号の刻印された手をさすり、どうしようもないため息をもらしたのだった。
◆ ◆ ◆
ルージェスが『見せしめ』とでも言うような感じでさきの青年の虐殺をした、その後。
ケイたち日本人のかすかに芽生えていた反抗心を残らずつみ取ってしまえば、あとは生物として当然の強者に逆らわない本能が残るだけだった。
結果としてケイたちは今、あの神殿の中央にルージェスが出現させた階段からその下の方へ降り、何か小部屋のようなところに通されて何か手の甲に刻印をするという儀式を受けているところだったのだ。
ケイがそれとなしにあたりを見渡してみれば、自分の手の甲に刻まれた刻印と、周りにいる人間の手に刻まれたそれはそのどれもが微妙に形が違っている。
そこから察するに、ケイたちの手にあるそれは『奴隷』としての目印である以前に、その識別番号のようなものなのかもしれなかった。
「はぁ…………奴隷、か」
自然と思考の中で自分が奴隷であることを受け入れてしまっていることに気がついたケイは、その思考の環境適応の早さに思わず再びため息をついた。
奴隷という言葉をケイがそれとなしに知ったのは、まさにこういう『異世界モノ』というジャンルの中での話だったのだ。
しかもその中で奴隷にされていたのは大抵がエルフ、ワービーストなどと言った『亜人』と呼ばれるような存在であり、主人公は大抵の場合その奴隷を購入して使役するケースであった。
まさか自分を異世界モノの主人公と同型列に考えられるほどケイの頭は幸せにできてはいないが、少なくともこの人生の中で自分が奴隷階級となって使役されるとは夢にも思っていなかったのも、紛れもない事実である。
神様から与えられる『チート』もないまま、『勇者』ではなく、しかも一般人以下ですらある『奴隷』としてこの異世界に放り出される。
「なんだよこれ、どうみてもクソゲーじゃん…………」
この状況を客観的に考えてみたケイは、想像以上にこの状況がひどいものであるということに気がついて頭を抱えたくなった。
今、日本ではケイたちの存在はどういう風に扱われているのだろう。突如として数万人が行方不明になるという現象は、そう簡単に起きる類の代物ではない。一日とたたずに間違いなくニュースに取り扱われ、新聞の一面を飾ることもあり得ない話ではなかった。
当然のように対策チームが組まれ、行方不明者については専門家たちがその行き先をあてどなく日夜議論し続けることにもなるのだろう。
だが、おそらくはいつまで待っていても救助はこない。
「だってここ、『異世界』だしな……」
仮に数千人、数万人規模の人間を一瞬で拉致できるような技術が日本にあったとして、問題はその拉致の先なのだ。
いくら地球一周も夢ではないような世になったとしても、その足は未だ『異世界』の土を踏むことはない。
ケイたちが助けを待っていても、おそらくは誰もこれない場所にいるのであり、そもそも話だけ見たら完全にブッ飛んだような思考に基づいた救助がなされるはずもない。
「救助されないのもまぁ、仕方ないか……」
そう割り切ったケイは、救助を待っていてもこないのなら、自分たちから日本に戻る方法を探してやる! と、奴隷が持つにしてはやや段階を飛ばした決意を固めていたりもしたのだが。
が、ふとその言葉に追随する耳慣れた声を聞き、そしてその人物とその内容に自分の決意が急速に萎えていくのを感じていた。
「そう、エルフにけも耳に精霊に女神サマ。そんな夢に思いを馳せちまうのも、しゃぁねえよなぁ……」
「…………はぁ?」
声の主は、ケイにこの『異世界』という存在の知識を与え、自身も常々その異世界に行ってハーレム作りたいだのチート俺TUEEEEしたいだのと散々ほざいていた親友。
どうにも大事なところで頭のねじが一本足りない、コウタであった。
「はぁ、異世界だったらやっぱ勇者かチートがお約束だろ……? 言葉がしゃべれるのはいいんだけど、なんでったってむしろ一般人ですらない奴隷スタートって、なんでそこだけ意外性追求しちゃうかな……」
「…………コウタ、お前、ちょっと一回黙ってろ」
「なんだとケイ!? キサマ、この俺のチート街道に異を唱えるってのか? これから予定されている俺サマの異世界ライフを邪魔するってんならお前であっても――」
「奴隷なんだからチートもなにもないだろ。なんというか、バカかお前。いや、すでにバカか」
「ケイが想像以上に辛辣だったーっ!?」
オーバーリアクションでそう応じるコウタに、ケイは久しく感じていなかった頭痛がまたずきずきと頭をさいなむのを感じていた。
だがコウタのバカさ加減で感じられるこの慢性の頭痛ですら、つい数日前に感じたばかりだったのにすでに遠い昔のように感じられてしまうのだから、いかにここ数時間をハードに過ごしたのかがわかろうというものだ。
「あのなぁコウタ、俺たち今や奴隷なんだぞ、奴隷。お前の話だと、異世界の奴隷とやらは主人に逆らったら魔法による罰が与えられて、下手すりゃ殺されるかもっつってたろが。そんな状態でとても輝かしい異世界ライフ(笑)なんて送れるわけないだろ」
「ぐっ…………まぁ、確かに……いやでも、この手の甲に刻まれし文様が魔法の発動を補佐してうんぬんとか……」
「俺たちに魔法は使えないって、さっきルージェスが言ってたじゃねぇか」
「ぐわーっ! そうだっけか!?」
その思考の中でついさっき自分が抱いた『日本に帰還する』という目標も、ついでにちゃっかり棚上げするケイだった。
「…………あれ。そういえばサクラは?」
コウタが黙ったのをいいことに周囲の様子を見渡してみると、コウタとよくバカみたいな掛け合いをしているポニーテールの少女の姿が見あたらない。
なんの気もなしにそう漏らしたケイに、今度はコウタがあきれたような表情を浮かべる番だった。
「あのなぁケイ、お前話聞いてたか? 今この部屋は、男女に分かれて集められてんだよ。サクラは当然、もう一個の部屋だ」
「あ、そういう……」
「お前、ほんとに気がつかなかったのか? いくらなんでも気落ちしすぎだろ」
「や、なんかぼーっとしてて……」
今確かに思い出してみれば、さっき手の甲に刻印のようなものを施されたときに確かに男女別に小部屋を分けられて誘導されたような記憶があった。
今更のように周囲を見渡してみれば、そこにいるのは全員が男だったことに気がつき、思わずといった感じで目を丸めるケイ。
「マジかよ……」
「はぁ、ずいぶんと先が思いやられる発言だな」
「うっせ。――つか、あそこが遊園地だったなら、親子連れの場合もあったろ? やっぱり子供も容赦なく、分けられてんのか?」
ふと思いついたことをコウタにケイが尋ねると、それに対してコウタは憎々しげに口の端をゆがめてこう教えてくれた。
「そこはまぁある程度、だな。たぶん、中学生以上ぐらいの男子はみんなこっちに、って感じに分けられてる。まぁどうせ、作業内容が作業内容だからだろうけどな」
「作業……って、どういう?」
「ケイ、そのカッコ見てもまだ見当つかないか?」
「そのカッコ、って……この変な服のことか?」
ケイが今しがた口にしたとおり、ケイたちはそれまで着ていた私服を脱ぎ、画一化されたデザインの貫頭衣のようなものを着せられていた。
着るものの心情をそのまま写し取ったような鼠色のその服装にあまりなじまないケイは体をひねってみたり軽くジャンプしてみたりしてみて、やけに動きにくいだけのこの服に何か用途でもあるのかと思っていたのだった。
「まぁ私服その他を奪われたのは研究とかするのかも知んないし、その代わりにこの服みたいのをあてがわれたってのはそうだろうけど――」
そこで一呼吸分タメを作ったコウタは、未だに疑問顔のケイに向かってこう宣言したのだった。
「――やっぱ男の奴隷っつったら、肉体労働っしょ」
◆ ◆ ◆
『こっち』の気候は日本の季節と同期しているのか、日本にいたころも感じたほのかに暖かいような感じ気温の中、その数段増しの温度でケイたちの耳に大音声が響きわたった。
「これから諸君等には、これから向かうタムル鉱山の採掘事業を手伝ってもらう! ひいては私がこの採掘班の指導教官を務めることになった、ハンザ・グリュードだ!」
ハンザと名乗ったその男は、褐色に焼けた肌をおそらくこの施設の職員の制服か何かであろう赤黒い色を基調に作られた制服に身を包み、そしてその上からでもわかるような量の筋肉を身につけているようだった。
そしてこの世界でもなぜか当然のように使える日本語で目の前の筋肉ダルマから話される――『そう話しているように聞こえる』だけかもしれないが――その内容に、ケイは思わず内心でうへぇと鬱屈した声を漏らした。
「な、ほんとだったろ?」
「ドヤ顔すんなうぜぇ」
隊列を組むようにして並ぶケイたちの中でケイの隣に立つコウタが、ケイに向かって完全なるドヤ顔を向けてきた。そのドヤ顔から目を逸らしたケイは、あたりの様子に視線を巡らせてみる。
ケイたちは実はまだ、さっき手の甲に刻印を施された部屋と同じ建物だと思われる場所の中にいた。
ケイたちが今いるのは、さっきまでいた『神殿』と同じような場所だ。面積はほぼ等しく、上にドーム状の天蓋がかぶせられていて、『神殿』とは違ってそこにはめ込まれたステンドグラスのような板が淡く発光して地面を照らしている。
ほかにも、周りが壁で囲まれ、等間隔で設けられた高さ5メートル、幅一メートルほどの出入り口があるなどの違いがあるが、その様子は地面に刻み込まれた複雑な文様も相まってある種の荘厳さを醸し出している。
総じて、もしこれが海外のちょっとした西洋芸術の建築物か何かと言われればあまりその手の知識の無いケイならころっと信じてしまいそうな見た目である。
そして一転して目をケイたちの前に立つハンザに向けると、なおもハンザはこの鉱石採掘の意義、そして我らの世界の礎になることが名誉なのだとかなんとかということを誰も聞いていないのに朗々と語り続けていた。
何でほかの世界から強制的に連れてきたあげく奴隷になって労働するのが名誉なんだよ、と軽く心の中でツッコミを入れたケイは、同じように周囲を見渡しながら呆然としているコウタに会話を振った。
「にしてもここ、なんかヨーロッパっぽい見た目のクセして日本語が使えるんだな。助かった、ほんと」
「まぁ指示が明確に理解できるって意味じゃな」
「なんか含みがある言い方だな」
「まぁそりゃ――」
思わせぶりな言い方にケイが首を傾げた、その時。
「――――ということで、内容は以上だ! ……よし、ではこの中の誰かに俺が口にしたことを復唱してもらおうか!」
「…………うげっ」
「……マジかよ」
獰猛な笑みを浮かべたハンザに対し、ケイたちは完全に不意をつかれる形になり慌てふためく。
日本からいきなりこんな異世界とやらに連れてこられたのだ。いきなり仕事をしろ、と言われても大半の人間は現実逃避的にその内容を聞き逃すのも仕方ないだろう。
「当たるなよ、頼むから……!」
上へ下への大騒ぎ、誰しもがハンザと目をあわせないようにと努力する中、ケイとコウタも必死になって目をつぶり自分たちに当たらないようにと祈っていた。
そしてその沈黙が何秒、あるいは何十秒か続いた頃、ハンザがおもむろに大声を張り上げてその犠牲者を決めた。
「――よし! そこの丸い接眼鏡をかけているお前!第二列、右から四番目の男だ!」
――そう指示されたのは、ケイのちょうど左隣りにいた痩身の男だった。あわやすんでのところで自分が当たらなかったことに汗を浮かべながら、ケイは胸をなで下ろしたのだった。
だが、ケイに当てられなかったと言ってまだ状況は終わっていない。
「は、はいっ! え、と、えーと、ですね……」
やや、というかかなり緊張したせいでうらがえった声を上げるその男は、やはり現実逃避をしていて話を聞いていなかった部類の人間に入るのだろう。
しどろもどろとした様子でなかなか答えないその男に、場の空気が一気に冷え込む。その場の全員に、つい今し方見たばかりの青年の姿が思い浮かんだ。
「むう……そうか、答えられんか」
そうハンザがつぶやいたことにより、額に汗を浮かべて焦り始めた男の処遇をふと何かしら考えてしまうケイたち。
そして完全にひきつったような表情になっているケイたちに気がついたのか、ハンザは一度軽くため息をもらすと明るい口調でこう告げて見せた。
「……あのなお前ら、俺はあの人とは違うからな。さすがにこれしきのことで命をとったりはせんよ」
その言葉にケイたちの間に張りつめていた緊張がかすかにゆるむ。その様子を感じ取ったのか、ハンザはニカッと笑みを浮かべてみせた。
「お前たちは奴隷である前に貴重な労働力だからな、死んでもらっては困る。俺だってお前らと同じ人だからな。さすがにそんなにほいほいと人は殺せんし、殺したくはないんだよ」
その言葉にケイたちの心にかすかな安堵が生まれる。この男なら、まだ『安全だ』と。ケイたちの間でハンザの評価を向上させるような会話が軽く繰り広げられ、ケイたちもまたその中の一人に混じっていた。
「なぁケイこれってもしかして『アタリ』引いたんじゃないか?」
「ああ、そうかもしれないな」
そしてハンザは一通りケイたちの緊張を和らげると、「こっちゃこいこい」とでも言うようにさっき返答できなかった男に向かってほほえみ、手振りで男を招き寄せた。
当然、さっきの流れを見てさからう男ではない。まるで飼い主に呼ばれたような子犬のような動きで、隊列からハンザに向かって歩いていく。
「悪いな、でもある程度規約っつうのがあるからな、罰は罰で与えなくちゃならないんだよ」
ケイたちから見て両者の姿が見えるような立ち位置で相対したその男を目の前にしてハンザはどこか困ったように頭をかき、苦笑いをしたのだった。
「あの、その、罰、というのは……?」
その男の声も、さっきに比べて心なしか軽い。自分があまり罰せられないかもしれないという感情が、その緊張の糸をほどいているのだろう。
「まぁ俺はこの通り肉体派だからな。ささっとすませるから、少しだけ我慢してくれよ」
それを聞いた男はやや覚悟を決めたような表情で一つうなずき、ハンザもその様子を見てうなずく。
「じゃぁまあ――――――歯、食いしばれ。リウォーラ・ブリット・ランパルタ」
さっきまでの軽薄さを殺ぎ落としたその声が響いた瞬間、
およそ人の出すものとは思えない轟音がケイたちの耳を打ち、
笑顔でつっ立っていた男が一瞬でかき消えた。
「――――は?」
間抜けな悲鳴、と表現するのが一番正しいであろうその声を聞けた人間が、いったい何人いただろう。
男がその場から吹き飛んでから、軽く十メートルは離れた部屋の壁に激突するまで約半秒未満。轟音の中にかきされた悲鳴を聞けた人間など、いるはずがなかった。
「――おかしいな、確かに俺は歯を食いしばれといったはずなんだが」
そうハンザが呟いたことで、初めてその場にいた人間がはっと我に返った。
見てみれば、ハンザは半身になって拳を振り抜いた、シンプルなストレートを打ったままで動きを止めている。その様子を見て初めて、何人もの人間が『さっきの男をハンザが殴り飛ばした|』ということに気がついたのだった。
「――――――ッ!!」
それを見た何人もの人間から、押し殺した悲鳴が上がる。中には失神したものもいたのか、その場に糸が切れたように倒れ込むものもいた。
その様子を睥睨し――さっきまでとは全く違う表情を浮かべたハンザが、誰も言葉を発せない中であきれたようにこう口を開く。
「――『大丈夫』だと、思ってただろ。『この男なら自分たちにも優しく接してくれる』とか、信じていたか?」
その場にいる誰もが、ハンザに視線を固定したまま身じろぎ一つできない。その身を寸毫でも動かせば、さっきの男と同じような末路をたどるのではないかという感覚が手足の動きを縫い止めているのだ。
「俺は言ったよな。『俺も人だから、人は殺せない』と。だが俺は、人である前に、一人の『軍人』だ。上が『殺せ』と言えば殺すし、『話を理解しない奴隷を殴り飛ばせ』と言われれば、その通りにする。俺は、そういう『生き物』だ」
だから甘い期待をするな、と冷酷に告げるハンザ。
もし、ハンザ・グリュードという男のことを知っているものがこの場にいれば、その誰しもがケイたちが漏らした『アタリ』という言葉に対して表情を青ざめながら首を横に振りまくったに違いない。
優しい様子を見せ、かけよってきた子犬を猟銃で撃ち抜くようなしつけ方法に代表されるとおり、えげつないにもほどがある人身掌握。
たった今『あげてから落とす』という方法でその場にいた人間にそこ知れない恐怖を植え付けたハンザこそ、『奴隷使いのハンザ』として恐れられる指折りの『軍人』なのだから。




