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第二章6  『ぬぐいきれないトラウマ』

「冒険者になる? ルインが?」


 ケイがシャンの言ったことをおうむ返しに尋ねると、シャンはその言葉を肯定するように一つうなずいた。


「うん。その子、めちゃくちゃ強いじゃない。だったら、冒険者になれば結構簡単にお金を稼げると思うんだけど……」

「ああ、確かにそうだな。でもな……」


 そこでケイはいったん言葉を区切り、あきれるように嘆息してから視線を後ろに――いつの間にかケイからかなり距離を取っていたルインに向ける。


「――ルインは働きたくないのです」

「俺はまだ何も言ってないぞ」


 そう、問題はこのルイン(ニート)の存在なのだ。


 『自分が動くのが疲れるから』という理由でケイが唯一使える魔法、『身体強化』を教えたほどのものぐさであるこの少女、とにかく労働意欲に乏しという、旅の相方としては致命的すぎる問題点を抱えている。


 なんだか引きこもりの子供をみているような心情にかられたケイは一つため息をつき、頭を掻いてからルインにこう言葉を告げる。


「……命令だ、ルイン。冒険者になってくれ」


 表向きは――実際そのはずなのだが、ケイがルインのマスターになっているという『設定』がある以上、ルインはこの『命令』を断ることができない。


 この場に完全な部外者であるリナがいる手前、ルインはケイの従者であるという演技(ロールプレイ)をしなくてはならないのだから。


 こういう手段に訴えるのはケイも好きではないし、どうしてもという状況にでもならない限りは取りたくない方法だったのだが、場合が場合だ、仕方ない――


「イヤなのです」

「まあ俺だってこんなことを言いたくはないんだが、こうでもしないと俺たちはこの人間社会からはじき出されることに――って、断るのかよ!?」


 ケイの絶叫が店に轟きわたり、あっけにとられるリナとシャンを余所にルインだけが耳をふさいで煩わしそうにその絶叫を回避した後、目が点になる勢いで硬直しているケイに言葉を紡ぐ。


「ますたーが人間社会からはじき出されようと、ルインには関係のないことなのです。ルインの目的はますたーだけなのです」

「関係ないって……っつかその誤解を招く言い方をやめろ! お前の目的は俺(の精神モニター)とか言ってたろ!?」

「ああ、そんなことも言った気が……ではなく、ルインは働きたくないのです」

「おいいいいいい! 自分で言ったこと全力で否定するなよぉおおおおおおっ!」


 二度目の絶叫にルインがまたも耳をふさぎ、ケイは頭を抱える。


「ったくこの社会不適合者が……俺の地元じゃそういうのは忌避されんだぞ……!」


 愚痴を漏らしながらも思考を最大限に回転させるが、この状況の解決策はなかなか思いつきそうにもない。


「どうしろって言うんだ……!」


 ケイがそろそろ机に突っ伏したくなってきたその時、救いの手は意外なところからさしのべられた。


「……ますたーが一緒じゃないと、イヤなのです」


 どこかか細く、それでいて艶のある声。


 それは、店の最奥の椅子に膝を抱えて座り込んだルインの、どこか恥じらうような様子すらある一言だった。


 そして、昨日今日の様子を見る限り全く色恋の関係ではないように思われた二人の間に飛び出した唐突な言葉に、シャンとリナが絶句しているその時。


「あー……」


 完全に不意打ちで『寂しい』ともとれる言葉をかけられたケイは、その発言の意図を考え、数周に及ぶ思考を巡らせ、しばしの黙考を経て、


「……そりゃそうでしょうね、俺と一緒じゃなきゃ俺の精神観察的にイヤデスモンネー」


 期待のかけらもないような発言を放り込んだ。


「「え?」」


 シャンとリナからほぼ同時に疑問符付きの言葉が飛び出すが、ケイは知らないフリだ。


 店の奥でたむろしている若干名が、『やっぱりあの貴族……っ!』だの『くそっ……この純愛、目がつぶれるっ!』などとほざいているがそれも知らん。


 普通ならうれしそうに謝罪の言葉なりなんなりをかけ、愛の言葉をささやくような場面であるように二人には思えたが、残念ながらケイにはそんな乙女な思考回路は搭載されていないし、そもそも二人はそんな仲でもない。


 この一週間でルインはいわゆる乙女心なぞ持ち合わせていないであろうというのを感じていたケイからすれば、今の発言も自分の目的の達成ができなくなることを危惧してのものだったに違いない――


「そうなのです。ますたーと一緒じゃなきゃイヤなのです」


 ――そしてこの場合において、そのケイの推測は実に正しかった。


 さっき自分で否定しかけた発言を正解とするルインの思考に一言もの申したい気持ちをぐっとこらえ、頭をがしがしとかきむしった。


「わーったよ、じゃ俺も冒険者登録すりゃいいだろ。いっとくが知っての通り俺は戦えないからな。お前にゃ前線でばんばん戦ってもらうからな? 俺って言う保護対象が増えた分難易度が増してるの、忘れるなよ?」


 ケイが半ば投げやりに、だが自分の『設定』を忘れない言い方でそうつぶやくと、ルインが眠たげに細められた目をぱちくりさせながら頷き、それでこの会話に自分は不要と判断したのか寝息を立てて眠りにつき始めたのだった。


「……ってわけで、俺も冒険者になりたいんだけど……もしかして、手続きとか面倒だったりする? もし一人なら今日中にできても二人じゃ明日までかかるとかだったら、なんとかあいつだけで行くように説得するけど……」

「……ぇ、あ、うん。一人でも二人でも、実質的な時間は変わらないと思うよ」


 ケイの質問に未だ思考停止が解けない様子のリナが応答し、ケイの懸念を解消してくれた。


「よし、じゃ決まりだな」


 それだけ言ったケイは席を立って、店の奥で眠りこけているルインの頭を軽くどついて起こす。


「……何をするのですか」

「そろそろ出発だから愛のモーニングコールをな」

「もーにん……なんて言ったのです?」


 不満顔のルインに説明と注意事項のすり合わせをケイが小声でやりはじめた、その時。


「…………あっ!」

「ん? どした?」


 唐突に聞こえた声に振り返ってみれば、リナがシャンの方に向きなおって首を傾げてみせる覇気のない店主に指をつきつけているところだった。


 ケイより状況を把握してなさそうなおっとりした様子のシャンに向かって、リナはこう叫んでみせる。


「思い出した! シャン、今日はディアンとどっかに出かけるって言ってなかったっけ? こんなとこでのんびりしてていいの?」

「…………あっ!」


 そのリナの質問にシャンは、さっきのリナと全く同じような口調で『しまった!』とでも言いそうな感じの驚きを見せ、ついで膨大な量の冷や汗を流し始めた。


「――いや、もうすぐ行くつもりだったよ? うん。別に荷物とか作ってないわけじゃないから、今すぐにでも出かけられるんだけど、それとは別件で立て込んでるからちょっと時間がかかるかなって――」

「そんな見苦しい言い訳しなくてもディアンには言わないであげるから、ちゃっちゃと準備してきたら?」


 どこかあきれたようなリナの様子に安堵したのか、シャンは返事も無いまま目にも止まらぬ早さで視界から消え、しばらくしてから天井のあたりからどたばたと何かをひっくり返すような物音が聞こえてきた。


「え? 何? どういう状況?」

「いやね、シャンってあっちこっちに【竜の涙】の情報を求めがてら、食材を買い付けてくるの。その時の護衛にはちゃんとディアンを呼ぶことになっているんだけど……まぁ、シャンの性格があれだからさ、昨日みたいなことも起きるのよ」

「なるほど……って言いたいんだけど、その竜のなんちゃらって何なのさ?」


 昨日からちらほら散見される割には説明がなかった単語にケイが眉をひそめると、リナは笑いながらその説明をしてくれた。


「【竜の涙】は、この世で一番の美酒って言われてるお酒なの。一度飲んだら忘れられない至上の味だって言われてるけど、どこにあるのかはわからないんだって」

「どこにあるかわからない……って、じゃあその【竜の涙】の存在が怪しいかもしれないってことじゃ……」

「まぁね。でもシャンは、きっとあるって信じて探し続けてるんだってさ。つきあわされるディアンもかわいそうだよ」


 あっけらかんと言い放って笑ってみせるリナの声には、だが嘲笑や侮蔑といった感情がいっさい含まれていない。きっと彼らは、シャンの夢をただの夢物語として笑い飛ばさない、心地のいい人間関係なんだろう。


 ――じゃあ翻って、自分はどうだ。


 確かにコウタの話を信じた。脱出をしようというコウタを信じてはいたが、その一方で心のどこかに『しないほうがいい』という感情を少しなりとも感じてはいなかったか?


 もしケイがその感情を表に出して、コウタと真っ向からぶつかることがあったら、今のこの未来は少しなりとも変わっただろうか?


 もし『脱出しないほうがいい』という自分の意見が通ったとすれば、きっとケイはここにいない。あの地中深くに作られた施設の中で、ルインと出会うこともなく、きっと『真藤政弘』の仮面を付けた『協力者』の存在にも気づかず、だが、でも、サクラと、コウタと、笑いながら生きていられたかもしれない――――


「――、ぁ――」


 心に汚泥がのし掛かり、染み込んでくる。『異世界ライフ』にだけしか目を向けようとしなかったその胸中に、ありし日の是非を形ばかりに問う後悔が押し寄せてくる。


 押しつぶされる心のきしむ音など聞こえない。それよりものし掛かってくる汚泥から染み込んでくる後悔で、視界が狭まり、息が苦しくなり、手が震え始め――


「……ますたー」

「――――――ッ!」


 動悸が収まる。ブレていた視界に焦点ができる。耳鳴りがやみ、うるさいほどに聞こえていた心音は胸中に戻っていく。


 すべては、今の一瞬で冷えきった全身には熱いほどに感じられる、ルインの手のひらから伝わる温度のたまものだった。


「ますたー」


 もう一度の呼びかけに答えようとして、声がでない。口に貯まった乾いた唾を飲み込めば、ようやくそれで体がまともな生命活動を再開したようにも感じられる。


 うるさく鳴り響く心臓の鼓動とともにかすかに跳ねる視界を揺らしてルインの方に向けば、落ち着いた輝きを放つ濃紫の瞳がじっとこっちを見据え、目線で『落ち着くのです』と訴えているようだった。


「ますたー」


 再三にわたってそう呼ばれれば、湖面が凪いでいくようにだんだんとケイの動悸は収まっていく。


 呼吸がゆっくりとしたものになり、いつの間にか怒らせていた肩を落ち着ければ、全身を支配していた恐怖が手のひらから伝わる熱とともに溶かされていくような感覚があった。


「…………もう、大丈夫だ」

「なら、よかったのです」


 だからケイが言葉の裏に感謝を込めてそう告げると、ルインは柔和な笑みを浮かべて一度だけ強くケイの手を握り、白く細やかな手をすっと離した。


「ケイ、大丈夫? つらいなら、回復魔法でも……」

「いや、いいよ、大丈夫だって」


 心配そうな様子のリナに苦笑しながらそう返事をし、ケイはルインとつないでいた手をぎゅっと握り込んで目をつむった。



 ――すべてが終わり、始まったあの場所で自分だけが生き残るような選択をしてしまったことに、後悔するような思いはケイには基本的にない。


 コウタやサクラをはじめとした人から赦しをもらったのだという確信が、ケイの胸の前にアクセサリーの形をとって今でも息づいているのだから。


 だがそれでも、ケイの心の奥底には常に疑惑と恐怖が潜んでいた。


 コウタやサクラは、本当に自分を赦してくれたのか。あの夢も、自分の作り出した幻覚ではないのか、という恐怖を抱く度に枕元に立ってはケイを糾弾し続けている。



 旅の途中でコウタやサクラが自分に怨嗟の声を投げかけてくるという悪夢にうなされたとき、ケイをいつも助けてくれたのがこの温もりだった。


 普段はすっとぼけててニート予備軍でどうしようもないようなはずのルインだが、それでもこの瞬間だけは聖母のような温もりに抱かれれば、それだけで安心することができた。




 ――でも、それでも、ケイはあの日あの場所に置き去りにしたものが何もない、などと思うことは今でもできていないのだった。

受験期突入直前の投稿としては最終話。

受験を全力で駆け抜けるため、ここでの活動はしばらく停止とさせていただきたく存じます。

もし更新再開するときは来年の春頃になるかと思いますが、よろしければそれまでお待ちいただければ幸いです。

ではでは。

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