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第一章12 『逆転、逆襲』





 ――地面に散乱する、さっきまで自分を拘束していたはずの棘。


 絶対に壊れることはないと思える恐怖で四方から自分に圧迫感を与えていたはずの、だが現に砕けた壁。


 そして、ついさっき目の前で意識を失って崩れ落ちた、異形のヒト。


「なんだ、これ――」


 そして、その中にいて全くの無傷のケイは、それら全てを自分のやったこととして認識できないまま、全身に走る熱に息を荒げていたのだった。



   ◆  ◆  ◆



 ――さっきまで自分をさんざっぱら痛めつけてきていたハンザが何か表情を引き締め、次の瞬間に肉厚の刃が真下から跳ね上がってきたのが見えたとき、ケイは思わず死を覚悟した。


『力を抜いて』


 だから死にものぐるいで、胸中に響いた声に従った。


 すると、どうだろう。


 次の瞬間に自分の体の中で何かがグルリと巡るような感触を得た直後、まず自分の腕に刺さっていたあの忌々しい棘が吹き飛び、それは瞬く間に全身に伝播してケイの体を解き放った。


 それに驚く間もなくケイの体はケイの意志に関わりなく動き、剣を既に中程まで振り上げていたハンザを正拳一発で真っ向から殴りとばす。


 そしてその結果を存分に確認する暇もなく、数秒も経たないうちにケイの体は()()()あのキメラの男の前に移動し、冗談かと思うほど正確な拳で顎を揺らして気絶させたのだった。


 これらの挙動を()()()()()の時間で行ったケイは、あまりにも突拍子もない出来事に、解放された喜びよりもどこか納得のいかない疑問のようなものを抱いてしまった。


「すげー……」


 あまりの驚きに、殺伐とした空気の漂うこの部屋にはどこか間抜けな声を上げているまである。


「まさか、夢……じゃない、よな」


 末期の自分が見ている都合のいい夢じゃないかと考えては、自分の頬をつねってみたりするも、なかなか夢にしては痛すぎるし、そもそも自分の周囲を取り巻く状況があまりにもリアルだった。


「にしても、ほんとにこれ、俺がやったのか……?」


 やはりどこかこの光景を信じられないのか、ケイががしがしと頭を掻いてそう一人ごちる。



 壁を半分崩落させて、そこに人が埋まる。さらには瞬間移動をしたかと思うと、あげくの果てには人の顎先を掠めてその意識を奪う、なんていうアクション映画でしか見たことのないような所行の数々。


 それをいくら他人に動かされていたような感じであったとは言え、一般的な日本人であるケイができるとはとても思えないのだ。


「……ん? これ、あの棘か……」


 物思いに耽っていたケイが足下を見ると、そこにはさっきまで自分の体を束縛していたハズの棘が転がっていた。


 元々赤黒い不気味な棘であったその棘は、ケイの血を何度も浴びたことでより生々しい色に染まっている。


 しばらくケイはその棘を見つめてから、試しにそれを足下の地面にそこそこの力で叩きつけてみた。


「――うっわ、マジか」


 その結果、棘は足下の堅い床に半分以上食い込み、軽い亀裂を生じさせたのだった。棘が砕けないあたり、この棘の耐久度もどうにかしているのだが。


 自分がやったとはとても思えないその光景に半分歓喜、半分恐怖を感じて頭をがしがしと掻いてみたケイは、ふと大事なことを思い出してその動きを止めた。


「あれ……? っつか、あの声は?」


 さっき自分の胸中に響いて自分を助けてくれた柔らかい声が、どこからも聞こえない。


「おーい、もしもーし……」


 お礼とついでに質問の一つでもさせてもらおうかと考えてケイはおずおずと虚空に呼びかけてみるも、その呼びかけに答える声はない。ただ、もうもうと煙が立ちこめる部屋に声だけが虚ろに響くだけだ。


「お前……何者だ」


 いや、正確には一人、目当ての人間ではないものからの反応があった。


「なんだ、アンタかよ……。何者、って言われてもな、俺は俺としか言いようがないと思うんだが……」

「ふざけるなっ! お前みたいに異世界から来た奴が、なぜ身体強化の魔法を使えるっ!?」


 部屋に粉塵とともに立ちこめる静寂を切り裂いてそう声を上げたのは、瓦礫に半分埋もれたままケイの方を睨みつける、あの中性的な声の書記の男だった。


「いや、俺にもほんとに分からないんだけど……」

「貴様っ……!」


 あくまでまともに返答しているつもりのケイだが、その返答の仕方がなぜか全てその男の神経を逆なでするらしい。


 男は瓦礫に埋もれて身動きがとれないのだろう、時折苦痛を感じるように眉根をよせながらも、ケイに噛みつかんばかりの形相で突っかかってくる。


「会話をしてくんないかな……ん?」


 会話が成立しないことに若干いらだちを覚えたケイだったが、ふとその思考に天恵とでも言うべきアイデアが降ってきた。


「なんだ!? なにか心あたりでもあったのかっ!」


 やけに食いつくような様子の男とは裏腹に、ケイはその場から移動し、すぐ側の地面にあったものを拾ってから男のすぐ側まで歩み寄った。


 その手に握られているのは、さっきまでケイの体を刺し貫いていた痛覚増幅の効果を持つ棘。それを数本ちらつかせながら、ケイは目元だけが笑っていない笑顔を作った。


「…………なぁアンタ。いくつか、聞きたいことがあるんだが」

「――っ!?」


 そしてその棘をさっきと同じく地面に全力で突き立て、床に入った亀裂で以て自分の優位を無言で示す。


 言外に『答えなかったら痛い目に遭う』と口にしたケイに対して、男は予想通りに情けない表情になって二、三度とうなずいたのだった。


 ケイがこれからやろうとしているのは、ちょっとした尋問である。


(情報源が転がってるんだし、どうせだから可能な限り情報を搾り取ろう)


 と、そんな暗いことを考えていたわけだ。


 ケイは手元の棘をしばらくもてあそび、そしてなにやら得心したような顔で一つ頷くと男にフラットな声音でこう尋ねた。


「あのさぁ、最近ここに、なんか太って下衆い目をした奴が来なかった?」

「太っ……!? い、いや、そんな男は知らないっ」


 そう言って目を泳がせないように必死にあわせ、首を振る男。


 普段から指示されていた、『万が一の事があったとしても、情報だけは絶対に流すな』という言葉を思い出しながら、反射的に脳裏に思い描いたポッゼの姿を脳裏で塗りつぶす。


 自分はその男を知らない、そう自己暗示すらかけて口にした言葉に隙はないはずだった。


「――はい、ダウト」


 だが、ケイは笑みを一瞬で消し去ると手元の棘を持ち換え、ハンザを吹き飛ばしたあの力で男の手のひらに棘を全力で突き立てる。


「――うっがあぁぁあああっ!?」


 ケイが今し方あげたのと同じような悲鳴を上げ、不自由な体で地面をのたくる男の姿に、ケイの口角が愉悦に裂けた。


 その様子を視界に収めた男の喉から裏返った悲鳴が飛び出すが、ケイはそれを気にとめる様子もない。子供のような無邪気に陽気な様子で、男の手に刺さった棘をぐりぐりと捻っていく。


「ぁあぐがあぁっぁああっ!?」

「アンタさ。知ってるなら知ってるって、始めから言ってくれないかなぁ?」

「いや、だからボクは知らない――っ!」


 激痛に顔を歪めながらも、男はやっとの思いでそう口にする。


 情報を流しても、この男は自分を生かしておいてはくれない。それなら、情報は流さない方がいい。そんな確信を、男の直感が告げていたからだ。


 ――だが、その返答はケイの冷徹な言葉だった。


「おいおい、俺はそのデブが男だったなんて一言も口にしてないぞ?」

「――――ッ!」

「嘘をつくなら、もうちょい上手くやるように。ほい、こいつはお仕置きな」


 そして軽く告げられた言葉と共に、さらに棘が男の腕に突き刺さる。


「っがああああぁあぁぁあアアアアあああッ――!?」

「……あーうるせぇ。アンタら、こんな悲鳴を聞き続けてよくもまぁ平気なもんだな?」


 鬱陶しそうな様子で耳を手で覆うケイのことなど、肘までを地面に縫いつけられて醜く地を這う男には気にとめられないだろう。


 普段からケイたち日本人並かそれ以上に痛みに縁のない生活を送ってきた男からすれば、この常時神経を蹂躙するような棘の痛みは到底耐えられたものではなかったのだから。


 視界はすでにホワイトアウトを起こしかけており、過剰な信号を送り込まれている神経が肉体を支離滅裂に跳ねさせる。


「あ、ちなみにな? 俺、回復魔法とか使いかたも分からないし、使えないからさ。もしうっかり勢い余って意識が飛んだら、文字通りにたたき起こすから、――覚悟しろよ?」


 そしてその男の耳に、世間話でもするような軽い口調でケイの恐ろしい言葉が響き。


 それが最後の一押しになったように、男の理性が崩壊したのだった。



   ◆  ◆  ◆



 そして、その十数分後。


「……っしかしまぁ、こりゃ骨が折れそうだな……」


 ケイはそう呟くと悪戯にいじっていた棘から手を離し、立ち上がって背を伸ばしてから一つ深いため息をついた。


 ケイの眼前には現在、全身に十本近くの棘を生やしたまま不気味に痙攣を繰り返す書記の男が転がっていた。


 あの激痛を伴って全身の怪我を治すという治療と言うにはややバイオレンスな回復魔法をかけてはいないので、しばらくすれば男は死ぬだろうが、ケイの思考はその事を気にとめてはいなかった。


「コウタにも会わなきゃならないし……っつか今、何時だ?」


 一回意識が断絶した上に拷問の途中から半分廃人化していたケイには、現在まともな時間感覚というものが存在していない。


 今があの場所から何時間経った後なのか、もしくは一日なのか、もしくは一週間、いやそれ以上……


「――いや、考えたくないな」


 その自分でもおそろしく感じる考えにケイは思わず総身を震わせて思考を止めた。そんなリアル浦島太郎な状況、たとえ現実だったとしても今考えるのは止しておきたいところである。


「あぁ、移動しなきゃな……」


 男から引き出した情報を元に頭で地図を組み立て、そうぼやくケイ。だいたいケイは今、その施設の『研究区画』のあたりにいるはずだった。


 やるべきことは、三つ。コウタやマサヒロと合流し、サクラを救出し、脱出する。


 その為に、自分のこの『力』は役に立つはずだった。


 人を吹き飛ばすほどの怪力を発揮して見せた手を握り込み、ケイは手始めにと目の前の壁に穴をあけるべく、腕を大きく振りかぶって壁に向かって全力で振り抜いた。


 イメージは、ハリウッドのヒーローが壁をぶち抜いて道を造るシーン。


 ……だが、その結果。


「――――痛っつぅうううううっ!?」


 なんとも鈍い音と共に壁に腕が衝突し、壁を破ることも叶わないどころか腕を砕きかねないような衝撃をケイに伝えてきたのだった。


「――なっ、んでっ、ぁああ痛いっ!」


 意識をいい感じにたたき起こす痛みに耐えかね、ミミズか何かのように地面をのたうち回るケイ。


 ……なんというか、偶然にしてもあんまりすぎるタイミングの悪さだった。


 棘の作用で脳内麻薬の動きがまだ阻害されている今、壁を完全に破れるものとして打ち抜いたケイの痛みは尋常なものではなかった。


「くぅ~……ぅぇ、なんか涙出てきたし」


 あまりの痛みに、思わず涙してしまうくらいには。


「なんで『力』が無くなってんの……?」


 そう嘆き、殴って傷がつくどころか、逆に拷問中に感じたような圧迫感すら再び感じるような壁を地面にへたりこんだまま見上げるケイ。


『――時間切れなのです』


 そのケイの脳裏に、さっきも響いた声が聞こえた。


「あ!? さっきの人だな! 時間切れってどういう……ってか、これって何なんだよ?」

『時間切れは時間切れでも、当機の通信可能時間が限界なのです。あまり長く通信していたから眠いのです』

「トウキ……? おい、質問に答えろって」

『また必要なら、しばらくしたら力を貸せるのです。では』

「おいちょっと待っ――――」


 だがケイのその呼びかけも空しく、さっき響いた声は空中に霧散するばかりだった。 


「ったく、神サマだかなんだか知らないけど、勝手なもんだな……ん?」


 そう一人ごち、ついで首を傾げるケイ。


「待てよ……? トウキってもしかして当機のことか? 通信しすぎて眠いって言ってたよな……?」


 痛みで逆に冴えた思考が高速回転し、やがて一つの結論を導き出す。


「――ぉい、まさかあの野郎、俺の呼びかけ無視しやがったんじゃないか?」


 まさかの居留守宣言ともとれるさっきの発言に、ケイが思わずその場に崩れ落ちる。


「っつか待て……じゃもしかしてあんときアイツに拷問なんかしないであのよく分からないヤツを呼び続けてたら、ちゃんと聞きたいことが聞けてたってか……?」


 そしてその思考がはじき出す結論に、ケイの口から意図せずため息が漏れた。


「――とりあえず、まぁ、なんだ、移動しなきゃな……」


 全力で罵倒の言葉を叫びたい衝動を押さえつけ、ケイは全身についた埃を取り去って立ち上がる。


「さって、まずはコウタたちと合流しなきゃだけど……」


 今の自分には、さっき体感したような超人的な力は無い。そう思えば自然、全身に入る力も強くなろうというものだった。


「っつかさっき俺、壁に穴あけてるじゃん……どうしよ……」


 あれほどの轟音を立てたのだ、よく考えたら警備の人間が来てもおかしくないはずだ。


 なぜ早々に立ち去らなかったのかと過去の自分を叱咤しながら冷や汗を流すケイの耳が、その時ある音をとらえた。


(足音……!? 人が来てる……!)


 ケイはとっさに左右を見渡し、部屋の中にある調度品の中に潜りこんんで息を呑んだ。


 見つかったら殺されるという確信が呼吸を浅く早くさせ、心臓のトルクを跳ね上げていく。静かにしなくてはという思いと、今すぐここから遁走したいと願う本音が相克する瞬間だ。


(来た――――ッ!)


 そしてそうこうする間にも足音は大きくなり、やがてケイが潜む部屋の前で停止した。


 おそらく足音のばらつき具合からして人数は二人。今の非力な自分では、まともに抵抗する前に捕まるか殺されるかする。


 そう判断したケイの体がいっそう収縮し、心臓の早鐘がさらに加速する。


(どうする、どうするどうするっ――!)


 そして。


「――――ケイ? いる、のか?」

「――――ぇ?」


 耳に響いた、余りにも懐かしく感じる声。


「……ケイ?」

「――、コウタっ!」


 ケイは不用心だと思いながらも後ろを確認し、ついで勢いよく立ち上がった。


 目の前にいたのは、ずいぶん前に分かれたような気がする自分の親友と、恩人。


 コウタとマサヒロ、その人だった。


「ケイ……」

「ケイさん……」


 コウタとマサヒロが、服の至る所を自分の血で染めあげたケイの壮絶な姿を見て悲哀に顔を歪める。


「あぁ、そっか、俺、拷問されてたんだっけ……」


 ケイは十数分前までの自分のことをそう語り、ついで自分の意識が、安心できる人に会ってすでに揺らぎ始めているのを感じて。


「いや、無事で、よか、っ……」


 なんとかコウタに向けて笑顔を作り、その言葉を最後まで言い切る前に地面に横倒しになったのだった。

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