新装備計画、止められる
獅子の咆哮が史上初のSSランククランに認定されてから、工房区画は以前よりさらに忙しくなっていた。王国軍との共同装備研究、遠征用の補給器具、災害対応用の結界杭、救護班の搬送具、魔法班のワンド調整。SSランクという称号は名誉であると同時に、国中から「獅子の咆哮なら何とかしてくれる」と期待される立場でもある。だから職人達は、毎日真剣に槌を振るっていた。真剣に。少なくとも、昼間は。
その夜、工房区画の奥にある小さな設計室には、まだ灯りが残っていた。外から見れば、誰かが残業しているだけに見える。だが、その部屋の中では、三人の職人が机を囲んでいた。星帽ポラリスを仕立てた帽子職人、星衣リゲルを仕立てたローブ職人、そして星脈晶ヴェガを作った鍛冶師である。机の上には大きな紙が広げられていた。表題には、力強い文字でこう書かれている。
『星纏いの魔女専用・次世代補助装備計画』
帽子職人が真剣な顔で言った。
「SSランクになった以上、シャーロットさんの活動範囲はさらに広がります」
ローブ職人も頷く。
「黒龍、百体規模の緑竜群、国家級スタンピード。次に何が来てもおかしくありません」
鍛冶師が腕を組む。
「なら、装備側も進化すべきだな」
三人は同時に頷いた。その目は職人のものだった。真面目で、情熱的で、そして少し危険だった。
「まず足回りです」
帽子職人が一枚目の設計図を出す。
「星靴アルタイル。高速移動時の足裏保護、空中足場補助、着地衝撃吸収、姿勢制御、魔力循環補助を搭載します」
ローブ職人が感心したように覗き込む。
「いいですね。星衣リゲルと連動させれば、着地時の反動を肩と背中へ分散できます」
鍛冶師が眉を寄せる。
「だが、普通の魔法使いなら立つだけで足から魔力を抜かれて震えるぞ」
帽子職人は当然のように言った。
「シャーロットさん用なので」
「なら問題ないな」
「問題ありませんね」
三人はまた頷いた。
次にローブ職人が設計図を出す。
「星帯カペラ。星衣リゲルの補助ベルトです。結界展開時の腰部負荷を減らし、魔力の逃がし先を増やします。さらに姿勢保持、反動分散、過負荷時の自動締め付け機能を」
鍛冶師が止めた。
「自動締め付け?」
「はい。術式負荷が上がった時に、使用者の姿勢を強制的に安定させます」
帽子職人が目を輝かせる。
「つまり、星雨・黎明級の術式でも姿勢が崩れにくい?」
「そうです」
鍛冶師は少し考えた。
「普通の魔法使いなら腰から崩れるな」
ローブ職人は言った。
「シャーロットさん用なので」
「なら問題ないか」
「問題ありませんね」
三人はまたまた頷いた。
鍛冶師も負けていなかった。彼が出したのは、腕輪型の設計図だった。
「星環スピカ。ヴェガと連動して、魔力過負荷時に余剰魔力を自動で逃がす腕輪だ。星脈晶の粉末を少量使う」
帽子職人とローブ職人が身を乗り出す。
「星脈晶の粉末を?」
「主石にはできないが、導線には使える。三系統で逃がし、腕から肩、背中へ流してリゲルへ繋ぐ。ポラリスの警告機能とも連動可能だ」
「素晴らしい」
「素晴らしいですね」
鍛冶師は少しだけ誇らしげだった。
「ただし感度を上げすぎると、普通の魔法使いは腕輪を着けただけで魔力を吸われて倒れる」
帽子職人とローブ職人は、ほぼ同時に答えた。
「シャーロットさん用なので」
「なら問題ないな」
「問題ありませんね」
設計室の空気は熱を帯びていた。机の上には次々と案が増えていく。微細探知補助の髪飾り、星飾ミラ。睡眠中の魔力回路を整える枕、星枕ノクターン。資料作成時間が長くなると自動で文字を薄くする机、星机デネブ。探知範囲を広げすぎるとアメリアの声で警告が鳴る小型耳飾り。魔力を使いすぎるとガルドの声で「寝ろ」と鳴る腕輪。途中から少し方向がおかしくなっていたが、三人は気付いていなかった。
「この警告音声機能は良いですね」
「アメリアさんの声とガルドさんの声、どちらが効果的でしょう」
「状況によるな。資料作成にはアメリアさん、無茶な術式にはガルドさんか」
「ソフィアさんの『大丈夫じゃありません』も入れましょう」
「三段階警告ですね」
「素晴らしい」
「素晴らしいですね」
その時だった。
「何が素晴らしいの?」
設計室の空気が凍った。三人の職人は、ゆっくりと振り返った。扉の前に、アメリアが立っていた。腕を組み、笑っている。笑っているが、その笑顔は優しくない。背後には、なぜかガルドもいた。彼は扉枠にもたれ、すでに嫌な予感を顔に出している。
「……夜分に、お疲れ様です」
帽子職人が言った。
「ええ。あなた達もずいぶん熱心ね」
アメリアは部屋に入り、机の上の設計図へ視線を落とした。『星纏いの魔女専用・次世代補助装備計画』。星靴アルタイル。星帯カペラ。星環スピカ。星飾ミラ。星枕ノクターン。警告音声機能案。魔力過負荷時強制姿勢保持。自動締め付け。高感度魔力逃がし。普通の魔法使いなら倒れる可能性あり、という小さな注記。
アメリアはしばらく黙っていた。沈黙が長い。職人達の背筋が少しずつ伸びていく。ガルドがぼそりと言った。
「これは怒られるな」
「ガルド、静かに」
「はい」
アメリアは一枚の設計図を持ち上げた。
「星靴アルタイル。普通の魔法使いが履くと足が震えて立てない可能性あり」
帽子職人が小さく言う。
「シャーロットさん用なので」
「次。星帯カペラ。過負荷時に自動締め付け。普通の魔法使いなら腰から力が抜ける可能性あり」
ローブ職人が小さく言う。
「シャーロットさん用なので」
「次。星環スピカ。感度を上げすぎると装着者の魔力を吸いすぎる危険あり」
鍛冶師が小さく言う。
「シャーロットさん用なので」
アメリアは設計図を机に戻した。
「あなた達、その言葉を免罪符にするのをやめなさい」
三人は同時に黙った。
「ポラリスもリゲルもヴェガも、確かにシャーロットには必要だったわ。黒龍戦でもスタンピードでも、あの装備があったから負荷を逃がせた。そこは認める。感謝もしている」
アメリアの声は静かだった。だからこそ、怖かった。
「でも、SSランクになったからといって、シャーロットに装備を増やせばいいわけではないの。あの子は装備が増えたら、その分もっと動けると思うわ。もっと支えられる、もっと遠くまで探知できる、もっと大きな術式を使える。そう考える子なの」
ガルドが小さく頷いた。
「あいつなら思うな」
「ええ。だから、あなた達が負荷を増やす方向で装備を作るのは駄目」
職人達は、ようやく少しだけ目を伏せた。
アメリアは続ける。
「支えるための装備なら分かる。守るための装備なら分かる。危険を知らせるもの、休ませるもの、無理を止めるものなら検討する価値はある。でも、今ここにある設計図の半分以上は、あの子にもっと無茶を可能にさせる装備よ」
帽子職人が小さく言う。
「ですが、次の災害が来た時に……」
「その時に、シャーロット一人の限界をさらに伸ばすことだけを考えないで」
アメリアは即座に言った。
「獅子の咆哮は、あの子を使ってSSランクになったんじゃない。あの子を支えて、SSランクになったの。そこを間違えたら、銀翼と同じ方向へ行くわ」
その言葉で、設計室は完全に静まった。
銀翼。かつてシャーロットを見失い、低評価で手放したクラン。その名は、職人達にも重かった。彼らはシャーロットの装備を作った。彼女の魔力を知っている。彼女の異常さも、危うさも、少しは理解しているつもりだった。だが、アメリアの言う通り、自分達は興奮していたのかもしれない。
SSランクにふさわしい、もっとすごい装備を。もっと高性能な補助を。もっと先へ行ける道具を。そう考えるうちに、使用者本人がどこまで動いてしまうかを後回しにしていた。
ローブ職人が、深く頭を下げた。
「申し訳ありません。支えるつもりで、負荷を増やす案になっていました」
帽子職人も続く。
「ポラリスの時も、機能を詰め込みすぎたと叱られたのに……反省が足りませんでした」
鍛冶師も腕を下ろした。
「ヴェガは制御装置だったはずだ。俺も、少し浮かれていた」
アメリアは、少しだけ表情を和らげた。
「分かればいいわ。だから、この計画は無期限延期」
三人の顔が一斉に上がる。
「無期限……」
「延期……」
「計画自体が……」
「そう。作る前に止めます」
アメリアは設計図をまとめて持ち上げた。
「これは預かるわ」
「没収……」
帽子職人が呟く。
「預かるの」
「ほぼ没収では」
ガルドが言うと、アメリアは彼を見る。
「何か?」
「何でもない」
職人達はしょんぼりした。まるで新しい玩具を取り上げられた子供のようだった。
だが、アメリアは完全に切り捨てるつもりではなかった。彼女は設計図の束から一枚だけ抜き出す。
「ただし、全部が駄目とは言わないわ」
三人の目に、わずかに光が戻る。
「過負荷警告機能。休養補助。睡眠中の魔力回路安定。資料作成時間の制限。こういう方向なら、検討していい」
帽子職人が顔を上げる。
「では、星枕ノクターンは?」
「普通の人が寝ても悪夢を見ない設計なら」
ローブ職人が続く。
「資料作成時間が長くなると文字が薄くなる星机デネブは?」
「むしろ詳しく聞きたいわ」
鍛冶師が真剣に言う。
「魔力を使いすぎるとガルドさんの声で『寝ろ』と鳴る腕輪は?」
ガルドが嫌そうな顔をした。
「俺の声を勝手に使うな」
アメリアは少し考えた。
「効果はありそうね」
「おい」
「ただし、本人が本気で嫌がるなら却下」
「本気で嫌だ」
「じゃあ却下」
鍛冶師は残念そうに頷いた。
アメリアは改めて三人を見る。
「いい? 次に考えるなら、シャーロットがもっと無理できる装備じゃなくて、シャーロットがちゃんと休める装備にしなさい」
「休める装備……」
「魔力回路を冷ます、頭痛を防ぐ、探知後の負荷を緩める、資料作成を中断させる、睡眠の質を上げる。そういうもの」
帽子職人、ローブ職人、鍛冶師は顔を見合わせた。
「それは……」
「難しいですね」
「戦闘装備より難しいかもしれん」
アメリアはにっこり笑った。
「そこから始めなさい」
三人の職人の目が、再び職人の目になった。ただし、今度は少しだけ方向が違う。
「休養用の魔導具……」
「星枕ノクターンの安全性を上げれば」
「いや、まずは魔力回路の熱を逃がす膝掛けでは?」
「星布ベガ……いや、名前が被るか」
「資料作成妨害机は実用性が高いですね」
「妨害ではなく休養誘導机と呼びましょう」
ガルドが小さく呟く。
「また変な方向に行きそうだな」
アメリアは設計図を抱えたまま言った。
「だから、次からは私に企画書を出してから。勝手に作らないこと」
三人は同時に背筋を伸ばした。
「はい」
「それと、普通の人が使っても倒れない設計で」
三人は少し黙った。
「……努力します」
「そこは即答しなさい」
「はい」
翌朝。シャーロットは工房区画の前で、妙にしょんぼりした職人達を見かけた。
「あの、皆さん。何かありましたか?」
帽子職人は微笑んだ。
「いえ、少し計画が延期になっただけです」
「計画?」
ローブ職人が慌てて言う。
「シャーロットさんには、まだ秘密です」
「秘密ですか?」
鍛冶師も頷く。
「安全確認が済んだら、いつかお話しします」
「そうなんですね」
シャーロットは不思議そうにしながらも、深く追及しなかった。そこへアメリアが通りかかる。
「シャーロット、今日は工房に長居しない。午後は休憩を入れる予定よ」
「はい」
「それと、もし職人達から新装備の試着を頼まれても、私を呼びなさい」
「新装備?」
シャーロットが目を瞬かせる。職人達が一斉に目を逸らした。
アメリアは微笑んだ。
「まだないわ」
「まだ?」
「ないわ」
「はい」
ガルドが後ろから現れ、職人達を見て言った。
「作る前に怒られてよかったな」
職人達は何も言い返せなかった。シャーロットだけが、ますます不思議そうな顔をしている。
「何のお話ですか?」
「知らなくていい」
ガルドが即答する。
「そうですか?」
「そうだ。お前が知ると、たぶん試したがる」
「危ないものなら試しません」
アメリア、ガルド、職人三人が同時に彼女を見た。
「何でしょうか」
「いや」
「別に」
「何でもありません」
「何でもないです」
「はい」
その後、工房区画の掲示板には、アメリアの筆跡で新しい注意書きが貼られた。
『シャーロット用新装備を企画する場合、必ず事前にアメリアの確認を受けること。
普通の魔法使いが倒れる設計は禁止。
シャーロットがもっと無理できる装備ではなく、シャーロットがちゃんと休める装備を優先すること。』
その注意書きを読んだレオンは、静かに頷いた。
「非常に妥当ですね」
ソフィアは力強く頷いた。
「全面的に賛成です」
アクセルは豪快に笑った。
「職人達も元気だな」
ガルドは腕を組んで言った。
「元気すぎるんだよ」
そしてシャーロットは、その注意書きを見上げて首を傾げた。
「私がちゃんと休める装備……ですか」
少し考えた後、彼女は真面目に言った。
「それなら、皆さんの負担も減るかもしれませんね」
アメリアが即座に返す。
「そうやって仕事に繋げようとしない」
「はい」
星纏いの魔女の新装備計画は、こうして作られる前に無期限延期となった。だが工房区画では、今日も職人達が真剣に議論している。今度こそ、彼女をもっと無理させる装備ではなく、ちゃんと休ませる装備を作るために。
もっとも、アメリアの監視は以前よりずっと厳しくなった。
それが、獅子の咆哮における新しい安全装置だった。




