第2節 追放通告
翌日の朝、シャーロットはいつもより少し早く目を覚ました。
薄い毛布を畳み、古びた机の上に置いていた櫛で髪を整える。乾いた毛先が少し跳ねていたので、指で押さえ、安い髪紐でひとつにまとめた。
古いローブの皺を伸ばす。
傷んだ帽子のつばを直す。
鏡代わりの窓には、いつも通りの自分が映っていた。
朝食を終え、訓練場へ向かおうとした時、廊下の向こうから事務員が駆けてきた。
「シャーロットさん、幹部会議室へ来るようにとのことです」
「幹部会議室ですか?」
「はい。すぐに、とのことです」
「分かりました」
シャーロットは小さく頷いた。
昨日の新人訓練で怪我人は出ていない。森の依頼も無事に終わった。報告書も提出済みだ。
思い当たることはなかった。
彼女は帽子のつばを軽く直し、傷の入った支給品のワンドを手に取った。
幹部会議室の扉の前で、一度だけ息を整える。
「シャーロットです」
「入れ」
中には、評価担当を含む数名の幹部が座っていた。
誰も笑っていない。
机の上には、何枚かの書類が重ねられている。
シャーロットは部屋の中央まで進み、姿勢を正した。
「本日付で、君との契約を解除する」
声は静かだった。
シャーロットは、すぐには返事ができなかった。
契約を解除する。
銀翼の剣を辞める。
自分が。
今日で。
「……私が、ですか?」
「そうだ。前回に続き、今回もE評価。規定により、契約解除対象となった」
評価担当の男が、書類へ目を落とす。
「理由は、攻撃魔法使いとしての基準未達だ。詳細は書面にある」
紙を一枚、机の上に滑らせる。
そこに、シャーロットの名前があった。
見慣れたはずの自分の名前なのに、少し遠く見えた。
「低ランク部隊への補助では、一定の安定効果が見られた。しかし君は攻撃魔法使いとして登録されている」
そこで、言葉が切れた。
「このクランに、専任の補助役として君を置く枠はない」
シャーロットは、ローブの袖を指先で軽く握った。
すぐに離す。
「……分かりました」
幹部の一人が、わずかに眉を動かした。
「ずいぶん素直だな」
「決定でしたら、従います」
「異議はないのか?」
シャーロットは、机の上の書類を見た。
白い紙。
黒い文字。
自分の名前。
「ありません」
会議室に、小さな沈黙が落ちた。
幹部達は互いに視線を交わす。評価担当は、次の書類を手に取った。
「退去は本日中だ。寮の部屋も今日中に空けるように」
「はい」
「クラン支給品は返却。ローブ、帽子、ワンド、その他貸与品は管理部へ」
シャーロットは、自分の袖を見た。
何度も補修した布。
薄くなった裾。
歪んだ帽子。
手元のワンド。
長く使っていた。
けれど、支給品なら返すのが決まりだ。
「分かりました」
「ただし、十年在籍したことを考慮し、餞別を用意してある」
別の幹部が合図をすると、事務員が部屋の隅から包みを持ってきた。
中に入っていたのは、ローブとウィッチハット、そして一本のワンドだった。
どれも新品ではない。
ローブには補修跡があり、帽子の縁はくたびれ、ワンドの魔石は濁っていた。
倉庫に眠っていた予備品だろう。
「これを持っていくといい。最低限、外を歩くには困らないだろう」
シャーロットは両手で受け取った。
包みは、思っていたより軽かった。
「……ありがとうございます」
その礼に、幹部達の表情が少しだけ緩む。
「手持ちの私物は持っていって構わない。ただしクラン所有物は置いていくように」
「はい。持ち出し申請が必要な私物は、鞄と、学校時代から持っているスタッフだけです」
「スタッフ?」
「はい。クランの支給品ではありません。私物です」
評価担当は書類を確認し、短く頷いた。
「記録上、私物扱いになっている。持ち出しを許可する」
「ありがとうございます」
学校時代から使っているスタッフは、今も部屋で古い布に包んである。
銀翼に来てから、持ち出す機会はほとんどなかった。新人訓練にも、低ランク班の補助にも、大げさすぎたからだ。
「では、手続きは以上だ」
「はい」
シャーロットは深く頭を下げた。
「十年間、お世話になりました。今まで、ありがとうございました」
声は小さかった。
それでも、最後まで切れなかった。
評価担当は短く頷き、書類を閉じた。
シャーロットが会議室を出ると、廊下はいつも通りだった。
遠くから訓練場の掛け声が聞こえる。
誰かが走る足音。
食堂から漂う薄いスープの匂い。
修理場で金属を叩く音。
何度も聞いた音だった。
シャーロットは包みを抱え直す。
これから、部屋を空けなければならない。
訓練場の方から、新人達の返事が聞こえた。
彼女は一度だけそちらを見て、それから寮棟へ向かった。




