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第2節 追放通告

翌日の朝、シャーロットはいつもより少し早く目を覚ました。薄い毛布を畳み、古びた机の上に置いていた櫛で髪を整える。毛先は乾いて少し跳ねていたが、彼女は丁寧に指で押さえ、安い髪紐でひとつにまとめた。身だしなみを整えることは、シャーロットにとって習慣だった。どれほど古いローブでも、どれほど傷んだ帽子でも、だらしなく見えないようにする。それが、彼女なりの冒険者としての誇りだった。


朝食を終え、訓練場へ向かおうとした時、廊下の向こうから事務員が駆けてきた。「シャーロットさん、幹部会議室へ来るようにとのことです」「幹部会議室ですか?」「はい。すぐに、とのことです」「わかりました」


シャーロットは小さく頷いた。何か失敗しただろうか。昨日の新人訓練で怪我人は出ていない。森の依頼も無事に終わった。報告書も提出済みだ。思い当たることはなかったが、呼ばれたのなら行くしかない。彼女は帽子のつばを軽く直し、濁った魔石のついたワンドを手に取った。


幹部会議室の扉は、いつもより重く感じた。「シャーロットです」「入れ」


中には、評価担当を含む数名の幹部が座っていた。誰も笑っていない。机の上には何枚かの書類が重ねられている。シャーロットは部屋の中央まで進み、姿勢を正した。


「本日付で、君との契約を解除する」


最初の一言は、あまりにも静かだった。シャーロットは一瞬、意味を理解できなかった。契約を解除する。つまり、銀翼の剣を辞めるということだ。自分が。今日で。


「……私が、ですか?」


「そうだ。評価規定に基づく判断だ。君は前回に続き、今回もE評価となった。二回目のE評価により、除名対象となる」


評価担当の男が、淡々と書類を読み上げる。「理由は、攻撃魔法使いとしての成績不振。討伐数、与ダメージ、危険個体撃破記録、遠征時攻撃貢献度、いずれも基準を満たしていない。十年在籍して改善が見られない以上、今後の成長も期待しにくいと判断された」


シャーロットは少しだけ視線を落とした。胸の奥がきゅっと縮むような感覚があった。けれど、不思議と怒りは湧かなかった。抗議しようという気持ちも出てこない。評価は上の人達が決めるものだ。自分の数字が低いと言われれば、そうなのだろうと思った。


「低ランク部隊への補助では、一定の安定効果が見られた。しかし君は攻撃魔法使いだ。補助役として残すほどの価値はない」


その言葉に、少しだけ息が詰まった。補助役として残すほどの価値はない。そう言われたことよりも、自分が十年やってきたことが「補助」の一言で終わったことが、ほんの少しだけ痛かった。


それでも、シャーロットは顔を上げた。「わかりました」


幹部達の一人が、わずかに眉を動かした。「ずいぶん素直だな」「評価で決まったことでしたら、従います」「異議はないのか?」「ありません」


会議室に、小さな沈黙が落ちた。幹部達はその態度を、諦めの早さか、覇気のなさと受け取った。十年いたクランを追われるというのに、怒りもしない。泣きもしない。食い下がりもしない。それが、彼らにはますます「伸びない人材」に見えた。


けれど、シャーロットはただ、そういう人間だった。自分が悪いのなら、受け止める。誰かが困っているなら、手を伸ばす。与えられた場所で、できることをする。それだけを続けてきた。


「退去は本日中だ。寮の部屋も今日中に空けるように」「はい」「クラン支給品は返却。ローブ、帽子、ワンド、その他貸与品は管理部へ」


シャーロットは自分のローブの袖を見た。何度も補修した布。薄くなった裾。歪んだ帽子。手元のワンド。どれも長く使ったものだったが、支給品なら返すのが決まりだ。


「わかりました」


「ただし、十年在籍したことを考慮し、餞別を用意してある」


別の幹部が合図をすると、事務員が部屋の隅から包みを持ってきた。中に入っていたのは、古いローブ、古いウィッチハット、そして一本の粗末なワンドだった。


今身につけているものより、少しだけましに見える。けれどよく見れば、ローブには補修跡があり、帽子の縁はくたびれ、ワンドの魔石は濁っていた。新品ではない。おそらく倉庫に眠っていた古い予備品だ。


「これを持っていくといい。最低限、外を歩くには困らないだろう」


「……ありがとうございます」


シャーロットは両手で受け取った。その礼に、幹部達は少しだけ満足そうな顔をした。厄介な退職者にならずに済んだ。最後に情けもかけた。そう思っている顔だった。


「手持ちの私物は持っていって構わない。ただしクラン所有物は置いていくように」


「はい。私物は鞄と、学校時代から持っているスタッフだけです」


「スタッフ?」


「はい。クランの支給品ではありません。私物です」


評価担当は少し書類を確認し、頷いた。「記録上、私物扱いになっている。持ち出しを許可する」


「ありがとうございます」


今は布に包んで部屋に置いてある、学校時代から使っている私物のスタッフ。クランの支給品ではなく、シャーロットがずっと大切にしてきたものだった。銀翼ではほとんど使わなかった。使う必要がなかった、とも言える。多くの場合、彼女に求められたのは敵を吹き飛ばすことではなく、誰かが死なないように戦場を整えることだったからだ。


「では、手続きは以上だ」


「はい」


シャーロットは深く頭を下げた。


「十年間、お世話になりました。今まで、ありがとうございました」


その声は震えていなかった。怒りも、恨みも、皮肉もなかった。だからこそ、幹部達の胸には何も刺さらなかった。


シャーロットが会議室を出ると、廊下はいつも通りだった。遠くから訓練場の掛け声が聞こえる。誰かが走る足音。食堂から漂う薄いスープの匂い。修理場で金属を叩く音。十年聞き続けた銀翼の音だった。


今日で、ここから出ていく。


そう思っても、涙は出なかった。ただ、少しだけ胸の奥が静かになった。


管理部で支給品を返却すると、担当者は古い帳簿に印を押した。ローブ、帽子、ワンド。長年使ったものが、事務的に棚へ戻されていく。シャーロットは少しだけその棚を見た。壊れかけたワンドにも、補修だらけのローブにも、思い出はあった。苦しい時も、怖い時も、一緒に現場へ出た道具だった。


けれど、もう自分のものではない。


代わりに渡された餞別のローブと帽子とワンドを抱え、シャーロットは自分の部屋へ向かった。


途中、昨日訓練を見た新人の一人が声をかけてきた。


「あ、シャーロットさん! 今日も訓練、見てもらえますか?」


シャーロットは立ち止まり、少しだけ困ったように笑った。


「ごめんなさい。今日は、少し用事ができてしまって」


「そうなんですか?」


「はい。訓練、昨日言ったことを意識すれば大丈夫です。盾役さんの肩を見ることと、下がりすぎないこと。忘れないでくださいね」


「はい!」


新人は元気よく返事をして、訓練場へ走っていった。シャーロットはその背中を見送った。


無事に育ってくれるといい。


そう思った。


自分がもう、その成長を見ることはないのだとしても。

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