第1節 評価表にない魔法使い
王国屈指のSランククラン、銀翼の剣。
白銀の翼を刻んだ紋章を知らない冒険者は、王都にはほとんどいない。王国軍からの緊急依頼。貴族や大商会からの指名依頼。高難度任務の成功記録。
今でこそ、その名は王都中に通っている。
だが十年前、銀翼の剣はまだBランクの中堅クランだった。勢いはあったが、人手も資金も足りない。遠征に出れば負傷者が増え、新人は育つ前に辞めていく。
そこへ、十八歳の少女が入った。
名前は、シャーロット。
冒険者学校を卒業したばかりの攻撃魔法使いだった。明るく、人当たりがよく、誰かに頼まれると、断るより先に笑って頷いてしまう。
それから十年。
銀翼の剣はBランクからAランクへ、そして王国公認のSランククランへと駆け上がった。
「次、シャーロット」
幹部会議室で、評価担当の男が書類をめくった。
長机の上には、今期の成果報告が並んでいる。討伐数、依頼達成率、遠征貢献度、収益、修理費、負傷者数。どれも綺麗な表にまとめられていた。
「攻撃魔法使い、シャーロット。所属十年。現在評価E。前回もE評価。今回で二回目です」
別の幹部が眉をひそめる。
「十年いてEか」
銀翼の剣の内部評価は、表向きにはSからDまでの五段階だ。
ただし、幹部用の書類にはその下がある。
E評価。
D評価が続き、改善見込みがないと判断された者につけられる、契約解除の予備評価だった。
「加入当初はC評価。ですが近年、攻撃魔法使いとしての成果は低いままです。今期の討伐数は同年数の魔法使いと比べて下位。高危険度個体への有効打、単独撃破記録、ともに目立つものはありません」
「低ランク班に回していただろう」
「はい。ですが、そこでも本人の討伐数は伸びていません」
評価担当は、淡々と次の紙を出した。
「訓練参加数は多いです。新人班への同行も多い。ただ、攻撃魔法使いとしての制圧記録には反映されていません」
数人が小さく息を吐く。
一人の幹部が、ついでのように聞いた。
「負傷者数は?」
「シャーロット同行時は少なめです。撤退失敗もほぼありません」
「なら補助としては使えるのでは?」
「正式な補助職ではありません。登録は攻撃魔法使いです」
その一言で、空気は決まった。
評価表で見るべき欄は、討伐数と有効打。そこに数字がなければ、成果は薄い。
「低ランク班の生存率が高い理由は?」
「新人教育の成果でしょう。近年は撤退基準も徹底しています」
「ポーション消費が少ないのは?」
「軽傷で済む依頼が多かったのかと」
書類の端には、同じ名前が何度も出ていた。
同行補助、シャーロット。
撤退支援、シャーロット。
負傷軽微、シャーロット同行。
危険遭遇なし、シャーロット同行。
だが、それらは大きな成果欄には入らない。魔物を何体倒したか。高危険度個体にどれだけ有効打を与えたか。評価の中心は、そこだった。
人手不足の頃、彼女はあちこちに呼ばれた。
負傷者が出れば応急処置をし、盾役が崩れれば結界を張り、新人が道を間違えれば探知で戻した。魔物の群れが近づけば、戦う前に進路を変えた。
その分、攻撃の記録は少しずつ減った。
CからDへ。
D評価になってからは、不安定な部隊へ回されることが増えた。
「シャーロットなら何とかしてくれる」
現場では、そう言われた。
会議室では違った。
「低評価者には、低評価者向けの任務を」
壊れかけた部隊や新人班の穴埋めに回され、また攻撃実績が減る。
DからEへ。
E評価になった後も、現場からの呼び出しは減らなかった。新人が危ない。低ランク班が戻らない。撤退補助がいる。負傷者が出た。結界役が足りない。
そのたびに、彼女の名前が書かれた。
評価担当の男が、最後の紙を机に置く。
「総合判断として、攻撃魔法使いシャーロットは改善見込みなし。E評価二回目。規定により、契約解除対象とするのが妥当です」
反対の声は、ほとんど上がらなかった。
「十年いた者を、通達当日に退去させるのか?」
「規定通りなら問題ない。むしろ長く置きすぎた」
「餞別くらいは出してやれ。古いローブとワンドが余っていただろう」
「それで十分でしょう」
決裁印が押された。
乾いた音が、会議室に一つ響いた。
その日の夕方。
シャーロットは、第三訓練場にいた。
「はい、そこ。盾を上げるのが少し早いです。相手の肩を見ると、動き出しが分かりますよ」
「はい!」
「魔法使いさんは、怖くなったら後ろに下がりすぎないでください。前衛の結界範囲から外れます」
「わ、分かりました!」
新人達は汗だくになりながら、何度も構え直していた。
シャーロットは、少しだけ目を細める。
さっきまで腰が引けていた盾役が、一歩だけ前に出た。後衛の少女は杖を握り直し、逃げる代わりに足を止めている。
「今の、良かったです」
その一言で、二人の肩から力が抜けた。
シャーロットは笑って、前衛の盾に手を添える。
「ここ。ほんの少しだけ内側です。押されても、隣の人にぶつからないように」
「こうですか?」
「はい。大丈夫」
短い返事だった。
それでも新人の顔が、少し明るくなる。
シャーロットは次の班へ歩きかけて、足を止めた。列の端にいた少年の指が、かすかに震えている。
「疲れました?」
少年が慌てて首を振る。
「い、いえ。まだ行けます」
シャーロットは叱らなかった。
ただ、彼の杖先をそっと下げる。
「では、一回だけ水を飲みましょう。魔力が乱れる前に休むのも、訓練です」
少年は少し迷ってから、小さく頷いた。
訓練場の端で、別の新人が転びかける。
シャーロットはすぐにそちらへ歩いた。
「大丈夫です。膝より先に、盾を地面へ。転ぶ時も、怪我を減らせますから」
「は、はい!」
夕方の訓練場に、木剣の音と新人達の返事が響いていた。
シャーロットは一人ずつ見て回る。
誰が怖がっているか。
誰の足が止まりそうか。
誰の魔力が乱れているか。
誰が無理をして笑っているか。
敵より先に、味方を見る。
彼女はそうやって、いつものように訓練を続けた。




