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3/3

自称プロキャンパーな銀髪令嬢として


 翌朝。

 空は青々としていて、昨日と同じような気持ちのいい快晴だった。


 決闘日和である。


 そう意気込んで、悠々たる足取りで森を闊歩する少年が一人。公爵令息ガウラ・テンペスタ。背後に大軍を率いている。


 1対1の決闘になぜこのような大世帯で、という問いには二つ答えがある。

 一つ目は、単純にテンペスタ公爵家の威厳を示すため。

 二つ目は――シーファ・カルルフォルの死角からの攻撃を防ぐためだ。

 魔法の詠唱が大の苦手であるというのに、数々の魔法名家との決闘に勝ってきたシーファ。ガウラはその情報を手に入れてから、「シーファ・カルルフォルは卑怯な手を使って勝っているに違いない」という確信を持っていた。


 同じ轍は踏まぬ、と、ガウラは決闘を持ちかけた時から徹底して身を固めていたのだ。


 賄賂を防ぐために、十の審判を。

 毒殺を防ぐために、百の毒味係を。

 暗殺を防ぐために、千の護衛兵を。


 その甲斐あってか、ここ3日間、ガウラの周辺で怪しい事は何一つとして起こらなかった。


(ふっ――シーファ・カルルフォルよ。お前の卑劣な魔の手が私に届く前に、決闘の朝が来てしまったようだな。後は正真正銘の実力勝負。……私の勝ちだ)


 ガウラはニヤリとほくそ笑んだ。






 * * *






 午前9時。

 ガウラたちの辿り着いた決闘会場である森の中の開けた草原に、銀髪の少女の姿は見えなかった。


「は――居ない!? な、何故だ!?」

 対戦相手の不在に立ち尽くすガウラ。 


「何処に居るシーファ・カルルフォル! 約束の時間だぞ!」

 ガウラがそう叫んでも、返ってきたのは木のざわめきのみ。段々と焦りが募っていく。


(まさか、事前工作が上手くいかなかったために決闘をすっぽかした――!?)


 予想を上回る彼女の卑劣さに、ガウラの頭に血が昇り始める……と、その瞬間。

 

「――う、うわぁ!! お――起きてミュリス! もう9時ですわ!!」

「えっ! ひゃっ――ああッ! は、はい!」


 ガウラたちが見つめる木々の向こうから、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

 

 数分後。木々の裏から制服姿のシーファ・カルルフォルが慌ただしく登場する。

 制服は所々土で汚れていて、貴族とは思えないほど皺まみれだった。口にはよだれの後がついていて、ふわふわした銀髪には明らかに寝癖としか思えないような波打ちが見て取れた。


 そのだらしない姿を前に、ガウラは唇の端をつり上げる。


(汚い手が通用しなかったために焦っているのだな。まさか私が、時間通りに平然とこの場に現れるとは思わなかったのだろう)


「……ガウラ様。お、お待たせてしまって、申し訳ございません」

 シーファがぼさぼさの頭を下げた。

  

「ああ。大丈夫だシーファ・カルルフォル。まあそなたは大丈夫ではないようだが……常に美しいそなたの声が、少し嗄れているぞ?」

「これは寝起きのせい――じゃなくて、問題ありませんわ」

「ふっ、ならいい」


 距離をとって、腰から杖を取り出すガウラ。

 

「早速だ。決闘を開始するぞ、シーファ・カルルフォル」


 その言葉を聞いて、ガウラの従者たちが一斉に後退する。


「……勿論です。よろしくお願いしますわ、ガウラ・テンペスタ様」

 一方、シーファも深呼吸し、落ち着いた様子でそれに倣った。




 約10メートルの距離を開けて、杖を手に持って対峙する二人。

 

 銀髪の決闘相手を睨みながら、ガウラは脳内で計画を練っていく。

 普段の魔法決闘なら、相手の得意分野や体躯に合わせ、詠唱・防御・回避・偽装を使い分けるが――今回は特別。

 ガウラは、そんな精密な作戦をすっとばして勝利を確信するに至る程の情報を持っていた。

 

 

 ――シーファ・カルルフォルは詠唱が大の不得意。一つの呪文を撃つまでに十分を超える詠唱を要する。

 

(ならば話は簡単だ。試合開始と同時に短時間詠唱の攻撃魔法を撃ち込めばいい。回避する間もなく魔法が被弾し、勝敗が決するはずだ)


「フ――ッ」

 ガウラは息を吐き、魔力を杖に収斂させる。

 勝つ自信しかなかった。


「では――決闘、開始!」

 ガウラの雇った審判が右手を振り下ろし、決闘の始まりを告げる。


「火の精霊よ、我が手に魔力を――」

 即座に勢いよく詠唱を始めるガウラ。完璧な滑り出しだった。



 

 その刹那。

 彼の目の前に、巨大な日の玉が顕現する。


「え?」

 視界が赤一色に塗りつぶされる。


 

「極級火属性魔法――『インフェルノ・キャンプファイヤー』ですわ!!!!! ……ごほっ」


 その掠れ声を聞いて、ガウラは目の前の業火が相手の放った魔法であると理解する。

 

 ――そして、自分の敗北も。


 

 ズドン。

 森全体を揺るがす爆発音とともに、カルルフォル子爵家VSテンペスタ公爵家の魔法決闘は、開始5秒で終了した。






 * * *






「――は?」

 従者の治癒魔法によって、ガウラは目を覚ました。

 急いで体を起こし、周囲の状況を確認する。


 自分を囲む従者たち。焦げ跡の残る衣服。それに比べて異常に燃えた跡の無い草地。


「やりましたね! お嬢様!」

「え、ええ。……ちょ、ちょっとお水を一杯くださらない?」

 疲弊した様子で黒髪の従者一人に寄りかかる、銀髪の少女。


(俺は……負けたのか………………)

 ガウラは気絶する直前に見た、強大な火魔法を思い出す。

 魔術の勉学に人一倍励んできた彼は、あれが卑劣な裏技でも偽物でもなく――純粋な技術による魔法である事が分かってしまった。


(つまり……実力の差で、俺は引けを取った)

 

 悔しさからギリリ、と歯噛みをする。


 何故負けた?

 俺は、誰よりも努力した。

 勉強だって、鍛錬だって、情報収集だって抜け目なくしたはずだ。

 そうだ――第一、シーファ・カルルフォルは詠唱に長い時間がかかるはずじゃないのか? なのに、あの無詠唱の極大魔法はなんだ?


(……いや、負け惜しみは止めろ。私が……あいつの実力を見誤ってただけだ)

 ガウラは怒りと悔しさを飲み込み、よろよろと立ち上がった。

 

「……シーファ・カルルフォル。見事な魔法だった」

「が、ガウラ様」 

「私の負けだ。全く、夢だと思いたいがな。無詠唱で火属性の極大魔法の使い手だとは……想像も出来なかった」


 ――自分と、シーファの違いは何だ?


 右手を差し出しながら、目の前の少女を見つめる。

 

 この小柄な少女の内側に隠された、際限ない努力の源は何だ?


「は、はい。こちらこそ――」

 シーファがそう言いながら手を握り返す。その刹那、青臭い草木の香りがガウラの鼻腔を刺激した。


「――!」

 ガウラが目を見開く。そこで彼は、自分を下した少女との最初の会話を思い出した。


 

(ところで、私は静かで落ち着いた場所が好きですわ。例えばこのような……美しい花々や蝶々をゆっくりと観察できる中庭)

 そう言って、花壇に咲き広がる草花をおっとりと見つめるシーファ。



(そうだ! 違いは――これか!)

 

「シーファ・カルルフォル。そなたはこの決闘の前、一体何をしていた?」

「え? ……キャンプですけど」

 少し言いづらそうに話すシーファの様子を見て、ガウラは『きゃんぷ』こそが彼女の強さの正体であると確信する。

 

「それは何なんだ!? 魔術の鍛錬か? 私が蔑ろにしていた草花や虫と関係があるのか!?」

「え、ええ?!」

「そなたがよければ、私もきゃんぷとやらに参加したい。次回はいつ開催する予定か?」

「と、10日後の休学日ですが……ですが、その日はミオル様やシャナハ様、ヴェネレス様ともお約束していて…………」


 シーファの並べた名前に、ガウラは愕然とした。

 

 ミオル・ラーズベル。シャナハ・アビト。ヴェネレス・ステライェルド。彼女が名前を挙げた3人は、全員漏れなく魔法名家の令息令嬢であり、かつシーファ・カルルフォルとの決闘で敗けた者たち。 


(私と同じように、この化け物に負け――強さの根源を探るために、『きゃんぷ』への参加を申し出たに違いない!)


 ガウラは膝が土に塗れるのも気にせず、シーファの足元に跪いて懇願した。 

「それでも構わない――頼む! 私もきゃんぷに参加させてくれ!」


「お、お嬢様。どうされますか……?」

 ミュリスが心配そうにシーファの顔を見る。


「4人も有名な子息令嬢を伴えば、多少なりとも貴族界で噂となるでしょう。旦那様や奥様の耳にも入るかもしれません。そうなったら……」

「――――やるに決まっているでしょう!!」


 シーファが心から嬉しそうに叫んだ。


「虫嫌いで――草花の魅力を一蹴していたガウラ様が、こんなにもキャンプに興味を示してくださっているのです。プロキャンパーとして応えない訳にはいきませんわ!!」

 謎の使命感に駆られた様子で熱弁するシーファに青ざめるミュリスと、興奮するガウラ。


「じゃあ、私もキャンプに参加してもよいのか!?」

「無論。森は全てを受け入れますわ」

 地母神のように手を広げるシーファ。ミュリスはこっそりと銀髪についた葉くずを取り除いた。

 

「わ、私もきゃんぷを完遂すれば、そなたのように強くなれるのか?」

「? えぇ。キャンプの経験は、間違いなくガウラ様の人生をより頑強に、より豊かにするでしょう」

「ほ、本当か!?」

「本当です!!」


「…………」

 互いにすれ違ったまま笑い合う二人を見て、ミュリスは深いため息をつく。


 ガウラはキャンプに対する熱意に満ち溢れている様子だ。

 彼は虫嫌いと伺っていたが、本当に野宿(キャンプ)に参加するつもりなのだろうか。森は確かに新しい価値観を人間に授けるが、箱入り貴族にとってトラウマの宝庫に違いない。

 

 ガウラの従者たちも「なんか嬉しそうだから良さそう」みたいな感じで拍手している。

 本当に良いのだろうか。今の決闘でテンペスタ公爵家は莫大な決闘金を支払う事が決まった訳だが。


(……というか何しろ、彼はお嬢様がキャンプをする意味を誤解していますね)

 

 ミュリスはちらりと背後の木々の間を覗く。


 天幕の裏。少し開けた所に紫色の魔法陣が描かれている。決闘直前までは煌々と輝いていたが、決闘後には効力を失い、今は仄かに明滅しているのみ。

 

 シーファが野営開始時に作ったそれは――()()()()()()()。書き出すだけで一つの魔法の詠唱を代わりに行ってくれる優れた魔法陣である。


 彼女がキャンプを決闘前のルーティンにした理由はあれにある。


 つまるところ、決闘前に魔法陣を使って詠唱を完了させることで、決闘時に魔法発動を間に合わせるため。


 ならば、当日の事前に軽く準備すれば済む話ではと思うかもしれないが、シーファの場合そうはいかない。

 

 というのも……彼女は、詠唱に要する時間が途方もなく長いのだ。 

 平均して――――1魔法、2()4()()()


 魔法自体は長時間詠唱に見合った極大威力だが、魔術師としては前代未聞の詠唱の長さである。

 当然、魔法陣を発動させる時間も24時間を超える。よって決闘場所に前入りし、野宿をする必要があった。


 ……これが、キャンプの正体。

 それをガウラや他の貴族に知られたらどうなるか。


 

(というか――――まず、決闘前に詠唱を済ませておくのだって、規則的に反則では?)

 

 

 これを知られたら……本格的にキャンプどころではない。最悪、カルルフォル家の爵位が取り除かれ、私達は娯楽ではなく基本生活として野宿(キャンプ)をする必要がでてくるかもしれない。


「…………はあ。お願いですからお嬢様、上手くやってくださいよ」


 ミュリスは寒気立つ全身を押さえつけ、次の野営計画を立て始める少年少女を横目に、密かに後片付けを始めた。


ここまで読んでくれた皆さま、大変ありがとうございました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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