シーファ・カルルフォル
「そこの銀髪の! そなたがシーファ・カルルフォルであるか!」
騒めきの中で、一際大きい声が中庭中に響いた。
その声に振り向いたのは、庭の端にある薄暗いガゼボの下で、一人紅茶を飲んでいる少女。
目は白色。つんと高い鼻先。ややくせっ毛な銀髪は、ふよふよとそよ風に靡いている。
カルルフォル子爵令嬢のシーファ・カルルフォルは、持っていた白磁のティーカップを静かに置き、にっこりと微笑んだ。
「ごきげんようガウラ様。ええ、私がシーファでございましてよ」
「そんなところで何をしている」
「見て分かりませんの、お茶ですわ」
少し不躾な物言いに、少年が眉をひそめた。
「私の事は存じているか」
「勿論ですわ。テンペスタ公爵令息――ガウラ・テンペスタ様。最近、なかなか学園に顔をお見せにならないようですから心配していましたわ」
「先月からお父様の実家で魔法の鍛錬をしていたのだ。決して怠けていた訳ではないぞ」
「ええ、そうでしょう」
シーファが再びにっこりと微笑む。
「ここ数週間、私の事を探ろうと不審に近づいてくる輩がしきりにいらっしゃいまして、うんざりしていますの。一体全体誰だか分かりませんが、私にひどく興味を抱いた方が居るようで」
「…………ほう、それは大変だな」
「貴方でしょう、ガウラ様」
シーファが笑顔を浮かべたまま言い放った。
彼女の白い目は柔らかい雰囲気を湛えたまま、ガウラの周りでシーファを睨んでいる数人の生徒たちの方を向いた。
「そちらの彼ら――ガウラ様のお取り巻き様たちが、私を付け回したり、騒ぎ立てたり、時には『お前はガウラ様に打ち負かされる運命なのだから、調子に乗っていられるのも今のうち』など、意味の分からないことを突然おっしゃってこられたりしまして」
「……さあ、何の事だか。私はそんな事を思ったり、命令したりなどしていない。こいつらが勝手に行ったことだろう」
「そうですか。……ところで、私は静かで落ち着いた場所が好きですわ。例えばこのような……美しい花々や蝶々をゆっくりと観察できる中庭」
シーファはほらご覧になって、と言って、目の前に広がる花壇を示した。
花壇では、薔薇、ラベンダー、アネモネなどの花々が晴天の下で鮮やかに咲いていた。春のそよ風にふるふると震えている。
その上を碧色の蝶々が数羽、ひらひらと舞っていた。
シーファはそんな景色がたまらなく好きだった。
「……虫は嫌いだ。醜く汚らしい」
ガウラが顔をしかめる。
「花など所詮ただの雑草だろう。そんな物を好んで何になる。そのような事に時間をかけるくらいなら、剣術や魔法の鍛錬をする方が良いのではないか」
「あら、残念ですわ。こんなにも綺麗なのに。――それでガウラ様、その私の至高のティータイムを遮って一体何のご用でございましょうか」
シーファは笑顔を崩さずに聞いた。ガウラはそこで、彼女のその笑顔が表面的なものであると気付く。
咳払いをしたガウラが、目の前の少女をきっと見据えて口を開いた。
「……ああ。シーファ・カルルフォル。私、ガウラ・テンペスタは、そなたに『決闘』を申し込む!」
その言葉を聞いて、周囲の生徒たちの騒めきが大きくなった。
「時間は明後日の午前九時から。魔法のみを使って戦う一対一の魔法戦だ。審判含め、手はずは全て我々テンペスタが整える。……そして、学園の決闘規則に従い――敗者は、勝者に対し決闘金を支払うこととする」
決闘。
ほとんどの生徒が貴族であるこの学園において、それは非常に重要な意味を持つ。
学園の風習として、負けた方の家が勝った方の家に対し決闘金という名の莫大な賞金を渡すのだ。
その金額は莫大。
特に爵位の低いカルルフォル子爵令嬢シーファにとって、その額は家自体の将来を揺るがすほど。
決闘の申し入れを受けても、シーファは笑顔を崩すことなく静かに尋ねた。
「……なるほど、それが目的でございますか。会場は?」
「魔法による周囲へのダメージを考え、テンペスタ公爵領南部のファウセンの森とする」
「森ですか? ……虫がお嫌いではなくて?」
「……随分と余裕だな、シーファ・カルルフォル。笑っていられるのも今の内だぞ」
一切表情を変えないシーファに、ガウラは少しの苛立ちを顔に浮かべる。
「あら、怖いですわ」
「ハッ、怯えたフリをしても無駄だ。……炎魔法の権威ラーズベル家、無詠唱魔導のアビト家、古代魔術家のステライェルド家――その全てとの決闘に打ち勝ち、多大な賞金を手にしたそなたが、今更何を恐れるというのだ」
「えっ。そんな……私はか弱い乙女でありますのに」
「傍目から見れば、であろう。私も今驚かされている。華奢で虚弱そうなそなたが、どうやってあの三家に決闘で勝ったのか……」
ガウラは再びガゼボの中のシーファに目をやった。
背は低い。全体的に貧弱な印象を受ける。杖を持つであろう手は白い枝のように細く、ところどころに切り傷の痕が見える。
(知性溢れる大人びた魔術師のような者を想像していたが、まさかこんな……どこにでもいるような貴族令嬢だとは)
ガウラは、彼女が貴族内で噂の「決闘にやたらと強い、稀代の子爵令嬢」であるとは、俄かには信じられなかった。
ガウラの知る限り、カルルフォル家は決して魔法が得意な家柄ではない。
カルルフォル家は、農業で大成した豪農が爵位を授かった農民上がりの貴族。カルルフォル家出身の魔法使いなど一人も聞いたことも無かった。
なのに彼女は、数々の魔術の名門を打ち破っている。
ガウラはそれが、裏を突くような姑息な魔法――または、毒や横やりなど、決闘の規則に反した卑怯な手段によるものであると睨んでいた。
「そなたの化けの皮、私が剝がしてやる。……この申し出、受けてくれるな?」
ガウラが挑戦的にそう言うと、シーファはにっこりと笑って答えた。
「……会場は、ファウセンの森でございましたよね?」
「……ああ」
「決闘の前日に伺っても?」
「問題ない。戦場の下調べは大切だからな」
それを聞くと、シーファは紅茶を一口飲んで、
「お受けいたしましょう」
と言った。
「……はは。ではシーファ・カルルフォル、明後日の午前九時、決闘会場で待っているぞ」
「ええ。よろしくお願いいたしますわ」
「あぁ。実に楽しみだ」
小さく手を上げて、ガウラはシーファの下を去る。
彼の周りを囲む取り巻き達の誰にも見えないように、彼は唇をにやりと吊り上げた。
――対面して分かった。
確信した。
シーファ・カルルフォルは絶対に、噂通りの「決闘に強い稀代の大天才」などではない。
恐らく、決闘に勝って賞金と名声を獲得するために、貴族の名門に決闘を申し入れ――卑劣な手を使い、勝利を奪ってきた卑怯者だ。
過去にも同じような事を考え、審判を金で買い取ったりした貴族がいた。
が、かつてのテンペスタ家はその圧倒的な魔術のセンスでその貴族を叩きのめし、決闘に打ち勝ったのだ。
(――私も、偉大なる先代にならって、正々堂々魔法の技術のみで不正者を打ち負かしてやる)
ガウラは心の中で固く決意した。
「が、ガウラ様、本当によろしいのですか?」
取り巻きの一人が、少し小さい声でガウラに尋ねる。
「何のことだ?」
「決闘のことです。あ……あいつ、見た目によらず滅茶苦茶強いって噂で……最近、教師たちも怖がってる様子なんです」
「――はっ、安心しろ。杞憂だ」
ガウラは石畳を早足で歩き、校舎の方へ向かいながら不敵な笑みを浮かべる。
「というのも先日、カルルフォル家についてある情報が手に入った」
「そ、それは……?」
「カルルフォル家は、遺伝的に魔法が非常に不得意であるという事。特に、魔法の詠唱に要する時間が尋常じゃなく長い。……ここ数週間、彼女を探るよう命令した者によれば……シーファ・カルルフォルの詠唱時間は、平均して十分を超えるという」
「じゅ、十分! 長すぎでしょ! もう詠唱じゃなくて歌じゃん!」
「まじか! じゃあやっぱ決闘で勝ったのって反則だな!」
「ガウラ様! ぶっとばしちゃってくださいよ!」
あまりに拍子抜けなシーファの情報を聞き、取り巻き達が湧きたった。
その嘲るような笑い声を聞きながら、ガウラは振り返って再びシーファの方を向く。
彼女は紅茶を優雅に飲みながら、花壇に咲く花々をうっとりと見つめている。その横顔に不安や焦燥の色は見られない。
「………………」
(あんな能天気な奴に、負けるはずもない)
ガウラは興味をなくしたようにすっと視線を戻し、取り巻きを連れて校舎の奥へと消えた。




