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「本日満月也」

ヴァンパイアもの。第二話。



第二話







その日。


かれんは光也というヴァンパイアととあるホテルにいた。


勿論二人はヴァンパイアとしての姿ではなく人間の格好をしているのだがそれでも注目を浴びる容姿なのかちらちらと見られている。


それぞれ、紅茶と珈琲を目の前に話す二人はそれに気が付いていて。


それでも分からぬ様術を使っていた。


ここは都内でも格式のあるホテルの為あからさまではないが、




「それでも余り気持ちの良いものではないのよね」




すいっと指を小さく動かせば視線はまたどこぞへと散っていく。


光也が声を出さずに笑い。




「仕方ないさ。我らが姫君の美貌に見惚れない者などいない。この僕でさえね」




そんな言葉にかれんははいはい、と流す。


光也は肩をすくめ。




「ほら、又これだ。ここで二人でいられる喜びを僕は最上の喜びとしているのに」




「社交辞令にこれ以上、何を言って欲しいのかしら」




いい加減鬱陶しくなってきたかれんはばっさりと。


他の者が聞けば甘いであろうそれを切り捨てた。




「今、何やってるの。ホスト?役者―――にしては余り見ないけど」




程度はあるものの、この国のヴァンパイアはかれんに心酔する。


光也もそれに当てはまるのだが少々変わり者でもあった。


ヴァンパイアとしての能力が低い彼は元々の美形に入る容姿と口の上手さで現代まで存在していた。




「それっていつの話?役者としての僕はもう数十年前に自殺した事になってるよ」




今は―――秘密、と。


ぱちり、片眼を器用につぶって見せたがかれんは、




「そう。まぁどうでもいいのだけど」




特に、彼に興味があるわけではない。


ここにはとある目的の為に来ていて。


幕が上がる前に術で舞台を作るのがかれんの今宵の役目。


はぁ、と。


かれんは溜息をついて。




「あつき、上手くやってるかしら」




一人ごち。


光也は苦笑めいて。




「彼がまだ若いからってちょっと甘過ぎじゃないかな」




その言葉、何回目?と問うが完全に揶揄い口調。




「貴女の血を引いていないヴァンパイアは確かに今の日本には彼だけだけど」




預かり者だからって余り甘やかすと成長が遅れるだろう?と。


言われかれんは聞いているのか否か。


紅茶のカップを持ち上げたが。




「かれん」




呼ばれ。


仕方なく口を開く。




「それでもどこかで血は繋がっているものよ。それに今、あそこには同胞がいないから連れてきただけ。教育は治郎ちゃんに任せているし」




言えば。


光也はああ、あの喫茶店のね。と少々苦い顔をした。




「貴女があんなものを作らせるなんて思っても見なかったけど。従者だけじゃ足りないって訳でもないだろう。何せ僕が覚醒してから随分経つけど貴女はずっと孤高の姫君だったのに」




ヴァンパイアは群れを作らない妖だ。


なのに、と言外に告げられ。


紅茶は飲まれないまま、ソーサーに戻された。




「若い子達の面倒を見させる場所が欲しかっただけよ」




時代は変わっていく。


昔なら放っておいても何とかなったものが現代では通用しない。


現代は妖にとって生きにくい場所になってきて。


故に人間の振りをする事が必要不可欠になってきた。


言うけど。




「でもあんな物作るから今回みたいな事になったんじゃないか」




光也の言葉にそうね、と応える。




「妖の売買なんて誰がやってるんだろうねぇ」




今回、ここにいる理由を光也は口にした。




「分からないし、どうでも良いわ。でも実際『風謡』にそんな話を持ち込んだ妖がいたから少なくても今回はそんな事も阻止できるのでしょう」




ヴァンパイアはそれ程弱い妖ではないから簡単に捕まる事はない。


その相手が人間でも妖でも。


―――覚醒前の、人間でなければだが。


しかしこの日本と言う国には兎角妖が多く。


又、力が弱い妖も多く存在する。


囲ってさえいれば富を与えてくれる妖なども多い為ちょくちょく、こういった事件は起きるのだがかれんは今迄一度もそれを助けようとした事などなかった。


が、今回は―――。




「『風謡』に直接来たから受けたわけじゃないの、知ってるでしょう」




今宵、このホテルの一室で妖怪の売買が行われる。


それだけならかれんが首を突っ込む事はなかった―――覚醒前の人間が混ざっていなければ。


それが決定打。


手を貸す事にしたかれんだが前にあった、吸血事件の様な大事にはならない。


従者達が情報を集め、ここで行われる事を探り出し。


ヴァンパイア以外に捕らわれている妖を助け出すのは話を持ってきた妖の一族だしかれんが気にすべき、覚醒する可能性がある人間は雫とあつきが連れ出す。


今回治朗や栄吉はその数に入っていないしそもそも光也だって数には入っていなかった。


会うのだって数十年ぶりな彼は珍しくもふらり、この場に現れ。


只、かれんと共にいる。




「そう言えばアナタも随分長く生きた方に入ってきたわね」




いつ頃だったかしら、と言えば。




「長いかどうかは分からないけど僕が覚醒したのは戦国時代だよ。酷い時代だったけど覚醒したから生き延びれたしヴァンパイアとしては面白い時代だった」




とある武将をそそのかしたり負けそうな方に上手く取り入って勝たせたりしてね。


―――とその言葉にかれんは悪趣味、と返す。




「悪趣味だけど狐狸だってやってるじゃないか。僕だけが糾弾されるものでもないさ」




ところで。


もう術は終わったよね、と光也が言い。


終わってるわよ、とかれんは返す。




「動きがあったみたいだ」




二人がいた、ティールームで散らばってお茶を楽しんでいた人間達―――その実、かれんの従者達が動き出す。


こんな話を堂々としていられたのも最初から客達は従者達で。


かれんが敷いた術式でこのホテルの従業員や他の客など全てがかれんの洗脳下にあったせいだ。




「で、どうするの?姫」




にわかに騒がしくなったホテル内。


パトカーのサイレン音が近づいてきて。




「どうもこうも・・・わたしの仕事は終わったから退散するわ。この後『風謡』で打ち上げするの」




それに光也はへぇ、と応えて。




「面白そう。僕も一緒に行っていい?」




に。


珍しい、と返し。




「どういう風の吹き回し?」




「ん?いつもの気まぐれだよ」




少なくても貴女に迷惑をかける事がないって分かってるでしょ、と言われかれんは頷く。


割と好き勝手やっている彼だがかれんを裏切る様な真似は、絶対ない。




「じゃぁ行きましょう。アナタ、翔べるの?」




に。


光也は苦笑し。




「あのねぇ。僕の能力が低い事知ってるでしょ」




「まぁ・・・そうね」




言って。


かれんはするりと光也の腕に自分の腕を絡ませた。




「役得、っていうのかなぁ」




光也の言葉が消える前に二人は『風謡』へと翔んだ。









『風謡』に姿を現した二人に治朗は、




「おかえりな・・・さい・・・?」




見知らぬ影にきょとんとした。


珍しい表情だ。


四十代後半の男がやる表情ではないがもうここは貸し切りの為元の姿に戻った・・・つまりはそこらの芸能人が霞むぐらい美形のがやると妙に様になり。




「あら、驚いてる」




貴重なもの見たわ、とかれんは光也から離れいつも通りカウンターのスツールに腰を落ち着ける。




「ああ、会った事ないもんね。僕の事は光也とでも呼んで。姫の古い知り合いで―――分かると思うけど君の同胞だよ」




言えば治朗はこくこくと頷いて。




「え・・・ええ。よろしく。アタシは・・・」




「知ってる。呼び方はマスター、で良いのかな」




“全く―――どこでそう言う情報仕入れてくるのかしら”




と。


かれんは二人のやり取りに口は挟まず。


しかし耳は傾けていた。


治朗が名前で呼ばれるのを嫌がっている、なんて『風謡』では有名だが彼はまだまだ若いヴァンパイア。


存在すら知らない古参もいるだろうに。




“まぁ、そう言う卒のなさが彼をここまで生きながらせているのでしょうけど”




能力の低いヴァンパイアが戦国時代を始めその後の動乱をいくつも乗り越えてきている。


―――だけでなく歴史的に有名な事件のいくつかに彼は関わっているのだから矢張りヴァンパイアとしては変わっているのだ。




「ねぇ、姫は何飲むの?」




会話を終えた光也が隣のスツールに座り問うが応えるより早く赤ワインの入ったグラスを治郎が置いた。




「へぇ。葡萄酒焼じゃなく只の葡萄酒か」




光也の言葉に。




「いつの話よ。でも確かに最近飲んでないわね」




久々に飲みたいわと言ったが治朗は首を傾げる。


心当たりがないのだろう。


葡萄酒焼、なんて昔の言い方だ。




「カルヴァドスとかアップルブランデーって言ったら分かるかしら」




言えば。


あぁ、と言い。


光也がある?と聞けば。




「え・・・えぇ。あるけど」




あるんだ、と思わずかれんは呟いた。


赤ワインでさえ喫茶店にあるのは珍しい。


かれんが好んだから置いてあるのに。




「頂き物で・・・。でもアタシは飲まないから飾りになってたの」




と奥から出して来たそれを。




「ストレート?それともロックかしら」




問われ。




「わたしはストレート」




「僕はロックかな」




流石にブランデーグラスもロックグラスもなかった様でいつものワイングラスに用意され。


二人は軽くグラスを合わせ。




「ねぇ。何か意図があるの?」




聞くけど。




「ん?姫の事だから察しぐらいはついてるんでしょ」




と返され。


かれんは溜息をつく。




「アナタと話してると疲れるわ」




かれんだって頭は悪くないが能力が高い故力技の方が得意、と言うより楽なのだ。


かれんの溜息に光也は笑う。


明かしてくれそうもないがかれんの推測が当たっている事も承知しているのだろう。


ならばわざわざ口にする事もない。


只。




“暫く入り浸りそうね、彼”




そう言う、事だ。






その内雫とあつきが戻ってきて。


打ち上げの準備は進み、やがて今回依頼と称して泣きついてきた河童の長が一族を連れ姿を現す。


お礼代わりにと渡された様々な魚にあつきと。


いつの間に来たのか栄吉が腕を振るい、今回の被害者達も混ざり。


打ち上げと言う名の宴会が始まった。流石にかれんが気にかけた覚醒前の人間は意識が戻る前に家へと返されたが今回の事件に関わったモノ達が殆んど集ったここはいつもとは比べ物にならないぐらいの賑やかさ。


かれんが音を外に出さない術をかけていなければ近所迷惑だと通報されていただろう。


静かなのも賑やかなのも嫌いではない―――と言うより気に留めないかれんはたまに光也と会話しつつグラスを傾け。


そして回されてくる魚料理に舌鼓を打っていたのだが。




「あの・・・この度は」




と。


河童の長がやってきた。




「姫君様にお礼申し上げます」




深々と頭を下げた河童の長は本来の姿でなく中年男の姿をとっていた。


河童だからか頭頂部に髪はないが年齢的には違和感がない。


どこにでもいそうな、少し生活に草臥れた感が妖にしては珍しい。




「その呼び方、やめてくれるかしら。わたしは貴方方の姫じゃないわ」




今回の事で仲間だと…又助けて貰えると思われるのは御免だった。


言えば。




「失礼を致しました。かれん殿とお呼びしても?」




それには只、首肯する。




「引き受けて頂いた上この様な席まで・・・」




再び深々と頭を下げた大妖に今回は特別よと素っ気なく返す。




「うちの仲間になる可能性がある子が混ざっていたから」




あくまで貴方達はオマケなのだと匂わせる。


ここを妖達の駆け込み寺にするつもりはない。


かれんに限らず基本、ヴァンパイアは人間にも他の妖にも興味を持たないモノ達だから。


その言葉に怒りの感情を見せる事もなく長は只、頭を下げる。




「それだけ?なら貴方達も今宵限りの宴を楽しむ事ね。あつきの料理の腕は中々のものよ」




何より、と言う言葉は飲み込んだ。


栄吉の料理などかれんでさえ早々食べられないのだからと。


言う必要などないのだ。


栄吉は元々名の知れた料亭の料理人だった。


若い頃に覚醒した為それ迄はそこそこ、だった腕が一気に上がりあっという間にその方面では知らない者がいない程の料理人になったのである。


只、これは彼の場合はであり全てのヴァンパイアが覚醒後に成功するとは限らない。


実際治朗などは飲み物に関して特に上手くなった訳でもないし、雫の様に全く変わらない者もいる。


光也にも言ったが現代は妖にとって生きにくい時代になりつつある。


昔だったら覚醒するまでは見守るがその後は放置で声をかけない事すらあったと言うのに。


―――かれんが考えに耽り始めたからか河童は只頭を下げ仲間の元へ戻っていった。


実際この店はヴァンパイア以外の妖など普段入る事は出来ないのだからかれんの言う通り大人しくあつき達が作った料理を堪能するのだろう。




「彼、随分感謝してたねぇ。もっと恩を着せてやればよかったのに」




光也の言葉に。


そんなもの要らないわ、と返す。


面倒事は御免だ。


そう考えて。


いつの間にか一本空いてしまったボトルを見る。


それに気が付いた治朗がいつも通りの赤ワインを持ってきた。


注ぐのを制した光也はそのままボトルを受け取り新しく出されたワイングラスに注ぎかれんの前に置く。


それをくいっと仰いで。




「・・・やっぱりこっちの方が良いわね」




今の自分には、と。


ひとりごち。


光也はそれに倣う。




「うん。時代に沿う事は悪い事じゃないさ」




言って。




「これ、食べた?」




と。


新しい料理をかれんの方へと押しやるのだった。






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