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「本日満月也」

ヴァンパイアもの、第一話。人間にも妖にも割と厳しいお話だと思います(汗;)。

第一話







カラン、とベルが響いて。


喫茶店のマスターは反射的、いらっしゃいませと声を出した後。




「あら、かれんじゃないの。少し、ご無沙汰ねぇ」




時間は夕方少し前、そろそろ空が赤く染まる頃。


かれん、と呼ばれた女性は二十代の中頃だろうか。


ピシリとしたパンツスーツ姿、いかにもお堅い企業に勤めていそうなバリキャリ風なのだが企業人が喫茶店の来るのは中途半端な時間過ぎて。




「あつきちゃ―ん、悪いけどクローズの札出して看板下げてきてくれる―――?」




「ハイ、ワカリマシタ」




答えたのはカウンターの奥にある厨房から顔を出した青年。


明らかに欧米人の顔立ちで拙い日本語を操り扉へと向かう。




「かれ――ん、久しぶりっ」




淋しかったわぁ、と。


マスターの指示が飛ぶ前に駆け寄ったのはかれんと同じ年頃、妙齢の女性だ。


持っていた鞄を受け取りカウンターへと案内する。




「ありがとう、雫」




かれんに言われにっこにっことする彼女はこの喫茶店唯一の女性だが常連にも余り笑みを見せない。


彼女の笑顔はかれん限定なのだ。




「もうちょっと、あのかれんに向ける笑顔の百分の一でも良いからお客さんに向けてくれると良いのにねェ」




と。


マスターの言葉は女らしいものだが本名は治朗。


四十代半ば程の男性だが彼に限らず、今ここにいる全員が芸能人と疑われる程美貌の持ち主である。


昭和レトロなこの喫茶店『風謡』がドラマ化映画のセットに見えるぐらいに。




「何はともあれかれんがここに来たって事は・・・どうする?おじいちゃん呼ぶ?」




と雫。


おじいちゃん、と呼ばれる彼はここの常連だ。


言葉に、かれんは首を振って。




「もう連絡した」




すぐ来るだろうと告げるかれんに雫は流石、と呟く。




「相変わらず有能ねェ」




治朗の言葉には慣れてるんでね、と返す。




「でしょうね。アタシやあつきはまだぺーぺーだもの」




ふふ、と笑う治朗。


因みに彼は名前で呼ばれるのを良しとせず、マスターと皆に呼ばせている。


例外はかれんだけだ。




「まぁ見た目と中身が一緒の間はまだまだよね」




雫が言い。




「おじいちゃん、キマシタ」




扉はもう音を立てず。


あつきが本日のメニューと書かれた置き型の看板を手に一人の老人を招き入れる。


かれんは鞄の中からファイリングされた書類を取り出し乍ら、老人の姿を認め頷いた。




「久しぶりじゃのう、姫や。この年寄りも呼ぶとは大きな案件と見たが」




七十代も後半だろうか。


いかにも好々爺に見える彼がにやりと笑い。


カウンターではなくテーブル席に腰を下ろす。


あつきが窓のカーテンを閉めて回り明かりが絞られれば、ここは一種の密室と化し。


途端、空気が変わった。




治朗が頭に手を伸ばし長い、金茶のウィッグを外せば今時珍しい漆黒の髪に。


あつきはブロンドだった髪が黒く染まっていく。


雫は赤みがかった、まとめ髪を解けばさらりと肩にかかる髪も又、黒曜のような色。


かれんがぱちりと瞬きすれば茶がかった髪もまた同じ様に黒色へ。


そしておじいちゃん事栄吉は。




「ふむ、やはり若い体は良いのう」




髪の色だけでなく三十代半ばの男性へと姿を変えていた。


共通点は三つ。


闇を溶かしたような深い黒の髪。


赤い、瞳。


そして―――血が通っているのかと悩むほどの白い肌。




これが本来の―――彼らの姿である。


これをオカルト好きの人間が見れば。


そして人知れず存在している妖怪たちが見ればこう言うだろう。




「ヴァンパイア―――だ」




と。









「―――で、今回かれんが来たのってあの事件絡み?」




治朗がワイングラスに次々赤ワインを注ぎながら――― 一つだけ、ぶどうジュースなのはあつきが未成年だからだ―――問う。




「「連続殺人事件。・・・全く、ワシ等は血を吸わぬというのにどこでどうしてそんな逸話が出来たのかのう」




雫が渡したグラスを煽って。


栄吉が言う。


かれんはくるりとグラスを回して。




「言っておくけどウラドだって血は飲まなかったわ。彼は人間だったけど」




只、彼の所業が余りに酷く。


又彼をモデルにした小説が生まれた事で勝手にヴァンパイアのイメージが出来てしまった。




「だから人間って嫌なのよね。残酷なくせにその部分は妖怪だったって切り離して」




雫が言い。


あつきが首を傾げた。




「かれんは、かれにあった、ことがある?」




たどたどしい日本語は彼がフランス生まれのフランス育ちでまだ日本語は勉強中だからで。


留学という形で高校に通っている。




「―――ええ、あるわ」




そう、答えるかれんはこの中だけでなく日本でも一番長寿のヴァンパイアだ。


世界から見ても相当昔に生まれた、ヴァンパイアらしい―――が自分の事を殆んど語らないのでここのメンバーでも知っているのはそれぐらいだ。


江戸時代に“覚醒”した雫ですら彼女の実を知らない。


が、それでいいと思っている。


妖というものは人間と違いそこまで、他の者に興味を持たない。




「血を吸う妖は日本だと磯女か野衾ぐらいかしら」




と雫。


日本でも妖怪が認識され始めた江戸時代に生まれた彼女はその辺りには詳しい。




「血を吸う妖怪・・・って実際聞くと悍ましいわね」




治朗が溜息。


一月程前から始まった殺人事件だが共通項があり。


―――それが死体に一滴も残らないぐらい血がない事。


明らかに猟奇事件で。


警察は勿論犯人は吸血鬼だなどと馬鹿な発表はしていないが一部のゴシップ雑誌などはその辺りを書き立てるしネットでも話題になっている。


因みにかれん達は、自分達はあくまでヴァンパイアだと言い吸血鬼とは名乗らない。


栄吉の言うように血を吸う事がないからだ。




「血を吸う虫ではないじゃろうな」




虫では数量だってたかが知れている。


分かって言っているのだが雫は嫌そうに眉をひそめた。




「別に血を吸う妖怪として彼等の名前が上がったのなら放っておくところだけど」




日本に限らず妖怪と呼ばれるモノ達はこの現代社会にも存在している。


雫が上げた磯女や野衾もそうだ。


かれん達ヴァンパイアは元々日本で生まれた妖ではない為彼等とは親交を持たないが彼等より強いかれんを頼ってくるモノもいるのだ。




「兎に角、この事件は解決させておきたいのよね?」




治朗がかれんに言い。


頷いたかれんは机の上にプリントアウトした紙を広げた。




「今の所はこれだけ。至急探って貰ってるからそれが分り次第動く」




だから目を通しておいて、と言えばまず雫が手を伸ばした。


治郎やあつきは勿論栄吉ですらそれに否やはない。


ヴァンパイアは年功序列を大切にする。


長く生きれば生きる程力は強くなり雫や栄吉の様に姿形、容姿すら変えられるようになるからだ。


治朗やあつきはまだその域に達していない。


栄吉ですら若い頃の姿に変えられるようになったのは最近で。


それでもかれんに言わせればかなり早い方なのである。


しかしそれは若い頃の姿をイメージ出来るから取れる姿であってかれんや雫の様に全く違う姿に変化できるようになるにはまだまだ時間がかかるだろう。




「大した情報じゃないわね」




と。


読み終わった雫が栄吉へと資料を渡した。




「警察からの情報だから」




「そういえば警察にも協力者がいるって言ってたわね。どう?覚醒しそう?」




それにはさぁ、と返す。


協力者は人間だ―――まだ。


但し曾祖父がヴァンパイアな為覚醒する可能性はゼロではない。


こればっかりは本人が望んでも成せるものではないのだ。




「それ、置いとくから。読み終わったら」




ちらりと治朗を見て。




「・・・シュレッダーで良いから処分しといて」




ワインを飲み干し。


ご馳走様と告げたかれん。


扉へ向かう頃にはもう変化していた。









『風謡』を出たかれんはそのまま大通りへと向かう。


電車で帰るか、それともタクシーでも捕まえるか。


そう思ったのに。




「―――お帰りでよろしいですか」




大通りに出る前の道。


停められた車と一人の男がいて、かれんに声をかける。


只、頷けば男はうやうやしく扉を開け。


かれんは滑り込む様に後部座席へ収まった。


黒のベンツはCクラスで人間を装うかれんが乗るには少々役不足。


それでもジュリエッタかシトロエンが良いわと言った彼女を説き伏せて専用車にさせた彼の手腕は評価されるべきだろうか。


人を真似て、というよりは一応ルールはある程度守っておいた方が人間に交じって暮らすのには面倒が起きにくいという理由でかれんはシートベルトをしめた。


正直、大型トラックと正面衝突しようが最近頓に多いご老人のアクセルミスで突っ込んできた車とぶつかろうがかれんに傷つける事は出来ないだろうけれど。




「ねぇ」




「はい、姫様」




ちらりとバックミラー越し。


男が答え。




「進展有りなの」




問えば。




「その様でございますよ。お帰りになりましたらその話がございましょう」




彼はかれんの従者の一人ではあるが同時に運転手の役割を与えられた者でしかない。


だからかれんはふぅん、とだけ返して。


すっかり日が落ちた外の景色を見つめていた。






車は都内でも一等地よ呼ばれる方へ向かい。


大きな屋敷と庭を有した大きな門で一端止まる。


電動で開けられたそれは車を飲み込んで。


少しだけ車は走りロータリーへ。


連絡は行っていたのだろう、執事長が出迎え。




「お帰りなさいませ、姫様」




言いつつ、さりげない動作で鞄を受け取った。


これ又、他の執事が扉を開ければそこは広い玄関ホール。




「お帰りなさいませ、姫様」




声をかけたのはメイド頭で。


その声に応える様に数人のメイドが頭を下げる。




「相変わらず大仰ねぇ」




言うが、それも仕方ない。


この屋敷は名の知れた大企業のトップが住まう本邸なのだ。


同時にここはかれんの従者でも一握りの選ばれた従者達が勤める場所でもあった。


かれんは生粋のヴァンパイア故彼等を手足の様に使うが雫などの覚醒者は彼等を嫌う。


彼等は人間として生まれ、しかしその身に流れている血によってヴァンパイアになった者だからだろう。


彼等の祖、つまりかれんが成り行きとは言え死にかけていた一人の男に血を与え従者にしたのは雫が人として生を受けるより遥か前の事だがそれでも覚醒者なヴァンパイアと従者では全く格が違うと考えている。


あくまで従者は人間であり。


不老不死でもなく術も使えない存在だから。




「ねぇ。何か進展会ったんでしょ」




と。


名も覚えていないメイド頭に問えば。


一人の男が歩み寄り、かれんに首を垂れた。




「あら。・・・お前、いたの」




今の従者の中ではトップであり企業でも会長職についている者の孫にあたる青年だ。


後継者として育てられているが未だ若くかれんが否と言えば容赦なく切り捨てられる存在である。




「話して」




言えば。


は、とかしこまり。




「元々出雲の方にいた妖ものがこちらに流れて悪さをしているようです」




「・・・出雲」




あそこは神の力が強いが神だ妖だと分けているのは人間だけでかれんのようなヴァンパイアにとっては別物と考えてはいない。


只、土地柄人外が多い場所ではあった。




「単独?」




「恐らくは。人に憑いているのか化けている迄は分かりません。こちらはその者のデータでございます」




恭しく差し出された報告書。


写真もあったが流石のかれんもそこから憑き者なのか化けているのか迄は判断出来ない。


ぺらりぺらりと紙を捲る音だけがホールに響く。


一般の上級階級であればまずは部屋へ案内するとか靴を脱がすなど誰かしら動きそうなものだがここはある意味かれんの"城"。


行動は絶対で。


ここにいる従者達は只、かれんの行動を物音ひとつ立てず見守っている。




「これって貴方達のライバル会社じゃなかった?」




問えば。




「子会社の一つが競合しております」




返ってくる答えに頷き。




「従業員達は?」




「人間でございました。只、こやつの眷属共が街に散らばり、凶行を」




「警察は?」




「幾人か捕まえたそうですがまだ大多数が残っております。アジトと思われる場所は最後のページに地図を載せております」




淀みない返しにかれんは頷くが。


厄介ね、と呟く。


従業員達も人外であればかれん一人で事足りる。


ビルごと消してしまえばいい。


否―――少し前の時代であれば人間が混ざっていても実行しただろう。


主が消えれば眷属も消滅するから一番楽な方法ではあった。




「面倒なのは嫌よねぇ」




実行してもかれんの心は痛まないし後始末は従者がやるのだが。




「大体分かったわ」




言えば。


青年は頭を下げ、元の位置まで戻っていった。




「ねぇ、お風呂。沸いてる?」




メイド頭に問えば、勿論いつでもお入り頂けますよと応え。


ヴァンパイアにとっては食事も風呂も嗜好品。


しかし。




“一度策の立て直しが必要ね”




考えを纏めるには風呂場を好む。


その為、風呂場へと歩き出したかれんを一人のメイドが追従する。


手伝う事はないが次々、脱ぎ捨てられていくそれを拾い回収する者が必要だからだ。


しかしかれんはそんな事など気に留めず。


もう、色々な事を考え始めていた。









それから程なく。


かれんが立てた策は『風謡』のメンバーや従者達だけでなく他のヴァンパイアや協力者達にも伝えられた。


治朗やあつきは勿論、栄吉や雫にも、こんな大規模の捕り物は初めてと言わしめた大作戦である。


基本ヴァンパイアは群れず。


何があっても首を突っ込むような酔狂な者はほぼいないからだ。


とは言え。




「・・・あら、今日は満月なのね」




要になるとはいえ単独行動なかれんは気楽なものだ。


元々ヴァンパイアに限らず妖には月を好む者が多い。


特に満月には色々能力が上がる妖もいるぐらいだ。


ヴァンパイアはそれに当たらず、代わりにか新月でも力が落ちる事もないが。




「―――ヴァンパイアは月に・・・」




吠える?


ううん、ないわね。


酔う―――もなんか違うわ、と。


一人ごち。


黒幕であるモノの元へと向かう。




“あっちも上手くいってるかしら”




今回、眷属達の足止めは雫の指揮の下で行われる。


黒幕を倒せば眷属は消滅するがその消えるまでの時間は様々で。


即座に消滅してくれればいいが数日かかる事もある。


ならば同時に眷属達も何とかした方が良いだろうと。


故の大捕り物、なのだった。




「さて、」




行きますか。


言い。


かれんは苦もなく件のビルの最上階へ"跳んだ"。




「今晩和。良い夜ね?」




その部屋はいかにも企業のトップが良そうな空間だった。


大きな窓に、それを背にした執務机。


ローテーブルにソファ・・・壁際にはガラス製のサイドボード。


突然響く声に驚いたのかふぃり向いた男はかれんの容姿ににやけた笑みを浮かべたがそれは一瞬で。




「何者だ?!」




と声を上げる。


かれんは応えず。




「写真の男だけど―――何だ、憑き者か」




「警備の者はどうした!」




かれんの言葉は耳に入っていないようで。


もう使い物にならなくなっている、警備の者を呼ぶボタンをしきりに押している。




「誰も来やしないわよ」




このビルに残って仕事をしていた者や警備の者はかれんの術でお休み中。


セキュリティも同じくかれんの術によって沈黙させられていた。


しかしかれんには親切丁寧にそれを教える気などさらさらない。


本来の姿を取ったかれんはついでとばかり真っ赤な、露出高めのドレスを着ている。


ハッタリではないがこれぐらいの楽しみがないとやってられない。


腕を組めば豊満な胸がますます目立ち。


男はそこへ視線をやるが。




「この姿を見て何者だ、はないわよねぇ」




言えば男の顔色が変わった。


漸く気づくような小物だが凶行をかれんは許すつもりなどない。




「わ・・・私を殺せばこの人間も死ぬぞ!」




脅し文句のつもりだろうがかれんはくすりと笑って。




「だから?」




と言う。


かれんにとって人間の生き死になど興味がない。


この妖と共に人間が死んでも、その始末をするのは従者達だ。


この現代においても死人の処理方法などいくらでもあるのだ。




「まァ、アナタが一瞬で消滅しようがわたしは構わないのだけど」




生憎と他の子達は納得しないからね―――と。


かれんは呟きふいっと手をかざせば。




「・・・な・・・」




少しくぐもった声。


黒幕の筈の妖はかれんのその一動作で男からはじき出され人間の方は元々意識を奪われていたのかそのままどさりと倒れた。




「人間って脆いけど意外としぶといし」




何よりここには毛足の長いカーペットが敷いてあるから余程打ちどころが悪くない限り大丈夫でしょうと。


かれんは判断し。


興味はあっさり黒幕の方へ戻った。




「磯女か野衾か―――って見解だったんだけど」




異形の姿を取ったそれはどちらでもなさそうだった。


青とも緑ともつかない肌は海のモノの様だったが髪は白金、目は濁り黄身ががっていて。


手には鱗も水かきも見られない。


磯の香も死臭もなく。


只、大きく避けた口からは鋭い牙が覗いて頭にはねじり曲がった角が一本。




「う――ん・・・何の種族かっていう記憶が全くないのだけど鬼、でいいのかしら」




鬼、と言う定義は日本においてはかなり曖昧な為ある意味鬼と言っておけば間違いないと言う感はあった。


角もある事だし、と。


かれんは呟いておもむろにスマホを取り出し。




「はい、チーズ」




完全にふざけた行動だがこれも一応証拠になる。


勿論写真に写らないモノも存在するのだが。




「あ、ちゃんと写ってるわ――。良かった、良かった」




因みにヴァンパイアは鏡に映らないとか流れる川は渡れないなど言われているが吸血と同様、人間の作り話だ。


かれんからすれば吸血は兎も角人間って想像力豊かよね、で済まされる話で。




「貴様ァ・・・っ」




完全に虚仮にされた妖は声を上げるが。




「何よ。そんな姿取ったってわたしが怖がるわけないでしょ。故郷にはもっとえぐいのなんて山程いるし。大体吸血はやり過ぎ。それさえなかったらわたし達だって手を出すつもりなかったのに」




見事な濡れ衣だったわ、と。


ぼやき。




「もう、飽きちゃったから消すわね?」




お休みなさい、と。


かれんが触れればさらさらとちり芥の様に消え。




「―――不味っ」




かれんは思わず呟くが。




“えぇ、了解”




従者がこちらも終わりましたと念を飛ばして来た為、応えて。




「帰ろ」




声だけを残し。


かれんはその場から屋敷の部屋へと移動した。









かれんが『風謡』を訪れたのはそれから七日も経ってからだった。




「いらっしゃ―――あら、かれん」




扉を開ければいつも通り。




「もう大丈夫なの?」




治朗の問いに首肯して。


いつものスツールに腰を据えた。


ランチの時間が終わった店内にはちらほら、客がいるばかり。


隅のテーブルで栄吉がコーヒーカップを持ったまま軽く手を上げた。


雫が冷水を入れたポットを持ったまま速足で歩み寄り、治朗がワインのコルクを抜く。


あつきがオーブンから出して間もない、パウンドケーキを熱いと言いつつ切り、皿に盛りつけた。


そんな光景にかれんは小さく息をつき。




「悪かったわね、打ち上げ出れなくて」




あの事件が片付いた夜。


ここで朝迄打ち上げが行われるのをかれんは知っていたし、当然出席するつもりでいた。


『風謡』のメンバー以外にも日本にはヴァンパイアはいるし従者達は兎も角警察内の協力者も事件解決に動いてくれたから労いの意味を込めて、だったのだが。




「残念がってたわよ――。我等が姫のお出ましなんて滅多にないじゃない」




でもまァ・・・と。


治朗がワイングラスをかれんの前に置く。




「怪我なんてヘマした訳じゃないのよね」




あつきがグラスを避け、皿を置いた。


添えてあるプチトマトをかれんはひょいっと口に含み。


嚙めばじゅわりと酸味が口に広がる。




「かれん。ぼく、がんばった」




あつきが言い。


かれんはちゃんと聞いてるわよ、と頭を撫でてやる。


まるで子猫の様に目を細めたあつきを見て雫がズルい!と声を上げた。






「雫・・・アナタ、頭撫でられて喜ぶ年でもないでしょうに」




言いつつ。


少しだけ前髪を整えてやればそれで満足したらしく。


客のすみませーん、の声に又離れていく。




「まァ実際の所・・・」




今回は想像以上に上手くいったしね、と。


かれんは他の、一般客に聞こえないぐらいの声で告げる。




「雫も上手く采配出来た様だしこれでわたしも少しは楽できるってものだわ」




片腕と言っても良いぐらいだ。


今回、雫が眷属を捕らえる為の指示役で。


それはかれんが黒幕を消滅させるまでの時間稼ぎから、眷属が消える迄どう動くかを決める役割。


協力者は兎も角従者を毛嫌いしている雫がかれんの命とは言え私情を交えず遂行できたのだから上々の結果を出したと言える。


まァ片腕などと言ってもそうそう今回の様な事は起こらないだろうしかれんだって普段からそこまで事件に首を突っ込んでいる訳でも忙しい訳でもないのだが。


―――と。


かれんはパウンドケーキを一口、口に放り込み。


咀嚼し飲み込む。




「ハーブとチーズのケークサレかぁ。あつき、又腕を上げたわね」




ワインに合うわぁと。


一気にグラスを開けた。




「この味を待ってたのよ。思ったより時間がかかったわ」




治朗が空いたワインに同じものを注いだがかれんの言葉には何も問わなかった。


独り言めいている事を承知して。


気にはかけても口にしない辺り彼がこの店のマスターでいられる要因の一つである。


しかし。




「どうしたの?かれん、おなかいたかった?」




ヴァンパイアとしても人間としてもまだまだ若いあつきが問う。


治朗は慌てたが。


かれんはくすりと笑って、




「アレ、す――っごく不味かったのよね。一気に屋敷に跳べたけどそこで限界。思わず不味かった、気持ち悪いって言ったら従者達が大騒ぎで」




まるで人間の様に看病されていたわ、と。


言ったが理解したのは雫だけで。




「ちょっと、かれん・・・っ。アナタ―――」




アレ、食べちゃったの。


と。


後半は周りに聞こえない様声を潜め尋く。


かれんはそうよ、と応え。


雫はうげぇ、と嫌そうな声を出す。




「だって手っ取り早かったんだもの。見た事ない妖だったから気になったし」




「・・・だからって・・・。あれだけの血を吸ったゲテモノよ?そりゃぁいくらかれんだって具合悪くなるわよ」




言葉に、漸く理解した治郎は顔色を悪くするがあつきは分からなかったらしく。


それでも首を傾げるだけに至った。




「まぁ軽い胸やけってところじゃない?人間だったら、だけど」




元々食事を必要としないヴァンパイアだが今回の様に害のある妖を"食う"事はある。


とは言え覚醒者である雫達は人間だった頃の記憶が邪魔して殆んどやる事はない。


特に治朗はまだヴァンパイアになって十数年、忌避感は強い。


生粋のヴァンパイアであるかれんにそういう感情はないが今回、たっぷり血をため込んだアレはかれんでさえ毒に等しいものだった。


故に。


外に排出するに少しとは言え時間を要し。


又、後味の悪さが酷かった為打ち上げに来るどころか今迄食事と言う嗜好品を摂る気にはならなかった。


屋敷で大人しくしていたのはそちらが理由で決して従者達が自分達の姫君を看病できるのを喜んだわけではない―――と。


少なくてもかれんは本気で思っているのだが。




「もぅっ。あんまり無茶しないでよね!本当に心配したんだから」




「そうそう。雫がお見舞いに行くかどうか悩んだぐらいにわね」




「煩い」




治朗の言葉に雫はギンっと睨みつけ。


治朗は肩をすくめた。


かれんは苦笑して。




「それは・・・うん。ごめんね、雫」




従者達を嫌っている雫がそこへ乗り込もうとするぐらいには心配をかけたと言う事だ。


謝れば。




「べ・・・別に良いわよ。かれんが元気になったのなら」




「ぼく、しってる。これってつんでれ、ってやつ」




あつきが漸く会話に参加した。


雫の視線がきつく、あつきを貫いて。




「アンタ・・・かれんがちょっと甘いからって調子に乗るんじゃないわよ」




「ごめんでした・・・」




そう言えただけ、マシな方だろうか。


江戸時代からヴァンパイアな雫とまだ成り立てほやほやのあつきでは格が違う。


それは即ち力の差。


妖は総じて力が全てだがヴァンパイアは特にその傾向が強く、その上倫理も何もあったものじゃないから雫が本気で怒ればあつきは簡単に消滅させられるだろうしいくら彼がここでは少々変わった存在でも雫が決めた事にかれんが口出しする事はない。


只、かれんはワイングラスを傾けながら見守るだけだ。


そして。




「ねぇ。何かおつまみない?チョコとかナッツみたいな軽いやつ」




と、治郎に告げ。


そして日常と化したこの風景に溶け込んでいくのだった。



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