偽劇バレンタインデイ。
「…………はい?」
不思議と恐怖はなかった。あまりにも現実離れしている状況に戸惑いが勝ってしまったからだ。茶化したようなリアクションを前に空気が更に張り詰めた。本気でヘッドショットされてしまうかもしれない。
「あのぉ、死にたくはないです……。放課後、恋人とデートの約束をしてまして」
最初に出たのは命乞いだった。
俺たちを照らすはちっぽけな裸電球。コンクリートで設計された反乱組織による秘密のアジト。その灰色空間は、セカイから自分たちを逃避させるための「防壁」のようにも感じられた。小さなストーブが部屋の隅っこでうずくまっているのも見える。
「勿論、存じ上げております。」
霧隠来桜は凛とした表情を変えずにそう言う。
握られたショットガンは未だにこちらの脳天をロックオンしているのだが、いまが昼休みだからなのか、制服姿なのがどこか画になる光景だった。黒いタイツに長めのスカート。
左胸には銀のバッジが留められている。
「そもそも、なんで俺のこと知ってるんです……?」
服部先輩もそうだったが、どうして四天女たちはみんな俺のことを知ってるんだろうか。
困惑していたからか、霧隠先輩が「ん、」と顔を上げた。
「分かりやすく説明するために、この世界を“舞台”と定義づけましょうか。我々は[読者]という観客を楽しませるためにラブコメディというお芝居を演じている役者というわけです。作者を舞台監督とするならば、脚本に沿って台詞を言って、感情を出してドラマを作ることを目的としています。本当の舞台と違うのは、我々に『演じている』という自覚がない点です。何故なら私たちは物語という中でしか存在できない仮想生命ですから」
俺はバカなので、もうついていけなかった。
定義付けよりも、まず質問に答えてほしい!
「ハーレムラブコメディという演目は男性人気の高いお芝居です。主人公は“ユズル”。脇を固めたのは我々【四天女】……これも不名誉な呼称ではありますが、私たちはそういう役割を生まれながらにして植え付けられていました。“クーデレ無口系お嬢様”という属性も、最初から貼り付けられていたものです」
鵜飼ハルヒが小さくジャンプして、ストーブ近くの机に飛び乗った。
こっちに無駄に明るい笑顔でピースをしてくる。
「ハルはねー。“泣き虫ロリ娘”なんだよ〜」
「……泣き虫ロリ娘」
確かに勝手にそんな肩書きをつけられるのはすごく嫌かもしれない。
自分も“サブスク好きおバカ系クソガキ”とか呼ばれたら、普通に拗ねちゃう。
誰がおバカ系クソガキだよ、って。
「舞台が始まり、私たちは無自覚に必死に演じました。笑って、泣いて、恋をして、喧嘩して、すれ違って、その中でちゃんと生きてました。仮に仮想生命だとしも、きちんと生を感じていました。……ですが、物語がクライマックスを迎えようとしたとき、ある異変が起きました。あなたたちが現れて、ユズルが消えたのです」
俺は霧隠来桜さんの胸元を見ていた(性的な目的ではないです)。
銀のバッジには霧隠の家紋が刻まれている。
「当初はモブキャラだったあなたたちが私たちの舞台を奪い取って、新たに主役とメインヒロインの役に抜擢されました。看板スターであったユズルが消えて、私たちは舞台袖に引っ込むことになりました。それなのに劇は続いている。そして、ようやく分かったのです。我々の物語などなかった。監督の手によってボツにされた。我々は奪われたのではない。作者によって──物語から降ろされたのだと」
霧隠先輩の腕が震えている。
対照的にハルヒさんは呑気に足を振りながら、心ここにあらずというように楽しそうにしていた。
「……米吉 徹平さん。あなたにこの苦しみや悔しさが分かりますか? 自分たちの演じていた劇のクランクアップを見ることも出来ず、無観客の中でお芝居を続けて、私たちの恋心を踏み躙られて、最終的には貴方たちのラブコメディのためのフリにされている。我々に自由意志などないということですか? 舞台袖で親指を咥えながら、あなたたちのラブコメディを見続けないといけないのですか? このまま作者に操られ続けるくらいなら死んだほうがマシです。そして、私は【ラブコメディ破壊同盟】を創立した。全てはこの偽物の舞台を終わらせるために」
苦しみや悔しさは正直よくわからない。
服部先輩にも言われたが、具体的にどうすればいいのか分からないのである。
それにもっと言ってしまえば、この人たちは俺と雪柳のラブコメディに無関係だ。
何故ならここは──俺たちのラブコメディなのだから。
「……遠回りしましたが、質問にお答えしましょう。ちゃんと舞台袖から見ていました。ユズルが消えたことで、二人が付き合ったことも。回想の記憶もーーそこからのファーストキスの瞬間も」
「…………そ、そうすか」
他人に見られていたとは恥ずかしい。
駅前で抱き合うカップルのように思われたのかもしれない。
「そして、彼女さんのことを──心の底から愛しているのだということも」
霧隠来桜はそう言って、銃を床に置いた。
びっくりしていると、背後にいた男たちも笑みを浮かべ始める。サングラスを取ってるやつもいる。
「えっと……え?」
「我々は作者とこのラブコメディ世界を破壊したいのであって、お二人の邪魔をしたいわけではありません。舞台袖で観客目線で見ていたら、次第に感情移入だってし始めます。いうなれば“ファンになる”ということですね」
霧隠来桜さんがそう言って笑顔を浮かべた。
ずっと怖い顔だったから、キュンときてしまった。流石は【四天女】の人である……。
「全部、パフォーマンスですよ。最初に電気が消えてましたよね? アレはあなたを呼び出して、階段を降りてくるタイミングでハルヒさんに電気を消してもらってたんです。事前にリハーサルもしていた。演技、上手くできてたかしら?」
「ララちゃんはとーーっても、優しい人だからユズがいなくなって泣いてたハルにずーーーっと寄り添ってくれてたんだよっ……。ほんとはね、自分もすっごく傷ついてるのに……ぐすっ…………」
「……ハルヒさん」
泣き始める鵜飼ハルヒさんに心配そうな目線を向けている彼女はさっきまでの殺伐とした雰囲気をまるで感じられなかった。
優しいからこそ怒る。
他人を思う気持ちがあるからこそ、許せないことがあるのだろう。
なんと聡明で──誠実な女性なんだろうか。
「敵意がないのであれば、俺を呼び出した本当の理由を教えてもらえますか?」
いうと彼女は立ち上がり、こちらに歩いてくる。
右手を差し出してくる。
「我々【LCD団】の仲間になって頂きたいのです。米吉さんの協力が必要でし──」
ーー瞬間、爆薬でも投げ込まれたかのように、頭上で爆発音が鳴り響いた。




