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『フィンらんど』  作者: 神宮寺匁トロロ
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【第2話 : 運命の一歩】

第2話:新たなる冒険


冷たい藁の感触で、意識がゆっくりと戻ってきた。


薄暗い馬小屋の天井が、ぼんやりと視界に入る。

乾いた土の匂い。

近くで馬が鼻を鳴らす音。

埃っぽい空気が、喉の奥に引っかかった。


体を起こそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走る。


なぜ、自分がこんな場所にいるのか。

すぐには思い出せなかった。


ただ、頭の奥に断片だけが残っている。


赤い本。

白く弾けた光。

そして、誰かの声。


考えようとした時、外から慌ただしい足音が近づいてきた。


次の瞬間、馬小屋の扉が勢いよく開く。


「おい、フィン!何してんだ!」


飛び込んできたのは、大柄な少年だった。


百九十センチほどはありそうな背丈。

広い肩幅。

日に焼けた肌。


けれど、その大きな体に似合わず、表情はひどく分かりやすかった。


怒っている。

呆れている。

そして、少しだけ心配している。


少年は、藁の上に倒れているこちらを見るなり、眉をひそめた。


「……おい。まさか、俺のことまで忘れたとか言わないよな?」


答えられなかった。


フィン。


彼は今、確かにそう呼んだ。


少年は腰に手を当て、大きく息を吐く。


「レオだよ、レオ。お前の幼馴染だろ」


そう言って、彼は自分の胸を親指で指した。


「村で一番の力持ちで、一番足が速い。それが俺だ。……そこまで忘れてたら、さすがに泣くぞ」


得意げに言ったつもりなのだろう。

けれど最後の一言だけ、少し弱かった。


レオ。

幼馴染。

フィン。


知らないはずの言葉ばかりだった。


それなのに、その名前たちは胸の奥に引っかかる。

完全に他人のものだと、言い切れないような感覚があった。


「本当に大丈夫か?」


レオの声から、さっきまでの勢いが少し消えた。


ようやく口を開く。


「……少し、頭がぼんやりしてる」


「馬小屋で寝てたら、そりゃそうなるだろ」


レオはそう言いながらも、顔を覗き込んできた。


「でも、今日は寝ぼけてる場合じゃないぞ」


「今日?」


「傭兵団の入隊試験」


その言葉に、すぐ反応できなかった。


レオは一瞬、信じられないものを見るような顔をした。


「お前、本当にそこから忘れてんのかよ」


返事ができずにいると、レオは頭をかきむしった。


「俺たち、この日のためにどれだけ準備してきたと思ってるんだよ。朝から馬小屋で寝てるとか、意味分かんねぇし」


文句を言いながらも、レオは手を差し出した。


「ほら、立て。遅れたら台無しだ」


その手は大きく、力強かった。


少し迷ってから、その手を取る。


引き起こされた瞬間、足元がふらついた。

レオは慌てて腕を支える。


「おいおい、ほんとに大丈夫か?」


「……たぶん」


「その返事が一番信用ならないんだよ」


そう言いながら、レオは小さく笑った。


乱暴で、声も大きい。

けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。


馬小屋の外へ出ると、朝の冷たい空気が頬をなでた。


土の道。

木造の家々。

遠くに見える森。

湿った草の匂い。


すべてが見慣れないはずなのに、どこか懐かしい。


その感覚が、余計に混乱を深くした。


「行くぞ、フィン」


レオが前を向いたまま言う。


その名前で呼ばれるたび、胸の奥が小さく揺れた。


僕はフィンではない。


そう思っているはずなのに、なぜかその名前を完全には拒めなかった。


レオは大股で歩き出す。

重い体を引きずるようにして、その背中を追った。


試験の門


村を抜ける道は、まだ朝露に濡れていた。


レオは大柄な体に似合わず、軽い足取りで先を進んでいく。

何度も息を整えながら、その後を追った。


「遅いぞ、フィン!」


レオが振り返る。


「最近ずっとぼんやりしてたけど、今日くらい気合い入れろよ。傭兵団に入れれば、俺たちの人生は変わるんだ」


「俺たち……?」


「そうだろ。一緒に村を出るって、ずっと言ってたじゃねぇか」


答えられなかった。


言った覚えはない。

けれど、レオの声には嘘がなかった。


この世界には、この体には、僕の知らない過去がある。


そう思うと、足元が少しだけ頼りなく感じた。


やがて、道の先に大きな城塞都市が見えてきた。


高くそびえる石壁。

朝日を受けて白く光る城門。

門の前には、武器を持った者たちが長い列を作っている。


剣を下げた若者。

槍を背負った女。

大きな斧を担いだ男。

魔術の杖を大切そうに抱えた者。


誰もが緊張した顔をしていた。


レオはその列を見て、嬉しそうに笑った。


「燃えてきたな」


「あまり燃えてない」


「そこは燃えろよ」


レオは笑いながら、背中を軽く叩いた。


力加減をしているのだろうが、それでも少し痛い。


門番の前まで来ると、レオは胸を張った。


「傭兵団の入隊試験を受けに来ました!」


門番はレオを見上げ、それからこちらへ視線を移した。


しばらく黙ったあと、短く言う。


「入れ」


重い門が、低い音を立てて開いた。


その音を聞いた瞬間、後戻りできない場所へ足を踏み入れたような気がした。


運命の試練


城門の奥には、大きな訓練広場が広がっていた。


すでに百人を超える受験者が集まっている。

広場の中央には、いくつもの台座が円を描くように並んでいた。


その上には、ありとあらゆる武器が置かれている。


弓矢。

斧。

大きな剣。

細身の剣。

槍。

棍棒。

そして、魔術の杖。


どれもただの武器には見えなかった。


刃には薄い光が走り、杖の先には小さな魔力の粒が浮かんでいる。

弓の弦は誰も触れていないのに、かすかに震えていた。


試験官たちは、厳しい表情で受験者たちを見渡していた。


やがて、一人の試験官が前へ出る。


「これより、傭兵団入隊試験を開始する!」


声が広場全体に響いた。


「試験は、魔法武器の適正を見るものだ。広場に並ぶ武器の中から、自分に合うものを選べ」


広場がざわめく。


試験官は続けた。


「適正がある者には、武器が光で応える。その後、選んだ武器で試験用の石に一撃を入れろ。武器が応え、石に印を刻めた者を合格とする」


ただ石を壊すだけではない。

武器に選ばれ、力を示す。


そういう試験らしかった。


レオは迷わず、大振りの斧の前へ進んだ。


「俺にはこれしかないだろ」


彼が斧を握った瞬間、刃の根元から赤い光が走った。


周囲から歓声が上がる。


「おお、反応したぞ!」


「やっぱりあいつ、力の適正持ちか」


レオは得意げに笑った。


それは、誰が見ても納得する反応だった。


一方で、こちらは並べられた武器をただ見つめていた。


剣の扱い方など知らない。

槍も、斧も、弓も分からない。

魔術の杖など、なおさら分からない。


どれを持っても、自分のものには見えなかった。


けれど、一振りだけ、妙に目を引く剣があった。


古びた剣だった。


刃はくすみ、柄も傷んでいる。

他の武器のような華やかさはない。

光を放っているわけでもない。


むしろ、並べられた武器の中で一番見劣りしていた。


それなのに、その剣から目を離せなかった。


気づけば、手に取っていた。


妙に軽い。

そして、不思議と手に馴染む。


その瞬間だった。


古びた刃の奥で、小さな光が揺れた。


ほんの一瞬。

けれど、確かに光った。


周囲の何人かがこちらを見た。


「今、光ったか?」


「いや、気のせいだろ。あんな古い剣だぞ」


試験官も、こちらに視線を向けた。


「次!」


レオが前へ出た。


彼は石の前に立ち、大きく息を吸う。

そして、光を帯びた斧を力いっぱい振り下ろした。


「ふんっ!」


鈍い音が響いた直後、石の表面に赤い紋様が刻まれた。


印はしばらく輝き、それから静かに消えていく。


「合格!」


試験官の声に、周囲から歓声が上がった。


レオは斧を肩に担ぎ、得意げにこちらを振り返った。


「へっ、見たか!」


あまりに分かりやすい得意顔で、少しだけ緊張が緩んだ。


だが、その緩みはすぐに消えた。


「次!」


こちらの番だった。


剣を握る手に力が入る。


石の前に立つと、周囲の視線が一斉に集まった。

心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。


さっき、剣は確かに光った。


ならば、自分にも適正があるのかもしれない。


そう思いたかった。


息を吸い、剣を振り上げた。


そして、全力で振り下ろす。


甲高い音が響いた。


剣は石に弾かれ、腕に強い衝撃が走る。

石には、印どころか、傷一つついていなかった。


沈黙。


先ほどの淡い光も、もうどこにもない。


次の瞬間、試験官の声が落ちてきた。


「不合格だ!」


冷たい怒号が、広場に響いた。


「武器は一瞬反応したようだが、力を示せていない。適正不十分。下がれ」


周囲のざわめきが戻ってくる。

誰かが小さく笑った気がした。


手の中には、さっき光ったはずの剣がある。


けれど今は、ただ古びた剣にしか見えなかった。


選ばれたのかもしれないと思った。


レオが何かを叫んでいる。


けれど、その声は遠かった。


剣を握ったまま、視線を落とした。

手のひらだけが、じんじんと熱を持っていた。

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