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第088話 次の目的地が何となく見えてきた

 柵に囲まれたオークの村は思ったより広い。簡素な藁葺き屋根の家が20軒ほど無造作に並び、中央に一際高くそびえたカラマツが一本ある。その周辺は広場で、リーダー達はそこへ向かっていた。遠くで山羊の鳴き声がする。


 客人の来訪に驚き、村に住むオーク達が家から飛び出してきた。

 色とりどりの洋服を着たリーダー達を見て、更にビックリしている。

 お婆さんオークがリーダーに近寄り、激しい剣幕で怒鳴った。


『あんだら、なに変なかっごしてんだぁ?』

『さっき、こいつらがくれたんだ』

『人間に? だまされてんじゃねぇのけ?』


 その後もリーダー相手に何やら喋っているが、早すぎて翻訳魔法も追いつかない。長い激論の末、どうやら納得はしたようだ。


『客人として彼らをもてなしたい。準備してもらえるか』

『わがっだ、んじゃやっか。おれ、お前らこっちきな』


 婆さんオークの指示で、みな慌ただしく動き回り始める。決まると早い。彼らのやりとりを見ていると、あの口調が普通らしい。


「大丈夫かな?」


 一緒に歩きながら、不安げな表情のセラナはリックに言う。2人とも丸腰で、いつもの長剣や弓はない。他の団員も同じだ。ある程度は魔法で対処できるが、ここは敵地の真ん中。常に何が起こるか分からない。


「心配ないよ」


 リックはセラナを安心させるために手を握り、セラナも握り返す。ただお互いに緊張で汗をかいていた。


 そんな2人の心配ををよそに、先頭のアシュリート団長とタコタ社長は至って呑気な歩調で、オーク達とも世間話をしている。彼らの警戒心も解かれつつあるらしく、時々笑いあっていた。


 やがて広場に到着した。


 単なる原っぱだが、女性のオークたちが10人がかりで大きな円形テーブルを運び込み、椅子も持ってきた。一番大きな椅子はリーダーのらしい。


『もう少し待っててくれ』

『ありがとうございます』


 リーダー達も宴の準備に席を外す。


 洋服姿のオーク達が他のオークから色々聞かれていたが、リーダーも着ているので批判ではなく興味の対象になっているようだ。服が欲しいのか、宴会の用意をしつつチラチラと団員達を見ている。


「手伝った方が良いでしょうか?」


 リックが気になって団長に聞いた。


「いや、彼らが歓待するのだから、大人しく待つのが礼儀だよ」

「そうですか」


 リックの村で皆が参加するイベントは無かった。昔は神社で収穫祈願の盆踊りがあったけれど、酔っ払い同士の派手な喧嘩から本殿が全焼する事態になって以来、途絶えたらしい。そのせいかリックの村は、あまり仲が良いとは言えなかった。


 それに比べオーク達は団結力があり、深い絆で結ばれている。

 粗野ではあるが卑ではない。


 やがて準備も終わり、簡素ながらも宴会が始まった。


 リーダーが中央の席で、両隣はアシュリート団長とタコタ社長だ。リックとセラナは団長側、他の3人はタコタ社長側に座った。席は村人全員には用意できず、原っぱに座るオークも大勢いた。


『そう言えば自己紹介してなかったな。俺はこの村のリーダー役のガムルだ。ようこそ、俺たちの村へ』

『急な訪問にも関わらず、お招き下さりありがとうございます。オロソ連邦王国第四騎士団団長、アシュリートです』


 テーブルに置かれた杯にはお酒らしき飲み物が注がれていた。

 今まで嗅いだことのない、独特の香りがする。


『これはケフルと言って、山羊の乳から作った酒だ。ではお互いの発展を祈念して、乾杯』

『かんぱーい!』


 ガムルが乾杯の音頭をとり、皆はケフルを飲み干す。酸味とミルクの味わいが絶妙で何杯でもいけそうだ。他の見慣れぬ料理も恐る恐る口に入れてみたが、どれも美味で、団員らも次第に食が進む。


『美味しいです』

『そうか、口にあって良かった。大したもてなしもできずに済まんが』

『いえ、本当にありがとうございます。ところで、この村はいつからあるんですか?』

『俺の爺さんの代だから、五十年前ぐらいだ。一族が領地争いに負けてな、ここまで流れ着いたんだ。このパンに使ってる麦も最初は全く取れず、一年目は五分の一が餓死した。親父は周りの草を食って必死に凌いだと散々聞かされたよ。その親父も、一昨年亡くなったけどな』

『そうでしたか』


 モンスター界も権力争いは大変だ。


『で、お前らはどこまで行くんだ? お前ら人間は聖獣と契約できると聞くが、連れてきたのか? ここから先の草原は凸凹が激しいから、あんな馬車じゃすぐ壊れるぞ?』


 心配しているのか戦力を知りたいのか、微妙な発言である。


『そうですね。翼竜(ワイバーン)が三匹ほどだから、ザルディア軍が本格的に来たらまずいですね』

『どうするんだ?』

『戦う意志が無いことだけは伝えます。とにかく時間をかけてでも、聖典を見つけに行きますよ。まずは西にそびえ立つあの山々を越えるつもりです』


 団長は、軍事機密を隠す気が無いようだ。ただ黒龍(アレくん)白龍(オディエッタ)の存在は伏せたから、見てバレる範囲しか言わないのだろう。


 だがガモルは、別の言葉に反応した。


『なに? 神崙(シェールン)山脈を越えるだと?』


 叫び声にも似たガモルの声に、一同は一瞬静まりかえる。

 どうやら、モンスター達の関心をひいたらしい。


神崙(シェールン)山脈と言うんですか。素晴らしくきれいですよね。ホントに神様が住んでそうだ』


 アシュリートは呑気に返答する。

 だが反対に、ガモルの表情は険しくなった。


『ああ、我々ザルディア民の信仰でもある。でも俺たちであそこを超えた者は誰もいない。死にに行くようなもんだ、止めとけ』

『そうですか。僕たちが求める聖典は、あの先にあるらしいんですよ』

『ああ、幻の都市ガタラサか。確かにあそこには、古今東西すべての知恵の結晶が存在すると聞く。だがもっともっと遠いぞ。神崙(シェールン)山脈を超えてザルディアを抜けた後も、だだっ広い大河と砂漠を通り抜け、最後はもっと険しい山々があるって話だ。しかも俺たちなんか到底敵わないモンスター達が跋扈する、恐怖の土地らしい。とある坊さんが魔族を引き連れて行った伝説もあるが、止めとけ。命が惜しけりゃ行かねえ方がいい』

『そうなんですか。そんな話を聞くと、ワクワクしますね』


 真剣に引き留めるガモルに対し、アシュリートは楽しそうだった。

 普段は事務処理に追われる団長だが、実は冒険好きなのかも知れない。


『それより神崙(シェールン)山脈より手前には、何があるんですか? ザルディアのモンスターさんも居るんですよね?』

『ああ。神崙(シェールン)山脈にたどり着くまでに、古代都市イロスや火焔都市ゾラスタがある。それぞれ恐ろしい魔族様が統べる街で、関所の役割も果たしている』

『そんな街があるんですか』


 アシュリートも知らないようであった。

 むかし訪れた地域と違うのかも知れない。


『ああ。そう言えばイロスの地下ダンジョンには、過去の遺物があると聞く。もしかすると聖典があるかも知れねえ。無くても、何かヒントがあるかも知れねえな』

『そうですか、貴重な情報ありがとうございます』


 行かずに済むなら良いのにな、とリックは思った。


 戦いを避けるためにも、モンスター達に遭遇しない方が良い。ただ補給を考えると、このオークの村のように友好関係を築くのも大切だ。いずれにせよ相手を見極めて判断しなければならない。こういった選択は難しい。


 ガモルは先に行かせたくないのか、脅しをかけてくる。


『だがな、イロスにたどり着けるかも保証しねえ。ヤベえ奴らが一杯いるからな』

『忠告ありがとうございます。頑張りますよ』


 アシュリートにとってはどこ吹く風であった。

 きっと勝算があるのだろう。 


『お前が強いってのは良く分かる。だがな、魔族達の強さは半端じゃねえ。それにいざっていう時には、アグラピア様直々に近衛師団を率いてお出ましになるぞ。嘘じゃねえぞ。そうやってザルディアは他所の国と戦ってきたんだ』

『そうなんですか? むしろまた会ってみたいですね、アグラピア様と』

『なに? また?』


 アシュリートの一言で、再び場の空気が変わる。

 ガモルは信じられないといった風で、声も上ずっていた。


『お、お前……ま、まさかアグラピア様に会ったのか?』

『ええ、ほんの昔ですが。仲良くサヨナラしましたよ』

『マジか……』


 ガモルは酒を一気に飲み干すと、しみじみと語り始める。


 アシュリートがアグラピアと会った経験があると知り、周りのオークたちも敬意を払い始めた。もっとも、三日三晩闘い尽くしたと聞けば違う態度になりそうだ。リックとセラナは黙っておく。


『あの女王様は素晴らしいお方だ。こんな辺鄙な底辺の村にもわざわざ来て下さり、労いの声をかけてくれた。あの時の感激は一生もんだ。子供達にもたまに聞かせている』

『そうなんですか? 良い女王様なんですね』

『ああ。アグラピア様がいる限り、ザルディア帝国は不滅だ』


 この忠誠心に、アシュリートもリックらは意外に思う。オロソの国王が国内を視察するなど、全く想像もつかない。どの国でも王様は、大きなお城に閉じこもっているものとばかり思っていた。


 あの幼女は、よほど人身掌握術に長けると見える。


『あのお方のためなら、俺たちはどんな(いくさ)にも馳せ参じる覚悟だ。まさかお前ら、俺たちを油断させてアグラピア様に歯向かう訳では無いだろうな?』


 ギロリと睨むガモルの眼差しにも、アシュリートは動じなかった。


『いえいえ、僕の目から見ても素晴らしい女王様ですよ。何度も言うように、戦いに来た訳じゃありません。その点は信用してください』


 アシュリートの顔を見て、ガモルは再び杯に口をつける。


『それならいいが。お前たちとは戦いたくない』

『ええ、僕たちもですよ』


 冷静に言葉を交わす二人だが、リックから見ると団長に余裕が窺えた。やはりガモルは、団長との力量の差を自覚している。敵わないと分かっているのだろう。不殺の掟を知らないガモルだから、その恐怖は相当なものと思われる。長としての選択を誤れば、村全体が滅ぶ。


 日が沈んでからだいぶ経つ。料理も全て食べ終えた。


『そろそろ、帰らせていただきます。また来ますが、他の皆様もオロソにきてください。村人みなさんの分のチケットを用意しますので』

『ああ、ありがとう。お前達が作っているあの道は、この近くを通るのか?』

『その予定ですが、駄目ですか?』


 ガモルは黙りこくった。


 どう返事すべきか悩んでいるようだ。アシュリート達と仲良くしすぎるのは、ザルディアで裏切り者認定される怖れがある。だがアシュリート達を止める力は無い。プレゼントが欲しい訳ではなく、村の存亡に配慮しているようであった。


『……俺からは良いとは言えん。だが作るなとも言わん。見なかったことにする』

『ありがとうございます。それで十分です。じゃ、みんな、帰ろうか』


 こうしてオークの村との最初の交流は成功に終わった。


 数週間後、道路はオークの村近くまできた。だが橋は村から見えない位置に架けられ、迂回路をとる。オーク達の便は悪いかも知れないが、ギリギリの配慮とも言えた。川の側に休憩所を設けたが、時折密かにオークらが食べ物を置いていく。


 ガモルの言う通り、その先は起伏に激しい土地で道路作りに時間がかかった。石畳の材料はつき、地面をならすだけにする。


 さらに3ヶ月ほど延伸作業を続けすっかり秋になった頃、偵察隊が小高い山にある都市を発見した。どうやら古代都市イロスのようだ。


「まだ相手に見つかってないのでしょうか?」

「どうだろう? これだけの規模だから気付くと思うけど。リックくん、作戦会議を開くから、夕方に主だった騎士を集めてくれないか?」

「分かりました」

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― 新着の感想 ―
[良い点] さり気なく情報収集に余念がない団長はさすが。 相手のふところ深く入り込んで話を引き出すなんて、磨かれた知力と人間力の賜物だ。 リックも感心していないで見習いたまえ! コラッ! 言ってる傍か…
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