第083話 新製品を見るのはいつでもワクワクする
アトキンソが新製品というそれは、『ヒュートン』とさほど変わらぬ形状をしているが、後ろに何やらケーブルがついている。
「このケーブルは何ですか?」
「ああ、これが新製品たる所以さ。魔法なしでもこのケーブルで繋げば、『サウルス』同士でデータのやり取りができるんだ。試しに別棟にいるラスコンと繋いでみるかい?」
そう言って、アトキンソは『サウルス』を動かす。すると画面にはラスコンの顔が映った。ラスコンも《記録の連鎖》の使い手で、『ヒュートン』開発でも手腕を発揮した一流のエンジニアだ。
『やあ、アトキンソさん、どうしました?』
リアルタイムで動き、声が出る。遠隔魔法では出来ていたが、本人の魔力に関係なくできるのを、リックは初めて見た。『ヒュートン』とは異なる感動だ。
『お疲れさん。リックくんが来たから、ネットの凄さを伝えようと思って』
『明けましておめでとうございます、ラスコンさん』
『ああ、リックくん。明けましておめでとう。どうだい、これは? 魔力なしでも使えるんだ』
『凄いですね。これなら皆で同時に話できるんですね?』
『ああ、そうだ。それに色んなファイルも共有できるから、かなり仕事がはかどるよ』
『確かに、書類の受け渡しが簡単になりますね』
『君の友達のマルキーくん達にも、ネット対戦ゲームを作ってもらっている。格闘ゲームとか言ってたな。君が作ってくれた検索魔法も改良して、《モサイク》と言うネット閲覧魔法に組み込んだよ。あとみんなで会話を楽しめるネット掲示板《2ちゃん》も作ってみた。春には販売開始さ』
『楽しみですね』
『ああ。『ヒュートン』も売れたから、今度も売れると思うよ』
最近リックは団長の頼み事が多く、魔道具の開発を手伝う機会は無くなっていた。だが以前作った魔法が役に立っていると聞き、嬉しく思う。
『そう言えば、カポ村の件もありがとう。あの村、川の水質は最高だし村人の教育レベルも高いから、『ヒュートン』の工場にちょうど良かったよ。この『サウルス』もあそこで作ってもらう予定だ』
『よろしくお願いします。ちなみにこれ、あっちに行った時でも使えるんですか?』
『あっちって、ザルディアでってことかい? うーん……』
何気ないリックの質問に、2人は黙りこくってしまう。
どうも技術的問題があるようだ。
リックはしまったかなと思ったが、2人にとってはやりがいのある課題のようで、考え事を始めたらしい。
『ケーブルを敷ければ、理論的には可能かな……でも転送スピードを維持するには結構な太さが必要だな……』
『モンスター達がかじっても壊れないぐらい丈夫にしないと……』
『確かに、魔法を使えない団員同士でやり取りできるなあ……』
『中継基地を作ったらどうだろう?』
急に技術会議に変わり、激論は白熱して暫く続いた。
『分かった、リック君。検討してみるよ』
『ありがとうございます』
ラスコンとの会話を終える。
「アトキンソさん達は、みな残るのですか?」
「インフラ向けの技術者で同行するのは何人かいるけど、最初の拠点作り次第かな。何にせよ出ずっぱりにはならないよ」
「そうですよね」
「何年かかるか分からない遠征だ。君も無理せず、交代できる時はした方が良い」
「はい、ありがとうございます」
* * *
それから数日後。リックの部屋からセラナと一緒に食堂へ行く途中、久しぶりの人物に廊下で鉢合わせする。
「エメオラ様! お久しぶりです!」
「ああ」
セラナは身構え少し後ずさりするものの、リックが手を繋ぎ引き戻す。セラナを慮ってか強く握る手は温かい。そんな彼女の態度を、エメオラが気付いた素振りは無かった。
「ちょうどエメオラ様に報告したかったので、良かったです。僕たち結婚したんです。それで家族寮に部屋が空いていたから、一緒に住むことにしました」
「そうか、おめでとう。分かった」
セラナはエメオラをじっと見つめるものの、エメオラは特段何の反応もしない。彼女にとっては何の変哲もない話題なのか、そのまま素っ気なく通り過ぎた。
セラナは個人的にエメオラと話をしたいものの、この状況で追いかけるわけにもいかない。仕事での接点も無いので、時間を作ることもできない。どこかモヤモヤしてもどかしいが、今できることは無かった。
冬の寒い中を荷物移動するのは大変だし、お互いの部屋を退去する必要も無かったので、最小限の物だけ運んで一緒に暮らすことにする。
二人きりで暮らすなんてリックもセラナも初めてだったから、最初はお互い気を使う。リックは女の子の部屋が絶対立ち入り禁止であることを知る。同棲するとお互いの嫌な面が見えて別れるカップルもいるものだが、幸い2人はそんなこともなく、束の間の新婚生活を楽しんだ。
そしてオロソ歴331年7月。
予定より多少遅れたものの、召集がかかる。
いよいよ出発だ。
犬バスや翼竜で大移動した先は、ハロハ河だった。
向こう岸はザルディア魔王帝国の領土だ。
「へえ、これを作ってたんですか」
「そうよ、立派なもんだろう?」
ライアが自慢するそれは、向こう岸までかかる橋だった。翼竜が十匹同時に歩いても大丈夫なくらい丈夫で、向こう岸手前で跳ね橋になっている。こちら側には立派な砦も築かれていた。




