第082話 家庭の事情は色々だから、無理には出来ない事もある
チーン
ファナは入り口近くにある呼び鈴を鳴らす。
すると直ぐに扉が開き、先ほどの男が現れた。
近くで待機していたようだ。
「どうなされました? ファナ様」
「さっきの女、覚えてる?」
「リック様のお連れの方でしょうか? もちろんです」
「いいこと、今から殺ってきて」
「御意」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
有無を言わさぬ流れに、リックは驚嘆した。
まるでお昼のメニューを選ぶかのように、あまりにも自然に殺人指令が出される事実。こうして殺められた人数は如何ほどなのか、想像もつかない。王宮の深淵を覗いた気分である。
「なに? 邪魔なビッチは居なくなれば良いでしょ? あなたもフリーよ? 私との結婚に障害はなくなるわ。私の方がお金も権力もあるから、幸せにしてあげる♡」
ミニスカートから露わな太腿が、艶かしく動く。
金はかかってるから、こういうパーツは綺麗だ。
「やめてください。そもそも、彼女は騎士です。強いですよ?」
「大丈夫。いかなる手練れも、数の前には敵わないの。誰かが絶対に仕留めるわ。何なら泊まってる宿舎ごと燃やしても良いのよ? マスコミはお友達だからどうとでも発表できるし。冤罪なんて、パンを焼くより簡単よ」
「それなら、あなたの命は保証しません」
リックは静かに激昂した。
目の前にいる女性が、人間と思えなくなる。
不殺の掟も忘れそうなほど、怒り狂った。
女性に手を上げるなんて考えた事もなかったリックだが、そうは言っていられない。とにかくこの場を切り抜けるのに必死であった。セラナがいたら、惚れ直すのは必至である。
「セラナの宿舎より、ここを魔法で燃やしましょうか? 武器や杖がなくても、騎士の僕にはそれぐらい簡単です」
リックの右手が青白く光り始める。
ここに至り、リックの本気をファナらは理解した。
畳み掛けるようにリックは次の技を繰り出す。
「これだけじゃないですよ。悪魔召喚もできます。証拠も跡形もなく塵になりますよ?」
これはハッタリである。そんな術は特級魔法使いでも出来るかどうかだ。だが炎レベルの初級魔法では対処される可能性を恐れ、リックはブラフをかけた。
……
「ふぅ」
ファナは大きなため息をつき、目を逸らした。
賭けに勝ったようだ。
「分かったわ。今回は見逃してあげる。料理も冷めるから、早く食べましょ」
「ありがとうございます」
という事で改めてシャンパンを用意し、乾杯する。
姉妹はバクバクムシャムシャと猛獣のような勢いで食べ始め、あっという間に沢山の料理が消えていく。彼女達のものすごい食欲は、やけ食いなのか普段のペースなのかは不明だ。リックもそれなりに食べるから、三十分もかからずおかわりとなる。クリパの定番、おっきな七面鳥の丸焼きも来た。
「あーあ、良い男いないかなあ〜 オロソめんどくさいから、新大陸に暮らしたいのよねえ。イケメン弁護士とかいれば、高収入で楽に暮らせるんだけど」
「皇女としての私じゃなくて、ありのままの私を見て欲しいのよねぇ。相手はイケメンで背は最低170以上でDVなしで年収三千万必須だけど」
「そうそう、分かる。あんた、騎士団にそういう男いないの?」
酒も入って言いたい放題だ。
「いえ、最近は遠征が決まったせいか結婚ブームで、ファナ様の御眼鏡にかなう男性は……アシュリート団長やヴィクトス様はどうですか?」
「いやよ、お兄様はあいつらに散々虐められたんだから。私たち、学校から帰ってきたら彼らの悪口ずっと聞かされてたのよ」
「そうそう。御三家の出身じゃなければ、お父様の酔狂で騎士団なんか作らせなかったのに。ほんと、大迷惑」
「え? そうなんですか?」
あの人徳ある団長達がいじめをしていたなんて、にわかには信じられない。ただ国王を軽んじる口調はリックも感じとっていた。ここでは真偽の判断も出来ないので、黙って聞いておく。
「でも本当に良いの? あんな遠征に行かされたら、生きて帰ってこれないわよ? 今なら私たちに土下座して謝って一晩言う通りにすれば、お兄様にとりなしてあげるけど。我慢すればすぐよ? あんなビッチより気持ちいいから。減るもんじゃあるまいし、ちょっとぐらいどう?」
ギラギラした目で擦り寄るファナに、リックは冷静な態度をとる。
「いえ、それでは他の団員に示しがつきません」
「あら、正直者なのね。後でバカを見るわよ」
「構いません」
「ふうん。出世できないタイプね」
自分のものにできない悔しさなのか、二人はリックをぞんざいに扱い始めた。話す会話も皇族の身内話ばかりになり、リックは無口になる。こんな扱いを受けても平民のリックは何とも思わないものの、居心地の悪い夜になった。
帰りはだいぶ遅くなってしまった。セラナを起こさないようにそっと部屋の扉を開けたら、まだ明かりがついていた。セラナがリックに気付く。
「ただいま〜」
「おかえり、お疲れさま」
寝ずに待っていたようだ。これからもセラナを大切にしようと心の中で固く誓うリックだった。ちなみにセラナが用意していた五寸釘と藁人形は気付かれず、未遂に終わる。
* * *
こうして一悶着あったものの、お正月も終わり2人は王都を発つ。
カウコンも初詣も良い思い出となった。
高速馬車で一晩かけ、ノモニルに到着する。
第四騎士団駐屯地に立ち寄り荷物を置くと、ちょうど良い機会と思いキトとマルキー達に会う事にした。急な訪問だったが、2人とも快く時間をとってくれた。昼間なので近場のカフェにする。
キトは派手な改造馬車の修理工房を始めたらしい。
マルキーは新作エロソフトの初物売り出しで大忙しのようだ。
「二人とも明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます、マルキーさん、キトさん」
「おう」
「あけおめことよろ。セラナちゃんも相変わらず綺麗だな」
「ありがとうございます」
軽口をたたくマルキーに対し、最初の頃にセラナが抱いた嫌な印象は無くなっていた。正月のせいか、マルキーは少し太り気味だ。
「この前、セラナの実家に行ってきて、結婚したんだ」
「ほ〜おめでとう! セラナちゃん良かったな!」
「ありがとうございます」
「これでリックも一人前か。カマ村には行かねえのか?」
「それだけど、キトは連絡とってる?」
「いいや。多分第三騎士団から死亡通知がいったから、死んでると思ってるだろうよ」
「どう? 一緒に行ってみる?」
リックの言葉に、キトは少し無言になる。
「……今さら行ってもなあ……お前らだけで行ってこいよ」
「うーん……僕もそこまで行きたいとは、思わないんだよね……セラナの街と違って、何か言われそうだし……セラナは行きたい?」
「私はどっちでも。リックの生まれた村に興味はあるけど、無理しなくていいよ」
「うーん……」
リックは、田舎特有の探りあいやマウント取り合いを思い出す。
カマ村でも都会で成功する人はいた。
だが村の人らはそう言った人達に、
「あいつは冷たい。盆も正月も帰ってこない」
「町会費払ってくれない」
「親の面倒みない」
「離婚したみたいだ。嫁が宗教ハマってたとか」
「子供はFラン大学らしい」
などと色々詮索して陰口を言う。
リックも、親がそんな話するのを聞いた記憶がある。
騎士団で下っ端ならいざ知らず、騎士になったと知られると、どんな風に言われるか分かったものではない。セラナにも不愉快な思いをさせそうな予感がする。
「リックが気乗りしないなら、行かなくても良いよ」
「そうだね……」
2人の様子を見ていても、自分の街とは感覚が違うなとセラナは思った。ご両親に挨拶はしたいし興味はあるものの、今はリックの気持ちを尊重する。
「ごめん、セラナ。遠征から帰ってきた時で良い?」
「うん、分かった」
「話変わるけどよお、駐屯地にいるアイツ、頑張って遠征の準備してるみてえだ」
「あいつって?」
「何だったかな、あの時いた何とかコーダって言う」
「ランロット先輩?」
「そうそう、そいつ。彼女と二人でノモニル中回ってるんだ。あちこちの業者と取引してるようだな。うちにも来たぜ」
「そうなんですか」
さっきは立ち寄っただけなので、ランロット・コーダ達とは会ってない。有象無象が遠征に参加されても困るが、食糧の確保や拠点のインフラ整備は必須だ。ノモニルにいる部隊への命令なのだろう。
「ちなみに、キトは行く気ない?」
「そうだなぁ……行きてえ気持ちはあるが、体の動きが最近良くねえんだ」
「え? ほんと? 大丈夫?」
予想外の話に、リックは驚いた。
暗黒魔道士とやらが創り上げたキトの体は、殆どが人工物だ。あれから数年経った。耐用年数がどれほどなのか不明なので、リックは不安がよぎる。
「まあ、この辺の魔道具屋に聞いて回ってるんだけどよぉ、珍しい部品ばかりで手の付けようが無いってさ」
「僕も、調べてみるよ」
キトが遠征に来てくれれば百人力なのだが、この事情では仕方がない。
その後も話は盛り上がり、帰りは夜になった。
* * *
本部に戻った数日後。
連日の大雪で真っ白となったある日、リックはアトキンソの工房へと向かった。今年は特に寒い。各建物に通じる道は雪かき済みで不便はないものの、行動範囲は狭まる。
「明けましておめでとうございます、アトキンソさん」
「やあ、リックくん、久しぶり」
アトキンソは相変わらずの風貌で、『ヒュートン』らしきものを使って遊んでいた。
「ちょうど良かった、これが新しい魔道具『サウルス』さ」
「へえ、出来たんですか」




