第080話 親の愛は海より深く山より高いと言うものの、大抵は方向が間違っている
「大相撲バンダルバス場所もいよいよ千秋楽結びの一番となりました。実況はわたくしフェリーヌ、解説は元横綱セラナ姫のセラナ親方でお送りします」
突然の大相撲中継に、セラナはきょとんとした。
「いや〜、最高の取り組みですね。これに勝った方が優勝です。どうですか、親方?」
「いやちょっと、親方じゃないです」
「いいのいいの、ちなみに行司は式守ライアでお送ります。お、両者が支度部屋から出てきました。土俵下の溜り席で胡座を組んでいます。いつになく真剣な表情ですね」
「支度部屋なんて無いでしょ」
「だからいいんだって」
砂浜の一部が高く敷き詰められると、何処にあったのか段取りよく俵が置かれて即席の土俵が完成する。御丁寧に塩もある。
近所の子供たちもわらわらと集まり、ちょっとしたお祭りだ。
本来の土俵はもっと日数をかけて丁寧に作られ儀式もあるのだが、その辺は省略という事で勘弁願いたい。
相撲は道具もいらず短時間で決着がつくので、古来からオロソ国民に親しまれている。中継魔法の解像度が上がったらヤバい人が写ったり、親方株の取引で骨肉の争いが生じたり、八百長どころか野球賭博やら何やらで問題ありありでも公益財団法人なのは、オロソの国民性とも言えるだろう。八百万の神は何でもありだ。
軍配をもったライアが、真ん中に立つ。坊主頭でライアそっくりのライアパパが呼び出しとして、扇子を掲げ2人を呼び上げた。
「にぃいしぃい〜 セラナァパァパァア〜 セラナァパァパァア〜〜 ひがぁあしぃいい〜 リィックゥやまぁあ〜 リィックゥやまぁあ〜〜 この結びの一番にてぇ、千秋楽にぃござりまするぅ~!!」
オォオオオオ!!!
パチパチパチ!!!
割れんばかりの拍手の中、両者が土俵に入る。
改めて相対すると、その体格差が際立つ。
セラナ父が二回りは大きい。
「お〜、セラナ父、豪快に塩をまきます! あ、懸賞も出てきました! いち、に、さん……20本もあります! しかしうちらの親戚、ノリいいな」
仕切りの用意をする2人の周りを歩く懸賞持ちは、フェリーヌやライアの親族らしい。ナガトニ園とかタカソクリニックとか、芸が細かい。
相撲は神事。立ち合い前の動作一つ一つに意味がある。蹲踞の姿勢から手を水平に上げ、大きく二回叩く。そして一度立ち上がり、ゆっくりと力強く四股を踏む。
ドォスゥウーーン!!!
オォオオーーー!!!
セラナ父の四股で土俵が揺れ、観客がどよめいた。
だがリックも気合いでは負けていない。
「おぉ〜 リック山も様になってますね。最初に会った頃はまだ子供でしたが、すっかり大人になりました。彼女もできて幸せウッヒョーと言ったところでしょうか? 鍛え上げられた太腿は、セラナパパに全く引けを取りません。どうですか? 親方?」
「まあ、良いんじゃ無いですか」
フェリーヌのツッコミに塩対応のセラナだが、内心はこの結末がどうなるのか気が気では無い。もちろん、リックに勝って欲しい一心だ。
ウォオオ〜〜!!
「おぉ! 睨み合ってます! リック山、一歩も譲りません! どうですか、親方? 親方をめぐって2人の男が今から戦いますよ? 何か一言?」
「リックがんばれぇえ!!!」
ワァアア〜〜!!
セラナの大きな声に、観衆も盛大な応援が起きる。
場は一層盛り上がった。
「お、セラナパパ、少し動揺しているか? 愛する娘がどこの馬の骨か分からん奴に略奪されまいと必死の抵抗を試みるセラナパパの気持ちは、親方に全く届いてないようです!」
「いや、親方じゃ無いですって。リックも馬の骨じゃありません!」
「さぁいよいよ制限時間です。そう言えばリック山はどんな技が得意なんですか? うしろや○ら?」
「それ相撲の技じゃ無いですよね?」
「あ、バレたか。お、そろそろのようです」
ライアが軍配を持ち、二人の間にはいる。陽がおちて山の端が燃えるように紅く染まる中、真剣勝負が始まろうとしていた。
「見合って見合って…… まだまだぁ」
ふぅーー
立ち合いが合わず仕切り直しになる。観客も緊張感が一瞬ほぐれた。
再び立ち合いに入る。
セラナ父はリックをずっと睨みつけ、まさに猛獣のようだ。
(見た目通り強そうだな……)
弱気になりかけそうな気持ちを抑え、リックは作戦を練った。
(猫だましか変化かなぁ……)
子供の頃は体が細く、カマ村でやっていた相撲は立ち合いなんてまともにしなかった。さすがに騎士団員になってから体が大きくなったので、今のリックなら大抵の相手に組み負けしない。
だがセラナ父は別格だ。ヴィクトス副団長なみの体格で、相手を慮る気持ちは微塵もない。本気で殺しにきそうな圧がビンビンくる。とにかくヤバい。
一瞬で決まる相撲で立ち合いの迷いは致命的だが、まだ考えあぐねていた。
大体、着いたら直ぐ勝負させられてメンタルの切り替えができていない。
負けたらどうしよう不安がよぎり、集中力が削がれそうだ。
「時間です。待ったなし!」
ライアが非常な宣告する。
もう時間もなくなり、リックの思考に焦りが出る。
(変化して勝っても、後で何か言われそうだな……突っ張りかな…でもやっぱり横綱だったら……)
横綱相撲と言われるように、横綱たるもの相手を受け止めそれ以上の技量で倒すのが当然。稽古の時にかわいがわりして叩き潰すとか、怪我してないのに肘にサポーター巻くなどもってのほかだ。
リックは挑戦者とも言えるが、ここで変化してセラナ父を破っても、周りから評価されないのは明白だ。
(よしっ!)
もう始まる。後には引けない。
リックは覚悟を決め、ひたすら前にでることにした。
「はっけよぉおい……残った残った! 残った残ったぁ〜!!!」
バシーン!!!
セラナ父も躊躇なく突進して両者思い切りぶつかる。1トンほどあると言われる衝撃を、リックは弾かれずに全力で受け止めた。これを15日間続ける相撲取りは、凄まじい力である。
「のこったのこった〜〜」
「お、立ち合いは互角です! 良い勝負してますね!」
「リック、勝って〜!!」
グワッ!!
左利きと聞いていたので、とにかくセラナ父の左腕でまわしを取られないようにする。だがそうするとリックは利腕の右腕で防戦せねばならず、攻撃力が落ちる。土俵が凹みそうなほどの圧力に必死に堪えるリックだが、セラナ父はぐいぐい押し込んでくる。
バシン!
いったん叩き込んで離れ懐に潜ろうとするものの、セラナ父もそうはさせまいと突っ張りをかましてくる。顎に入ったら気絶しそうなほどの威力だ。しばらく攻守が目まぐるしく変わる。
「のこったのこった〜のこったのこった〜」
ウォオオ!!!!
イケェエエ!!!!
好試合となり、観客は喜んだ。
(うわ、まずい!)
あの背丈でスピードもあり腕のリーチも長いセラナ父が、ついに左でリックのまわしをとる。そのまま上手投げにはいり、観衆が大歓声を上げた。
「リック頑張れ!!! お父さん負けてぇ!!!」
ワァアア!!
「のこったのこった〜〜!!」
セラナの声のおかげか投げは完璧に決まらず、リックは土俵際で持ち堪える。
休むまもなく、今度はリックがセラナ父の回しを両腕で掴む。
チャンスだ。応援席のボルテージが上がった。
イケェエエーーー!!!
ヤッチマエェエーー!!!!
だがセラナ父は岩のように重く、万全の体制なのにピクリとも動かない。
ーー
ここまでおよそ1分に過ぎない。
回しをとっても動きが止まったものの両者ともに汗が吹き出ており、相当な力で均衡しているのが分かる。
「お〜すごい! 愛の力でしょうか、リック山粘ります!」
しばらく膠着状態が続く中、一瞬の隙をリックは見逃さず、足をかけて投げの態勢に入る。
「リック山、いけるかぁあ!」
ウォオオ!!!
「いまだリック! お父さん投げちゃえ!」
渾身の力で投げを打つリックだが、セラナ父もしぶとい。
土俵間際でこらえた。
「小僧、なかなかやるな。ここまで手こずらせた奴は初めてだ」
「じゃあセラナさんとの結婚を許してもらえますか?」
「それは許さぁああん!!!」
ドスンッ!!!
セラナ父が怒りに任せ投げを打った瞬間、リックも同時に投げを仕掛け、もつれこんで両者とも土俵下に落ちた。慌てて観客は逃げる。ここで怪我しても特別な保険はない。
ウオォオオオーーー!!!
勝負は終わったものの決着が分からず、行司の采配に注目が集まった。
「只今の決まり手は、下手投げ、下手投げでリック山の勝ちぃい〜〜」
「あ、審判団が上がってきました。物言いです!」
これも誰かの親戚か、厳しい親父どもが4人土俵に上がってきた。
勝負のあった場所の足跡を確認している。
やがて1人が残り、他は戻って行く。決まったらしい。
「只今の取り組みはリック山となりましたが同体との物言いがつき、改めて検証したところ、リック山よりセラナパパの方が先に出ていたとして、軍配通り、リック山の勝ちといたします」
「勝ちました! リック山、ゆーしょーです!」
「やったぁ!!」
ウォオオオオ!!!!
「よかった〜!!!」
セラナはリックにかけより、抱きつく。
それをみてセラナ父は肩を落としていた。
「あのセラナちゃんが……パパだいちゅき、けっこんするって言ってたのに……二人でプニキュアを観に行ってたのに……」
「だから、そういうこと言わないの!」
これ以上幼少期のことをバラされたくないセラナはキレる。
一方、セラナ父の傍にはセラナ母がいた。
「そうですよ、お父さん。セラナも子供じゃないんですから。それよりスナックあけみさんの件は、忘れていませんからね」
「ギクッ!」
さきほどの温和な表情とは打って変わって極道の妻のごとくセラナ父を睨みつけるセラナ母は、リックから見ても怖かった。セラナ父が一回り小さくなる。
「は、はい……すんません、ユコノさん……」
「ま、今日はお祝いだから、みんなで楽しみましょ♡」
と言う訳で無事にリックとセラナも認められ、そのまま宴会へと雪崩れ込む。スーツなんか着ずに伝統の衣装を着込み、ライアとフェリーヌの親族どころかこの波濤地区(後で聞いた)みんながお祝いに駆けつけ、休む暇もなく朝まで続いた。
* * *
翌朝、疲れながらも朝日を見に行きたかったリックは、未だ薄暗いなか寝ているセラナ達を起こさないように家を出て、浜辺へと向かう。
昨日の浜辺から少し北に歩くと小さな港があり、そこには既にセラナ父がいた。酒を浴びるほど飲んでいたはずなのに、全く普通の様子で仲間の男達と漁に出る支度をしている。木造の船はこじんまりとしていて、それほど大きく無い。初めて見る船の大きさに、これであの海に出るのかとリックは驚いた。
「おはようございます」
「ああ、リックくんか。昨日は悪かったな。俺もセラナの事となると心配で、ああするしかなかったんだ」
「いえ、こちらこそすいません」
セラナ父は笑って握手を求め、リックも応える。
歴戦の勇者らしい、ごつごつして力強い手だった。
「懐かしいなあ。よくこの浜辺で馬を走らせて、流鏑馬の練習してたんだ。セラナは弓がうまくてな、全て正確に射抜いてた。みなビックリしてたよ」
「今でも上手です。僕たちもずんぶん助けられました」
「そうか。話は聞いたが、ザルディアの方へ行くんだって?」
「はい」
リックの言葉に、セラナ父は神妙な顔になる。
「俺はこの街と海しか知らないが、伝え聞く噂では魔族が支配する相当ヤバい場所だと聞いている。行ったら最後、生きて戻れないと。セラナも一緒に行くと聞いたよ」
「はい」
「あいつも冒険好きだからなぁ……俺も海で仲間をたくさん亡くしたが、海から離れられない。案外、根は同じなのかもな」
「そうかも知れませんね」
しばらく黙って海をみていたセラナ父だが、仲間に呼ばれる。
「そろそろ行かなきゃならねえ。しばらく帰って来ないから見送りはできないが、セラナを幸せにしてやってくれ」
「はい!」
リックの声に満足しながら、セラナ父は船に乗り込んでいった。




