第079話 水着回とならなかったのは、ミスと言えばミスかも知れない
「そんな格好で行くんですか? 寒いですよ?」
冬も始まるこの時期、リック以外の3人は不思議な格好で待ち合わせの広場に現れた。女性2人が薄手のコートで、ライアに至っては半袖だ。季節にそぐわない。思わずリックは確認する。
「大丈夫、大丈夫。あそこ雪なんか降らないし、これぐらいでちょうど良いんだ。さすがに今の時期は泳げないけどな」
「リックの格好じゃ暑くて脱がないとやってられないよ? セラナに見せつける気?」
ライアもフェリーヌも自信満々だ。セラナも否定しない。
「でも、空飛んで行くんですよ」
「あ、そうか」
「やば」
リックに指摘され、3人はすごすご部屋に戻る。偶に空港で見かける、現地を見越した格好の人みたいだ。セラナが気づかなかったのは珍しいけれど、それだけ楽しみなのかも知れない。改めて防寒具を着込んできたセラナが、リックに聞く。
「スーツ持ってる?」
「え? 必要なの?」
そんな場面があるとは想定していなかった。
相手の実家訪問なのに、まだ甘いリックである。
「念のため用意して。お願い」
「分かった」
今度はリックが部屋に戻り、新たにスーツを詰め込む。
「じゃあ、出発!!」
ライアとフェリーヌは二人座席に拡張した翼竜、リック とフェリーヌはおなじみ黒龍と白龍に乗り出発となる。荷物は2、3泊ぐらいの量で、それぞれの首にかけてもらっている。
翼竜のスピードはドラゴンより遅いものの、この時間なら夕方までには着くだろう。冬の空は寒く曇りがちで、眼下の景色もボヤッとしてよく見えないのが残念だ。
「ねえ、セラナのお父さんって、どんな人なの?」
リックは、並走する白龍に乗るセラナに尋ねた。
「まあ、悪い人じゃ無いよ。お母さんや私たちには優しいし。強いのは強いけど」
「そっか。じゃあ気に入られるように頑張るよ!」
屈託のない笑顔のリックを見て、セラナは心配になる。
「でも……めんどくさいんだ……私のことになると目の色変えるからなあ……大切にされてるのは分かるけど、リックに迷惑かけたらごめん……」
「大丈夫だよ、大好きなセラナの家族なんだから」
「ありがとう」
「あ、海だ!」
久しぶりの海に感動していると、一度来たことのある景色も見えてきた。
「あれがバンダルバスだね?」
「うん、そう」
以前来た時はさっと旋回して戻ったが、今回は街がぐんぐんと近づいてくる。
「へえ、きれいな形の街だね」
「言われる。ずっと住んでたから慣れてるけど」
リックが感じたように、バンダルバスは特徴的な街だった。
町の中心部には大きな楕円形状の広場がある。そこから放射状に大きな道路が8本伸び、更に二つほど外縁を環状道路が街を取り囲む構造になっていた。
そして区画内にある家屋は色調が統一されていて、壁や屋根が区画ごとに青やオレンジ、緑や赤とカラフルだ。空から見ると、規則正しく鮮やかに整えられている。
「あの真ん中の広場は何?」
「あれ競技場。お祭りの時はメイン会場になるの」
「お祭り?」
「7月にお祭りがあって、地区対抗サッカーの決勝会場があそこ。地区は色ごとに分けられてるの。三週間ぐらいかけてやるんだ。6万人ぐらい座れるよ」
「へえ。セラナのお父さんもやるの?」
「うん。私が小さい頃はフォワードだったけど、今はゴールキーパー。お兄さん2人が代わりにフォワードやってる。私が見た時お父さん一試合30点も取って、それから禁止になったみたい」
「凄いんだね」
「デカくて早くて左利きだから」
「へえ」
いくら素人の試合とはいえ、取りすぎだ。リックは騎士団のレクリエーションでサッカー経験はあるものの、程々の活躍しかしていない。
「お兄さんもうまいの?」
「うん。2人でスカイラブハリケーンとか必殺技使えて、いつもベスト4までは行くんだ。ただ他の地区はメッソとかロナルドとかホーランドみたいな助っ人いるから、常勝ってわけじゃ無いけどね」
「強いんだね」
今の軟弱サッカー漫画では現実的な理論一辺倒ばかりで、必殺技がないのは残念である。野球も球が燃えたり消えたりした時代が懐かしい。現実は大谷サンに任せて、もっとああ言うキワ物が流行っても良いと思う。
「おう、そろそろ着くぜ」
ライアが2人に呼びかけ、翼竜が下降し始める。黒龍と白龍もついて行った。モンスターが降りられる広さがあるのか心配したリックだが、到着地は浜辺だった。
防風林で隔たれた先にある家々の壁は、鮮やかな青で塗られている。冬場とはいえ、まだ日が落ちるまで時間はありそうだ。王都より濃い潮の香りと波の音が、リックは新鮮に感じた。
確かに3人の言った通り冬服では暑く、翼竜と龍達から荷物を受け取ると、コート類をしまう。
「お疲れ様。帰るのは明後日の予定だから、その時に連絡する」
『分かった』
「黒龍と白龍もありがとう。じゃあまた呼ぶね」
『おう、楽しんでこいよ』
『セラナ、おめでとう』
黒龍と白龍、翼竜が飛び立つのを見届け「さあて行くか」とライアが言い家の方へ向かおうとすると、そこには既に沢山の老若男女が待ち構えていた。
「おめでとう! ライア! フェリーヌ!」
「うわ、おやじっ!」
「私の両親もいる!」
「待ってたよ〜!」
どうやらライアやフェリーヌらの家族や親戚らしい。
「セラナ!」
「お母さん!」
セラナが声をあげた先にいたのは、セラナより少し背の低い健康的で美人な女性だった。セラナの肉親を目の当たりにして、リックは緊張する。セラナの母は、微笑みながらリックに話しかけてきた。
「はじめまして、リックさん。セラナがいつもお世話になってます」
「あ、はじめまして。こちらこそセラナにいつも助けられてます」
「今日は家に泊まっていくのですね?」
「あ、はい、よろしくお願いします。これつまらない物ですが」
そう言ってリックは手提げ鞄から手土産を渡す。
用意しているなんて、セラナも気づかなかった。
「故郷のカマ村で取れる沈丁花の薬草です」
「あらまあ。ありがとね」
とりあえずリックの第一印象は良かったようだ。他にも従兄弟やおじさん・おばさん達も来ていて、いまの第四騎士団の話題などで会話が弾んだ。
「じゃあ、夕飯はみんなでバーベキューにしましょうか」
「さんせーい!!」
そんな感じで盛り上がった頃だった。
「待て待て待てぃいい!!!! オレは認めておらぁーーん!!!」
突如、大きな声が響き渡り、場が一瞬静まる。
声の方を見ると、防風林の方から男が3人やってきた。
先頭の一際目立つ半袖浴衣を着た男は、セラナの父だとすぐに分かる。
後ろの半袖Tシャツにジーパンの男2人はセラナの兄だろう。
「うわ、やっぱやべえな、セラナパパ」
ライアが思わず呟いた。
皆はその場に留まり、固唾を吞んで見守っている。今から何が起こるか興味ある野次馬根性もあれば、哀れな犠牲者リックを心配している風にも見える。
セラナと付き合って幸せなのだからリックを犠牲者と呼ぶのは語弊があるが、現れた壁はとてつもなく高かった。
(デカっ)
ヴィクトス、キトらと同じぐらいで190cm後半はある。鍛え抜かれた密度の濃い筋肉で覆われた腕は丸太のようだ。左腕には【セラナ♡ O312/6/12】と刺青が彫られている。Oはオロソ暦の略で、セラナの誕生日だ。見回すと、他の男達も腕や足に刺青があった。遭難時のために海の男は刺青が慣習とは聞いていたものの、刺青に加え顔や手足の傷痕が、第四騎士団や野卍とは違う野生の凄みを見せていた。
「お前がリックか」
「はい」
「オレはセラナのパパ、リューゾウだ」
「はじめまして、第四騎士団騎士のリックです」
目を逸らさずにリックは答える。ここで怯んだら負けだ。
セラナ父はリックを睨みながら、話を続ける。
「お前、セラナを幸せにできるのか?」
「はい」
珍しく自信を持って言うリックの姿に、セラナはキュンとなる。
だが反対に、セラナ父は苛立っていた。
「いやあ、信じられん。そもそも、人生のうちでこんな大事な質問に即答するやつは、信用できん。絶対裏でなんかやってる」
「そんな事は無いです」
「いいや、信じられん。そもそも、お前どうやって稼ぐつもりだ?」
「セラナと一緒にこの遠征が終わったら、国境地帯で開拓生活を送ろうと思います」
「苦労するんじゃねえのか? セラナは野良仕事なんてやった事ないはずだ」
「そんな事ないよ、お父さん」
「お前は黙ってろ!」
押し問答が続くが、セラナ父は納得する様子がない。
「どうしたら分かってもらえますか?」
「そうだな、じゃあ国技で勝負といこう」
「? サッカーですか?」
「なにぃいい!!!!! ふざけるなっ!!」
ボケたつもりもないリックの返答は、セラナ父に更なる火をつけたようだった。腕の血管が浮かび上がり、激しい怒りで髪の毛も逆立っている。今にも襲いかかりそうな素振りで、リックも身構えた。周りも無言で見守っていると、突如セラナ父は浴衣を脱ぎ捨てた。
「オロソ男子たるもの、国技といえば相撲じゃぁあああ!!! 男たるもの、己の裸一つで勝負せんかぁあ!!!」
既に準備済みのようで、セラナ父は黒いまわし姿だった。当たり前だが腹筋もきれいに割れている。無駄な贅肉はどこにもない。身体能力だけに限れば、ヴィクトス並みかそれ以上のようだ。
「こいつらが手伝うから、お前もあっちで用意してこい」
さすがに公衆の面前でまわしを付ける訳にはいかないし、そもそもリックは付け方を知らない。嫌だと言える雰囲気ではなく、兄2人に連れられ松林の影で準備をする。
「わりいな、お前の存在を知ってから、親父どうしても許さないって俺達に八つ当たりしてたんだ。俺は長男のケイタで、こっちが弟のワクジ」
「はじめまして、リックです」
「おう、よろしく。しかし色白いな。出身は北の方?」
「はい、カマ村という所です」
「金髪碧眼だし、あいつの好きだった少女漫画のイケメンキャラに似てるな」
「あ、そうかも。こんな奴いねえよって言ったら、ムキになって泣いてたな」
「本当ですか?」
2人とも気さくに話しかけてくれて、リックもホッとする。リックのまわしも用意済みで、色は白だった。
「しかしすまんな、俺達も親父には勝てない。マジ強いから手足の一本か二本は諦めてくれ」
「格闘技経験は? 受身とれるか?」
「騎士ですから、それなりには」
リックより背が高く体つきも遜色ない2人から不穏な言葉をかけられながら、まわしも付け終わった。
(やるか!)
どうやっても避けられない道のようだ。
覚悟を決めて、セラナ父のところへ向かう。
世紀の対決が、始まろうとしていた。




