10話
朝になり、血については、武器を整備していたら誤ってけがをしたということにしておいた。宿の人は大丈夫だと笑い、見送ってくれた。
「おとがめなしか」
「優しい方でよかったですね」
「・・・そうだな」
・・・心理学を取っていた。嘘が見抜ける、というのは嘘なのだろう。
宿の人間は確かに何かを隠している。それを優しい方といえるのは、ありえないだろう。
「ラナキネは、あと少しです。この町の滞在が長かったので、今日の夜頃に着くと思います。ラナキネの討伐は夜中になってしまいますが、大丈夫ですか?」
堕神も睡眠はいらない。そのことを知っているだろうが、ユウキの仲間がいるときは、僕らを人間として扱うらしい。
「問題ないよ」
ユウキの仲間もユウキの言葉には逆らわないのか、反対意見は出なかった。
「あの山を越えたところですね」
ユウキは目の前の山を指す。
歩きながら、ラナキネ討伐に関して、ユウキが話し始める。
「ラナキネは魅了というスキルを使い、人間を肉壁として戦います。できれば、人を殺したくはないのですが・・・」
ユウキはヒルラ、フウル、リンを見る。
「ヒルラ、リン。二人は魅了された人をお願いしたい。ヒルラは魅了された人を助けられるなら頼む」
「オッケー」
「わかりました」
ユウキが今度は僕とロイヤルを見る。
「二人はラナキネを、僕と」
「了解した」
すると、リンがつかみかかってくる。
「足手まといなるんじゃねぇよ」
「わかってるよ」
なぜここまで、ユウキを慕っているのだろうか。ユウキが強いからか、顔がいいからか。他に何か・・・。
ロイヤルが宗教という例えを出した。その例えは確かに的得ている。ユウキが神であるかのように崇拝する三人の信者。宗教を否定するわけではないが、崇められる神には何かしら、崇められる理由が存在する。ユウキには悪いが、そのような理由は見当たらない。
山を登り始めた。そこまで急ではないが、道が整備されておらず、歩きにくいのは確かだ。
「大丈夫ですか?」
先頭を切るユウキが振り返り、僕らへと呼びかける。
太陽は頭上。この世界でこの時間を正午というのは知らないが、少し休憩にすることにした。
「流石に体力を奪われますね」
ユウキが汗を拭きながら、水を飲む。
その時、足音が聞こえてきた。
「そこにいるのは・・・冒険者でしょうか?」
それはボロボロの服を着た老人だった。
「おじいさん、大丈夫ですか!?」
ユウキが慌てて、老人に近づく。
「ユウキ様」
リンがその老人の頭を殴る。
「不用意に近づくと、死にますよ」
リンはユウキにその老人が持っていた小型のナイフを見せる。おそらく、魅了された人間だろう。
「気づかなかったよ。リン、ありがとう」
リンもあれによく気が付いたものだ。
「すでにラナキネの支配下に置かれているようですね。休憩はここまでにしましょう。ラナキネの元へ急ぎます!」
それからは山を駆け登った。そして、頂上へ着き、下を見る。
「待っていたわ」
ラナキネである。
開けた場所の中央に椅子が一つあり、そこで足を組んでいる。その周りを正気を失った人間が壁のように立っている。
「ラナキネ、行くぞ!」
ユウキが走り出す。
「身体強化を使用しています」
ライムの声が聞こえた。
確かに、先ほどまでとは速さが格段に違う。
ああ、そうだ。
「ライム————」
ユウキは真下に風を発生させ、肉壁を超える。そのままラナキネへと、氷柱を飛ばす。
それを見たラナキネは指で何かを操作するように動かす。それに合わせ、魅了された人間が氷柱へ投げ飛ばされる。
「操れるのか!?」
ユウキはラナキネの前に着地する。ラナキネは人間を集め、両者の間に壁を作った。
僕はロイヤルと共に、ラナキネへ走り出す。リンも後に続く。ヒルラは魔法を撃ち、人間たちを倒していく。それに対して、フウルが回復魔法で助けようとしているが、助からないようで、早急にヒルラと共に人間へ魔法を撃ち始めた。
リンは人間を次々と倒していく。一応、ユウキに言われたことを守ろうとしているようで、僕らに道を作っている。
「さっさと行け!」
「ありがとう」
そのおかげか、ラナキネの前まで容易にたどり着くことができた。
ユウキは必死に魔法を撃っているが魅了された人間によって阻まれている。
「シロさん、あの人たちをどうにかできませんか?」
魔法を覚えたが、実践では使ったことがなかった。ちょうどいい練習台だ。
炎の球体を周囲に出現させる。棒立ちでも操ることはできるが、動いた方が想像しやすい。
ラナキネへ走り出す。残念ながら、僕があの短期間で覚えた魔法は炎と水、そして電気を出現させ、それを操ることだけだった。だが、それで十分だろう。
炎はラナキネの周囲を回る。ラナキネは人間で自身を囲む。
その人間をロイヤルが覚えた魔法で飛ばす。ロイヤルは地面を自在に動かす魔法を覚えた。範囲は小さく、一度に動かせる場所も少ないが、今回の戦いでは役に立つだろう。
ロイヤルが地面を戻す。そこにラナキネの姿はない。ラナキネへと走り出していたユウキは足を止める。
「こっちよ!」
ユウキの頭上にラナキネはいた。
ラナキネはユウキの頭に手を置き、口づけをする。
とっさにユウキはラナキネへ氷柱を飛ばす。それをラナキネは軽々と避ける。見ると、ラナキネは魅了された人間に座り宙に浮いている。
「くっそ・・・!」
ユウキは頭を押さえ、その場に跪いた。
ラナキネは人間を空へ浮かし、雨のように人間を落とし始める。ラナキネの姿は見えなくなり、落ちてくる人間をかわすため、全員が頭上のみを気にし始めた。
ロイヤルの後ろにラナキネがいる。
「あなたも」
そんな声が聞こえた。
・・・ロイヤルは静かに言う。
「お前に興味はない」
ロイヤルは手でラナキネの首をつかむ。
「は? 魅了が効かない!?」
ロイヤルは斧で両足を切断する。
ラナキネは悲鳴を上げ、ロイヤルの手を必死に爪で引っ掻く。
「なんだ、武器は持っていないのか」
そうして、ロイヤルはラナキネを投げる。
「ライム!」
影にいるライムはラナキネを包み込む。
「お久しぶりです。死んでください」
「お前はカザリ————」
「その名は捨てました」
ライムはラナキネを飲み込んだ。スライムならではの殺し方なのだろう。
「頼まれていた、そう言うことだったんですね」
ユウキは立ち上がり、ライムを見る。
ライムはすぐに、僕の影へ逃げるようにして入った。
「・・・助かったよ。ありがとう」
「いえ。ヒルラ、フウル、リン、お疲れ」
僕はロイヤルに声をかけようと周囲を見渡した。
周囲を見ると魅了された人間が————いなくなっていた。
「え?」
足元から、殺気を感じる。
ロイヤルは後ろへ地を蹴り、それ(・・)を避ける。
僕も同じように避ける。
そして、そのすぐあと。ユウキ、ヒルラ、フウル、リンは地面から出現した黒い槍のようなもので体を貫かれる。
その光景は、いつか見た、あの光景に似ていた。