表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神、死する時  作者: わんパチ
串刺し編
8/83

とある臆病者の記憶

 僕には親友とも呼べる大切な人がいた。人見知りな僕の唯一の友人であった。

 趣味が合って、家も近くて、小さいころからずっと一緒にいた。

 俺にはかけがえのない存在だった。

 いつものように二人で帰っていた。

 彼は深瀬菜緒。

「いっちゃん。今日は新作ゲームの発売だぜ~? 買いに行こ?」

 俺は佐々木一誠。小学校の頃につけたあだ名は高校になっても変わらなかった。

「うん。なーはお金持ってきた?」

「・・・あ」

「なーは昔から変わらないな。出してあげるから、後で返して」

「サンキュー!」

 菜緒は俺の手を取りぶんぶん振っている。

「やっぱり、ストーリー楽しみだな~。あと! やっぱり何といっても前作のあの気になる終わり方だよな。今日まで長かったよな」

 菜緒はずっと新作ゲームの話をしている。とても楽しそうに。

 俺はそれに相槌を打ちながら聞いている。

 菜緒とは小学校2年生のころ、好きなゲームが一緒だったという理由でよく遊んだ。それから、中学校、高校と同じところへ行った。喧嘩ももちろんするが、いつの間にか仲直りしていて、元に戻っている。

 今、はまっているゲームはよくある王道RPG。最大の特徴は複数人で遊べ、敵を倒したり、冒険をしたり出来る。前作、1が出ていて、ラスボスを倒したはいいものの、新たな敵が現れ、俺たちの戦いはこれからだ的な終わり方をしていた。菜緒はこういうのが燃えるんだよと言っていた。俺にはよくわからなかった。

 ・・・小学校1年生の時。俺のクラスではいじめがあった。もちろん、本人たちはいじめだと思っていないだろう。当時はまだ1年生だ。クラスには服がいつも同じで、風呂に入っていないのか、体に垢がついていた。今思えば、その子は家で虐待でも受けていたのだろう。それでも、みんなはその子を嫌い、からかうようになっていった。

 グループ決めではいつも一人。先生がその子をどこかのグループにいれようとすれば、文句が飛び交う。結局、その子は比較的文句を言わないグループへ入った。そのグループはいじめに加担せず、止めもしない、いわば第三者の立ち位置であった。俺もそこに入っていた。

 事件があったのは、春だった。2年生になるという時期の前だった。その子は始業式の日に、屋上から飛び降りてなくなった。それから、しばらく学校は休校となった。

 俺は死ぬということを理解するのに時間がかかった。いじめをしていた子は楽しそうに遊んでいる。なんでだろうか。死ぬというのは悲しいことじゃないのか。

 俺は、なんでか罪悪感に飲まれてしまった。

加担はしなかった。でも、止めもしなかった。いじめをしたやつと、俺ら。何が違うというのだろう。見捨てたんだ。あの子を。

 そんな俺を見て、親は必死に元気づけようとしていた。

 遊園地に連れて行ったり、外食したり、とにかくいろんなところに連れていかれた。それでも、罪悪感は消えなかった。

 ある日、お父さんがゲームを買ってきた。俺はそういうのに興味はなかったから、家にはなかったが、お父さんがせっかく買ってくれたものだと思い、やってみた。

 お父さんが買ってきたのは有名なRPGゲームだった。剣士が捕らわれの姫を助けるというストーリー。俺はそれを黙々とプレイして、気づいた。

 ああ、こんな風に俺もなれたら、あの子は助かったんだろうか。

 どんな危険な道でも困難な道でも、その主人公は進んでいく。そして、それは俺の手で。

 それからだった。罪悪感をぬぐうために、ゲームの中で狂ったように人を助けていった。終わってもリセットをし、何度も、何度も。そうやって行くと、俺でも誰かを助けられるんだという気持ちになり、勇気が出てきた。

 学校が再開してから、すぐに転校生が紹介された。

 深瀬菜緒。俺の隣の席に偶然なって、菜緒は話しかけてきた。

 好きなものの話になって、彼は俺が狂ったように遊んでいたあのゲームを口にした。それを聞いて、無関心だった彼に俺から声をかけた。

「あのゲームって、何が目的なの」

 わかりきっていることだ。あのゲームのエンドは姫を助けることだ。主人公はそれだけを目指して、そして、それを目指すプレイヤーもまた同じように。

「う~ん。そんなこと考えたこともねぇや」

 菜緒はしばらく考える。

「お前が納得すればいいと思う! 目的なんて難しいこと考えなって」

そのあっけらかんとした返答が今の俺には心地よかった。

 それから、俺がRPG好きだと思ったのか、菜緒はいろんなゲームを薦めてきた。

 別に嫌いではなかったので一緒になって遊んだ。それが彼との出会いだった。

 あの自殺があったことも、その原因が俺らにあるのも黙っていた。

「お~い。聞いてた?」

「え、ああ。ごめん。何?」

「だから、主人公の過去が明かされるってやつ」

「え?」

「主人公のことは伏線があるんだよな~。ほら、村に言ったとき恐ろしいやつとか言われてただろ?」

「もし、主人公が最低な奴だとしたら? 理由もなく人を殺すような」

「ん~、そんなことないだろ」

「・・・・・・」

「・・・? そうだな。今は改心してるんだからいいんじゃね?」

 改心・・・。

「今、人助けやってるわけだし、根っからの悪ではないだろ」

 今がよかったらいいのか? あの子を殺した奴らは笑っている。俺だって、こうして生きている。

 菜緒にありがとうと言って、ゲームを買って、明日遊ぶ約束をした。


 それを見たのはいつだったかはっきりは覚えていない。

 何を見たかはよく覚えている。

 何を感じたかはよく覚えている。

 何をしたかはよく覚えている。


「佐々木は友達じゃねぇよ」

その言葉は俺の心を壊すのには十分だった。

 別に悪口とか言われたって、俺はあんなことをしたんだ。受け入れる覚悟はできていた。

 それでも、それは菜緒の声だった。

 学校の昼休み。俺と菜緒はいつも一緒に食べていたが、今日は珍しく他の子と食べると言った。俺も拘束はしたくなかったからお昼は一人で食べた。

 食べ終わったが、菜緒はまだ帰ってこなかった。

 俺は菜緒が誰と食べているのが気になった。

 菜緒は屋上に行ったらしく、珍しいメンバーだったよとクラスメイトから聞いた。

 俺は屋上に急いだ。階段を全速力で駆け上がった。

「なー!」

 菜緒は屋上で他クラスの奴と食べていた。

「いっちゃ・・・」

 菜緒は酷く驚いて、それから、菜緒は俺を無視してたクラスの子に話しかけた。

 ・・・・・・。

 俺はしばらく呆然とした。菜緒は俺を・・・。

 俺は逃げるようにしてその場を去った。

 俺のせいだ。俺が・・・俺が・・・。


 帰り、菜緒を俺は待っていた。

 菜緒は来てくれた。だけど、急いできたのか、肩で息をしている。

 菜緒は落ち着くと、俺をまっすぐ見た。

「昼の。そういうことだから。もう、一緒にも帰れないし、一緒に遊べないから」

 菜緒は、そういって、すぐにどこかへ行ってしまった。

 俺はずっと声が出せなかった。

 謝らなくちゃ。ごめん。ごめん。

 それが口から出されることは無かった。


 一人の帰り道。

 いつもしゃべっていたあいつはいなくなっている。とても、静かで、寂しい道だった。

 風が吹いた。その風は俺の声を呼んでいるように感じた。

「初めまして」

 それは真っ白な髪を持った男性だった。

 その男性の後ろには高くまで続いている階段がある。

「あ・・・え・・・。だ、誰ですか」

「僕はシロという。君には神としての素質がある。だから迎えに来た」

 ものすごく淡々と、まるでそれは当たり前のように男性、シロさんは話した。

「意味が、分からないです」

 シロさんは黙っている。俺が何か質問でもするのだろうか。

「えっと————」

「いいのか? 深瀬菜緒のこと」

「————!」

 菜緒のことを知っているのだろうか。

 男性は俺をただ見つめるだけだった。

「俺は、友達じゃないって」

「なぜそんなことを言ったのか、分かるだろ?」

 その男性は嫌味を言っている様子ではなかった。ただ、純粋に疑問としてぶつけられた。

「・・・、俺には無理です」

 それを見たのはいつだったかはっきりは覚えていない。

 何を見たかはよく覚えている。

 何を感じたかはよく覚えている。

 何をしたかはよく覚えている。

 ある日、菜緒を探していると、人気のない校舎裏から声が聞こえた。

 気になって、俺はこっそりと覗いてみた。

 それは、いじめを行う他クラスの奴と、いじめられている、菜緒、だった。

 菜緒!

 声は出ない。足は動かない。心臓の音がうるさかった。ばれたらどうするんだって。

 他クラスの奴は菜緒を置いて、どこかへ行ってしまった。

 今、出て行って、話しかけるんだ。大丈夫かって。助けられなくてごめんって。

 俺の足は動かない。ただ、その場に立っていることしかできなかった。


 知っていたんだ。菜緒がいじめられていること。

 今日、菜緒があんなことを言ったのは、昼食を一緒に食べていたいじめた奴に俺が目を付けられないため。

 菜緒が俺を遠ざけようとしているのも、分かっていた。

「最低だ! 俺、見捨てた・・・!」

 ゲームの主人公に憧れたんだ。いろんな人を助けるあのヒーローに。

 それは違った。俺は依存していただけだった。助けるといろんな人からお礼を言われた。俺が操作している主人公に。俺は主人公を通して、誰かを助けることに依存した。動いたのも俺。お礼を言われたのも俺。

「俺はただ、ボタンを押しただけだ」

「ゲームのキャラを自分だと思い込むとは、分からないな」

 実際に助けを必要としている人物を見つけた時、俺はどうだったか。

 実際は、俺は見捨てたんだ。

「どうする? 今もおそらく、呼び出されているんだろうな」

「————!」

 そうだ。今日、急いでいた。呼び出されたのか・・・。

「今行けば、間に合うんじゃないか?」

 俺は・・・。

「い、行きたい」

「そうか」

 シロさんは階段を上っていく。

 俺は菜緒の元に急いだ。

 ・・・・・・。

 体は動かなかった。

「・・・? 行かないのか?」

「あ・・・あぁ・・・」

 俺はその場に泣き崩れた。

「おい」

 なんで動かない? なんで泣いている? 馬鹿か。は? なんで。動けよ。俺の足は!

「ダメだ。俺には無理だ! だって、そんな力ないし。俺は助けたい! なーを助けたい! 本心だ。これは俺の本心だ。なのに、足が動かなくて!」

 最低だ。

 俺は、馬鹿みたいにその場でわめいて。言い訳を考えて。

「ごめん。知ってたんだよ。本当はずっと前から・・・! なーが最近元気ないなって。なーが最近一緒にいないなって」

 菜緒がいじめられるところを見たのは一回だけではなかった。校舎裏に行けばいつもいた。

 俺は校舎裏に行っては声もかけず、その場に立ち尽くしていた。

「助けるのは無理だ。もう、俺は、友達じゃない。なー、ごめん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 俺はその場にうずくまって、ずっと菜緒に謝った。

 どこまでも、ずるい奴だなと、自分でもわかっていた。


「上るのか」

「・・・」

 俺は階段を上っていた。

 何も言わず。何も思わず。

 俺は、主人公にはなれない。

 もう、菜緒に合わせる顔がない。

 階段を上って、俺は菜緒から逃げた。

 ・・・菜緒って誰だっけ。


 これは俺の、誰も救えず忘れた最低な話と、逃走劇の話だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ