とある臆病者の記憶
僕には親友とも呼べる大切な人がいた。人見知りな僕の唯一の友人であった。
趣味が合って、家も近くて、小さいころからずっと一緒にいた。
俺にはかけがえのない存在だった。
いつものように二人で帰っていた。
彼は深瀬菜緒。
「いっちゃん。今日は新作ゲームの発売だぜ~? 買いに行こ?」
俺は佐々木一誠。小学校の頃につけたあだ名は高校になっても変わらなかった。
「うん。なーはお金持ってきた?」
「・・・あ」
「なーは昔から変わらないな。出してあげるから、後で返して」
「サンキュー!」
菜緒は俺の手を取りぶんぶん振っている。
「やっぱり、ストーリー楽しみだな~。あと! やっぱり何といっても前作のあの気になる終わり方だよな。今日まで長かったよな」
菜緒はずっと新作ゲームの話をしている。とても楽しそうに。
俺はそれに相槌を打ちながら聞いている。
菜緒とは小学校2年生のころ、好きなゲームが一緒だったという理由でよく遊んだ。それから、中学校、高校と同じところへ行った。喧嘩ももちろんするが、いつの間にか仲直りしていて、元に戻っている。
今、はまっているゲームはよくある王道RPG。最大の特徴は複数人で遊べ、敵を倒したり、冒険をしたり出来る。前作、1が出ていて、ラスボスを倒したはいいものの、新たな敵が現れ、俺たちの戦いはこれからだ的な終わり方をしていた。菜緒はこういうのが燃えるんだよと言っていた。俺にはよくわからなかった。
・・・小学校1年生の時。俺のクラスではいじめがあった。もちろん、本人たちはいじめだと思っていないだろう。当時はまだ1年生だ。クラスには服がいつも同じで、風呂に入っていないのか、体に垢がついていた。今思えば、その子は家で虐待でも受けていたのだろう。それでも、みんなはその子を嫌い、からかうようになっていった。
グループ決めではいつも一人。先生がその子をどこかのグループにいれようとすれば、文句が飛び交う。結局、その子は比較的文句を言わないグループへ入った。そのグループはいじめに加担せず、止めもしない、いわば第三者の立ち位置であった。俺もそこに入っていた。
事件があったのは、春だった。2年生になるという時期の前だった。その子は始業式の日に、屋上から飛び降りてなくなった。それから、しばらく学校は休校となった。
俺は死ぬということを理解するのに時間がかかった。いじめをしていた子は楽しそうに遊んでいる。なんでだろうか。死ぬというのは悲しいことじゃないのか。
俺は、なんでか罪悪感に飲まれてしまった。
加担はしなかった。でも、止めもしなかった。いじめをしたやつと、俺ら。何が違うというのだろう。見捨てたんだ。あの子を。
そんな俺を見て、親は必死に元気づけようとしていた。
遊園地に連れて行ったり、外食したり、とにかくいろんなところに連れていかれた。それでも、罪悪感は消えなかった。
ある日、お父さんがゲームを買ってきた。俺はそういうのに興味はなかったから、家にはなかったが、お父さんがせっかく買ってくれたものだと思い、やってみた。
お父さんが買ってきたのは有名なRPGゲームだった。剣士が捕らわれの姫を助けるというストーリー。俺はそれを黙々とプレイして、気づいた。
ああ、こんな風に俺もなれたら、あの子は助かったんだろうか。
どんな危険な道でも困難な道でも、その主人公は進んでいく。そして、それは俺の手で。
それからだった。罪悪感をぬぐうために、ゲームの中で狂ったように人を助けていった。終わってもリセットをし、何度も、何度も。そうやって行くと、俺でも誰かを助けられるんだという気持ちになり、勇気が出てきた。
学校が再開してから、すぐに転校生が紹介された。
深瀬菜緒。俺の隣の席に偶然なって、菜緒は話しかけてきた。
好きなものの話になって、彼は俺が狂ったように遊んでいたあのゲームを口にした。それを聞いて、無関心だった彼に俺から声をかけた。
「あのゲームって、何が目的なの」
わかりきっていることだ。あのゲームのエンドは姫を助けることだ。主人公はそれだけを目指して、そして、それを目指すプレイヤーもまた同じように。
「う~ん。そんなこと考えたこともねぇや」
菜緒はしばらく考える。
「お前が納得すればいいと思う! 目的なんて難しいこと考えなって」
そのあっけらかんとした返答が今の俺には心地よかった。
それから、俺がRPG好きだと思ったのか、菜緒はいろんなゲームを薦めてきた。
別に嫌いではなかったので一緒になって遊んだ。それが彼との出会いだった。
あの自殺があったことも、その原因が俺らにあるのも黙っていた。
「お~い。聞いてた?」
「え、ああ。ごめん。何?」
「だから、主人公の過去が明かされるってやつ」
「え?」
「主人公のことは伏線があるんだよな~。ほら、村に言ったとき恐ろしいやつとか言われてただろ?」
「もし、主人公が最低な奴だとしたら? 理由もなく人を殺すような」
「ん~、そんなことないだろ」
「・・・・・・」
「・・・? そうだな。今は改心してるんだからいいんじゃね?」
改心・・・。
「今、人助けやってるわけだし、根っからの悪ではないだろ」
今がよかったらいいのか? あの子を殺した奴らは笑っている。俺だって、こうして生きている。
菜緒にありがとうと言って、ゲームを買って、明日遊ぶ約束をした。
それを見たのはいつだったかはっきりは覚えていない。
何を見たかはよく覚えている。
何を感じたかはよく覚えている。
何をしたかはよく覚えている。
「佐々木は友達じゃねぇよ」
その言葉は俺の心を壊すのには十分だった。
別に悪口とか言われたって、俺はあんなことをしたんだ。受け入れる覚悟はできていた。
それでも、それは菜緒の声だった。
学校の昼休み。俺と菜緒はいつも一緒に食べていたが、今日は珍しく他の子と食べると言った。俺も拘束はしたくなかったからお昼は一人で食べた。
食べ終わったが、菜緒はまだ帰ってこなかった。
俺は菜緒が誰と食べているのが気になった。
菜緒は屋上に行ったらしく、珍しいメンバーだったよとクラスメイトから聞いた。
俺は屋上に急いだ。階段を全速力で駆け上がった。
「なー!」
菜緒は屋上で他クラスの奴と食べていた。
「いっちゃ・・・」
菜緒は酷く驚いて、それから、菜緒は俺を無視してたクラスの子に話しかけた。
・・・・・・。
俺はしばらく呆然とした。菜緒は俺を・・・。
俺は逃げるようにしてその場を去った。
俺のせいだ。俺が・・・俺が・・・。
帰り、菜緒を俺は待っていた。
菜緒は来てくれた。だけど、急いできたのか、肩で息をしている。
菜緒は落ち着くと、俺をまっすぐ見た。
「昼の。そういうことだから。もう、一緒にも帰れないし、一緒に遊べないから」
菜緒は、そういって、すぐにどこかへ行ってしまった。
俺はずっと声が出せなかった。
謝らなくちゃ。ごめん。ごめん。
それが口から出されることは無かった。
一人の帰り道。
いつもしゃべっていたあいつはいなくなっている。とても、静かで、寂しい道だった。
風が吹いた。その風は俺の声を呼んでいるように感じた。
「初めまして」
それは真っ白な髪を持った男性だった。
その男性の後ろには高くまで続いている階段がある。
「あ・・・え・・・。だ、誰ですか」
「僕はシロという。君には神としての素質がある。だから迎えに来た」
ものすごく淡々と、まるでそれは当たり前のように男性、シロさんは話した。
「意味が、分からないです」
シロさんは黙っている。俺が何か質問でもするのだろうか。
「えっと————」
「いいのか? 深瀬菜緒のこと」
「————!」
菜緒のことを知っているのだろうか。
男性は俺をただ見つめるだけだった。
「俺は、友達じゃないって」
「なぜそんなことを言ったのか、分かるだろ?」
その男性は嫌味を言っている様子ではなかった。ただ、純粋に疑問としてぶつけられた。
「・・・、俺には無理です」
それを見たのはいつだったかはっきりは覚えていない。
何を見たかはよく覚えている。
何を感じたかはよく覚えている。
何をしたかはよく覚えている。
ある日、菜緒を探していると、人気のない校舎裏から声が聞こえた。
気になって、俺はこっそりと覗いてみた。
それは、いじめを行う他クラスの奴と、いじめられている、菜緒、だった。
菜緒!
声は出ない。足は動かない。心臓の音がうるさかった。ばれたらどうするんだって。
他クラスの奴は菜緒を置いて、どこかへ行ってしまった。
今、出て行って、話しかけるんだ。大丈夫かって。助けられなくてごめんって。
俺の足は動かない。ただ、その場に立っていることしかできなかった。
知っていたんだ。菜緒がいじめられていること。
今日、菜緒があんなことを言ったのは、昼食を一緒に食べていたいじめた奴に俺が目を付けられないため。
菜緒が俺を遠ざけようとしているのも、分かっていた。
「最低だ! 俺、見捨てた・・・!」
ゲームの主人公に憧れたんだ。いろんな人を助けるあのヒーローに。
それは違った。俺は依存していただけだった。助けるといろんな人からお礼を言われた。俺が操作している主人公に。俺は主人公を通して、誰かを助けることに依存した。動いたのも俺。お礼を言われたのも俺。
「俺はただ、ボタンを押しただけだ」
「ゲームのキャラを自分だと思い込むとは、分からないな」
実際に助けを必要としている人物を見つけた時、俺はどうだったか。
実際は、俺は見捨てたんだ。
「どうする? 今もおそらく、呼び出されているんだろうな」
「————!」
そうだ。今日、急いでいた。呼び出されたのか・・・。
「今行けば、間に合うんじゃないか?」
俺は・・・。
「い、行きたい」
「そうか」
シロさんは階段を上っていく。
俺は菜緒の元に急いだ。
・・・・・・。
体は動かなかった。
「・・・? 行かないのか?」
「あ・・・あぁ・・・」
俺はその場に泣き崩れた。
「おい」
なんで動かない? なんで泣いている? 馬鹿か。は? なんで。動けよ。俺の足は!
「ダメだ。俺には無理だ! だって、そんな力ないし。俺は助けたい! なーを助けたい! 本心だ。これは俺の本心だ。なのに、足が動かなくて!」
最低だ。
俺は、馬鹿みたいにその場でわめいて。言い訳を考えて。
「ごめん。知ってたんだよ。本当はずっと前から・・・! なーが最近元気ないなって。なーが最近一緒にいないなって」
菜緒がいじめられるところを見たのは一回だけではなかった。校舎裏に行けばいつもいた。
俺は校舎裏に行っては声もかけず、その場に立ち尽くしていた。
「助けるのは無理だ。もう、俺は、友達じゃない。なー、ごめん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
俺はその場にうずくまって、ずっと菜緒に謝った。
どこまでも、ずるい奴だなと、自分でもわかっていた。
「上るのか」
「・・・」
俺は階段を上っていた。
何も言わず。何も思わず。
俺は、主人公にはなれない。
もう、菜緒に合わせる顔がない。
階段を上って、俺は菜緒から逃げた。
・・・菜緒って誰だっけ。
これは俺の、誰も救えず忘れた最低な話と、逃走劇の話だ。