とあるしっかり者の記憶
自分の信じるものを否定されようが、馬鹿にされようが、私はそれを信じ続けた。
私の信じた道だから。私の信じた人だから。
私の、信じた背中だから。
私の父は組長と呼ばれる人で、白菊組という組をまとめていた。
「白菊さん~? また、久瑠組の奴らっすよ。どうします?」
「ほおっておけ。それよりも、あの件はちゃんと進んでいるんだろうな」
私の家には家族以外の人がいつもいた。部下だと父は言っていた。
「桜ちゃん、どうしたー?」
父の部屋の前で座っていると、部下の人が話しかけてきた。
「何でもない」
私は立ち上がって自室に戻ろうとする。
私ももう高校生だ。父に会えない日が続いて寂しいなんて。
「桜?」
父がドアを開けて、私を見た。
「・・・、顔見れたから、今日はもう寝る」
「悪いな。お休み、桜」
父は申し訳なさそうにドアを閉めた。
畳と木のいい匂い、家族じゃないけど、いろんな人が集まったこの家。私は好きだった。
ある日、父は怖い顔をして出かけて行った。部下の人もついていった。
私は、玄関で膝を抱えて待っていた。
・・・・・・。
お腹が空いた。
気が付けば、もう朝だった。靴は、まだない。
私はそのまま学校をさぼって、玄関で待っていた。
・・・・・・。
「桜・・・?」
父の声が聞こえた。
「お父さん」
もうあたりは暗くなっていた。
父は血まみれの部下を抱えていた。
「その人」
「大丈夫だ」
父は開いている部屋にその人を連れて行った。他の部下の人も、けがをしているようだった。
私は部下の人の治療を手伝った。
「久瑠組ってところと戦ったの?」
「お、桜ちゃんは気にしなくていいんすよ」
部下の人は、私にそういうことをあまり話さない。
私だって、手伝えると思うのに
「お父さん」
心細くなって、一緒に寝ようなんて声をかけようとしたけど、いい年した奴が何を言っているんだろうって思って、やめた。
少し眠れなくて、布団の中で丸まっていた。
・・・何か物音がする。
父だろうか。部下の人だろうか。
その音は、足音で、この部屋の中へ入ってきた。
その音は私の布団の横まで来た。
「死ね」
そのつぶやかれた言葉は、耳を疑うものだった。
私は毛布をその人物へ投げた。
「誰」
知らない人だった。父でも部下の人でもなかった。
何より、手に持っている刀が私の視界に映った。
毛布でひるんだ相手からとっさに刀を奪った。
「クッソ!」
その人はもう一本。今度は小さなナイフをポケットから取り出していた。
「死ねぇ!」
私の手には、刀があった。
————死にたくない!
部下の人が、なかなか部屋から出ない私を呼びに来た。
「桜ちゃん? もう朝だよ?」
父は決して人を殺さなかった。それを私はかっこいいって思った。
「桜ちゃん、入ってもいい?」
母が言った。もう顔も覚えてないけど。人を殺して得られるものは何もないと。
ドアが開いた。
「桜ちゃん?」
部屋の電気がついた。
「————あ、あ、さく、らちゃ・・・。白菊さん! 白菊さん!!」
部屋にあるのは一つの死体と血だらけの人間だ。
私の持っていた刀は相手の太ももに刺さっている。
相手の持っていたナイフは私の心臓に刺さっている。
「その人、久瑠組の人だったのか」
「殺しておけばよかったのに」
「私は人を殺さない父に憧れていたんだ」
「人を殺さないことがいいと信じるのは勝手だが、今回はそのせいで死んだんだぞ?」
「悔いはないよ。未練はあるけど、殺さなかったことに悔いはない」
「そっか」
私は白い髪を持つ青年と話している。シロという、神様らしい。
死んだという自覚はあったから、ここは死後の世界かと聞いたら、曖昧な答えしか返ってこなかった。
「死んだ人の方が、上ってくれるんだよ」
シロは階段を指す。
「まあ、一回死んでいるしな」
私は階段を上り始めた。
「気持ちのいい自己犠牲だった。死にたくないと私は思う。相手も同じ気持ちだろう」
私は少し振り返り、その青年に笑いかける。
「私の父はかっこいいだろう?」
「ああ、そうだな」
その青年は無表情だったけど、笑った気がした。
父はどうしているだろうか。私の死で、悲しんでいるのなら、申し訳ないことをしてしまったな。
これは私の、大切な信じる者の話だ。