第14話「水に守られし流水の洞窟」
一行は酒場のギャランを後にし、町の港へと向かう。
流水の洞窟は船で一刻ほど進めた場所にあるとのことで、アクシオが地元の漁師から事前に船を一艘借りており、それに乗って現地へ赴く。
「そういや、俺たちの紹介がまだだったな。俺は陸徒。こいつが弟の空也だ」
「わたくしはシェリルと申します。そしてこちらがクレスタ」
「あたしは波美よ。よろしくね」
「シェリルと波美か。こんな美しいレディふたりと旅をしているなんて羨ましいぜ」
紹介をされるなり、早速女性陣に絡もうとするアクシオ。それに対して軽蔑の眼差しを突き付けながら波美が反応する。
「お褒めの言葉ありがと。でもあたしは、あんたみたいなチャラい男には興味ないわよ」
「おっと、これまた釣れないねぇ」
酒場で会った時点で、波美に対するアクシオの印象はマイナスであったが、このやり取りで更に評価を下げられることとなる。シェリルは特に気に留めておらず、ふたりの様子を苦笑しながら眺めていた。
そんな会話をしている内に港へと辿り着いた。アクシオが借りた船は定員20名ほどの小型の漁船だった。相当に年期が入っており、見るからに古いが、造りはしっかりとしていて洞窟までの巡航は問題なくこなせるはずだ。
全員が乗り込み、船の操舵はアクシオが担当することになった。洞窟までは海岸沿いに北東の方向へ進めば良い為、特に航海術は必要としない。
船を駆り出し、一行が向かうは流水の洞窟。港町ラフェスタは大陸の南に位置し、そこから先は一面の海だ。北東へは岸壁が弧を描くようにして広がり、先端は岬となっている。その岬の手前で海面から口を開けているのが流水の洞窟の入り口だ。
予定通り、一刻足らずで目的地へと到着する。岸壁付近につき比較的波は荒く、海面の上下によって入り口が狭まったり、広がったりと繰り返す。それでも船が入れるほどの広さは十分に確保されているため、ゆっくりと内部へ侵入していく。
洞窟内に入るとすぐ、視界全体に幻想的な空間が展開された。壁一面が蒼穹色に輝きを放ち、激しかった波の音も途端に消え、静寂な青の世界が姿を現す。不思議なことに洞窟内の壁に、薄い水の膜が流れていて、まるで洞窟全体が水に包まれ守られているように感じた。
「うわぁー、すごい綺麗!」
真っ先に空也が目を輝かせて、美しい風景に心奪われている。
「正直さっきまで気分が悪かったんだけど、あまりにも綺麗過ぎて治まっちゃったわ」
名前に似合わず、波の動きに揺られる船の上にいたせいで船酔いを起こしていた波美も、それを吹き飛ばして美しい景色に釘付けとなっている。
「ホントにモンスターなんか出てくるのかってくらい穏やかだな」
「けど、油断は禁物だぜ。こんだけ広い洞窟じゃ、水中からいつ現われてもおかしくねぇ」
どこにモンスターが潜んでいるかわからない。ましてやそれが伝説の海獣ログノスキュラとあれば、この時のアクシオもシリアスな表情で周囲を警戒しながら舵を取る。
水の回廊とも言える道をしばらく進むと、折り返し地点と思しき広めの空間に出た。
「観光で通れるのはここまでだ。ただ、あそこを見てみろ」
アクシオが指した先には、鎖で繋がれて立入禁止と書かれた板が吊るされている場所があった。その奥は薄暗くて見え難いが、更に空洞が続いているようだ。
「奴がまだ出てこないということは、この先にいる可能性が高い。もしかしたらなにかお宝があるかもしれないしな。準備はいいか? 行くぞ」
アクシオの言葉に他のメンバーも頷いて同意する。
奥の空洞は暗い上に狭く、彼らの乗る船でギリギリ通れる程度だった。完全な無風の空間であるため、操舵をクレスタと交代し、アクシオと陸徒がオールを使って漕ぎ進むことに。
光もほとんど届かない暗闇の空間であるため、進行方向が見え難く、壁に衝突して船を損傷させないために、シェリルが船首の位置から法術の力で杖の先端を光らせる。これが照明の役割を果たして前方が薄らと照らされている。
ゆっくりと慎重に船を漕ぐ。何箇所か入り組んでいる構造なのか、行き止まりに当たっては引き返す動きを数回繰り返し、ようやく広い場所へと出てきた。
そこはドーム状に作られた場所で、大きなプールと称するが適切であろうが、一般的に見られるそれとは比較にもならないほどに巨大な空間となっていた。頭上を見上げると、100メートル以上はあろうその先に随所に吹き抜けのような穴が開いており、そこから陽の光が差し込んでドーム内を適度に照らしている。そのおかげか、思いのほか視界は良好であった。
「どうやらここが洞窟の最深部のようですな。周囲になにかないか探してみましょう」
クレスタの言葉に各人が辺りを見渡す中、オールを漕いでいた陸徒とアクシオがあるものに気づく。
「陸徒、今の見たか?」
「あぁ。なにかいるな」
神妙な顔つきでふたりが目を合わせながら言う。彼らの位置の視界に映る青い水面が、一瞬黒く染まったのだ。明らかに巨大な動くものの影であるのがわかる。
するとそこへ、突然アクシオが叫んだ。
「来るぞ! みんな船に掴まるんだっ!」
その言葉にいち早く事態を察知したシェリルが、すかさず法術を唱える。
―其は万物を遮断する絶衝の壁―
「魔防壁!」
術が発動され、白く輝く膜が船ごと全体を包み込む。その瞬間、水中からなにかが勢い良く噴き出し、強烈な波と衝撃が彼らを襲う。
アクシオの野生的とも言える勘が働き、早い段階で警告が発せられたおかげでシェリルの法術が間に合った。全員無事に済み、船にも被害はないようだ。立てられた荒波に揺れる船に掴まりながら、一行は水中より現われたなにかを目にして絶句する。
亀の甲羅部分に似た巨大な体から顔を突き出し、体表の殆どを海竜の鱗に似たもので覆い、左右にあるトゲの生えたヒレをゆらつかせていた。そして尾部の辺りから生やした数本の触手を水面から出して、バタバタと叩いては水しぶきを上げながらこちらへ威嚇をしている。体長は水面から出している部分だけでも10メートル以上はある。そこから目測する個体のサイズは、例えるならば2階建ての建物がそこに鎮座しているかのようだ。
「おいでなすったな」
「あれが、ログノスキュラ……」
「これは強敵ですな」
アクシオ、シェリル、クレスタの3人が表情に緊張感を走らせながら言葉を発する。このような状況であるにも拘らず、日常的にモンスターと遭遇、戦闘を経験しているからこそ、多少の落ち着きを見せている3人であったが、陸徒、波美、空也は余りにも現実さを欠いた生物の登場に、心が恐怖で支配されようとしていた。
「くっ……だ、駄目だ。体の震えが止まらねぇ」
「あたしも。いくらなんでもあんなのと戦おうなんて無茶よ」
「…………」
空也に至っては最早喋る余裕すらなくしている。
そんな中、アクシオを筆頭にこの世界の住人は、各自戦闘態勢を取り、目の前に立ちはだかる巨大なモンスターを迎え撃つつもりのようだ。
「皆さん、恐れてはなりませぬぞ。ここでログノスキュラを倒さなければ、誰かの命が危険に晒される。それに、我々がここから脱出することもままなりません」
クレスタは黄金の杖を構え、陸徒たちに背を向けてログノスキュラから目を離さぬよう凝視しながらも、背中から彼らにしっかりと語り掛ける。
「陸徒、お前のそのでかい剣はただの飾りもんかい?」
アクシオはそう言いながら、布に包まれた長い得物を取り出すと、それを捲って中身の正体を晒す。
出してきたのは玉鋼色に光沢を放つ1本の槍だった。先端には先の尖った鋭い刃、長い柄の持ち手の部分には鎖が巻きつけられてある。
「陸徒さん、波美さん、空也さん。ログノスキュラは伝説の海獣と呼ばれるに相応しいほど、その強さは未知数です。わたくしもあのようなモンスターとは戦ったことがありません」
シェリルは一旦言葉を止めてから、先ほどまで所持していた褐色の杖から、腰に装着していた弓に持ち換えて、精悍な顔つきで陸徒たちの方を見てから話を再開する。
「ですから、ここは陸徒さんたちの力が必要です。全員で力を合わせれば勝てます。大丈夫です、皆さんはわたくしがしっかり援護し、守ります!」
3人の言葉に、陸徒たちの心が大きく動き始める。特に最後のシェリルの力強い説得とその表情は、自然と不安な気持ちを拭い去り、体の奥底から勇気が沸き上がってくるような思いを感じさせた。
「すまねぇ。俺としたことがちょいと萎縮しちまった」
「うん、マイナス思考はあたしに似合わないわ!」
「ぼ、僕だって、この魔術があるんだ。やってやる!」
「へへっ、その意気だぜ」
3人の立ち上がりにアクシオが親指を立てながら笑みを見せる。
「さ、あまり時間の余裕がないようですから、手短に作戦の説明をします」
そう言葉を発すると、クレスタはシェリルが装備を弓へ持ち換えたため、解除されたバリアの術を今度は自身が唱えて発動させる。これはシェリル本人も弓で援護する役回りになることを予め理解していたからだ。
本作戦は、アタッカーである陸徒、波美、アクシオによる近接戦闘をメインとし、シェリルが弓で援護。そして空也は魔術での牽制を担当する。クレスタは船を破壊されないように、常にバリアを張りながら、その状況に応じた戦法を指示する、言わば司令塔を担当することに。
但しここは水の上であるとはいえ、泳いで戦うわけにはいかない。そこで活用されるのが、法術による属性防御術だ。以前ブラッディオーガ戦にて、シェリルが陸徒に掛けた火の防御術と同様、特定の属性に対しての抵抗力を高めるものだが、今回は戦闘環境を作り上げることが大きな目的だ。
―其は清流を纏いし朝露の衣―
「水絶膜!」
シェリルの放った術によって、アタッカー3人の体が澄んだ空色の膜に包まれる。そしてアクシオが我先にと、船の手摺を飛び越えて水面へ身を投じる。
「うっほ! マジで水の上で立ってられるぞ!」
その術の効果は彼の言葉のとおり、水への体の干渉を無力化し、水上でも地表のように立ったり走り回ることを可能としている。これによって、ログノスキュラと水の上での近接戦闘ができるのだ。
遂に、海獣ログノスキュラとの戦いの火蓋が切られることとなる。果たして、伝説とされる巨大モンスターの強さはどれほどのものなのか。陸徒たちはこの戦いに勝利することができるのだろうか。




