第12話「これが魔術だ! 空也の盗賊退治」
「おい空也、なに無茶なことしようとしてんだ!?」
アルファードを出発し、南東にある港町ラフェスタへ向かう途中、街道を外れた人気のない平原にて突如と現われた敵。それはモンスターではなく人間だった。
その正体は、この区域で悪事を働く盗賊。彼らは早速金品を差し出すよう脅しに掛かる。そんな中、空也が自分を信用してくれない陸徒に魔術を見せつけるいい機会だと、徐に魔術書を開いて戦闘態勢に入る。
弟の思惑にいち早く気づいた陸徒は、当然止めさせようと声を掛けるが、本人はあまり聞き入れていない様子だ。
敵意を表す空也に感づいたか、盗賊たちが好戦的な態度を取る。
「おっと、そこのガキは俺たちとやりあうつもりらしいぜ」
「だが見たところ、奴は魔術士のようだな」
「だったら呪文を唱える隙を与えなければいいこと!」
言葉を発した3人目の盗賊が、言い終えると同時に小型のナイフを空也目掛けて投げつけてきた。
「空也くん、危ない!」
咄嗟に波美が叫ぶと、空也はそれに驚いて身を伏せる。そのおかげか、又は盗賊側が元々当てる気がなく牽制のつもりだったのかは定かではないが、投げられたナイフは明後日の方向へと飛んでいった。
しかし、空也本人は波美に叫ばれてやっと気づくほどに反射神経もなく、運動能力も低く身軽な動きも取れない、よって投げナイフ攻撃を自身のみで回避するのは不可能に近い。
それを危惧した陸徒が、自ら戦おうと剣の柄に手を当てるが、そこへ意外にもクレスタが杖を陸徒の前に向けて制止させると、首を横に振って合図してきた。
「クレスタの爺さん? どういうことだ?」
「いえ、一先ずここは空也殿に任せてみましょう」
なにを言うのかと思いきや、師としての厳しさかわからないが、空也が盗賊と戦うことを容認するような発言をしてきた。
とはいえ、これは訓練でも演習でもない命の危険が伴う実戦。万が一に備えてシェリルは弓に矢を添えた状態にし、クレスタも杖を構えていつでも術を唱えられるようにして、空也の動きをじっと見据えている。
こうして、空也対盗賊の戦闘が開始された。盗賊側も相手が最も弱そうな空也であるからか、余裕の様子を見せ、戦う者をひとりにして他の6人はなにをすることでもなく傍観に徹する。
「よし、ここは集中して呪文を——」
空也は独りそう呟いて再び魔術書を開くと、目を閉じて呪文の詠唱に集中し始める。ところが盗賊側も術の発動を阻むべく、またもやナイフを投げて牽制してきた。
「バカッ! 戦いの最中に目を閉じるな!」
陸徒の警告に空也は慌てて呪文の詠唱を中断させるが、盗賊の投げたナイフは空也に当たるコースを飛行していた。このままでは危ないと思った矢先、ある所から光り輝くなにかが飛んできて、ナイフに当たっては高い金属音を発する。
それはシェリルの手によるもので、飛行するナイフをそのまま一発の矢で弾くという神業により、空也の危機を救った。陸徒と共闘したブラッディオーガ戦での事や、王の言葉の通り、シェリルの弓の能力は非の打ち所がないほどに抜きんでている。
だがこれによって、傍観していた他の盗賊たちも、シェリルが妨害したとして攻撃を仕掛けてきた。
「てめぇ、邪魔するならこっちも容赦しねぇぞ!」
声を上げながらひとりの盗賊がシェリルに向かって走りだす。するとそこへ、すかさず波美が足を掛けて転倒させる。顔面から無様に地面へダイブした盗賊は、すぐさま立ち上がって物凄い形相で波美に斬り掛かってきた。
それを物ともせず軽々と手で弾き、その動作のまま肘打ちをお見舞いする。盗賊は一撃で気を失ってしまった。
「こいつ、やりやがったな!」
仲間がひとり倒れ、今度はふたりが殺気立たせて同時に波美に向かって短剣で斬りつけてくる。だが彼女はそれも平然とした顔で回避し、片方の懐に飛び込んで腹部に重いパンチを与える。そして流れるように身を翻して、もう片方に回し蹴りを浴びせた。ふたり共に口から泡を吹き出して気絶する。
見事に相手を返り討ちにした波美は、両手を叩いて埃を落とす動作をしながら、胸を張ってしたり顔を見せてくる。
「波美の奴、やるじゃねぇか。俺も負けてらんねぇ!」
彼女のアクションに感化されたのか、陸徒も剣を装備して構えると、残りの3人に向かって攻撃を仕掛ける。
まずは最も手前にいたひとりに対し、地を蹴って飛び込むように、身を捻りながら剣を横薙ぎにする。だが盗賊はそれを体を反るようにして寸でのところで回避した。
見るからに重量級である巨大な大剣でありながらも、その外観からは想像もつかないほどに素早い陸徒の攻撃であったが、波美の格闘のように至近距離によるものではなかったために避けられてしまった。
ところが陸徒のダイナミックな攻撃を見て恐れをなしたのか、他のふたりが顔から血の気を引かせて戦闘を離脱し、林の中へ逃げていってしまった。
「おいお前ら! 頭の俺を置いて逃げる気かっ!?」
叫びも虚しく、すでにふたりの姿は視界から消えていた。盗賊だけに逃げ足は達者のようだ。
逃げた仲間を呼び止めようとした者はこのグループのリーダー。よって、盗賊としての身体能力も他の面々と比べて高く、陸徒の攻撃も回避することができたのだろう。子分であったふたりは、自分ではあの攻撃は避けられないと判断し、己が可愛くて逃げ出したと推測できる。
「ちきしょう! こうなったらあのガキだけでも殺っちまうぞ! 奴の持っているもんは魔術書だ。売れば結構な金になる」
リーダーの男が、始めに空也へ攻撃を仕掛けた者に命令をしてふたり掛かりで彼を狙う。それを食い止めようと、陸徒や波美が体勢を立て直すが、さすがに盗みを生業としているだけあって、獲物を狙って動く速度は尋常ではなく、彼らは空也をターゲットして、今まさに攻撃を繰り出そうとしていた。
―凍結せし極寒の衣よ、大地を這いで氷波となれ―
「凍晶波!」
突然魔術が発動された。それは空也によるものではなく、クレスタが発したものだった。彼は詠唱時間を感じさせないほどに、疾風迅雷の如く瞬時に呪文を唱えたのだ。
放たれた術によって、急激に周囲の気温が下がりだしたかと思うと、陸徒たちの目の前の大地が一瞬にして氷のフィールドと化した。その上にいた盗賊共の足が凍り付いて、身動きが取れなくなる。
「空也殿、今ですぞ!」
クレスタの合図に反応し、空也は我に返ったかのように一心不乱に魔術書のページをペラペラと捲りだすと、目を閉じて呪文の詠唱に集中する。すると次第に彼の持つ魔術書が淡い光を放ち、周りの空気が一変していくのがわかった。
「空也、あいつ本当に魔術を使うのか……?」
そう言いながら陸徒は、これまでの疑念の霧を晴らしていくような思いで、空也の様子を凝視していた。
「ま、待て! わかった、降参する。だからこの場は見逃してくれ!」
「バーカ、もうおせーよ」
命の危機を感じ、慌てて盗賊たちは降伏を訴えるも時すでに遅く、空也の術は完成していた。陸徒のものはそれがわかっていての台詞だった。
―満ち猛し燃ゆる炎よ、空を裂いて彼を貫け―
「火炎弾!」
空也は右手を大きく開いて前へ突き出し、呪文の詠唱を終えて術の名を叫ぶ。刹那、掌より生み出された光が弾けて、直径1メートルもの巨大な火の球が出現する。それをもう一呼吸入れて前へ押し出すと、物凄い速度で盗賊たちのもとへ突っ込んでいった。
氷のフィールドによって足の自由を奪われたふたりは、避けるすべなく火の球の直撃を受けてしまった。
「おい! あんなもん食らったら死んでしまうぞ!」
「いえ、心配はいりません」
炎に包まれる盗賊達を見て慌てる陸徒に対し、クレスタが冷静に言葉を返す。
それを意味する光景が彼の視線の先にあった。燃え盛る炎によって、盗賊たちの周囲の氷が溶け出し、水溜りへと変わる。そこへ倒れ込むや否や、彼らを包んでいた炎が忽ちに消火される。
ふたりの息はあった。巨大な炎の球が直撃した衝撃と、一瞬身を覆った高熱による火傷で気を失っているようだ。
波美の攻撃で3人倒し、2人は逃走。そして最後に空也が魔術で残りの2人を退治したことで、この場の戦闘が終了する。
初めて実戦で魔術を使い、それが成果を出したことによる興奮と、恐怖や緊張が生み出すアドレナリンが空也の全身を躍動させる。まるで全速力で走った時のように息を荒げながらも、術を放った右手と魔術書を見て勝利の実感を噛み締める空也。彼の元へ皆が集まってくる。
「凄いわ空也くん! 魔術で盗賊を倒したわよ!」
「さすがです、空也さん!」
「空也、お前……」
拍手をしながら空也を賞賛する女性陣。兄の陸徒は、弟の成し遂げたことにただ驚いていた。
「どう? 僕が魔術を使えるってこと、信じてくれた?」
「信じるもなにも、あんなの見せられたらそう思うしかないだろ」
とは言いながらも、心はすっかり弟を認めている兄の姿だった。
「それにしても、盗賊が火だるまになった時はちょっと焦ったわ。殺しちゃうのかと思った」
「そこはちゃんと考えてたよ。僕だってさすがに人殺しはしたくないもん」
話によれば、空也は意図してあの術を使っていたようだ。ここで挙がってきたものが"地形属性"という言葉。これは以前、クレスタから教わっていた内容だ。
始めにクレスタの放った氷の術によって、草原一面がスケートリンクのような氷のフィールドになった。これは、盗賊の足を凍り付かせて動けなくすることが大きな目的であったが、もうひとつ注目すべきは、その場一帯が氷の地形属性に変化したということだ。
そこで空也は、氷と相反する属性の火の術を使う。相性の悪い属性同士では、その術の威力や効果が損なわれてしまう点は説明済みだ。つまり、通常の場で火の属性術を放てば、対象を激しく燃焼させる。ところが地形属性が氷であったことが効果として働き、火の属性術の威力を低下させた。
結果、盗賊の周囲にあった氷が溶け出し、水溜りとなったことで消火させて、盗賊を焼死させずに済んだのだ。
「まさかそれを知った上で、意図して火の術を使ったとは……」
クレスタも、空也の取った攻撃法に感嘆を表した顔をして驚きを見せている。それはクレスタだけではなく、陸徒も同じであった。
空也が魔術を使ったことに加え、更には地形属性を利用した、敵に対する安全面を考慮した戦い方を、あの最中で実演していた。予想を遥かに上回る弟の魔術に対する知識と応用力の高さに、この時の陸徒はただ呆然とし、魔術士となった空也の姿を見つめていた。




