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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第10章✡

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⑩籠目の砦〈4〉

 シャトルーズ魔術専門学院は、帝都ヘリオトロープにある。その広い敷地から、国がこの学院に対する重要性を認めていることがわかる。優秀な人材を育成することが国にとっても有益なのだ。


 ただ、ノギのように魔力を持たない人間には無縁な場所である。近寄ったことすらない。

 その美しく整えられたキャンパスの門前でぽかんと口を開けていた。


 陽光を受け、白く艶やかに光る建物の数々。色とりどりのステンドグラス。

 芝の敷き詰められた中庭は、季節に関係なく快適に整えられているようだった。その上で、熱く討論している学生たち。行き交う多くの学生も、本を手にしていたり、何かをつぶやきながら歩いていたりする。

 彼らの服装はさまざまだが、皆が丈の短いケープを羽織っている。そのケープは何色かにわかれていて、それが何かの区別となっているのだろう。


 とりあえず入ろうと思うのだが、嫌な予感がした。もしかすると、ここへ入るためにはなんらかの手続きや資格がいるのではないだろうかと気づいてしまったのだ。


 多分、そうなのだと思う。

 ノギはその場でしばらく思案していた。数人の生徒が、そんなノギを物珍しそうに観察している。学生だけあって、好奇心が強いのだろう。

 一瞬、蹴散らしてやろうかと思ったが、それは得策ではない。ここは愛想を振り撒いてハトリのことを訊ねるべきだ。そうした結論に達すると、ノギは下を向いて一度だけチッと舌打ちした。面倒くさい。


 けれど、顔を上げた次の瞬間には笑顔を貼りつけていた。明らかに作り笑いだが、いつもの仏頂面よりはいくらかマシだろう。

 女生徒の数名が興味を示しているようだった。彼女たちがこちら側までやってくるのを、ノギにしては根気よく待っていた。ニコニコと、慣れない笑顔で。


 そんな時、聞き覚えのある声がした。


「あれ? 君は確か――」


 ぱさぱさの癖毛に、黒縁めがね。それは、ハトリのクラスメイトとやらだった。名前は――エド。

 門から出て近寄ってきたエドに、ノギは笑顔を振り撒いていた。その友好的な態度で油断したエドは、あっさりとノギに近づく。


「ノギ、だったね? どうしてこんなところに?」


 エドが手の届くところまでやってきた途端、ノギの笑顔が歪んだ。素早く手を伸ばし、エドのシャツの胸倉をねじる。


「おい、訊きたいことがある」

「こ、これが人にものを訊ねる態度かい?」

「細かいこと言うな。俺に恩があるだろ」

「あ、あるような、ないような……」

「なんだと?」


 ガラの悪いノギにエドは観念したのか、嘆息するばかりだった。


「……で、何を訊きたいんだい? というか、ハトリ君は?」


 そのひと言に、ノギは締め上げる手を緩めた。


「ハトリに会ってないのか?」

「え?」

「あいつ、復学するって言ったのに」


 呆然とつぶやく。エドは困惑しつつも首を傾けた。


「まだ、通学してないよ。あれから一度も」

「一度も……」


 家にもいない。学院にもいない。

 なら、どこにいるのか。

 まるで見当がつかない。目の前が薄ぼんやりとかすんだ気がした。


 これでは失踪だ。

 何故。どうして。何があった。

 愕然としたノギに、門の中から鋭い声が飛んだ。


「その手を放しなさい!」


 中年の男の声だ。ノギは緩慢にそちらに目を向ける。

 灰色の髪をした痩せぎすの男だった。神経質そうな面持ちに片眼鏡モノクルを装着している。ノギと繋がっているエドがぼそりとその名を呼ぶ。


「ムロイ先生……」


 先生。つまり、教える側の人間。

 なるほど、とノギは思った。だからこんなに偉そうなのかと。

 ムロイはきつくノギを睨みつける。


「うちの生徒に乱暴な真似はやめてもらおう」


 生徒たちの目には、エドがガラの悪い少年に絡まれているようにしか見えなかったのだろう。だから、教員を呼びに行ったのだ。エドの方が慌ててしまった。


「あ、いえ、先生、彼は僕の知り合いなんです。気にされないでください」

「知り合い?」


 ムロイはノギを上から下まで観察した。それは胡散臭そうに。


「……君は優秀な生徒なのだから、友人は選びたまえ」


 カチンと来るひと言である。ノギの目がスッと細められたので、エドはさらに慌てた。


「あ、いや、彼はこう見えて優秀な触媒屋で……ハトリ君もお世話になってましたし……」


 その瞬間、ムロイの目が微かに見開かれた。


「ハトリ君が?」

「ええ。そうだ、先生、ハトリ君が復学するために訪ねてきませんでしたか?」


 エドがそう問うと、ムロイはため息を零した。そんな仕草は、神経質そうなムロイがすると不愉快でしかない。


「またハトリ君か」

「え?」

「先ほども、彼女のことを散々訊ねられたところだ」

「誰にだよ?」


 とっさにノギが言った言葉は、無視された。ムロイは生徒ではないノギのことなど気にも留めない。人間扱いされていない気がする。嫌なやつだと心底思った。

 けれどその時、生徒たちの視線を一身に受けながらこちらに歩み寄ってくる人物のせいで、ムロイの存在が霞んだ。


「げ」


 その堂々たる体躯は、いつも少年皇帝のそばに控えているはずが――。

 キリュウの影だという認識しかなかったけれど、キリュウがいないだけで圧倒的な存在感を放っている。誰もが、その風格に振り返った。

 帝国三宰相の一人、ヤナギである。


「何を騒いでいるのかと思えば、お前か、ノギ」


 なんでこんなところでキリュウのいぬに会わなければいけないのか、とノギは舌打ちした。

 生徒たちの目には、エドがガラの悪い少年に絡まれているようにしか見えなかったのだろう。

 ――あれ? 事実そうですよね(笑)

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