⑩籠目の砦〈3〉
季節は秋の終わり。伽羅の月。
枯葉が落ちて木々は寂しく枝を残すのみ。けれど、空の青さは格別だった。
そうして、すっかりと風が冷たくなった、そんな朝。
七宝の森の片隅の一軒家で、ユラは食卓についたノギに向かってつぶやいた。
「ノギってわかりやすいわよね」
「へ?」
ノギはきょとんとして首をかしげた。
「気になるなら、会いに行けばいいのに」
「…………」
ユラに指摘され、ノギは正直なところ驚いた。
数日間で戻ると思っていたハトリは、ひと月経った今もまだ戻らない。だから、気になるのなら会いに行けとユラは言うのだ。
「気が変わったのかもな。別に、俺は……」
準備に思いのほか手間取っているのか、やっぱりここに戻ることを止めたのか。それはわからない。
会いに行ったら、あと少しで戻るところだったのに、どうしたの? とあっさり言われてしまうかもしれない。そんなことになったら、あまりに待ち望んでいたかのようで、どう返していいのかわからない。
だから、会いには行かなかった。意地になった。
そのうち――と思いながら、ひと月が経過してしまったというのに。
言い訳めいたことを口にするノギに、ユラは少し目を細めた。
「別に? 別になぁに? こんなに毎日ハトリちゃんの好きなものばっかり作って待ってるのに、気にしてないとか言うつもり?」
「うぇ?」
「朝から甘いの嫌いなくせに」
無意識だった。
けれど、言われてみればそうだ、とノギは甘い香りの漂う食卓で焦った。
「いや、あの、メイプの木の蜜が余ってたし……早く消費しないと痛むから……」
言い訳も、段々と尻すぼみになるから情けない。
ユラはたっぷりと蜜のかかったパンを頬張る。ユラも甘いものは好きだから、食事に不満があるわけではないはずだけれど。
「ノギの料理は口とは違って正直よね」
「ぐ……」
言葉に詰まるノギに、ユラは嘆息した。そして、つぶやく。
「会いに行こうよ」
行きたいというひと言が言えない。しょんぼりとしたノギに、ユラは続ける。
「私が会いたい」
「え?」
「私がハトリちゃんに会いたい」
ユラが言うなら。ノギが言ったのではない。ユラがハトリに会いたいと言うから。
ハトリにどうしたのと問われても、そう言えばいい。
フッとノギの心は軽くなった。我ながら単純だ。
「ユ、ユラがそう言うなら、行こうか」
うん、とユラは優しくうなずいた。
☆ ★ ☆
ハトリの家は帝都ヘリオトロープと港町ウィスタリアの中間にある村だという。小さな村なのだが、名前をモーブ村といった。のどかな農村である。
ノギとユラは翼石を使用し、モーブ村の使用ポートまで一気に飛んだ。
ただ、飛んできたのはいいけれど、この村の中のどれがハトリの家だかわからない。誰かに訊ねるしかないのだが、人間よりも家畜の数の方が多いのではないかと思われるような村だった。獣臭い。
鶏、ヤギ、牛、犬、と来て、最後にようやく人間に出会えた。
くわを持ったかなり高齢の老婆だが、人間なのだからこの際文句は言わない。ノギが訊ねるよりも先に、ユラが前に出た。畑の中へ踏み入るのを遠慮し、その縁から声を張り上げる。
「すみません、ちょっとお訊ねしたいのですが」
「んん?」
老婆は緩慢に首を向けた。耳が遠いのと、見慣れない二人組に警戒しているせいだ。
ユラはそれでも丁寧に話しかける。
「私たち、ハトリちゃんの友達なんです。ここまで訪ねてきたんですけど、おうちはどの辺りでしょうか?」
上品なユラに、老婆は警戒を解いてくれたようだ。ノギが訊ねなくてよかったのかもしれない。
「ああ、ハトリの家はもっとずっと奥だよ。小さな小屋さ。けど、このところ家にはいないような気がするよ。あの子はお偉い学徒さんだからね。学校に泊り込んで勉強してるんじゃないかね? 長いこといなかったしねぇ」
長いこといなかったのは、ノギの家にいたからである。学校に泊り込んでいると思われていたようだ。
ユラは首をかしげた。
「このところは家にいない? ここひと月もですか?」
「うん。一度戻ったんだけど、また出ていったみたいだね」
「……そうですか。ありがとうございます」
深々とお辞儀をするユラに、ノギも一応続いて頭を下げておいた。それから二人は老婆の指した方角へ向けて歩く。念のために確認だけするつもりだった。
「いないって、行き先は学院くらいしか思い当たらないけど、学院って泊り込むようなものなのか?」
「さあ? 私もよく知らないけど。とりあえず、家に行ってみましょう」
ノギはなんとなく胸騒ぎを覚え始めていた。それをまだ気のせいだと思いたがっていた。
どくどくと脈打つ胸を強く押さえる。
「ここ?」
たどり着いた小屋は、本当に小さかった。馬小屋だってもっと広い。
ボロボロだ。雨漏りがしそうだ。風が吹いたら飛んでいっても驚けない。
「……ボロっ」
正直に言ってしまったノギを目で叱りながら、ユラは荒い木目の扉をノックする。
「ハトリちゃん?」
やはり、返事はない。人の気配もしない。本当に留守のようだ。
「……学院に行くしかないのか」
けれど、学院は大勢の生徒が通う場所。そんなところにユラを連れていきたくない。誰かがユラの存在に興味を持ってしまうかもしれないのだから。
そんな危険は冒すべきではない。ただ、ハトリのことはどうしようもなく気になる。
ユラはノギの心情を読み取り、苦笑した。
「私、ここで待たせてもらおうかな。ノギは学院の様子を見てきて」
「ん、ああ。でも、鍵かかって――」
「ないよ」
「ないのか!」
思わず大声を出してしまった。仮にも若い娘のくせに、どうしてこうも無用心なんだ、とノギはぼやきたくなった。多分、本人は、盗られるものなんてないし、とか言うんだろう。
そんなハトリだから、無性に心配は募った。
「ユラ、翼石を念のためにひとつ渡しとく。すぐ戻るからな」
「うん」
そうして、ノギは一時的にユラと別行動を取ることにした。
面倒くさい子……。




