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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第10章✡

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⑩籠目の砦〈2〉

 喜ぶ顔が見たいから。

 そんな理由で、ノギはハトリに触媒である水龍の鱗の欠片をあげた。けれど、これが結果として裏目に出てしまうのだった。



「あたし、学院に復学しようと思うの」


 翌日の朝食の席で、ハトリはノギとユラにそう切り出した。

 ハトリはもともと、卒業試験に必要な触媒を求めてこの家に来た。目的はそれであり、入手した以上はこの家に留まる理由がないのである。

 そのことにノギが気づいていなかったというのが滑稽な話なのだが。


「…………」


 無言のまま、ノギは動揺を隠すようにパンをかじった。その無言の理由が、ハトリには伝わらない。

 機嫌の悪そうなノギに困惑顔である。

 ユラはそんな双方を見比べる。ユラも体調を崩していたものの、すでに立ち直った。


「学院って、帝都にあるのよね?」

「うん」

「じゃあ、ハトリちゃん自分のおうちから通うの?」


 ハトリの家は、帝都ヘリオトロープと港町ウィスタリアの中間の村だという。


「う、うん」


 うなずくハトリは、どこか寂しそうに見えた。それはノギの願望だろうか。


「ちゃんと卒業しないといけないから……」


 魔術師として高い魔力を持つハトリだが、しっかりとした実績を手に入れたいのだという。学院を首席で卒業すれば、よりよい役職に就くことができる。それを目指しているのだ。

 将来、魔術師として大成することが彼女の望みなのだから。


「ノギのご飯、もっと食べていたかったけど……」


 そんなことを言った。

 夢があるのなら、邪魔をしてはいけない。そうは思うけれど、笑って見送ってやれそうもない。特別だと自覚した途端にこれだ。

 ノギは頭の中がぐるぐるとかき回されたような心境だった。

 そんなノギの様子を案じつつ、ユラは言った。


「ねえ、ハトリちゃん。ここから学院に通わない?」

「え?」


 ハトリはきょとんとした面持ちになる。ユラは優しく笑っていた。


「ちょっと遠いけど、翼石ウィングラピスがあれば大丈夫でしょ?」

「でも、そんな高いの買えないよ」


 距離や使用回数の多い翼石ウィングラピスは、高価なものである。才能はあれど、貧乏なハトリには手が出ない。


「私とノギからプレゼントするよ。水龍の逆鱗のおかげで今回は少しゆとりもあるから」

「ええ!」


 大声を出すと、ハトリはちらりとノギを見た。ケチなノギがそんなものを買ってくれるはずがない、といった目である。癪だけれど、怒る気にはなれなかった。


「仕方ないな」


 渋々といったふうにつぶやく。ハトリはまだ、疑うような目をしていた。


「……ほんとに?」

「嘘ついてどうすんだよ?」


 すると、ユラがクスクスと声に出して笑った。


「だって、ハトリちゃんがいないと寂しいんだもの。私たちがいてほしいって思うんだから、遠慮しないでね」


 ノギの言うことはいちいち疑うくせに、ユラの言うことに対しては素直なものだ。ハトリはパッと顔を輝かせた。


「ありがとう! あたしもどうせ家に帰ったって一人だから、ここがいい!」


 本当は、そのひと言がどうしようもなく嬉しかったのに、口から出るのは皮肉ばかりだ。


「その代わり、食事の支度とか手伝えよ。タダ飯食らいなんて冗談じゃないからな」


 それでも、ハトリは頬を染めて微笑んでいた。


「うん! よかった。ノギのご飯がまだ食べられる」

「……食い意地張ってんな」


 照れ隠しにそんなことを言ってしまう。ハトリは怒るでもない。余程ここにいていいと言われたことが嬉しかったのか。

 食事が充実しているとは思う。それだけでこんなにも喜んでくれるのなら、料理を習っておいてよかったと、ノギは心から父に感謝した。


「えっと、じゃあ、一度家に帰って荷物の整理してくるね。教科書とかそのままだし。ああ、長いこと勉強してないから、ちょっと戻る前に予習復習しないと不安かも」


 学院になどノギは通ったことがないので、その苦労はわからないけれど、大変そうだな、とぼんやり思った。



 そうして、ノギとユラはバーガンディの町の専門店にて、翼石ウィングラピスを買い求めた。

 いつも使うほぼ使い捨てのような石とは違い、赤みの強い綺麗な色をしたもの。若い女の子にあげると言ったら、オプションで装飾できると言われた。無駄だと思いながらも、花の形をした銀細工をつけた。らしくない金の使い方だけれど、その方が喜ぶかと――。


 事実、ハトリはこれ以上ないほどに喜んでくれた。大げさなくらい、飛び跳ねている。

 そんな無邪気な様子に、体が痺れるような感情があったけれど、ノギは素っ気なく食事の支度を始めた。背を向けると、少し顔が緩んでしまう。けれど、気づかれていないはずだ。



 ハトリはその翌日、自宅へ向けて出発した。荷物の整理を手伝おうかと言ったユラだったけれど、ハトリはちろりとノギを見て慌ててかぶりを振ったのだ。家の中がぐちゃぐちゃだから見せられない、と。

 なんとなく、想像がつく。

 とにかく、整理を済ませて戻るというのなら、三、四日。長くても一週間。

 それくらいあれば十分だと思った。


 けれど――。

 

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