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魔法のおしごと。  作者: 五十鈴 りく
✡第10章✡

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⑩籠目の砦〈1〉




 魔術帝国ライシン帝国の片隅。

 それは、七宝しっぽうの森と呼ばれる広大な森のそばの一軒屋――。



 長い睫毛が影を落とす。

 規則正しく寝息を立てる少女の顔を、少年はベッドの傍らで眺めていた。少年は、魔術のもとである触媒と呼ばれるアイテムを入手する、触媒屋のノギ。

 眠りについている少女はハトリという魔術学院の生徒だ。彼女は昨日、瀕死の重傷を負ってしまったのである。


 高度な魔術のおかげで今はもう命に別状もなく、すっかりと傷も癒えたのだが、意識が回復するまではノギの心配も尽きない。


 ノギはハトリの枕元に、最高級品の触媒『水龍の鱗』の欠片を置いた。これは、魔術師であるハトリがほしがっていたもの。手に入れられたのは偶然に近いけれど、目が覚めたら喜ぶだろうか。

 できることなら、ここでハトリが目を覚ますまでついていたい。

 けれど、それはできなかった。

 ノギは一度、名残を惜しむようにハトリの額に触れると、その部屋を出た。



 そうして向かった先は、もう一人の少女の部屋。

 ベッドで休んでいるけれど、彼女はハトリとは違い上半身を起こして窓の外を眺めていた。ノギが部屋を訪れると、彼女――ユラはそっと微笑んだ。いつもは美しく輝く瞳が、どこか弱々しい。


「ユラ、起きたのか」


 ノギも笑顔を作ると、ユラはうなずいた。


「うん。ハトリちゃんの様子はどう?」

「まだ起きないけど、大丈夫だと思う。苦しそうな感じじゃないから」


 それを聞き、ユラはほっと胸を撫で下ろした。


「ユラは? 食欲があるなら何か作るよ」

「あるよ、もちろん。私はちょっと疲れただけなんだから」 


 と、ユラはコロコロと声を立てて笑った。

 けれど、ノギはその声に不安を感じてしまう。ユラはいつも笑っている。

 つらいと言ってくれない。大丈夫だと言って無理をする。

 だから、今回だって本当は自分が気づいてあげなければいけなかったのだ。


「わかった。用意してくる」

「ありがと」


 立ち上がったノギは、去り際にもう一度振り返った。


「……なあ、ユラ」

「うん?」


 ノギはくしゃりと表情を歪めた。


「もう少しだけ待って。そうしたら――」


 ユラは返事をせず、どこか悲しげに笑っていた。



 そうして、ノギは食事の支度をする。

 ユラは大食漢だが、今は衰弱しているから、あまり重たい食事は避けるべきだろう。

 胃に優しく栄養の摂れるものがいい。

 ノギはメコの実の種子を牛乳で炊き込むことにした。それだけでは臭みも出て食べづらいので、野菜で丁寧に出汁を取ったスープも加える。具は消化がいいように細かくした。塩をしていないケサの身、レンホウ草なども入れ、なるべく柔らかく炊いて器に盛り、最後にチーズを削って振りかけた。


 冷めると美味しくないので、あたたかいうちに部屋に運ばなければ。

 ノギが料理をトレイに乗せて準備していると、廊下をパタパタと走る音が響き渡った。驚いてノギはコップにいれた水をこぼしてしまう。

 バン、と勢いよく開かれた扉から、頬を高潮させたハトリが駆け込んできた。その胸元に、水龍の鱗の欠片を大事そうに押し当てている。


「ノギ、ノギ! これどうしたの!? もしかして、あたしの分も取ってきてくれてたの?」


 何事もなかったかのように、怪我をしたことさえ覚えていないかのように、ハトリは満面の笑顔をノギに向けていた。

 あんなにも心配させたくせに、と思わなくはない。


 ただ、今、何よりも強く感じているのは、痛いような胸の疼き。

 眉を寄せ、自分をじっと見つめるノギに、ハトリは不安そうな顔をした。いつもなら、怒鳴るか睨むかからかうか、何か反応があるはずが、何も言わないでいるから困惑させてしまったのだろう。


「あ、やっぱり違った? そんなわけないか」


 しょんぼりとして手の中の触媒に目を落とすハトリの頭に、ノギは手を載せた。そうして、乱暴にかき乱すように頭を撫でた。


「ななな、何!?」


 ハトリは、目を回しそうになって驚いている。ノギは気持ちの分だけ力を込めてしまいそうだった。


 あたたかな、気持ち。

 大切な、人。

 認めたくはないけれど、間違いなく特別だった。


 ユラに感じるような柔らかな感情とは違うもの。

 護りたいと思う反面、壊したくもなるような、手に負えない想い。

 ノギはようやく、カラカラになったのどでそっとささやいた。


「いや。やるよ、それ」

「え! いいの!?」


 ハトリは再び笑顔を見せる。けれど、すぐにその先を深読みして表情を曇らせた。何か裏があると思っている。

 そんな百面相も、あの時、ハトリの命が消えていたなら再び見ることはできなかった。そう思うと、触れている手から愛しさが込み上げてくる。

 自分をごまかすこともできないほど、確かに。

 けれど――。



 ぎこちなく笑顔を浮かべたノギを不思議そうに見上げるハトリは、食事を運んだユラの部屋で、彼女から自分の身に起こったことの顛末を聞いたのだった。

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