初めてのご対面
「せせせせせせs…せ、んぱ…い、い、今の…」
呂律が回らない状態でギギギ…と振り返る俺より早く後藤が質問した。
「今の人誰ですか?」
俺はくわっと顔を引きつらせ後藤の方に向いた。
おい馬鹿!あれはどう見ても、"ゆ"がつく奴だろうがッ!!なんだその普通なテンション!
いつもなら『アレが例の幽霊ですか?ですよね!?』ってうっざいテンションでってああぁああ!!幽霊って言っちゃったあぁあああ!!違う!見てない!俺は何にも見てない!
もし見てたとしてもきっとあれだ!先輩の弟とか、そういうのだよ!うん!
「弟よ」
「ははは。ですよね〜…そんな都合のいい話が………はい?」
先輩はため息をついて襖を再び開けた。
「ひぃ…っ!」
俺は思わず両手で目を覆ってしまった。いや、怖かったとかそういうんじゃないよ。違うから。ほんと違うから。
「全く…靴が見当たらないから帰ってきてないと思ってたわ。どうせまた窓から入ったんでしょ」
先輩は襖の中の少年にため息を交えながらつぶやいた。
「紹介するわね。私の弟の内海。実はこの襖、隣の内海の部屋と繋がってるの」
先輩の紹介におそるおそる手を離して見ると、のそりとこちらに這い出して来る小柄な少年が一人。
後藤が笑顔で挨拶しているところだった。
「よろしく。内海くん。米子先輩の後輩の後藤です。隣でビビってたのは友達の山手」
「ビビってねえ!!あ、ご、ごめんね。さっきは…思いっきり襖閉めちゃって…いや、まさか人がいるとは思わなくて、てっきり…」
「幽霊だと思った?」
先輩の弟は見た目より低い声だった。
白い肌に黒い髪がよく映えて、美少年だが、どこか影があるように見える。
首をコテンと横に傾ける仕草はあざとくて可愛い(断じて俺にそっちのケはない)が、なんだか不気味に感じて俺は目を背けていた。
弟を見ながら先輩が困ったような声を出した。
「内海、あんたなんであんなとこで座ってたのよ。目が悪くなるでしょ」
先輩…怒るとこそこですか。
内海くんは表情が乏しいのか、何の感情も伺えない顔で姉を見上げた。
こうゆうところはよく似た姉弟だ。
「落ち着くんだ。狭いとこ。…それより珍しいね。姉さんが友達を連れて来るなんて」
視線が姉から俺と後藤へとシフトする。
値踏みするような視線が気まずくて仕方ない。
「彼らは私の友達というわけじゃないわ。依頼を引き受けてくれただけよ」
先輩の丁寧な訂正に内海くんは俺に目を向けた。
「依頼って?」
心底分からないという声音にいささか疑問を抱くが、さして気にせず、俺は補足を後藤に促した。
この手の説明は俺より後藤の方がよっぽど上手い。後藤はこくりと頷いて語り始めた。
「幽霊が出てポルターガイスト現象まで起きてるっていうから、それの元凶を取り除くために僕らに依頼されたんだよ」
正確には俺に、だけどな。あと、あれは依頼というか脅しだったぞ…
心中でつっこむ俺や後藤を内海くんは不思議なものを見る目で見つめた。
「お兄さんたちに倒せるの?」
こういう質問が出るということは、彼も視える人なのだろう。
というか、下手したら宮井家は全員霊感ありかもしれない。
俺はさらに場違い感を覚え、居心地の悪さが悪化していくのを感じた。
「それはやってみないと分からないというか、でも、俺には荷が重いとは思うん…」
「もちろん!この山手は一流の霊媒師だからね!ラクショーさ」
自信満々に語りながら後藤に肩を叩かれる。俺は問答無用で後藤の襟首を掴んでいた。
「お前マジなんなの?俺の死亡フラグ建設して楽しいか?楽しいのか?」
「ぐ、ぐるじいって山手…!なに怒ってんの?」
ギリギリと後藤の首を締め上げていると、先輩が呆れた声を出した。
「二人とも、そろそろ本題に入りたいのだけれど」
「あ、はい」
勢いよくパッと後藤を離すと、ゴホゴホとむせながら睨まれた。
「ひ、酷いよ山手ぇ…」
どっちがだ馬鹿。
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてやった。
先輩は俺たちを見て再度ため息を吐いてから内海くんに向き直った。
「今回は上手くいくかもしれないのよ。あいつを祓うのがむりでもこの家から追い出すくらいは、彼なら出来るかもしれない」
せ、先輩…?期待してくれるのは光栄なんですが、これ以上ハードル上げないでくれます?
冷や汗がダラダラと吹き出るのを感じ額を抑える。
というか、この人までなんでここまで俺に期待するんだよ。
ひょっとして俺って、自分が知らないだけで実はすげえ力持ってんのかな…
俺の葛藤する横で内海くんは姉をひたと見据えた。
なぜかその横顔から少しだけ悲壮感を感じた。
「そんな必要ない」
先輩は訝しげに弟を凝視した。
「なんですって?」
「あいつ、邪魔にならないよ。おとなしいし、静かだ。消すことなんて、ない…」
「内海?なにを言って…」
先輩は内海くんをしばらく見てからハッとした。
弟の肩を素早く掴み、言い寄る。
「内海…あんた、あいつに消えて欲しくないの?」
内海くんは俯いたまま無言だった。が、それこそが答えだった。
先輩は、出会ってから初めて感情をそのまま表情で表していた。
驚愕だ。
「なにを考えてるの?あいつは人じゃないのよ?悪いものでないにしても、ここにいちゃいけないのよ。消さなきゃ」
「消える時がきたら勝手に消える。こんな風に無理矢理消すことない」
「内海!」
内海くんは相変わらず無表情のまま姉を見る。
「姉さんはわかってない。あいつは悪い奴じゃない。消す必要なんてないんだ」
「言ったでしょ。悪くなくても私たちと同じ場所にいちゃだめなのよ。その証拠にポルターガイスト現象だって起こってきてる。もう知らんぷりできないとこまで来てるのよ」
姉弟はしばらく見つめあって(睨み合って?)いたが、やがて内海くんが根負けしたようにため息を吐いて視線を逸らした。
「……分かったよ。もう言わない」
一言そういうと、内海くんはヒョイと頭を下げて襖をかいくぐり、中へと引っ込んでしまった。後ろ手で器用に襖を閉める。
………なに今の冷戦…
静寂が部屋を覆い、息苦しさに俺は咳払いをした。
「あの、先輩…?」
閉じきった襖をじっと見ていた先輩はふうと息を吐いて気持ちを切り替えたようにトーンの高い声をだした。
「見苦しいものを見せたわね。ごめんなさい。じゃあ、さっそくお祓いお願いするわ」
なんだかすっきりしないまま俺の不安だらけの作戦が始まった。




