お宅訪問
豪邸は外も凄ければ、中もやはり豪華で煌びやかな造りだった。
玄関から入って最初に目が行くのは、螺旋階段だ。
緩やかなカーブを描いて白い大理石の階段が伸びている。中央にはこれまた立派な柱が立っており、左右には美術館にでも飾ってありそうな彫刻が並んであった。
「…外国?」
ほうけたままつぶやく。
おかしいな。日本人の住む日本の家に来たはずなんだけどな。
「フランス映画の中にいるみたいだ…」
後藤もポカンとしたまま、思考がそのままだだ漏れしたようにつぶやいた。
お互いに顔を見合わせる。
あまりにも場違いな情景にここにいていいのか不安になってきたのだ。
やがて、パタパタとこちらにかけて来る足音が聞こえて来た。
「ごめんなさい!待たせてしまったわね。今案内するから、靴脱いで上がってきて」
先輩は当然ながら制服姿でなく、私服だった。ジーパンに無地のシャツという、想像していたよりもずっとラフな格好だ。
長い髪もいつもはそのままなのに、今日は後ろに縛ったポニーテールだった。
「…?どうしたの?」
玄関口に突っ立っている俺たちを見て先輩が怪訝な顔をする。
後藤が苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「いえ…なんというか…先輩ってお嬢様だったんですね」
後藤の言葉に先輩は一瞬、わけがわからないという顔をしてからすぐに納得したように視線を背後の彫刻の置物に向けた。
「アレのこと?本当悪趣味よね。父の趣味で見た目ほど価値はないわよ」
うんざりという表情をしてから先輩は二人分のスリッパを出してくれた。
「すみません。わざわざ」
「いいえ。父の意向なの。足裏に泥でもついていたらたまらないとかで」
「……ハハハ」
曖昧に笑いながら出されたスリッパを見つめる。言葉の影響力って凄いよな…
さっきまでのちょっとリッチな気分でウキウキだったのが、たった一言でこんなにも下がるなんて。
ぎこちなくスリッパを履いて先輩に続く。
近づくに連れて彫刻がよく見えた。
初めは天使を描いているのかと思っていたが、よく見ると人間のようだった。
美しい女性が何かをつかもうと手を伸ばしている。
「これ、なんてゆう彫刻なんですか?」
少しだけ気になったので尋ねたが、先輩は興味なさげに首を降った。
「知らないわ。この大広間の物は全て父の趣味で購入したものだから私は一切関わっていないのよ。父は、洋物が大好きでこんな意味不明な置物を買い漁る悪癖があるのよ」
「はぁ…」
先輩は面白くなさそうに彫刻を睨みつける。
「こんなもの集めてなにが楽しいのかしら。
全く意味不明だわ」
「先輩はこうゆうの嫌いなんですか?」
「えぇ。だいたい私、洋物はあまり好みじゃないの。だからこの家自体気に入らないのよ。私以外の家族も父の趣味には呆れ果てているけれど」
「えっと、今日はご家族は…」
おずおずと聞くと先輩はいないわと即答した。
「父も母も休日というものがないのよ。毎日働き詰めで家に帰って来るのはだいたい深夜ね」
「ご飯とかどうしてるんです?」
後藤が気まずそうに問いかける。これほど広い屋敷に一人きりなんていくらなんでも寂しすぎる。
それに加えて幽霊騒動なんて、想像しただけで俺には耐えきれない。
特にあの彫刻とか夜中見たら、ヤバイだろ…
とっくに大広間は過ぎて彫刻も見えなくなっているのに、俺は背後から彫刻に見られているように感じてゾクリとした。
「普段は家政婦さんが来てくれて家事全般はやってくれるようになってるわ。私もたまにならご飯くらい作るけれど、得意ではないわね」
螺旋階段を登りながら、先輩が苦笑いをした。
その様子にいくら完璧に見えてもやっぱり苦手なものくらいあるよな、と少しホッとした。
二階に上がると右に曲がった先にある木製の扉の前で先輩は止まった。
「ここが私の部屋。あの男が現れるのはだいたい自室にいる時なの」
あぁ…そうだった。幽霊退治するんだった。
なんだか屋敷のインパクトにあてられてすっかり目的を忘れそうになっていた。
後藤がゴクリとツバを飲み込む。
期待しすぎだろお前は。
願わくばどうか期待外れになってくれますように…!
先輩は背後の俺たちの真逆の願いに気づかずにドアをあっさりと回した。
「どうぞ。入って頂戴」
「あ、お邪魔しま……え?」
「あ、あれ?」
扉の中の光景に俺たちは二人して素っ頓狂な声を上げてしまった。
なぜなら、あまりに予想外な部屋だったんだから。
後藤はゆっくりと先輩に続いて中に入り、周りを見渡した。
あまり人様の部屋をあちこち眺めるのは、礼儀がいいものではないが、今回は俺も失礼だとかマナーが悪いなんて気遣いはどこかに飛んで行ってしまって、同じように部屋のあちこちを見渡した。
「和室…ですか?」
見たら分かることを改めて口にして問いかける。
先輩は俺たちの反応を予測していたのか微動だにせず頷いた。
「さっき言ったでしょ?洋物は好きじゃないって」
先輩の部屋は、先ほどまでの洋館が嘘のように純和風な和室だったのだ。
まるでどこかの旅館の一室みたいに綺麗な畳綴りに、襖まで完備してある。
木目が目立つ長机と座椅子が中央置かれており、奥の方には見事な生花が生けてあった。
俺たちがしばらく呆気に取られ動けないのを見て先輩は小さく笑った。
「父に頼んだのよ。私の部屋は和室にしないと許さないって。だいぶ渋ったけど、なんとかやってくれたわ」
いやぁ…見事に屋敷の雰囲気ぶち壊してますね、とは流石に言えず曖昧に笑って誤魔化す。
「先輩…この部屋は屋敷に不釣合いな気が…」
「そ、それにしてもきれいに片付いてますねえ!俺の部屋と大違いですよ!」
十分見渡してから後藤が口を開くからどうせろくでもないこと言うだろうなと考えていれば、まさにそうだった。
相変わらず馬鹿正直というか空気読めないというか…
「この襖とか、田舎の婆ちゃん家を思い出しますよ!いやあ懐かしい気分です!小さい頃とかよくこの中に入って遊んでは怒られてました」
俺は、必死に後藤の言葉を遮り襖に手を掛けた。
「あ…」
フォローするのに必死で、その時先輩が小さく声を漏らしたことに気づかなかった俺は、笑いながら襖を開けた。
「意外と入れるんですよね〜襖って!ほらいまだって十分……」
そこで襖の中を見て、今度は完全に体が固まった。そこから目を逸らすことが出来なくなり、全身の血の気が引いて行く感触を味わった。
目。
そこには、目があった。
二つの胡乱な目ん玉がジッと俺を見つめていたのだ。
…といっても目だけがあったわけじゃない。
正確に言うと、体操座りした黒髪の少年が襖の奥で俺を見ていた。
見ていたんだ…俺を…俺を!
問答無用でバッシーンと襖を閉めた俺を誰が責められようか。
とりあえず、気絶しなかったことを誰か褒め称えてほしい。




