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3/3

才媛


床を抜けるとそこは、暗闇だった。



月明かりが照らした部屋は、どうやら隠された通路らしい。…山羊兜が探していたのはコレか…?



壁伝いに進むと開けた場所に出た。

殿下の隠密魔法に暗視が加えられていたのは幸いだった。本来なら真っ暗なはずだが、闇が薄くなり明け方のような色合いの視界になっている。


周りを見渡すと、やたらふわふわした毛布が置いてあり、見慣れない服が脱ぎ散らかっている。机の紙には神代(しんだい)の文字が書き殴られ、裸の男女が独特も精密な筆致で何枚も描かれている。

おそらくここは…セージョ様の私室なのだろうか。山羊兜はここが狙い目だった…?


いくつか出口が見受けられるが、間取りとしては救護室に最も近いであろう方向に伸びている階段、通路を進む。内装が比較的新しい事から、おれが十余年騎士を務める間に城はここまで改造されていたと思われる。生命を狙われる身ゆえ、おれには計り知れない苦労があるのだろう。



医療士長室に出た。クローゼットの奥が仕掛け扉になっているとは誰も気付くまい。

二、三室通り過ぎれて救護室。ノックをすると音が出ず。失礼。遮音されておりました…。


不躾ながら部屋に入ると、イセラさんがセージョ様の話を興味深く聞いていた。

気付いてもらうために一旦大きく身振り手振り。

「わっ」

おれに気付いたイセラさんが驚くにつれ、セージョ様もこちらを認識する。一見驚いた素振りを見せないが、瞳孔の動きからしっかり驚いていることがわかる。


「この魔法、解いていただけませんか?」

聞こえてはいないだろうが精一杯伝わる様手を尽くす。

「…?」

マズい。真意に気付いていない?どう伝えたもんか…取り敢えず頼まれたものを渡そう。

「あっ、ああ!いま解除しますね!」

一拍おいて気付く。良かった。このまま過ごすのかと少しばかり不安がよぎってしまった。



「本当に助かりました…!インクも予備まで持ってきてくださるなんて…!」

希少な物なのは間違いないと踏んで多めに持ってきておいて良かった。…あれ?

「恐れ入ります。1個割ってしまったようです…」

懐から割れた容器を取り出す。先程の爆風が原因か…迂闊だったな。

すぐに乾いてしまうのか、懐はそれほど汚れてはいないようだ。

「…その割にはそれ程汚れていませんね。

…汚れてしまった所を手で落としてみてください。」


手で擦る。あら不思議、インクが嘘のように落ちていく。なるほどこれは貴重な代物だ。


「イセラさん、手を出していただけますか?」

一瞬の間の後に手を出した。何をされるのか考えたんだろうな。


インクの瓶を開け、イセラさんの掌に1、2滴ほど垂らす。器用だなこのお方。

インクは乾く事なくぷるぷると揺れている。


「ヴィンスさん、このインクに触れてみて下さい。」

失礼します、と人差し指をインクに付けてみる。するとどうだろう。あっという間に乾いてしまった。


「これ、魔素で出来てるんですよ。吸収出来るということは、魔物からレベルを上げる効率が非常に高い体質で…」


「あの…そろそろ次の手を打ちませんか?」

イセラさんが手を握る。人差し指がくっついたままでした。すみません。

確かに素振り100回程の時間が経っていた。城から出るには今が好機だ。無駄にするには惜しい。


「一旦城から出ましょう。私手製の通路がこの辺りにある筈なのですが…」

医療士長室なら先程使いましたよ。

「ああ!そこです!この階で合ってましたか。良かった。」

…見かけた時は逆方向に向かっていたような。




間もなく隠密用の魔法をかけ、3人で医療士長室のクローゼットから隠し通路へ。痕跡も出来る限り消した。


「こんな所があったなんて…!驚きました。」

狼狽えるイセラさん。因みに声が聴こえるのは遮音魔法にも言葉が話せる類の物があるらしい。後知恵だけどそれ使って欲しかったな…

「ふふ、今度お泊まり会でもしましょうね。」

「お城に戻れた暁には、喜んで。」

この短い間に大分仲良くなったみたいだ。


セージョ様が壁に手を(かざ)すと道が変化していく。クローゼット入り口左の壁、階段を降りて正面、また正面と隠し通路を開いていくと、不快な臭いが鼻をついた。


下水道。見回りでたまに入る。浄化済みだけど残滓(ざんし)の臭いは中々消えないんだよな…


「ああ、ごめんなさいね。」

手から魔法を発動すると臭いが消えた。

「防菌、防臭の衛生魔法です。本来排泄物、汚物の魔法による浄化も、聖職者ひいては聖女の私が行うべき業務なのですが…。」

今回は足がつきますものね、とイセラさんが補足を入れる。


お話中のところ、恐れ入ります。

「恐れ入りますセージョ殿下、わたしの防臭は解除していただけますか。異変に気付く為の五感を研ぎ澄ませたく…」

頼もしさに嬉しく思います、と防臭を解除してくださった。やはり臭いは嫌なものだが2人を守るにはこれが一番だ。


ここからはおれが先頭に立ち、下水道からの脱出を目指す。流石に後ろからついてくる者はいないと判断した。


複雑に入り組んでいるが何百と通った道。近道や警備ルート、細かいサボり場所までお手の物だ。城から最も遠い出口は港へ向かう区画だが、ここは幸いアテがある。王都郊外の農業水路に繋がる方を目指そう。


特に何かと出くわすことも無く、順調そのもの。

出口も近くなってきた頃、はたと思い立つ。

今出口の警備は誰が担当していただろうか?


「…セージョ殿下、生命探知魔法、なんてあったりします?」

少し顔を曇らせ、目を逸らす。やっぱりそんな都合の良い魔法あったら使ってるか。

「出来ることは出来るのですが…付近の虫などもハッキリ分かってしまい…」

あ〜、そのような事情があるのなら無理には…と言うが早いか、殿下の足元には淡く魔法陣の光が浮かぶ。本当助かります。


「…視界を共有しますね。」

殿下の表情は少し青ざめている。

直後、生命ある者の輪郭が光となって浮かぶ。うわっ思ったより虫が多いな…

と、思った矢先、出口の見張りをしているであろう騎士らしき姿が見えた。

身長はおれより少し高く痩身。…最悪だ。



リュウキ・ミナモト

騎士団最強の声も挙がる天才。

冷静で厭世(えんせい)的な皮肉屋。されど隊列を乱さず孤高を貫く、いわゆる"読めない"男。

剣筋は正に神速。重心の扱いが人間離れしているのか、剣の如き疾さで槌を振り、高低緩急織り交ぜた機動は狡猾(こうかつ)巧妙を通り越え凄絶(せいぜつ)といえる。

現状おれが倒せる可能性は皆無に等しい相手だった。



何があろうと二人を送り届ける。そのためにはリュウキを誘導し外への導線を確保しないと…。


左へ曲がると突き当たり、丁字路(ていじろ)の形をとっている。右に曲がると出口及びリュウキが待ち構えている通路に出る。角からの長さはおおよそ十五、六歩ほど。幅は両手を拡げて二人分。横に(かわ)し脇を抜けるだけの空間は空いている。もし抑え込めるなら二人を通すことも出来る。


可能な範疇(はんちゅう)で考えれば

・外へ押し出して二人を逃がす

・ひたすら守勢に徹し丁字路左へ誘導する。

・脇を抜け、外へ誘導する


どれも等しく自分の死がありありと見える。このまま宵が明けるのを待つか?いや、見逃す程鈍い勘はしていない。巡回による増援の可能性が残っている以上、二人の体力が残っているうちに捨て石として道を拓く手が確率として最善と捉える。失敗したとて、自分が目を引く事で隠れている2人がやり過ごせる可能性が出てくるかもしれない。


「お二方、私が食い止めます。膠着(こうちゃく)の隙に走り抜けて下さい。もしうまくいかない場合はあちらの踊り場へ。明け方まで待てば巡回の隙をつけるハズです。」


おれ一人だと誤認させられるなら見つからない可能性は出てくる。

「ヴィンスさん…!」

イセラさんの眉間に力が入る。


「…まさか捨て石になる、なんて言いませんよね?」


小さく呟いているが、かなり力の入った声。いつもなら滾々(こんこん)とお説教が始まるところだ。


「…恐らく見張りをしているのはリュウキなんだ。勝ち目そのものは千に一つもない。」


イセラさんの目が伏す。それでも…と考えてるのは何となくわかる。


「…そのリュウキという方はそんなに強いのですか?」


セージョ様の思案顔。

神速の剣筋を持ち、動きを捉え攻撃を凌ぐ事すら難しい、とかいつまんで話すと「それなら、」と魔法を練り始めたところでーーー。


「!」


リュウキの方に構えるような動き。おれに近づかないよう二人を手で制する。間違いなく人がいる事に勘付いている。

魔法の光が静かに収まる。セージョ様のお心遣い、感謝の念に堪えません。


「いくつかセーフティをかけておきました。1回くらいなら死んでも大丈夫です。」


有難い。一発耐えられるなら戦える幅がかなり拡がるぞ。


壁越しに捉えているリュウキは、既にこちらに向けて構えていた。


極限まで気配を抑えて近付いていく。

頭の中には幾重にも思考が廻る。彼は光を背にする為、おれの姿は捉えにくい。しかしあの体勢になった以上、不意をつくのは現実的ではない。ただ距離がある以上、鍔迫(つばぜ)り合うには間ができる。言葉を交わす余地があればいっそ戦う事なく済ませることも―――なんて。流石に日和見が過ぎる。


そんな雑念も、足音や気配と共にかき消え、次の行動へ研ぎ澄ませていく。

リュウキからは、目を逸らさない。



一歩踏み出すと、首を()ねられていた。


「え」


直感だった。咄嗟(とっさ)に剣を出す。壁にぶつけたのかと錯覚する様な衝撃と甲高(かんだか)く鋭い剣戟(けんげき)の交わる音が響いた。


二の矢を繰り出す前に距離を取られる。

「流石だな。まさか防ぐとは。」

低くも飄々とした声色は、軽くふざけただけの様。


「…相手をよく見てから斬りかかって欲しいな。危うく、死ぬ所だったよ。」


賓客(ひんきゃく)ならば寸止めしていたさ、と手を広げおどけて見せる。

あの速度で向かってこられるとこの距離ではどうしようもない。


「…君は"紅き龍"の支持者なのかい?冥土の土産に教えてくれないかな。」


「フッ、"不屈"の剣が折れるには尚早だな?…貴様こそ、何を考えている?」


両の小太刀を握り直し、低く構える。また飛び込んで来るつもりだ。凌ぎ切れるのか…?


「国の未来を守る為の極秘任務…と言ったら信じてもらえるかな?」


リュウキの立場、思想がわからない今、ぼかした言い方しか出来ないのがもどかしい。打ち明けるには失敗した時に後ろ2人のリスクが大き過ぎる。



突如、リュウキの姿が消えた。



突風。それは()で斬り穿(うが)ち突き圧し払う剣撃。



直感が、咄嗟に守の技を出す。

染み付いた動きが、時間が、ただ生き延びようと藻掻いていた。



やがて、嵐が過ぎ去る。



永遠にも似た一瞬。幾重にも重なる衝突は轟音を鳴らした。数拍遅れてぱたた、と滴が地面を叩く。


降ったのは赤い雨。遅れてやってくる鋭い痛みが、全身の傷を物語る。


リュウキは突き抜けたのか背後。背を合わせたまま息を切らし動かない。と思いきや振り向きざまに一振り。防ぐ頃には元の位置に戻ってしまった。



まいったな。よもや(つば)を迫り合わす間すらないとは思わなんだ。


「…これが君のスキルなのかい?」


「素で出来るなら、アンタは教導官に負けなかったろうよ。」


一歩、二歩と距離を詰める。…なるほどこれは―――。

「連発出来る技じゃない、か?」


「!」


そうだろ?と続ける。


「そう思ってもらえるなら好都合なんだが。」


ブラフだ。すぐに撃てないのは先程の一合で悟られているのは向こうも察している。ことさら強調するのは意識の焦点をズラしたいからだ。

ここからは心理戦。何故見え透いた嘘をつくのか。その裏にある意図。それがどれ程戦局に影響を与えるかはわからない。正しいかどうかを確かめる術も無い。だけどやる事は決まっている。


全力で突っ込む。


もう一度受ければ(たお)れる。リュウキが繰り出せるか否かに関わらず、(はら)は決まっていた。


リュウキは待ち構えていたかのように小太刀を逆手に握り直し、腕と刃が十字を描くよう構える。受け、耐える防御。ヴィンスの直感は実際に当たっており、先程のスキルは未だ撃てず反動で足も使えなかった。しかし、備え無く大技を繰り出すほど無謀ではない。


干渉反射(レ・ペル)


物理的な衝撃を跳ね返す魔法。本来身体を覆う程のフィールドを形成するが、此度張っていたのは刀の表面のみ。狙いが露見するのを嫌い詠唱を破棄していた為であった。


全速力で駆け寄り剣を振り上げる。


ヴィンスは干渉反射(レペル)の存在に気付いていない。


にも関わらずリュウキの足下を擦れ違うよう滑り込み、太腿を袈裟(けさ)に撫で切る。


「!?」


剣の勢いそのままに間髪入れず振り向きざまに立ち上がりながらの斬り上げ。腕、顔を狙った軌道は干渉反射(レ・ペル)の乗った刃に弾かれ、ヴィンスの体勢が崩れる。リュウキはその隙を見逃さず切られた側の逆足で後ろ回し蹴り。下水道へ押し戻される。



危険だ。このまま距離が離れるとさっきのアレが来る。

隙をかき消すように飛び込み剣を振るう。小太刀が受け止めたが幸い先程のような衝撃は無い。


距離を取られないよう必死に打ち据える。小太刀は手数が多く(はや)い。重さを活かし片手で止められないよう一歩半の距離で剣を繰り出し続ける、が天才は不利を熟知している。敢えて踏み込みながら受けることで小太刀二振りの本領、超接近戦へ持っていく。太腿の傷はけして浅くないのに敢えて踏み込めるのは才覚なのか性分なのか、少なくとも勝負への懈怠(けたい)は一切無かった。


幾度の剣撃。目まぐるしく変わる最適な距離。

押す、リュウキがいなし、踏み込む。接近戦を嫌い少しだけ距離を取る。


ふと、お互いが下がり距離が離れた。その瞬間をリュウキは見逃さない。



嵐が、来る。



この瞬間を待っていた。

左構え。右を(はす)に踏み込む。

屈みながら大きく袈裟に振る。



嵐は、立ち消えた。



背後に2歩ほど離れてリュウキ。右肩から左の脇腹にかけて血が線を描いた。


一方でおれは頭に一発。左(まぶた)が血で濡れてくる。

運が良い。腕の一本は覚悟していたから。


手応えは、あった。鎖骨からあばら骨は折った。

今のうちに外に駆け出し誘導する。リュウキは屈んだまま動かない。


出口まであと一歩。


突如として烈風が後ろからおれを吹き飛ばした。

石畳を超え小麦畑を数歩まで吹き飛ばされる。

夜明け前の仄暗(ほのぐら)い光が、手負いの獣を映し出す。


魔力光とも闘気ともつかない、乾いた血のような赤黒い光が蒸気の様に立ち上っていた。


…傷が、塞がっている?


「諸事情でね。アンフェアなのはわかってる。」


怪訝(けげん)な表情が面に出たのを悟ってリュウキが口を開く。左手の手袋が熱量からかめくれ上がり、禍々しく光る石が露出する。まさか…魔石を埋め込んでいるのか!?


太腿の傷も治っているのであろう、軽い足取りで下水道を出、石畳の上に出る。


「…動きを見るに骨もくっついてそうだね。」


この瞬間、ほぼほぼおれの死が決定的なものになった。


あのスキルが撃てるだけの時間は経っており、攻撃の択を狭める壁はなく、距離は一足では詰められず、足は向こうが速い。


だが、やるべき事は成した。


「リュウキ・ミナモト!この麦畑で決着をつけようじゃないか!」


声を張り上げる。2人が気付けるだけの大きさはあるハズだ。様子を見て逃げられるだけの余地は稼いだ。



再び剣を握る。

影が形作る輪郭は毛羽立ちボロ雑巾の様になっていた。

しかし心境は晴れ晴れとしている。


幸いどこも失ってはおらず、感覚も生きている。


(たぎ)る。


剣に命を懸けられる。おれの気持ちに嘘はなかった。


前にも、こんな事があった。


そう、あれは確かロヴェと初めて外勤に出た時だ―――。




「やめだ。」

左の手袋を()め直し、光が治まる。

一体何故…?


「行けよ。面白くなってきた所だが、見逃して起こる未来に興味がある。」


リュウキは剣を納め、遥か外を指さす。


「あんた、有利な室内と比べて随分活き活きとしてるな。自分の命以外に荷物を持ってるんだろう?使命を以て闘う、政治犯を働くような賊にしちゃ高潔な、お人好しの剣だ。」


剣から見抜かれたか…こりゃ敵わないな。


「最も、決死のあんたの剣には興味があるがね。万が一にも首を落とされるのはゴメンだが、懸絶した技巧が形作る剣閃は形無き彫刻。金を払っても見てみたいもんだ。」


懐から噛みタバコを取り出し、口の中に放り込む。おれの方にも投げてきた。受け取る。


「こういうのは嗜まないんだけどな…。」


「只の香草だ。喉にも良く口臭にも効く。お仲間にも分けてやれ。」


掌の香草噛みタバコは、五つ程まとまっていた。


リュウキは石畳脇の縁台に横になる。


「俺はあんたに負け、降参し横になった。瞳孔の記憶を調べられてもこれで面目が立つ。結構な傷も受けたしな。もっとも、記憶再現の儀にかけられれば話はまた変わってくるが。」


「…傷を受けたのはわざとだったのかい?」


まさか。こんな体だが痛みは普通に感じるんだ。取り押さえるはずの相手に手傷を負うのはゴメンだね、と嘲る。


辺りを見回すと、少し遠くの麦畑脇にある小路に隠れるように屈んだイセラさんがボロボロ涙を流しながらこちらを見ている。心痛が伝わりなんだか罪悪感が芽生える。


「…見逃してくれてありがとう。それから、連れのお方も手を出さないでくれて感謝するよ。」


リュウキの体に緊張が走るのを尻目に、2人の元へ向かった。




「…いつからいた?」


目は閉じたまま、リュウキは呼び掛ける。


「ついさっき。あのおじさまが吹き飛ばされたところ。…もしかして獣化するつもりだったの?」


まさか。と左手を上げ力無く揺らす。


「それよりも、交代の時間が近いのに横になってて良いの?職務怠慢ってヤツなんじゃ?」


「負傷者、という面目は立ってるさ。こっちの方も抜かりない。あの男の連れは確認したか?恐らくーーー」


「聖女様。と医療士、名前はイセラだったかしら。近いうちに内政の悪化及び周辺国家への挙兵が予想されるわね。忙しくなりそうで嫌になっちゃう。」


予想通り聖女がいない以上、大掛かりな魔術儀式を尋問に使う余裕は無くなった。


「スイ。聖女の一行を監視してくれ。国には俺の一存だと伝えて構わない。また、ヴィンス・ヴィンセントの動向も気を払ってくれ。」


人遣いが荒いわね、と言い残し、スイと呼ばれた者は気配を断った。


「…世が動く瞬間とは、案外こういったものなのかもな。」


体の疲れに身を任せ、リュウキは眠る事にした。





「ホントに…本当に良かった…。もう…死んでしまうのかと…。」


嗚咽を漏らしながらおれの頭に治癒魔法をかけ続けるイセラさん。セージョ様は怖かったね無事で良かったねと彼女の背中をさすってなだめている。


「…傷は塞がりました。無事に帰ってきてくれて、ありがとうございます。」


治療を終え、手巾(しゅきん)を取り出す。

おれが顔を上げるなり顔を隠す様に拭う。

「すみません…。きっと私スゴイ顔をしてるので…。」


ひとしきり涙を拭うと、行きましょう、と表情を引き締め先を歩き出した。


「先程の戦い、お見事でしたわ。」


石壁から声が聞こえる。見上げるとクレイヤ男爵令嬢と老紳士が立っていた。一体いつから…!?


「セージョ殿下、お初にお目にかかり光栄にございます。わたくし、フレイデ・メーテールの地及び第五爵、男爵(バロン)(たまわ)っておりますクージョアの娘、クレイヤと申します。このような場で挨拶する無礼をお赦しください。」


膝を折って(かしず)き、両手を重ねる最敬礼。横の老紳士も同じく…なんだか見覚えがあるなこの人…。


「作法に則った挨拶、大変嬉しく思います。

早速ですが本日は折り入ってお願いしたいことがございます。」


セージョ様が王族としての顔を覗かせる。先程の柔和な雰囲気から一転、儼乎(げんこ)たるとは正にこのこと、威光に一分の陰りも無く本来彼女が不可侵の存在である証左となる佇まい。やはり公人なのだと思わされる。


神代(しんだい)の記憶を持ち、"紅き竜約(ヴェルメイユ)派"から追われていらっしゃる殿下を安全な所へお連れする、という事でしょうか?」


「!!…その通りです。」


令嬢は何もかも知って…!?


「ご安心を。わたくしも神代の記憶を持っておりますの。数々の功績が神代由来のものである事、現教皇代理は"紅き竜約"であり、教皇が他国へ征伐に出ている今、刺客が差し向けられるには十分な機会である事。そして今の状況を踏まえれば推察は簡単ですわ。」


流石は若くして父君に並ぶ勲功をたてた才媛。神代の記憶が如何ほどのものかはわからないが、知識だけでなく知恵もあるからこその身分、という素地が語り口から感じられる。


「話は勿論受けさせて頂きます、が、一つ提案がございます。」


丁度、日が昇った。

光を受け輝く小麦の絨毯(じゅうたん)は風を受け黄金の波を作り、橙に染まる空は燃えるよう。

日々訪れる未来への祝福。

その中で令嬢の金の髪は溶け込むどころか一際強く輝きを放つ。



「わたくしと、『トーキョー』を作る気はありませんか?」


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