91:過去と現在(いま)と未来 (4)
幻舞山の麓から続く道にパトカーは半ば無理矢理乗り入れた。
車が通れるギリギリの道だ。
敵の本拠地とも言えるこの場所に足を踏み入れて何もないわけがないとは思っていた。
けれど状況は思ったよりも悪いみたいだ。
進むことが出来なくなりパトカーは止まった。
「ありゃあなんだ…この山にゃこんなにもうじゃうじゃ妖怪がいたのか?」
山城警部が低くつぶやく。
車外に出てみれば、息をのむ光景。
今度の妖怪達は動物の姿をしていた。
さして強い妖力は感じない。
しかし、とにかく数が多いのだ。
猪の姿、鹿の姿、狸の姿。
木の枝にも鳥や獣の姿の妖怪達。
光る沢山の目がこちらを睨み牙をむき出しにしている。
「この山の妖怪…というよりも動物達が妖怪化しているんだ」
叶斗が山城警部に説明をしつつも印を組む。
猪がこちらに猛スピードで突っ込んできた。
近づいてみればかなり大きなその猪は、霊力の壁に阻まれてパトカーに全力でぶつかって気を失う。
車体は大きくへこんでしまった。
自然そのものである彼らは自然に害をなす人間になら牙をむく事もあるだろう。
しかしそうではないにも関わらず、ましてや陰陽の術を前に逃げようともせず向かってくるのは正気ではないからだ。
叶斗が真言を唱えて放つ。
それで妖術から解き放たれるはずだが、妖怪達はわずかにひるんだだけだった。
どうやらただ白銀に操られているのとは違うらしい。
「水穂!」
「きゃっ!?」
木の上から何か小さな動物が突如すごいスピードで飛来した。
蒼に腕を引かれて僅かに逸れたが、服が裂けている。
彼らはこの濃い闇に取り込まれ、魔なる存在へと引きずり込まれてしまったようだった。
解き放つにはより強力な真言が必要だ。
次々に飛びかかってくるムササビらしきその動物を避けながら印を結ぶ。
パトカーの窓ガラスに突っ込んで怪我をしてしまった子もいて、蒼は辛そうに唇を噛んだ。
蒼は山の神気から生まれた自然に属する妖怪だ。
自然の一部である彼らが傷付くのを見るのは辛いのだろう。
なるべく攻撃に転じるのを避けている。
山城警部も銃を構えてはいるものの撃つことをためらっているようだ。
叶斗が印を結び、先程とは別の真言を紡ぐ。
私は守りを担当すべく真言を唱えた。
ほぼ同時くらいに二つのわずかに色味の異なる霊気の光が辺りを彩る。
正気を取り戻した動物は半分ほどいたが、事もあろうに妖怪化した動物達がそこに襲いかかった。
捕まった動物は妖気に当てられてまた妖怪と化す。
叶斗が呪縛の印を結んだ。
「切りがない!一気に走り抜けるか!?」
「駄目だよ!こんな状況じゃ和真を放っては行けない」
先を急ぎたい叶斗の気持ちも分かるが、蒼は山城警部を置いては行けないと言った。
その通りだと思う。
叶斗が離れれば術は解けてしまう。
かといってもっと危険なこの先に連れて行く気は叶斗にも蒼にもなさそうだ。
ここまでだって十分危険を犯して連れてきてくれたのだから後は自分で何とかしろというわけにはいかない。
動きを奪われ動物達が狂暴さを増していた。
このままだと進むことも退くことも出来ない。
突然その張り詰めた空気ごと切り裂いて何かが飛来した。
私達と妖怪達の間の地面に突き刺さったのは先の尖った法具だ。
リィンという聞き覚えのある澄んだ音色が響き渡った。
一つではなく複数の音が規則だだしく重なっている。
一つに重なる複数の声が唱える経は妖怪を縛する力を生み出す。
袈裟を着た修験者が三人、厳かにそこに現れた。
叶斗が術を解いても妖怪達は縛られ動けない。
以前には敵としてまみえ苦戦を強いられた相手だが、険しい山中で修行を積んだ彼らは自然を鎮める術に長けていて、味方としてはこの上なく頼もしく感じられた。
「借りは返させていただく」
「失態さらしたままって訳にゃいかんわな」
威厳のある男性とその隣のわずかに訛りのある中年男性がこちらに言葉を投げるが一番若そうなもう一人の男性はただ黙ってたたずんでいた。
きっと修験者の中でも精鋭の三人が送り込まれてきたに違いない。
そうでなければ前の二の舞。
その時の事があって、修験者達もただ傍観する訳にはいかなかったようだ。
「協力に感謝する。だが、これより先に行くのはこちらだけで十分だ」
叶斗は失礼にもそう言い放ったが、本当は修験者の身を案じていると今なら私にもわかった。
ここから先、もし白銀と出くわす事になれば惑わされない保証はない。
それと共に命の保証もできないということだ。
「しゃあねぇな。そいじゃ俺達ゃこいつらと仲良うやっとくわい」
厳めしい表情で口を開きかけた仲間の肩に手を置いて止め、笑みを見せたのは訛のある男性の方。
若い男性は相変わらず無表情だったが、すっと錫杖で山の上を指す。
道が出来た。
行けということみたいだ。
山城警部も修験者といれば安心だ。
「……気を付けろよ」
そう言って見送る。
上へと続いていく道とその上空の低く暗い雲を見上げて。
自分に妖怪と戦う力が無いことが悔しげだった。
前にも登った険しい山道に分け入り、程なくして異界への入り口がその幻想的な姿を見せた。
行く手を阻むのは僅かな残党。
「行くぞ!!」
叶斗が駆け出す。
走りながらなめらかに唱えられた真言が動物の姿のそれらの動きを奪う。
横手から現れたのは街で見たのより一回り大きな骸骨の妖怪。
一歩先に出ると同時に青年の姿に変じた蒼が刀を抜く動作で首をかき切り、立ち尽くす胴体を蹴り倒して退けた。
骨のような見た目だけに血は出なかった。
ここまで来たら一歩も立ち止まる訳にはいかない。
私は後れをとるまいと重くなってきた足を何とか懸命に動かした。
ついに異界に続く扉へたどり着く。
それは以外にもあっさりと私達を迎え入れた。
濃密な妖気が漂うその空間へと。




