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90:過去と現在(いま)と未来 (3)

 紀久と大樹と別れて、幻舞山を目指している私達だがあとどれくらいかかるだろうか。

 山はまだ遠く先にそびえている。

 街には妖怪があふれてきていて進むには退けなければならないから余計に時間を食ってしまう。

 途中で榊河に仕える術者の何人かと出くわした。

 彼らは夜のうちから事態を悪化させないために駆け回っていたに違いない。

 街にそれ以外の人間は見当たらなかった。

 賑やかに人や車が行き交っていた街が急に廃墟と化してしまったようなそんな感覚に襲われる。

 そんな中わずかに物音がした。

 それはだんだんと大きくなり、現れたのは廃墟の街に相応しい骸骨のような不気味な妖怪達だった。

 

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」

 

 叶斗が唱え、私もそれに倣う。

 骸骨の妖怪は笑うかのようにカチカチと歯を鳴らす。

 耳障りなその音をかき消して叶斗の真言が響き渡った。

 淡い光を伴った衝撃波が駆け抜ける。

 骸骨達がカラカラと乾いた音を立てて地面に転がった。

 私が印を結ぶその前方では蒼が可愛らしいポシェットから刀を抜く。

 地を蹴ると難なく三体ばかり切り倒して着地した。

 残った骸骨に私が放った真言が命中してあっけないほどに倒れる。

 しかし、気が付けばどこから湧いて出たのか無数の骸骨が周りを取り囲んでいた。

 

「じゃまやじゃまやー!!」

 

 威勢の良い関西弁と共に伊緒里の雷が道を切り開く…かに見えたのだけど。

 雷の威力は絶大で当たったものは炭と化したが、その大半は妖怪達を素通りしていってしまった。

 店の看板までが焼けて崩れ落ちる。

 

「もー!なんで狙い通り行かへんねんやー!」

 

 伊緒里はやけくそ気味に次の雷を放った。

 妖怪を狙ったはずのそれがこちらに迫ってくる。

 光が目の前ではじけた。

 叶斗が放った符が食い止めなければ私は身を守ることもできずに雷に打たれていたことだろう。

 燃え尽きていく符を自分に置き換えて想像し背中を冷や汗が伝った。

 

「下がっていろ、伊緒里!」

 

「何言うとるんや!まだ戦えるっ!!」

 

 叶斗がいら立ち気味に言うものだから伊緒里は余計に意地になってしまう。

 

「伊緒里」

 

 暁史に静かに止められて彼女はわずかに肩を落としておとなしくなった。

 またもや歯を鳴らす耳障りな音が近付いてくる。

 地面に転がっていた骸骨の妖怪は部品が集まれば再生出来るらしい。

 少しいびつに傾きつつもまたこちらへ向かってくる。

 それは襲ってくるというにはいささか緩慢な動作ではあった。

 暁史が術を唱え近くの骸骨達を一掃する。

 すると波が引いて寄せるようにまた別の骸骨が後ろから現れるのだ。

 数は徐々に減ってはいる。

 けれどさっきからほんの少しずつしか前進出来ていない。

 この調子ではたして幻舞山にたどり着けるだろうかと心配になってきた。

 

「暁史様!叶斗様!」

 

 私達の窮地に気付いて街に散らばっていた術者達が駆けつけようとするが、ここまでたどり着けそうもない。

 それに彼らにはすでに疲れが見えている。

 やはり状況を大きく変えることは難しいようだ。

 骸骨達がこちらへ手を伸ばしてくるのが助けを求めているかのようで、それはまるで地獄の入り口にでもいるような情景。

 ここは現実の世界じゃないのではないかと思えてくる。

 耳にサイレンの音とエンジン音が飛び込んできた。

 一台のパトカーが通りを猛スピードで駆けてくる。

 私はそのサイレンの音により現実に戻れた気がした。

 パトカーは派手にスピンして妖怪達を蹴散らし止まる。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 聞き覚えのある声だった。

 

「乗れ!早く!」

 

 窓から顔を出した山城警部がこちらへ叫ぶ。

 ここでこうして時間を費やしているわけにはいかない。

 だから願ってもない助け舟だったけれど、私はためらった。

 妖怪達はまだ残っている。

 術者達は残りを相手に奮闘していて、疲弊した彼らにこれ以上の負担を強いるのを心苦しく感じられたからだ。

 この人達をこのまま残して行くべきかどうか。

 迷ったのは私だけでなく叶斗もらしい。

 結んだ印を解かずにいる。

 

「行きなさい。我々がここに残る」

 

 暁史の静かな促し。

 

「伊緒里も私も、この先足手まといになるだろう」

 

 彼の額に巻かれた包帯がわずかに赤く染まっている。

 顔色も良くないように見える。

 満足に雷を操れない伊緒里と、怪我のひどい自分が行けるのはここまでだと。

 主の苦渋の選択に伊緒里は異を唱える事はなかった。

 ここに残るというのは心配だったけど、きっとこの先に行く方がもっと危険だ。

 だから私達はここで彼らと別れるしかなかった。

 必ず再会できると信じて。

 お互い言葉を交わす暇もなく叶斗と蒼は私に続いてパトカーに乗り込む。

 ドアが閉まるか閉まらないかのうちに車は勢い良く走り出した。

 パトカーは妖怪が襲いかかってきてもそれをはね飛ばしながらスピードを緩めることなく走り抜ける。

 窓に骨が当たってくる衝撃に思わず身を引いた。

 やがて行く手を阻む妖怪も少なくなる。

 山城警部は華麗なハンドルさばきで妖怪の少ない通りを選びながら走っているようだ。

 こちらも混乱する街を夜通し走り回っていたのか髪は乱れ気味で髭も伸びている。

 

「こちらからの連絡は行っているようだな」

 

「ああ、この街には人間を近付けるなという上からの指示だ」

 

 叶斗の言葉を肯定した山城警部だったがその横顔が苦いものでも噛み潰したようなものになる。

 

「だがな、この状況が長く続けば政府の高官は科学兵器でも持ち出しそうな勢いらしい。無差別に妖怪達が殺されかねないぞ。いや、それ以前にそんなものが効果があるのかどうかはわからんが」

 

 山城警部の顔がますます険しくなった。

 政府の人達のどれほどが妖怪の存在を認識しているのかはわからない。

 しかしそれは『理解』とは違うのだ。

 未知のものに対する恐怖は時として判断を誤らせる。

 このままでは、妖怪がたくさん殺されるかもしれない、その中には巻き込まれただけの子達もいて、暁史達街に残った人も危険で、そしたらきっと何もかもめちゃくちゃになってしまう。

 本当に街が廃墟と化すかもしれない。

 蒼と嵩波が護りたかったもの――榊河家が護ってきたものが失われる。

 焦りは叶斗も同じだったはず。

 彼は急げとだけ告げて、ただ目の前の幻舞山をにらんでいた。


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