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84:蒼と茜 (14)

 帝の在所である内裏、貴族の屋敷に庶民の住まい、寺や市。

 多くの建物と南北を繋ぐ朱雀大路をはじめとする大小の通りによって平安の都は形成されている。

 天狗の里にも立派な屋敷が建ち並んではいたが規模が違う。

 見渡す限り自然そのままの山々が裾野を広げる景色からすれば雄大な京の都は目を見張る風景に違いない。

 空には絵に描いたような入道雲が浮かんでいて、虫の声がうるさいほどに季節の巡りを知らせる。

 国の中心であるこの場所に蒼がやって来て、季節は夏を迎えていた。

 

「蒼、どこですか?」

 

 凛とした声が呼ぶ。

 聡明そうな顔立ちの少年は年の頃なら十四、五歳。

 この時代にはすでに大人として扱われる年齢だろうか。

 木造の屋敷は仕切りといえば衝立のようなものばかりで壁がない。

 戸を開け放てば庭までが見渡せる造りだ。

 しかし蒼の姿は見当たらず、少年はそのまま庭へと降りた。

 小気味良い音で敷き詰められた砂利を踏むその後を小さな妖怪達がくっ付いて行くのがなんとも微笑ましい。

 妖怪達が蒼の居場所を知らせるように袖を引く。

 蒼は丈の短めのふんわりとした袴を身につけた可愛らしい姿で屋根の上にちょこんと腰掛けていた。

 ぼんやり空を眺めているが少年がそこにいることに気付かないわけではない。

 

「ここは空が遠いな。それに、暑い…」

 

 その証拠に視線を下げずにそう言った。

 

「そんな所にいれば間違いなく暑いでしょうね…。父上が出掛けるので準備をするようにと」

 

 ため息混じりの少年の言葉に蒼は軽い身のこなしで庭へと降り立つ。

 黒髪に栗色の瞳で少年を見上げる様子は人間の子供にしか見えない。

 ただその感情の乏しい表情だけがどうにも子供らしくはなかった。

 

「気になっていたのだけれど」

 

 思案顔で蒼を見下ろす少年。

 

「真実の姿ではなくその姿でいることにしたのでしょう?それなら」

 

「なにひゅる」

 

 彼はおもむろに蒼の頬を両側に引っ張った。

 

「表情が硬い。子供はもっと無邪気なものです。それに愛想良くしておいた方が得です」

 

 彼は真剣な顔で言う。

 とにかく真剣にそう思い、案じているのだ。

 ひとしきりふにふにと蒼の頬の筋肉をほぐしていた。

 

「お前…変な奴だな」

 

 やがて解放された蒼が少々赤くなった頬をさすりながらぽつりともらす。

 妖を恐れぬことを言ったのか計算高さを言ったのか。

 それに対して少年は嫌な顔をするわけでもなく、至極当たり前に答えた。

 

「よく言われます。ですが父があんな感じですから仕方がありません」

 

「なるほど」

 

 蒼の口元に薄い笑みが浮かぶ。

 

「うーむ、それではまだ子供らしくない。笑う時はこうにっこりと笑うのです」

 

 言って真顔で蒼の頬をまたぐいっと引っ張った。

 そこにくすくすという笑い声が聞こえてくる。

 

「父上!いらっしゃったなら言ってくださればいいのに」

 

 屋敷の主は気配を消していたかのごとくいつの間にか庭を眺める場所に立っていた。

 

「すまない。あまりに楽しそうだったから」

 

 嵩波は息子と式神を見て柔らかく微笑み、それから表情を引き締める。

 

「さて、出掛けねばならない。近頃妖達の動きが慌ただしいくてね。まるで何かに怯えているようだ。中でも特に妖達が頻繁に現れる場所があってね」

 

「どこだ?」

 

「鴨川の東、鳥辺野さ」

 

 

 

 

 



 

 京の都は唐の長安をモデルに碁盤の目のように美しく整えられた姿が特徴だ。

 私の平安京のイメージといえばそんな感じだった。

 確かにその通り、町並みは整然として美しい。

 けれど中心部を外れれば整理された町並みとは違い雑然とした感じが否めない。

 そこにはどこか暗い陰が付きまとっているように見えた。

 

「鴨川より東の地、鳥辺野といえば都に暮らす人々の葬送地の一つにございます」

 

 悠璃の言葉通りそこには寺院らしき建物も見て取れる。

 

「そういった場所には、やはり人の思いや思念が強く残ります。ですから妖が集まりやすいのです」

 

 そこかしこに青白いものがふわふわと浮かんで見えた。

 それは人に害を及ぼす事のないモノで、ただそこに存在しているだけ。

 意志を持っているのかすらわからない朧気なその姿は普通の人間には見ることはできないだろう。

 特にこの場所で妖怪が騒ぐのだと嵩波は言った。

 だけど今は、他に妖怪達の姿は見あたらない。

 その静けさは心の奥の方をどこか不安にさせる。

 空には無数のカラスが飛んでいた。

 不気味に静かなその場所で、黒い鳥達の鳴き声が嫌に目立つ。

 

「妙だね。あれだけ騒がしかった妖達はどうしてしまったというんだろう」

 

「聞いてみればいいのでは?」

 

 蒼が当たり前の事のように言った。

 

「聞くって、誰に…」

 

 そう思うのももっともで、問いを返そうとした嵩波の目の前にカラスが急降下してくる。

 蒼が腕を伸ばせば一羽また一羽と集まって、小さな蒼は大きなカラス達に半ばうもれてしまった。

 実際にカラスがしゃべるわけではないけれど、会話するほどの時間が過ぎて黒い群がまた空へと舞い上がる。

 

「それで?彼らは何か知っていたのかい?」

 

 カラスの羽ばたきの激しさを手でさえぎってやっと問う嵩波を蒼は無表情に見返した。

 

「都を手に入れる為、数多の妖がやって来る。ここにいた妖達は逃げ去ったのだと、そう言っていた」

 

「人間の都を奪うだって?人と妖の境界を侵すつもりなのか」

 

 いつもやわらかな嵩波の声音がわずかに凄みを帯びる。

 夕暮れの橙色の光が地に濃い影を作り始めていた。


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