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82:蒼と茜 (12)

「本当に鴉達を長襲名の儀に同席させるおつもりですか!?」

 

 今日屋敷に集まっているのは前長の血族のうちの数人で、里の参謀たる天狗達のようだ。

 彼らは一様に蒼に対して困惑顔を向けた。

 

「ああ、そうだが?」

 

「彼らは身分が違うのですよ。席を同じくするなど…」

 

「鴉天狗が下位であるという考えは改めてもらいたい」

 

 蒼はきっぱりと言う。

 かつて鴉だとか鴉じゃないとかが無くなればいいと言った蒼だ。

 自分が長になったらとその時は考えてはいなかっただろうけど、今ならそれを成せる。

 

「突然何を言われます!?…琥珀様からも何とか言ってください!」

 

 一人がたまらず琥珀に助けを求めた。

 

「俺はいいよ?蒼に従う」

 

 琥珀はあっさりとしたものだ。

 

「なっ…」

 

「この里もずいぶん寂しくなった。鴉達がいれば少しは賑やかになっていい。祭りは盛大にやらないとな」

 

「しかし、それでは――」

 

 納得のいかぬ者は多い。

 そう進言するつもりだったのだろうか。

 言葉は騒がしい足音とともに突然飛び込んできた侍女によって遮られた。

 普通ならば大事な話し合いの場に飛び込んできた侍女はとがめられるに違いないがその尋常ではない慌てふためきぶりに誰もが言葉を発するのをためらい、ただ視線が集中するその中で彼女は震える唇から言葉を押し出す。

 

「ぼ…ぼぼ…牡丹様が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 牡丹が自ら命を絶った。


 突然の事態に動揺した侍女達があわただしく行き交う。

 満開を過ぎた桜が儚く花弁を散らす廊下を過ぎ、蒼が辿り着いた部屋にはすでに牡丹の亡骸はなく、彼女の世話をしていた侍女が涙をこぼしながら立っていた。

 

「蒼様。これをお渡しするようにと、牡丹様が」

 

 手の中には美しい鞘に収まった一振りの刀と、(ふみ)らしきもの。

 それを震えながら蒼に手渡す。

 牡丹からの最後の言い付けを守った侍女はその部屋にいることが耐えきれずに走り去ってしまった。

 一人取り残されて、蒼が(ふみ)を開く。

 私はそれを彼の頭上からのぞき込んだ。

 

『茜様の事は私の罪です』

 

 その一文で始まる(ふみ)には自分が茜と、そして白銀の孤独をわかっていれば悲劇は起きなかったはずだと書いてあった。

 火傷を負ったのはその罰で、だから自分だけが幸せを手にすることはできないと。

 そして蒼への牡丹の思い。

 

『願わくば、長になられた蒼様の姿を見とうございましたが、私がいてはいつかあなたの妨げになりましょう。私はあなたの枷になりたくはない。どうか私のことはお忘れください』

 

 涙の跡と思われる染みとともに手紙は終わる。

 牡丹は悲痛なほどに蒼を思っていた。

 それなのに…いや、だからこそ己を蒼に背負わせたくはないと命を断ったのだ。

 それは牡丹という女性の弱さであり強さ。

 もし体があったなら私の頬を涙がとめどなく伝ったに違いない。

 蒼もまた一筋の涙で頬を濡らしていた。

 牡丹が自分の代わりに蒼を支えるよう残した刀を握りしめて。

 

 

 

 

 

 場面は移り変わって、里の門から続く森には牡丹を弔う葬列があった。

 天狗達の後ろには鴉天狗達。

 誰もが死を悼んでいる。

 彼女はみんなから慕われていたに違いない。

 その列から一人離れた所で蒼もまた悲しみに暮れていた。

 といっても茜がいなくなった頃から蒼はあまり感情を表に出さなくなったから、涙を見せたのは一度きりで今はただ感情を殺して葬列を見つめているだけだったけれど。

 誰も声をかけることが出来ない空気があった。

 琥珀でさえも葬列から心配そうに一瞬視線を投げただけだ。


「それでも、彼は一族を率いる長となっていたでしょう。この後のことさえなければ」

 

 悠璃が告げる。

 運命は悲しみを乗り越える時間さえ与えてはくれないらしい。

 誰の姿も見えなくなって、それでも蒼は深い森の中でじっと佇んでいた。

 見上げれば青く抜けるような空がよけいに物悲しい雰囲気にさせる。

 そこに白い羽ばたきを見た。

 それは雲よりも白い。

 純白。

 

「白銀ぇぇぇ!!」

 

 刀を抜いたのは速すぎてわからないほどだった。

 蒼が一瞬で空を翔け、切りかかったのはまぎれもなく白銀。

 肌には――現代ほどではないにせよ――痣がいくつか浮かんでいる。

 他の妖怪の力を得たのだ。

 だから蒼の攻撃は手応えを伝えなかった。

 白銀が手にしていた薄紅の牡丹の花だけが無惨に切り裂かれ花弁を散らしながら地上へと落ちて行く。

 瞬時に煙と化した白銀は距離を置いて実体となった。

 

「茜様からの弔いの花だったのだが」

 

 地上に降る花びらを無表情に見下ろす。

 

「生かすことも殺すこともできなかった故、つらい日々を送らせて申し訳なかった。そうおっしゃっていた」

 

「…お前が…」

 

 それは聞いたこともないくらい怒りのこもった低い声だった。

 

「お前が全ての元凶だ。お前は…お前だけは許さん」

 

 迦墨も東雲も牡丹も大勢の天狗達も全ては白銀のせいで命を落としたのだと。

 やり場のない怒り、悲しみ。

 蒼はそれを牡丹が残した刀に込める。

 白銀が煙と化すのが早いか、蒼の刃がそれより速いか。

 一瞬の後に勝負は決まる。

 そう思われたが、蒼が急激にバランスを崩した。

 その翼はどれだけ羽ばたいても風を掴むことはできない。

 

「風はもうあなたには従わぬようだ」

 

 それは完全に飛べなくなるという事。

 蒼が恐れていた事だった。


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