62:東の清流と西の宵闇 (12)
妖術から解放された校舎内は静まり返って、足音がよく反響する。
もう人形達は襲いかかっては来ないはずだけど暗闇から何かが現れそうで落ち着かない気持ちに追い立てられるように二階への階段を駆け上がった。
リュウがいるのはおそらくこの先だ。
途中聞いた数発の銃声が不安をかき立てる。
「く、苦しいではないか!」
叫び声が聞こえて、私達がようやくそこにたどり着いたときには一人の少女が片腕で吊し上げられていた。
「放してくれ!」
少女はまるでフランス人形のようで、服装もレースに彩られたベルベットのワンピースを纏っている。
「リュウ、放してやれ」
そのまま喉を握りつぶしそうだったリュウはジロりとこちらを睨んでから舌打ちをし、ようやく少女を床に降ろした。
というか落とした。
裾のレースが床に波打つ。
「助けてくれて礼を言うぞ」
少女は涙目で首をさすりながら言う。
放してやれとは言ったが見下ろす叶斗の目は冷たかった。
「助けた訳じゃない。聞きたいことがあるだけだ。無関係な人間を利用し人形を使って僕達を殺すつもりだったな?」
「精巧な人形だっただろ!?居場所をなくした人間たちの姿をちょっと借りたのだ」
自慢げに言う。
「なるほど、そういう奴らなら足がつきにくい」
叶斗の瞳に剣呑な光が宿っている。
「ま、待て。人形は作ったが人間達を操っておったのはワシではない。ワシは無理矢理協力させられただけだ。ワシは…ワシはただ人形を作りながらひっそりと暮らしておったんだ」
少女は可愛らしい声に似つかわしくない言葉遣いでまくし立てる。
「ワシとて可愛い子らをこんな事に使いたくはなかった。しかしワシらのような大人しい妖なんぞは奴らに適うはずもなかろ。ここいらの妖は皆そうだ」
床に視線を落とし悔しそうに言った。
「奴らと言ったな?夜稀という妖の他にもいるのか?」
「名は知らぬが。黒ずくめの炎の妖と、真っ白い髪で真っ白い羽根の生えた男だ」
「白い羽根…。夜稀はそいつと行動を共にしているんだな」
一人は夜稀の特徴と一致する。
もう一人は叶斗も知らない妖怪のようだ。
けれど蒼はその言葉にピクリと反応した。
「なんか心当たりでもあるって顔だな?」
リュウは目ざとくそれを見つけ、唇の片側だけで少々嫌みな笑みを作る。
「もしかして、あんたんとこのお仲間か?」
白い羽根。
今まで見た天狗に白い羽根のひとはいなかったけど、濃紺に金茶に黒と色は様々だった。
白い羽根の天狗がいてもおかしくない。
蒼は黙り込んだままだが、それが逆に肯定を意味しているような気がした。
「知っている奴か?どうなんだ?」
今度は叶斗が問う。
蒼は答えにくそうに目を伏せて、次の瞬間には子供の姿になっていた。
「白銀という天狗がいたんだ。茜の護衛役で…人を惑わせる力を持ってる。だけど封じられてたはずだよ」
「夜稀が封印を解いたんですね」
「けど、ぼくはそんな報告受けてない!」
蒼の声には明らかな焦りがにじんでいて、彼には珍しいほど感情的だった。
「僕も聞いていない。だがうちの者まで惑わされていたと考えれば…合点がいかないか?」
それは当たっていてほしくない推測だ。
けれど一番高い可能性といえた。
この世に蘇った白銀は何の目的で動いているのか。
夜稀と手を組み私達を襲った時点で少なくとも榊河家と対立する意志があることだけは間違いないだろう。
子供の姿に戻っても蒼にはいつもの明るさはなく、どこか浮かない表情でいた。
蒼は多くを語ろうとはしないが、よほど厄介な相手だということは推測できる。
彼が里を出る原因を作った茜と、封じられていた白銀。
二人と蒼との間には何かがあったのだ。
過去から現代に続く悲しい物語、その終わりが今始まったことを私は愚かこの場にいた誰も気付いてはいなかっただろう。
「お前は今後、榊河の監視下に置く。変なまねをすれば命の保証はないからな。って聞いてるのか!?」
「おヌシおもしろいのぅ。今度おヌシの人形を作っても良いか?」
叶斗の言葉が聞こえているのかいないのか、その妖怪は緑色の綺麗なガラス玉のような瞳を更にキラキラさせて蒼に詰め寄っていたのだった。
年をまたいで続いておりました「東の清流と西の宵闇」も
やっとこれで一段落となりました。
長い上に更新が遅く、申し訳ありません。
読んでいただいている方には感謝してもしきれません。
本当にありがとうございます。
新たな敵が判明して、物語はこれからどう展開していくのか…
頑張って書いていきますのでこの先もお付き合いのほど
よろしくお願いします。




