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5:王子と妖怪相談所(3)

 温かい紅茶が喉を通る度に緊張が少しずつ和らぐ。

 私は深いため息を吐き出した。

 

「怖い思いをされたのですね」

 

 マスターの朔良が唐突にそんなことを言う。

 

「でももう心配ありませんからね」

 

 どういう意味だろうか。

 さっきの少年も何かを知っているようだったし。

 

「…あなたたちは…いったい…」

 

 いっそ思い切って聞いてみようか。

 

「ここって、もしかして…ようか」

 

「待て!どういうことだ!!」

 

「だから、仕事だって。ほら、急いで急いで!」

 

 私の言葉は騒がしい声に掻き消された。

 驚きに目を見開く。

 少年が連れて来た『かなちゃん』は私の知っている人物だった。

 

「叶斗王子!」

 

 思わず叫んでしまって慌てて言い直す。

 

「…榊河…くん?」

 

 榊河叶斗はじろりとこちらをにらんで腕を組んだ。

 

「王子?」

 

 少年が隣で言葉を反芻し次の瞬間にはこらえきれないという風に吹き出した。

 

「かなちゃんってば学校では叶斗王子なんて呼ばれてるんだぁ」

 

「うるさい(あおい)!!」

 

口を押さえようとして叶斗が伸ばした手をするりと抜けて、少年――蒼は私の隣の席にひょいと飛び乗った。

 

「少しは落ち着いた?」

 

 蒼はニコニコとこちらを見つめている。

 私はこくりと頷いた。

 

「ならば聞かせてもらおうか。まずは、どうやってここに来たか、だ」

 

 蒼の頭越しに王子が言う。

 

「歩いて…です…けど」

 

 そう答えると王子は不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「どうやってここを知ったのか聞いているんだ」

 

「それは…たまたまたどり着いたというか…」

 

 叶斗がさらに不機嫌そうな表情になる。

 妖怪相談所を探していたらここに着いたと言ったらどんな反応をされるかと思って口ごもった私に蒼がまたもや微笑みかける。

 

「ここにたどり着けるのは招かれたヒトだけなんだよ。ここのことは誰に聞いたの?」

 

 不思議な事を言う。

 招かれた覚えはないのだけれど正直に言わないわけにはいかいようだった。

 私は妖怪相談所の地図を恐る恐る手渡す。

 地図は新聞部のアンケートボックスに入っていたことを説明した。

 

「妖怪相談所?なんか微妙なネーミングぅ」

 

 地図を覗き込んだ蒼が言う。

 

「ふん。おおかた学園に住み着いている者達の仕業だろう。随分気に入られているようだな。」

 

 小さな妖怪達が私に妖怪相談所の場所を教えてくれた、ということらしい。

 

「それでその妖怪相談所とやらに来た用件は何だ?」

 

「えっと…それって…」

 

「仕事だからな。一応聞いてやる」

 

「かなちゃん感じ悪いよ!話してみて。力になれると思うよ」

 

 叶斗と蒼の言葉はここが妖怪相談所だと肯定しているように聞こえる。

 

「あ、その前に」

 

 いきなり朔良ののんびりとした声が割って入った。

 

「まだお嬢さんにお名前を聞いていませんよ叶斗さん、蒼さん」

 

 確かにまだ名乗っていなかった。

 王子だって私の名前なんて知らないだろう。清森の生徒ということさえきっと蒼が説明したのだ。

 とはいえこのタイミングで聞かれるとは思わなかった。

 

「そんなことどうでもいいだろ!お前は出てくるな!ややこしくなる!!」

 

 叶斗が声を荒げる。

 

「どうでもよくなんてありませんよ。さ、お名前を」

 

 朔良はどこまでも朗らかだ。

 

「矢野…水穂です」

 

「水穂さんですか。それで、どうされたんでしたっけ?」

 

「お前が聞くな!!」

 

 なんだかクールで大人びた王子のイメージが崩れてゆく。

 まぁ『かなちゃん』の時点からすでにだけれど。

 

「あの二人はいつもああだから気にしないで」

 

 そう言って困ったように笑う蒼の方がよっぽど大人びて見えた。

 

「実は…」

 

 私は今までおこった出来事を話し始める。

 イズミのこと、髪切り事件を調べていたこと、英語教師の笠原のこと。

 いつの間にか朔良と叶斗も言い争うのを辞めて耳を傾けていた。

 

「水穂はその友達を助けたいんだね」

 

 蒼の言葉に私は頷く。

 笠原というあの教師にイズミは捕まっているんだと私は確信していた。

 

「だが、わからないな」

 

 叶斗が考え込むそぶりで腕を組む。

 

「どうしてそう簡単に誘い出せたというんだ。僕らの時にはなぜ現れなかった?」

 

「そーだよねー」

 

 学校側も事件の調査には力を入れていたのだという。

 

「旧講堂に何かあるのは確かだが、奴に憑かれた人間をどうにかしなければ意味がないからな」

 

「そうそう。これがなかなか捕まらなくてねー。おとり捜査も失敗したんだ。長い黒髪の女の子ばっかり狙ってるんだったよね?」

 

 蒼も首を捻った。

 

「あの…。被害者には」

 

 こちらに一斉に視線が集まりちょっとたじろぐ。

 なにしろ三人が三人とも美形だからそれだけで緊張するのだ。

 

「ひ、被害者にはもう一つ共通点があるんです」

 

「なんだと?」

 

 私は手近にあった妖怪相談所の地図をハートの形に折ってみせた。

 

「なぁに?」

 

 蒼が覗き込む。

 

「女の子の間で流行っているおまじないなの。好きな人の髪の毛と自分の髪の毛を入れておくと両思いになれるっていう。みんなこれを持ってたんです」

 

 叶斗に差し出して見せる。

 

「なるほど。まじないか。思いの込められた物は人と(あやかし)を繋ぐきっかけになりやすいからな。特に髪というのは霊力が宿るものだ。奴は元々力の弱い妖だからそいつを頼りに獲物を定めていたのだろう。…しかし僕のつかんでいない情報があったとは」

 

 叶斗は悔しそうに親指を噛んだ。

 

「じゃ、疑問も解決したことだしそろそろ行こっか、かなちゃん」

 

 蒼が椅子からひょいと飛び降りる。

 

「行くって…まさか」

 

「もちろん学校にだよ。水穂の友達を助けなきゃ」

 

「二人だけで行くつもり!?」

 

 たとえこの二人がイズミの言う通り『妖怪退治を生業とする人達』だったとしてもあの得体の知れないものをたった二人で――それも高校生と小学生で――どうにかできるんだろうか。

 

「大丈夫、大丈夫。ぼくらプロだからね」

 

 蒼がなんともかわいらしくウインクしてみせた。

 

 叶斗の方は無表情に私を見据える。

 

「君にも一緒に来てもらう。奴は君を獲物と決めたようだからな。また現れるだろう」

 

 それはまたもやおとりに使われるということだ。

 けれどイズミを助けるためだ。行かなければならない。

 

「わかりました」

 

 私は意を決して立ち上がった。

 

「気をつけてくださいね…」

 

 朔良は少しだけ心配そうに言う。

 その声を背に私たち3人はcafe Sakuraを後にした。


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