6:人間(ヒト)と妖(アヤカシ) (1)
近道だという山道を抜ければ学校の裏手に出た。
裏門にも鍵が掛かっていたがそこはさすがに理事長の孫、叶斗の手にかかれば事もなげに通過できた。
「思ったより事態は悪化しているな」
どんよりと暗い学園内を見渡して叶斗が言う。
「矢野水穂だったか?足手まといになるなよ」
「えっ!は…はい」
「ちょっと、かなちゃん。そーゆー言い方はないんじゃない?かなちゃんが水穂を連れて来たんでしょ?それに女の子を護るのは男のツトメだよっ!」
「うるさいな!お前はいつもいつも」
校庭を歩く間の会話である。
緊張感がないのかリラックスさせようとしてくれているのか…。
段々と空気が重くなっている感じがするのは確かだった。
「ぼくたちから離れなければ大丈夫だからね、水穂」
蒼は相変わらずニコニコしているが、私の緊張感は開かずの間に近付くにつれ高まってくる。
いよいよ旧講堂まで通じる小道までたどり着いた。
道の先は闇に沈んでいる。
外灯はともっていてもその光より闇が濃い、そんな感じだった。
不気味だ。
さっさと歩き出した叶斗を慌てて追いかける。
私の後に蒼が従った。
しばらく三人分の足音だけが辺りに響く。
叶斗がはたと足を止めた。ぞわりと樹木の間の闇がうごめいた気がした。
「かなちゃん!来るよ!」
「わかっている!」
迫り来る闇は木の幹と石畳の上を伝い這い寄る。
それは細い縄のように見えた。
それが何本もこちらに向かって延びて来る。
「臨、兵、闘、者…」
叶斗が二本の指で横、縦と交互に何度も空を切った。闇が迫る。
「皆、陣、烈、在、前!」
「きゃっ」
眼前に迫る闇に思わず後ずさり、足がもつれて尻餅をつくのとほぼ同時に眩しい光が目を射た。
叶斗の指先から放たれた光に弾き飛ばされて闇は霧散する。
後方にもざわめく気配を感じて振り返れば、すでに身構える蒼の後ろ姿があった。
叶斗のように不思議な術で闇を追い払うのかと思いきや…彼は肩からかけていたポシェットに右手を突っ込んだのだ。
それは黒いもさもさとした質感の鞄だった。
真っ黒な…クマなのかウサギなのか微妙な動物の形だ。
そういえば最初に会った時も、提げていた気がする。
お気に入りらしいそいつは蒼によく似合っていてかわいいと言えなくもないがこの場においては妙にシュールな存在感を放っていた。
闇が細い縄をこちらへしならせる。
蒼は勢いよく右手をポシェットから引き抜いた。
縄が断ち切られる。
そのまま勢いを殺さずに一回転した彼の手には刀が握られていた。
蒼にはかなり長くて重そうに見える日本刀が鮮やかに振るわれる度縄がハラハラとほどけて落ちた。
そうして初めてその闇色の物が髪であることに私は気付いた。
「髪…の毛?」
「これが妖の本体だよ。まだ完全には実体化してないみたいだね」
辺りに静寂が戻った。
蒼は闇を裂いた刀をまるでさやに納めるようにポシェットへと戻す。
出て来た時もそうだがポシェットに長い刀が入るとも思えないのに不思議な光景だった。
足元の髪は溶けるように消え失せていく。
蒼はまだ座り込んだままの私の手を引いて立たせる。
そうして今度はポシェットから絆創膏を取り出した。
「はい。これでよし、と」
「…あ、ありが…とう…」
転んだ拍子に手の平にできた血がにじむ傷口に貼られたそれにはポシェットと同じキャラクターが描かれていた。
「僕の学校で好き勝手をしてくれるものだ」
叶斗の声が冷たく辺りに響く。
「行くぞ!」
目の前で起こったことに問いを投げる間もなく、私達はまた暗い道を歩き出した。
空気がますます重くなり闇が濃度を増していく。
足が重い。
もう旧講堂が見えてもよさそうなのに道の先が無限の闇に思えて前方に目をこらした。
その時何か白い物が近づいてくるのが見えた。
ちょろちょろと素早いそれはイタチに似た小さな生き物だ。普通の動物と違うのはそいつが宙に浮いていること。
続いて色も形も様々な小さな動物がうじゃうじゃと姿を現した。
「あれはこの山に住み着いている妖達だな」
叶斗が前を向いたまま身構えつつ言う。
確かに私が見たことがあるのもいる。
ただ様子がおかしい。
いつも廊下や校庭のすみにいてたまに足にじゃれつくだけの妖怪たちは今にもこちらに襲い掛からんばかりに見える。
「どうやらこの子たちも闇に引きずられてるみたいだね」
「むやみに攻撃するなと言いたげだな」
「そういうこと。…わぁっ!」
つまり笠原にとりついた妖怪のせいで凶暴化している、ということだろうか。
常ならぬ状態の小さな妖怪達は私を庇うように立つ叶斗と蒼にわらわらと群がっていく。
不思議と私の所には来ない。
二人は纏わり付く妖怪達をひっぺがすのだが次から次へときりがない。
「ミズホ…」
どこからともなく声が聞こえたような気がした。
「たすけて…ミズホ」
気のせいじゃない。
確かに聞こえた。
イズミの声だ。
「この子を助けたければ、一人で来なさい」
声は頭の中に直接響いて叶斗と蒼には聞こえていないようだった。
一歩足を踏み出す。
妖怪達は左右に分かれて道ができた。
逆に叶斗と蒼は半ば埋もれている。
「水穂!?」
二人の間を進み出た私に蒼の声が追い縋る。
それを振り払い、妖怪達に動きを封じられた二人を残して私は旧講堂を目指した。
自然と駆け足になる。
重々しい扉の前にたどり着いた時には息が弾んでいた。
恐怖のせいもある。
それを何とか押し止めて取っ手に指をかけた。
開かずの扉は簡単に開いた。
けれどその先に講堂と呼べる空間はない。
ただ塗り込めたような闇があるばかりだ。
さすがにそれを見れば足がすくんでしまう。
後ずさりかけたその時、闇が左の腕に絡み付いた。
「きゃ…」
「水穂!!」
かすれた悲鳴に蒼の声が重なった。
どうにか妖怪達を振り切ってきたらしくこちらに駆けて来る。
数歩遅れて叶斗の姿もあった。
私は引きずり込まれまいと必死で右手を彼らに延ばす。
闇に飲まれる寸前、蒼の手が私の手をがっちりとつかんだ。
しかし小さな彼は私と共に闇に引きずり込まれ、叶斗の延ばした手は数センチの差で私達に届かない。
それでも指が蒼のポシェットにかかったのが見えた。
けれどそのまま闇は私と蒼を飲み込み、扉はぴしゃりと閉ざされた。




